ゴルフデビューの日
それから三ヶ月のち、待ちに待ったゴルフデビュー
の日がやってきた。われわれを哀れんでくれる奇特な
ご仁があらわれ、親子を連れていってくれることにな
ったのだ。親子は小躍りして喜んだ。ましてや、来週
コンペへも参加させてくれるという。なんということ
だ。小学生の遠足前と同じ気分を想いだした。有名タ
レントに会わせてくれるより、はるかに興奮する出来
事だ。
情けあるご仁は、定年退職したばかりのKさんとい
う。中肉中背だがしまった体で、白髪にちかいグレー
の髪の毛をきちんと撫で付けた、みるからにソフトで
優しい紳士だった。あとでわかったが、リタイヤして
からゴルフ三昧の日々をおくりシングルの腕前だそう
だ。世の中には羨ましい人もいるものだなぁ。
やがて待ちに待ったデビューの日はきた。その日は、
六月の入梅前だったが、快晴の夏日。日よけの長袖を
用意しててちょうどよかった。コースは○○製薬のホ
ームコースとして古くからあるNカントリークラブで、
Kさんはメンバーらしい。
瀬戸内、鳴門海峡と紀伊水道が見渡せ、紀伊半島が
霞のむこうに見える。リッチな気分とはこういうもの
か、と思った。
K師匠の指示で、ゴルフシューズや備品は昨日買って
備品の準備は万端でも、私は肝心のドライバーがまと
もに当たらない。息子の方は、アイアンが半分くらい
振れない。K師匠は、まさかそんなこととは知るヨシ
もないだろう。心臓ドキドキさせながら、スタートを
待つ。
数台のカートが並び、われわれは他のプレーヤーの
邪魔にならないよう最後尾にいた。待つ間、息子はパ
ーがとれるかも、と強がりを言ったが、私は「みんご
る4」での余裕をすっかり無くしていた。息子は躁、私
は鬱なのだ。ここまでくれば、当たれ、当たってくれ
よドライバー君。
感動のスタート
半島というか、島というか、このあたりの地理はよ
く知らないが、Nカントリーは三方を海に囲まれた立
地の山岳コースだ。左に瀬戸内と右に鳴門海峡を見下
ろすクラブハウスを、だらだらと下った所がアウトコ
ースのスタート位置だ。「スタートはアウトに限る」
などと、誰かがいった言葉を、通(ツウ)ぶって口に
してみる。
右にドッグレッグしたアウトの1番は、海からの風に
のせてドライバーをおもい切り打ち下ろすコース。広い
フェアウエイが下って、先でまた登っている。前に行っ
たグループが、尾根のところでドックレッグした右方向
へ向かって打っているのが見える。空の青、海の青にど
こまでも新緑が映えて、緑の海をトコトコゆくカートが
のどかだ。並んだカートが一台、また一台と出発してい
く様は、ここだけ時間が止まったようにみえる。
私たちの直前は、70歳以上のグループだったらしく、
シニアのティーグランドへ降りていった。右へ左へと予
期せぬ方向にいったティーショットを嘆くかと思ったら、
小柄な爺さんたちは顔をほころばせて「さあ行きますか」
と和気藹々(あいあい)。7人の小人がかぼちゃの馬車に
乗るように、ひょいひょいとカートに乗って出発して行っ
た。どの背中もまるで少年のようだった。
これがゴルフなんだ、やっぱり楽しまなくちゃ。
怪しい第一打
本来は金属棒のくじをひいてティーショット順を決めるけ
ど、とやり方を見せながら、私のグループは師匠のKさん、
息子、私の順に打つよと、Kさんは説明してくれた。K師
匠の第一打は、ナイスショットだ。グリーン中央、さすが
シングル、さすがホームコース。ここに打てよ、という手
本なのだろう。ところが息子は意気込みすぎて空振り、次
は右へスライス。でも林手前のフェアウエイ端にあるのを
みて、ほっと顔をほころばせた。
いよいよ私の番。素振りを1回して、慎重に振ったドライバ
ーは、なんとか球に当たってくれた。ヤッタ!
