テオティワカン見学を終えてメキシコ・シティに戻ってきて、グアダルーペ寺院を訪れました。
バスの停車位置の関係で、脇道からこの新聖堂を通り抜けて、脇の広場に出ました。
広場からは、旧聖堂の側面が見えますが、傾いています。
旧聖堂の塔の横の隙間は、もともとは建物がつながっていたようです。アステカ建国伝説の説明時に述べましたが、現在のメキシコシティのある場所は、もともとはテスココ湖で、 . . . 本文を読む
ソカル地区の見学後、壁画見学のためにメキシコ国立自治大学へ移動しましたが、その途中、三文化広場の脇を通り過ぎました。ここは車窓見学のみです。
トラテロルコ遺跡、16世紀建設のサンティアゴ教会、それを現代的な建物が取り巻いていることから、三文化広場と呼ばれています。
トラテロルコ遺跡は、アステカ時代の巨大市場の跡で、破壊後にその石材を使ってサンティアゴ教会が建てられました。
教会の前に . . . 本文を読む
バスを降りてソカロにやってきました。ソカロは中央広場という意味で、メキシコの他の街でもお目にかかることになりました。
三日目の当初の予定は、まずテオティワカンを見学してからメキシコシティに戻って旧市街地の見学を行うということになっていましたが、ストライキが行われてその集合場所がソカロであるというので、朝一番に訪れました。メキシコでは、たびたびストが行われ、それも当日にならないと情報が入ってこない . . . 本文を読む
国立人類学博物館見学後、独立記念塔近くのガレリアプラザホテルに入りました。このホテルでは、二泊することになりました。国立人類学博物館のあるチャプルテペック公園と旧市街地のソカロ地区の中間にあるため、出歩くには場所はあまり良くありませんでしたが、レフォルマ大通りにある独立記念塔はすぐ近くでした。
二日目の夕方に見た独立記念塔。周辺には高層ビルが並んでいました。
この塔は1810年に始まったメ . . . 本文を読む
第10室 マヤの続きです。
サイル遺跡の復元された宮殿。近くのウシュマル遺跡と同じくプウク様式(マヤの言葉でユカタン半島中央部の丘陵地帯のこと)で造られています。
地下階に進むと、国立人類博物館の展示品として有名なヒスイの仮面が展示されています。
ヒスイの仮面は、パレンケの王墓から発見されたパカル王のもので、碑文の神殿の地下から発見されました。
パレンケは、ユカタン半島のつけねにありま . . . 本文を読む
第9室 メキシコ湾岸
ここでは、メキシコ古代文明の母ともいわれるオルメカ文明(前1200~前400年)に関する展示が行われています。
オルメカとは「ゴムの国々の人々」という意味で、アステカ人がこの地域の人々をそう呼んでいたことに由来します。実際にどのような人々がオルメカ文明を発展させたかは判っていません。
オルメカ文明を代表する巨大人頭像。4つの遺跡から17個の像が発見されています。
. . . 本文を読む
「第7室 メヒカ(アステカ)」は、この博物館の最大の見どころになっています。
アステカは、1325年~1521年に栄え、最盛期にはメキシコ中央部のほとんどに版図を広げました。
入室すると、奥に巨大な太陽の石が見えてきますが、その前にアステカが大国になるまでの歴史を振り返りましょう。
レプリカですが「巡礼絵巻」と呼ばれる展示物があり、これにアステカ建国までの歴史が記されています。
メキシ . . . 本文を読む
「第5室 テオティワカン」に続いて、「第6室 トルテカ」を簡単に見学しました。
トルテカ文明は、テオティワカン崩壊後の7世紀頃~12世紀頃にメキシコ中央高原北部を支配した城塞都市で起こりました。テオティワカンでは見られなかったマヤ芸術の影響が入ってきています。
入口に置かれたチャックモール像。中央に生贄の心臓を置きました。トルテカ文明を代表するトゥーラ遺跡では、このチャックモール像が12体も発 . . . 本文を読む
空港からメキシコシティー市内に向かい、まずは国立人類博物館を見学しました。
国立人類博物館は、緑豊かなチャプルテペック公園の中にあります。
国立人類博物館は、1964年にオープンし、マヤ・アステカ等の出土品を納めた考古学博物館です。メキシコツアーでは、いろいろな遺跡を見学することになりますが、出土品の多くはここに集められています。
この国立人類博物館は、エジプト観光におけるカイロ考古 . . . 本文を読む
2017年最初の海外旅行として、マヤの遺跡を目的として、メキシコに出かけることにしました。選んだのは、以下のツアーです。
「新・メキシコハイライト8日間」(阪急旅行社)
2017年
第一日目 1月11日(水)
成田発 15:25(AM-0057)メキシコシティ着 12:50
メキシコ国立人類学博物館観光
(メキシコ・シティ ガレリアプラザ泊)
第二日目 1月12日(木)
ポポカテペトル山麓16 . . . 本文を読む
ボレスワヴィエツは、14世紀にはじまる陶器造りで知られています。訪問の記念として、陶器博物館の売店でコーヒーカップを買いました。偶然ですが、ガイドブック「地球の歩き方」で紹介されているものと同じでした。
Zakłady Ceramiczne "BOLESŁAWIEC"(ザクワディ・ツェラミチネ・ボレスワヴィエツ ボレスワヴィエツ陶器製造会社)のスタンプには、左の「クラシック柄(伝統柄)とハイ . . . 本文を読む
クラクフ ベストウェスタンプレミエール ホテルのレストランでの夕食。
スープ。
魚。
ケーキ。
ワルシャワ市内のレストランでの昼食。
スープ。
ローストチキン。
クラクフでの夕食。 個人食であったので、ホテル近くのショッピングサンターのフードコートでピザを食べました。1000円ほどでボリューム満点でした。
クラクフ市内のレストランでの昼食。
サラダ。
. . . 本文を読む
ポーランドでの食事のまとめです。
グダンスク メルキュール・ポセイドンでの朝食。
朝食は、いずれもブッフェ・スタイルのため、自分の好みが入っていつも同じような内容になりました。
トルン メルキュール・トルン・セントラムでの朝食。
ポーランドは、ハムが美味しかったです。
ワルシャワ マリオットでの朝食。ここが一番内容が充実していました。旅の最後で草臥れて食欲が低下しており、あま . . . 本文を読む
9日目はいよいよ帰国日になります。飛行機の出発は午後のため、午前中にワルシャワの西54kmの距離にあるジャラゾヴァ・ヴァラでショパンの生家を見学することになりました。
入口に設けられたビジターセンターから中庭を抜けていくと、ショパンの生家が現れます。
ショパンは、1810年にこの村のスカルベク伯爵邸の別館で、フランス人の父ミコワイとポーランド人の母ユスティナの間に生まれました。ミコワイは、 . . . 本文を読む