(「ほなさんの汗かき日記」のアメブロに載せた
ものを再録)
K師匠の教え
晴わたったフェアウエイの尾根をK師匠が行く。緑の草
原と青い空の間に浮かび上がる白い人の姿は、いかにも軽
快そうに見える。405ヤード、パー4の2番ホールは、谷を
越えしばらくすると山ぎわを左へぐいっと曲がっているか
ら、K師匠は傾斜のある左の山すそをさけて、平らな右サ
イドに落としたようだ。
「多くのゴルフ場がマツクイムシにやられたが、Nカント
リーは手入れが行き届いていたから立派な松があるよ。」
とメンバーたちが自慢するだけあって、崖沿いのラフにす
っくと立つ綺麗な一本松が印象的なホールだ。
そういえばこのホールのティーグラウンドに着いた時、
K師匠が言った。
「こういうグリーンが見えないホールは、どこに打ったら
よいかわからないから、前の人がティを差した場所と方向
を参考にするんだよ。」
全く意味が分らないので、私たちが訝しげな顔をすると、
レベルの低さに気付いたらしく、さらに付け加えて説明し
てくれた。K師匠は打つために準備したグラブを反対に持
って、
「ここを見なさい、、、」と指した先には、芝生に筆です
っとひいたような土あとがあった。砲丸投げの鉄球大の白
いボールマークとマークを結ぶ線上に、同じショットの痕
跡がいくつも並んでいた。そしてそのほとんどが、同じ方
向を向いていたのだった。
「この方向に打つんだ。」とK師匠は言ったのち、慎重
にティショットをしたのだった。その目指した先に見えた
のがこの一本松か、ここにくるまでちっとも気付かなかっ
た。そうなのだ、2番ティグラウンドに立った誰もが、尾
根のこの一本杉めがけてショットしていたのだ。
K師匠のボール位置からは、グリーンが見えるに違いな
い。右手の眼下には、釣り人を迎えるいかだ船が無数に浮
かぶ内海もみえることだろう。K師匠の背中を向けてクラ
ブを振った姿は、背筋から頭の先までの上半身が一本線に
なって、素人目にも無駄のないフォームというのが理解で
きた。風景の中にゴルファーのショット姿が浮かんで、そ
れすら一枚の緊張感ある絵になっていた。
プレイング4の出番
みんなが第二打を打ち終わるまで、私は昇り斜面のカー
トの後部座席で小さくなって待っていた。気分はまるで「
おあずけをくった犬」のようだ。叱られた訳でもないのに、
耳をたれ、尾をしまい悲しそうに小さくなっている。プレ
イング4ではどのクラブを使おうなんて、先のことを考えら
れなかった。うちひしがれて、ただじっと待った。いや、
やっぱりプレイング4は罰ゲームに違いない。
100ヤードを示す杭の近くに、プレイング4の特設ティはあっ
た。特設ティといっても平らになっているわけでもない、フ
ェアウエイの左端と右端に、黒い小さなかまぼこ型の標識が
あるだけで、その標識と標識を結ぶ線を越えないところから
打つのだという。教えてもらわなければ見過ごしてしまうほ
ど小さくシンプルだった。
打ちひしがれて、背中を丸めて小さくなっている小市民、
ほなさんの出番はやっときた。いつまでも落ち込んでばかり
はいられない、やる時はやるのが団塊の世代の端くれなのだ
と、強気で鼓舞した。われら団塊の世代は競争世代、世の中
が公平なんて一度も思わなかった。だからやらねばならぬ時
には、自分の力を誇示する遺伝子がDNAの中に深く根付い
ている。得意の(これこそが唯一、前向いて球が飛んでいく
という意味で)8番アイアンを手に持ち、血圧の数値を30は
上げつつ特設ティに立った。
向こうに見えるグリーンの左右にバンカーがあり、周りの土
色に緑色のグリーンが映えてなおさらきれいだ。ここまでお
いでよ、と呼んでいる。
奇跡のショット
初心者の私には尺取り虫戦法しかないから、何打かかろう
とボールがひたすら前に飛ぶことを祈ってアドレスに入る。
素振りをすると、気持ちがうわずって、クラブの先が草の遥
か上を通過して、とてもボールに当たりそうにない。やばい、
やばい、ダフッてもいいから、もう少し草をカットするよう
にしよう。軽く振ることだけを念じて振り下ろすと、ボール
は何の抵抗もなく舞い上がった。風にさえぎられて音が聞こ
えなかったためか、ボールに当たったという感触はなかった。
でもボールは、青い空にスーっと弧を描いて、グリーン上の
旗めがけてまっすぐ伸びていくではないか。
周りから「ナイスショット!」の声がかかる。
ガンバレ、ボールよ、お前もチャンスをその手で掴め!われ
らは世界第二位の日本をつくった団塊の世代のそのまた端く