次の瞬間、球は左に旋回しながらフェアウエイの左に落
ちた。よかった、まっすぐ飛んでないけれど、私にしてみ
れば大正解だった。でもどうして、私の球は他人と違い、
赤胴鈴の助や少年ジェットの「ウー、ヤー、ター!」の必
殺技みたいに渦を巻いて飛んでいくのだろう。何かとりつ
いているとしか思えない。
K師匠はUFOでも観たような目つきになって、何も言わな
かった。たぶんこれから先起こるであろう事を想像し、引
き受けたこと後悔したことだろう。
われわれ親子は、スタートすればこっちのもんだと開き
なおって、意気揚々とカートに乗り込んだ。実際は歩いて
もほとんど変わらない距離だったけれど。
天国と地獄
今日はセルフデーということで、キャディさんのいない
日だから、球の行方は自分たちが見ていなければならない
。見失うとロストボールということになって、OBと同じ
罰を受ける。キチンと打つためには、球をよく見て頭を動
かしてはいけないと思うから、自分の打った球の行方をみ
るのはとてもやっかいなのだ。やはり、まったく見ること
ができなかった。
K師匠から「あそこに球があるよ。」と教えてもらった。
一面の緑の海に、白いゴルフボールが浮かんでいる。けっ
こう遠くからでもポツンと見える様は、ゆったりと贅沢な
気持ちにさせてくれる。ほんの数人がこの広いホールを独
占しているのだ。
K師匠は、グリーン上では走ってはいけない、とか、グ
リーン上で一番近い所にオンしたものが旗を抜くのだとか、
カートの車内でいろいろ教えてくれた。しかしわれわれは
それどころでなかった。練習場のマット以外の上に、球が
あるのをみたことなかったのだ。2打目からは、ええっ!
頭、真っ白、これを打つのか。
悪夢の第二打
およそスポーツの中で、ゴルフほど実践的でない練習場
がたくさん存在するものは他にないだろう。練習場はどこ
も平らであり、ゴム芝のマットが下からボールを持ち上げ
てくれ、さあ打ってくださいとなっている。
ところが実際のコースは、起伏に富み、ティーショット
をする第一打を除けば、あとはいくら打とうがどこにも水
平で平らな場所はないのだ。平らに見えるフェアウェイで
あっても、水平ではなく上がったり下がったり、果てはバ
ンカーだと砂に入ったり、ラフだと草の中にもぐったりし
ている。これがゴルフの日常だということに、第二打を打
とうとして初めて気がついた。
だからゴルフ練習場というところでいくら練習しても、
実際は違うよ、というゴルファーなら誰でも知っている事
実があった。止まった球を打つことが、これほど難しいと
いわれるのは、きわめて簡単な現実だった。
ましてやわれわれ親子は、練習場でさえ打てないのだから、
右上がりの傾斜のきつい場所に落ちた球をみて、どのよう
にグラブを振ったら当てることができるのだろうと思った。
自力本願?他力本願?
