さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 瀋陽 その5

2011年06月30日 | 海外旅行
瀋陽が奉天と呼ばれた満洲時代には、日本の支配下にあった鉄道附属地に、日本人の設計による多くの建物が造られて、現在でもそのまま使われています。 日本の支配地を代表する奉天大広場は、現在では中山広場と名前を変えていますが、その周囲は日本人が建築した建物が取り巻いています。 代表する建物としては、奉天ヤマトホテルがまずあげられます。 奉天ヤマトホテルは、ヨーロッパ・ルネッサンス様式が取り入れられて . . . 本文を読む
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さすらいの風景 瀋陽 その4

2011年06月29日 | 海外旅行
北陵の神道を進んでいくと、隆恩門に出ます。隆恩門の上には「五鳳楼」と呼ばれる三層の楼閣が載っています。 隆恩門には、左から漢字、満洲文字、蒙古文字で名前が記されています。 隆恩門をくぐった先は方城と呼ばれ、城壁で囲まれた広場になっています。正面には、隆恩殿があります。 隆恩殿は1643年に創建されました。ここには、太宗ヌルハチと皇太極ホンタイジ、孝端文皇后が祀られており、祭祀を執り行 . . . 本文を読む
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さすらいの風景 瀋陽 その3

2011年06月28日 | 海外旅行
かいち瀋陽周辺には、女真国をまとめて清国の基礎を築いたヌルハチの陵墓である福陵や、第二代皇帝ホンタイジの陵墓である昭陵、さらにヌルハチの祖父が眠る永陵が設けられ、これらを総称して清初関外三陵と呼びます。 今回の旅では、街の北にあることから北陵とも呼ばれる昭陵を見学しました。ここもユネスコの世界遺産に登録されています。 建設当時は郊外にあったのでしょうけど、現在では街が北陵を取り囲むように広がっ . . . 本文を読む
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さすらいの風景 瀋陽 その2

2011年06月27日 | 海外旅行
瀋陽故宮の東路に続いて、中路の宮殿を見学しました。実際には、順路の関係で、東路の後ろから見学していきましたが、建物の配列順に入れ替えて表示します。 中路の宮殿は、ホンタイジ時代に造られました。まず崇政殿が現れます。崇政殿は、ホンタイジが日常の軍務や政務の処理、外国の施設との謁見に用いました。清代には、歴代の皇帝が御幸の際に、ここで政務をとりました。 崇政殿の額は、満洲文字と漢字で書かれてい . . . 本文を読む
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さすらいの風景 瀋陽 その1

2011年06月24日 | 海外旅行
瀋陽は、中国東北地方の主要な都市のひとつで、清の初代皇帝になるヌルハチが女真族を統一して後金国を建てると、盛京と呼ばれて首都になりました。清の三代目皇帝順次帝が北京に遷都した後は、第二の都として奉天府が置かれました。満洲国成立後は奉天と呼ばれ、現在は瀋陽と呼ばれるようになっています。 瀋陽は、東北地方きっての古都で、現在では近代的な開発も進んでいますが、奉天城が置かれていた地域には、清朝創設期の . . . 本文を読む
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さすらいの風景 長春から瀋陽へ

2011年06月23日 | 海外旅行
長春駅は、改築中で、立派な駅に変わりつつありました。 旧満洲時代の建物の影響が残されているのか、建物にオーダーと呼ばれる円柱を並べた古典的というべき形をしています。 エレベーターも設けられて、近代的な姿を見せていますが、待合室の混雑は半端なものではありません。ガイドにはぐれないように必死でした。 ハルビンから大連の間は、中国版新幹線が通じているのですが、本数は多くないようで、ハルビン . . . 本文を読む
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さすらいの風景 長春 その6

2011年06月22日 | 海外旅行
偽満皇宮博物院の同徳殿は、勤民楼と緝煕楼の建物が、満洲皇帝の住まいとしては貧弱なため、日本人の設計によって建てられたものです。 溥儀と李玉琴の住まいとして設けられましたが、猜疑心の深い溥儀は盗聴器が仕掛けられていると疑って使用しなかったといいます。 入り口のホールです。 映画「ラストエンペラー」にも、満洲国建国のパーティーの場面の撮影に使われました。 二階からホールを見下ろしたとこ . . . 本文を読む
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さすらいの風景 長春 その5