れなのだ。生まれてはじめての周りの賞賛に、ほなさんはわ
れを忘れて、手を挙げて応えた。
たった一打のナイスショットの声に、気分はもうツアープロ
だ。でもボールはグリーンまでひと伸びたりず、左のバンカ
ーに入っていた。バンカーの中を転がった跡が、弧をひいて
きれいについていた。それほど深くないが、グリーンはひざ
くらいの高さにあった。
バンカーにそろりと下りてみる。大粒の白砂の上にできる
足跡を気遣って、無意味なことはわかっていても、遠慮がち
に歩いてしまう自分が情けない。ヅカヅカと「バンカーなん
かに入りやがって」と傍若無人な態度がとれるのはいつの日
になるだろうか。
だいたい、ゲームをするためにここに居るのだから、遠慮し
ながらではできるものもできなくなってしまう。分ってはい
ても、他人の目や、お金を払っているゴルフ場にすら媚をう
ってしまう自分が情けない。あーあ、リッチなスポーツをし
ても貧乏性は変わらない。
K師匠が、「すくいあげるんじゃなく、ダフるつもりでボ
ールの手前を強く強く。」とグリーンから大きな声で言った。
紳士のK師匠が大きな声を出すというのは、ここ一番のショ
ットだと判断しているという気迫が伝わってきた。バンカー
から脱出できなかったら、後続のグループを遅延させ迷惑を
かけることになるから、責任を感じているのだろう。だがこ
ちらは、初めてのバンカーに興味津々で、ゴルフの醍醐味が
さらに味わえると勇んでアドレスに入った。物見遊山でゴル
フ場にきているから、何でも触ってみたい、やってみたい初
心者ゴルファーなのだ。
私の場合は何もしなくてもダフるのだから、手前の砂めが
けて思い切り打ち込んだ。砂が大きく舞い、続いてボールが
勢いよくグリーン上に飛び出した。2回目のナイスショットは
スローモーションでみえた。難しいと思っていたバンカーの
アゴはこのときばかりは低くみえた。K師匠の助言が的確だ
ったのだ。
でも本人はそんなこと気付かない。これ以後はバンカーに
入るたびに、どんな状況でも思い切り打ち込むものだから、
間違えてボールをさらに砂の中に叩き込んでしまったり、あ
たり一面に砂を撒き散らして周りを困らせた。やはりケース
バイケースがあるのを知るのは、ずっとあとのことになる。
ものを再録)
K師匠の教え
晴わたったフェアウエイの尾根をK師匠が行く。緑の草
原と青い空の間に浮かび上がる白い人の姿は、いかにも軽
快そうに見える。405ヤード、パー4の2番ホールは、谷を
越えしばらくすると山ぎわを左へぐいっと曲がっているか
ら、K師匠は傾斜のある左の山すそをさけて、平らな右サ
イドに落としたようだ。
「多くのゴルフ場がマツクイムシにやられたが、Nカント
リーは手入れが行き届いていたから立派な松があるよ。」
とメンバーたちが自慢するだけあって、崖沿いのラフにす
っくと立つ綺麗な一本松が印象的なホールだ。
そういえばこのホールのティーグラウンドに着いた時、
K師匠が言った。
「こういうグリーンが見えないホールは、どこに打ったら
よいかわからないから、前の人がティを差した場所と方向
を参考にするんだよ。」
全く意味が分らないので、私たちが訝しげな顔をすると、
レベルの低さに気付いたらしく、さらに付け加えて説明し
てくれた。K師匠は打つために準備したグラブを反対に持
って、
「ここを見なさい、、、」と指した先には、芝生に筆です
っとひいたような土あとがあった。砲丸投げの鉄球大の白
いボールマークとマークを結ぶ線上に、同じショットの痕
跡がいくつも並んでいた。そしてそのほとんどが、同じ方
向を向いていたのだった。
「この方向に打つんだ。」とK師匠は言ったのち、慎重
にティショットをしたのだった。その目指した先に見えた
のがこの一本松か、ここにくるまでちっとも気付かなかっ
た。そうなのだ、2番ティグラウンドに立った誰もが、尾
根のこの一本杉めがけてショットしていたのだ。
K師匠のボール位置からは、グリーンが見えるに違いな
い。右手の眼下には、釣り人を迎えるいかだ船が無数に浮
かぶ内海もみえることだろう。K師匠の背中を向けてクラ
ブを振った姿は、背筋から頭の先までの上半身が一本線に
なって、素人目にも無駄のないフォームというのが理解で
きた。風景の中にゴルファーのショット姿が浮かんで、そ
れすら一枚の緊張感ある絵になっていた。
プレイング4の出番
みんなが第二打を打ち終わるまで、私は昇り斜面のカー
トの後部座席で小さくなって待っていた。気分はまるで「