まともに立っているのがやっとのような傾斜地で、さらに
片足を踏み台に乗せたまま打つような芸当は、これまでに
考えたこともなかった。K師匠のアドバイス通り、スロープ
レイ防止のため素振りは1回と決められていたせいもあるが、
数度の素振りくらいでは、とてもわれわれごときにこなせ
るものではない。
いくら日ノ本の萬(よろづ)神に念じてみても、一度も
やったこと、考えたことのないものは絶対に出てこない。
余力のある時なら、やおらホッテントットの神にもお願い
して、未知の力を授けてもらう奥の手もあろうが、あまり
の絶望感の前には念仏さえも忘れてしまった。
もうお分かりであろう。ほなさんは空振りをしながら何
度も叩いて、やっと次の場所へ球を運んだのだ。
K師匠は気の毒そうに言った。「スコアは数えなくてもい
いよ」と。
第1ホール目でもうすでにアンダーウエアは乾いたところ
がないほど汗だくだった。私の苦闘を横目に、ひばりのさ
えずりが平和な時を刻んでいる。
グリーンに立つ
アウト1番、パー5の道のりは長かった。自衛隊の「ほふ
く前進」の練習かと思うような姿勢で、高台のグリーンへ
辿りついた。しかし可笑しいことにグリーンへの難関アプ
ローチは一度でうまくいき、球は端っこに乗ったのだった。
手ですくい上げたような天ぷらスゥイングが効を奏したの
だ。
はじめてのったグリーンは、もっと硬いものかと思った
ら、スポンジケーキに良く似ていた。これまたはじめてパ
ターという独特の形をした道具を持って、グリーンにはせ
参じた。なにせ一番遠いのは私か息子だから、すぐ打たな
いといけない。スロープレイは嫌われるのだ。とても芝目
を読む時間はないし、たとえあっても読めない。
ふわふわするグリーンに立って、穴ポコめがけてコン。
当てた球は思った半分も行かなかった。はじめてのグリー
ンでは、パターのどこに当たっているのさえわからない。
二度目はまともに当たったらしい、コーン。K師匠が「あ
っ、強い」と叫んだ。今度は転がる転がる、またフリダシ
だ。
カップイン
パターの往復ビンタに耐えながら、たった10CMぐらい
までのを、最後まで外した。「ゴルフとは凄まじいもの
だ」と思ったが、カップインの音はすべてを忘れるほど
安らかで、私の耳に大きく響いた。
今、グリーンを去りつつ、悪戦苦闘した方向を見渡せ
ば、広大な緑の中をまたひとり、またひとりとこちら目
指してやってくるのが見える。風が吹いているのだろう、
名も知らぬ草たちがダンスを踊っている。草原を渡る風
を見たのはいつのことだっただろう、とふと思った。
サラリとした爽やかな汗で体中が包まれている。私はこ
ういう汗を待っていたのだ。
フェアウエイにあらわれたキジのひと鳴きを背に2番ホー
ルへ急いだ。(第一部 完)
それから三ヶ月のち、待ちに待ったゴルフデビュー
の日がやってきた。われわれを哀れんでくれる奇特な
ご仁があらわれ、親子を連れていってくれることにな
ったのだ。親子は小躍りして喜んだ。ましてや、来週
コンペへも参加させてくれるという。なんということ
だ。小学生の遠足前と同じ気分を想いだした。有名タ
レントに会わせてくれるより、はるかに興奮する出来
事だ。
情けあるご仁は、定年退職したばかりのKさんとい
う。中肉中背だがしまった体で、白髪にちかいグレー
の髪の毛をきちんと撫で付けた、みるからにソフトで
優しい紳士だった。あとでわかったが、リタイヤして
からゴルフ三昧の日々をおくりシングルの腕前だそう
だ。世の中には羨ましい人もいるものだなぁ。
やがて待ちに待ったデビューの日はきた。その日は、
六月の入梅前だったが、快晴の夏日。日よけの長袖を
用意しててちょうどよかった。コースは○○製薬のホ
ームコースとして古くからあるNカントリークラブで、
Kさんはメンバーらしい。
瀬戸内、鳴門海峡と紀伊水道が見渡せ、紀伊半島が
霞のむこうに見える。リッチな気分とはこういうもの
か、と思った。
K師匠の指示で、ゴルフシューズや備品は昨日買って
備品の準備は万端でも、私は肝心のドライバーがまと
もに当たらない。息子の方は、アイアンが半分くらい