2011年06月21日 | 海外旅行
勤民楼の一階は、溥儀の生涯の展示が行われています。 入り口に置かれた前書きから、中国政府の溥儀に対する考えが判りますので、載せておきます。共産党的な言い回しが特徴的です。 前書き  皇帝から公民へ  愛新覚羅溥儀は中国における封建時代の末代の皇帝であり、清王朝の最後の皇帝でもある。  彼は清王朝の最後の皇帝、復辟皇帝、さらに傀儡皇帝として3度も皇帝に即位したが、3度とも退位し、その一生の中で . . . 本文を読む
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さすらいの風景 長春 その4

2011年06月20日 | 海外旅行
勤民楼は、溥儀の執務室が置かれ、公的行事が行われました。 丸屋根が面白い建物ですが、中国の皇帝が住まう建物とは雰囲気が違っています。 まずは二階に上がります。 中庭にはなつめの木が植えられており、建物が取り巻いています。 ここで、日本と満州国との議定書が取り交わされました。 満洲国皇帝の玉座 執務室 仏間 宴会場 宴会場の背後には、楽団が座る席が設 . . . 本文を読む
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さすらいの風景 長春 その3

2011年06月17日 | 海外旅行
偽満皇宮博物院における緝煕楼(しゅうきろう)の一階の東側では、溥儀や皇后、皇妃の生活写真が展示されています。 この時代は、カメラの普及も進んでおり、古い写真も数多く残されているようです。 溥儀と皇后の婉容(えんよう) 婉容は、北京で生まれましたが、天津で育って英語を含めた西洋的な教育を受けていました。 17才の時に、溥儀の皇后として迎えられましたが、溥儀の同性愛的性向あるいは性 . . . 本文を読む
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さすらいの風景 長春 その2

2011年06月16日 | 海外旅行
今回の旅では、ラストエンペラーこと溥儀が住んだ満洲国の宮殿を訪れることを楽しみにしていました。 現在は、偽満皇宮博物院として開放されています。 この門は、見学者の出口にあたり、入場口は左手にあります。 入口の鉄柵に飾られているのは、満洲帝国の紋章で、蘭の花を表しています。 まず、興運門をくぐります。 門の内側には時計があり、9時10分で止まっています。これは、第二次大戦の終戦 . . . 本文を読む
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さすらいの風景 長春 その1

2011年06月15日 | 海外旅行
長春駅に到着したのは夜になってからで、夕食を食べてから西安大路にある金都飯店に泊まりました。 到着の時間は遅かったのですが、ビールを買いに外に出たついでに、近くの人民広場まで歩きました。 朝になってホテルの窓から外を眺めたところです。起きた時は小雨が降っていましたが、出発の時までには止んでくれました。 窓の外を眺めていると、ビルの間から特徴的な建物が見えていました。 これは、偽満州国務 . . . 本文を読む
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さすらいの風景 中国東北地方の旅 新潟からハルビン経由長春へ

2011年06月14日 | 海外旅行
中国東北地方の六日間の旅で、ハルビン(哈爾賓)、長春、瀋陽、大連、旅順を見学してきました。 本来は別な方面のツアーを申し込んでいたのですが、予定人数に満たずに中止になったため、桂林に引き続いて中国を訪れることになりました。 この旧滿洲一帯は、日露戦争や日本軍の侵略、敗戦に伴う入植者の引き上げなど、歴史の記憶もまだ生な状態のため、観光気分で訪れるのに気乗りがしませんでした。 しかし、この滿洲地 . . . 本文を読む
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さすらいの旅へ

2011年06月07日 | Weblog
明日より六日間の旅に出かけてきます 窓は夜露に濡れて 都すでに遠のく 北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず . . . 本文を読む
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Canon EOS Kiss X5

2011年06月06日 | Weblog
海外旅行ともなると、再度訪れる機会はまず無いので、故障に備えて予備カメラを持っていく必要があります。最近の海外旅行では、EOS Kiss X4 をメインにして、コンデジを予備にもっていきました。結局、コンデジは、使わずに終わりましたが、コンデジでは、思った写真を撮ることができません。EOS Kiss X5が発売されましたが、その内容は、X4とは、バリアングル クリアビュー液晶モニターが加わったくら . . . 本文を読む
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