おあずけをくった犬」のようだ。叱られた訳でもないのに、
耳をたれ、尾をしまい悲しそうに小さくなっている。プレ
イング4ではどのクラブを使おうなんて、先のことを考えら
れなかった。うちひしがれて、ただじっと待った。いや、
やっぱりプレイング4は罰ゲームに違いない。
100ヤードを示す杭の近くに、プレイング4の特設ティはあっ
た。特設ティといっても平らになっているわけでもない、フ
ェアウエイの左端と右端に、黒い小さなかまぼこ型の標識が
あるだけで、その標識と標識を結ぶ線を越えないところから
打つのだという。教えてもらわなければ見過ごしてしまうほ
ど小さくシンプルだった。
打ちひしがれて、背中を丸めて小さくなっている小市民、
ほなさんの出番はやっときた。いつまでも落ち込んでばかり
はいられない、やる時はやるのが団塊の世代の端くれなのだ
と、強気で鼓舞した。われら団塊の世代は競争世代、世の中
が公平なんて一度も思わなかった。だからやらねばならぬ時
には、自分の力を誇示する遺伝子がDNAの中に深く根付い
ている。得意の(これこそが唯一、前向いて球が飛んでいく
という意味で)8番アイアンを手に持ち、血圧の数値を30は
上げつつ特設ティに立った。
向こうに見えるグリーンの左右にバンカーがあり、周りの土
色に緑色のグリーンが映えてなおさらきれいだ。ここまでお
いでよ、と呼んでいる。
奇跡のショット
初心者の私には尺取り虫戦法しかないから、何打かかろう
とボールがひたすら前に飛ぶことを祈ってアドレスに入る。
素振りをすると、気持ちがうわずって、クラブの先が草の遥
か上を通過して、とてもボールに当たりそうにない。やばい、
やばい、ダフッてもいいから、もう少し草をカットするよう
にしよう。軽く振ることだけを念じて振り下ろすと、ボール
は何の抵抗もなく舞い上がった。風にさえぎられて音が聞こ
えなかったためか、ボールに当たったという感触はなかった。
でもボールは、青い空にスーっと弧を描いて、グリーン上の
旗めがけてまっすぐ伸びていくではないか。
周りから「ナイスショット!」の声がかかる。
ガンバレ、ボールよ、お前もチャンスをその手で掴め!われ
らは世界第二位の日本をつくった団塊の世代のそのまた端く
れなのだ。生まれてはじめての周りの賞賛に、ほなさんはわ
れを忘れて、手を挙げて応えた。
たった一打のナイスショットの声に、気分はもうツアープロ
だ。でもボールはグリーンまでひと伸びたりず、左のバンカ
ーに入っていた。バンカーの中を転がった跡が、弧をひいて
きれいについていた。それほど深くないが、グリーンはひざ
くらいの高さにあった。
バンカーにそろりと下りてみる。大粒の白砂の上にできる
足跡を気遣って、無意味なことはわかっていても、遠慮がち
に歩いてしまう自分が情けない。ヅカヅカと「バンカーなん
かに入りやがって」と傍若無人な態度がとれるのはいつの日
になるだろうか。
だいたい、ゲームをするためにここに居るのだから、遠慮し
ながらではできるものもできなくなってしまう。分ってはい
ても、他人の目や、お金を払っているゴルフ場にすら媚をう
ってしまう自分が情けない。あーあ、リッチなスポーツをし
ても貧乏性は変わらない。
K師匠が、「すくいあげるんじゃなく、ダフるつもりでボ
ールの手前を強く強く。」とグリーンから大きな声で言った。
紳士のK師匠が大きな声を出すというのは、ここ一番のショ
ットだと判断しているという気迫が伝わってきた。バンカー
から脱出できなかったら、後続のグループを遅延させ迷惑を
かけることになるから、責任を感じているのだろう。だがこ
ちらは、初めてのバンカーに興味津々で、ゴルフの醍醐味が
さらに味わえると勇んでアドレスに入った。物見遊山でゴル
フ場にきているから、何でも触ってみたい、やってみたい初
心者ゴルファーなのだ。
私の場合は何もしなくてもダフるのだから、手前の砂めが
けて思い切り打ち込んだ。砂が大きく舞い、続いてボールが
勢いよくグリーン上に飛び出した。2回目のナイスショットは
スローモーションでみえた。難しいと思っていたバンカーの
アゴはこのときばかりは低くみえた。K師匠の助言が的確だ
ったのだ。
でも本人はそんなこと気付かない。これ以後はバンカーに
入るたびに、どんな状況でも思い切り打ち込むものだから、
間違えてボールをさらに砂の中に叩き込んでしまったり、あ
たり一面に砂を撒き散らして周りを困らせた。やはりケース
バイケースがあるのを知るのは、ずっとあとのことになる。