振れない。K師匠は、まさかそんなこととは知るヨシ
もないだろう。心臓ドキドキさせながら、スタートを
待つ。
数台のカートが並び、われわれは他のプレーヤーの
邪魔にならないよう最後尾にいた。待つ間、息子はパ
ーがとれるかも、と強がりを言ったが、私は「みんご
る4」での余裕をすっかり無くしていた。息子は躁、私
は鬱なのだ。ここまでくれば、当たれ、当たってくれ
よドライバー君。
感動のスタート
半島というか、島というか、このあたりの地理はよ
く知らないが、Nカントリーは三方を海に囲まれた立
地の山岳コースだ。左に瀬戸内と右に鳴門海峡を見下
ろすクラブハウスを、だらだらと下った所がアウトコ
ースのスタート位置だ。「スタートはアウトに限る」
などと、誰かがいった言葉を、通(ツウ)ぶって口に
してみる。
右にドッグレッグしたアウトの1番は、海からの風に
のせてドライバーをおもい切り打ち下ろすコース。広い
フェアウエイが下って、先でまた登っている。前に行っ
たグループが、尾根のところでドックレッグした右方向
へ向かって打っているのが見える。空の青、海の青にど
こまでも新緑が映えて、緑の海をトコトコゆくカートが
のどかだ。並んだカートが一台、また一台と出発してい
く様は、ここだけ時間が止まったようにみえる。
私たちの直前は、70歳以上のグループだったらしく、
シニアのティーグランドへ降りていった。右へ左へと予
期せぬ方向にいったティーショットを嘆くかと思ったら、
小柄な爺さんたちは顔をほころばせて「さあ行きますか」
と和気藹々(あいあい)。7人の小人がかぼちゃの馬車に
乗るように、ひょいひょいとカートに乗って出発して行っ
た。どの背中もまるで少年のようだった。
これがゴルフなんだ、やっぱり楽しまなくちゃ。
怪しい第一打
本来は金属棒のくじをひいてティーショット順を決めるけ
ど、とやり方を見せながら、私のグループは師匠のKさん、
息子、私の順に打つよと、Kさんは説明してくれた。K師
匠の第一打は、ナイスショットだ。グリーン中央、さすが
シングル、さすがホームコース。ここに打てよ、という手
本なのだろう。ところが息子は意気込みすぎて空振り、次
は右へスライス。でも林手前のフェアウエイ端にあるのを
みて、ほっと顔をほころばせた。
いよいよ私の番。素振りを1回して、慎重に振ったドライバ
ーは、なんとか球に当たってくれた。ヤッタ!
次の瞬間、球は左に旋回しながらフェアウエイの左に落
ちた。よかった、まっすぐ飛んでないけれど、私にしてみ
れば大正解だった。でもどうして、私の球は他人と違い、
赤胴鈴の助や少年ジェットの「ウー、ヤー、ター!」の必
殺技みたいに渦を巻いて飛んでいくのだろう。何かとりつ
いているとしか思えない。
K師匠はUFOでも観たような目つきになって、何も言わな
かった。たぶんこれから先起こるであろう事を想像し、引
き受けたこと後悔したことだろう。
われわれ親子は、スタートすればこっちのもんだと開き
なおって、意気揚々とカートに乗り込んだ。実際は歩いて
もほとんど変わらない距離だったけれど。
天国と地獄
今日はセルフデーということで、キャディさんのいない
日だから、球の行方は自分たちが見ていなければならない
。見失うとロストボールということになって、OBと同じ
罰を受ける。キチンと打つためには、球をよく見て頭を動
かしてはいけないと思うから、自分の打った球の行方をみ
るのはとてもやっかいなのだ。やはり、まったく見ること
ができなかった。
K師匠から「あそこに球があるよ。」と教えてもらった。
一面の緑の海に、白いゴルフボールが浮かんでいる。けっ
こう遠くからでもポツンと見える様は、ゆったりと贅沢な
気持ちにさせてくれる。ほんの数人がこの広いホールを独
占しているのだ。
K師匠は、グリーン上では走ってはいけない、とか、グ
リーン上で一番近い所にオンしたものが旗を抜くのだとか、
カートの車内でいろいろ教えてくれた。しかしわれわれは
それどころでなかった。練習場のマット以外の上に、球が
あるのをみたことなかったのだ。2打目からは、ええっ!
