味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

夫れ賞の疑はしきは重きに従ひ、

2019-12-16 15:40:41 | ブログ
第3987号 01.12.17(火)

夫れ賞の疑はしきは重きに従ひ、罰の疑はしきは輕きに従ふ。君、其の厚きに居るは、百王の通制なり。故に臧孫の嚴猛、魯邦、其の亡びざるを患へ、子産の寛仁、鄭國、其の將に死せんとするを憂ふ。刑の軽重、恩の厚薄、思はるると疾まるると、其れ日を同じうして言ふ可けんや。且つ法は、國の権衡なり。時の準縄なり。権衡は、軽重を定むる所以、準縄は、曲直を正す所以なり。『貞観政要』437

いったい、賞の疑はしいのは重いほうに従い、罰の疑はしいのは輕いほうに從うのがよい。君として恩恵を厚くするのは百代の王のきまった制度である。それゆえ、臧孫がきびしく猛烈であったから、魯国では、臧孫を憎んで早く死なないことを憂い、子産が広く情深いので、鄭國では、子産を愛慕して死にはせぬかということを心配しました。刑罰の軽いと重いと、恩恵の厚いと薄いとは、思慕されるということになり、それをいっしょにして論ずることはできません。その上、法は國の権衡ではあり、時の準備であります。権衡は物の軽重を定めるものであり、準縄は物の曲直を正すものであります。438

 【コメント】「法は國の権衡であるということは、事物を品評する標準」ということですが、我々凡人も真面目に法を順守したいものです。

 人間社会で大事なことは、世の中の為になることをすることであると思います。ギャンブル依存症の人を保険適用にするということですが、これは本人の意志が弱かったりチャランポランだからギャンブルに凝ると思うのです。

 先程のテレビでそういうのを導入する安倍さんは大嫌いという人が出てきましたが、私も同様です。私の父は博打打でしたが、子供は一切しませんでした。

 20代の若い頃同級生がたむろする所へ行きました。そこで15人位で花札をしていました。私にも中に入れと勧められまして途中から入りました。

 時間の経過と共に、参加しているみんなの金を全部私が勝ち集めたのでした。博奕打ちの息子はその血があるのかなと思いましたが、その場へは二度と行きませんでした。

 80歳の今日までいろいろのことをしてきましたが、『南洲翁遺訓』と漢籍を学ぶことほどいいことはないという結論に至っています。

 先程、荘内南洲会の阿曾先生と語りました。体調が悪くフラフラしているということをお伝えしました。数か所の脳外科にも行きましたが、頭はどうもないと言われるのです。そして運動不足だとのことです。

 私が運動不足なら世の中の人はみんなだよ、と思っています。

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