頭、真っ白、これを打つのか。
悪夢の第二打
およそスポーツの中で、ゴルフほど実践的でない練習場
がたくさん存在するものは他にないだろう。練習場はどこ
も平らであり、ゴム芝のマットが下からボールを持ち上げ
てくれ、さあ打ってくださいとなっている。
ところが実際のコースは、起伏に富み、ティーショット
をする第一打を除けば、あとはいくら打とうがどこにも水
平で平らな場所はないのだ。平らに見えるフェアウェイで
あっても、水平ではなく上がったり下がったり、果てはバ
ンカーだと砂に入ったり、ラフだと草の中にもぐったりし
ている。これがゴルフの日常だということに、第二打を打
とうとして初めて気がついた。
だからゴルフ練習場というところでいくら練習しても、
実際は違うよ、というゴルファーなら誰でも知っている事
実があった。止まった球を打つことが、これほど難しいと
いわれるのは、きわめて簡単な現実だった。
ましてやわれわれ親子は、練習場でさえ打てないのだから、
右上がりの傾斜のきつい場所に落ちた球をみて、どのよう
にグラブを振ったら当てることができるのだろうと思った。
自力本願?他力本願?
まともに立っているのがやっとのような傾斜地で、さらに
片足を踏み台に乗せたまま打つような芸当は、これまでに
考えたこともなかった。K師匠のアドバイス通り、スロープ
レイ防止のため素振りは1回と決められていたせいもあるが、
数度の素振りくらいでは、とてもわれわれごときにこなせ
るものではない。
いくら日ノ本の萬(よろづ)神に念じてみても、一度も
やったこと、考えたことのないものは絶対に出てこない。
余力のある時なら、やおらホッテントットの神にもお願い
して、未知の力を授けてもらう奥の手もあろうが、あまり
の絶望感の前には念仏さえも忘れてしまった。
もうお分かりであろう。ほなさんは空振りをしながら何
度も叩いて、やっと次の場所へ球を運んだのだ。
K師匠は気の毒そうに言った。「スコアは数えなくてもい
いよ」と。
第1ホール目でもうすでにアンダーウエアは乾いたところ
がないほど汗だくだった。私の苦闘を横目に、ひばりのさ
えずりが平和な時を刻んでいる。
グリーンに立つ
アウト1番、パー5の道のりは長かった。自衛隊の「ほふ
く前進」の練習かと思うような姿勢で、高台のグリーンへ
辿りついた。しかし可笑しいことにグリーンへの難関アプ
ローチは一度でうまくいき、球は端っこに乗ったのだった。
手ですくい上げたような天ぷらスゥイングが効を奏したの
だ。
はじめてのったグリーンは、もっと硬いものかと思った
ら、スポンジケーキに良く似ていた。これまたはじめてパ
ターという独特の形をした道具を持って、グリーンにはせ
参じた。なにせ一番遠いのは私か息子だから、すぐ打たな
いといけない。スロープレイは嫌われるのだ。とても芝目
を読む時間はないし、たとえあっても読めない。
ふわふわするグリーンに立って、穴ポコめがけてコン。
当てた球は思った半分も行かなかった。はじめてのグリー
ンでは、パターのどこに当たっているのさえわからない。
二度目はまともに当たったらしい、コーン。K師匠が「あ
っ、強い」と叫んだ。今度は転がる転がる、またフリダシ
だ。
カップイン
パターの往復ビンタに耐えながら、たった10CMぐらい
までのを、最後まで外した。「ゴルフとは凄まじいもの
だ」と思ったが、カップインの音はすべてを忘れるほど
安らかで、私の耳に大きく響いた。
今、グリーンを去りつつ、悪戦苦闘した方向を見渡せ
ば、広大な緑の中をまたひとり、またひとりとこちら目
指してやってくるのが見える。風が吹いているのだろう、
名も知らぬ草たちがダンスを踊っている。草原を渡る風
を見たのはいつのことだっただろう、とふと思った。
サラリとした爽やかな汗で体中が包まれている。私はこ
ういう汗を待っていたのだ。
フェアウエイにあらわれたキジのひと鳴きを背に2番ホー
ルへ急いだ。(第一部 完)