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銀河鉄道拾遺

SF、かふぇ及びギター

備忘録998

2024-10-19 16:54:50 | 音源など
1.
没後100年を迎えるフォーレの作品115でひーひー云ってるtweet(by相方)が流れて来て、115ってブラームスにもあったな、池袋で聞かせて呉れたの何時だっけ?と返したら、ちょうど20年前!ってリプがあり、それで思い出した、その年、つまり2004年は998と呼ばれる、相方がイロイロ充実してたと遠い目で仰るよな、そんな年だったのだ。

2.
バッハの無伴奏ヴァイオリン曲を弾こう、デュオなら何とか行けるのでわ?が当初のコンセプトだ。3曲あるフーガを材に取り、入り組んだ各声部を2パートに割り振ってみたが然したる成果は得られず、思い余ってプロの作曲家に相談するもやんわり断られ、プロジェクトは暗礁に乗り上げる。その時ふと耳をよぎったのが、他ならぬ998だった。

3.
998とはバッハが1940年頃に作ったリュート曲「プレリュード、フーガとアレグロ 変ホ長調」のこと。或る日、石丸電気(水戸に石丸があった時代があるのさ)で何気なく手にしたCDが決定打を放つ。テルデックからリリースされたバッハ全集のリュート編でharpsichordを弾いていたのはMichele Barchi、イタリアの新進と解説にはあった。


4.
実は家には既に同曲の盤があった、Gustav Leonhardtのハルモニア・ムンディ盤。フーガの技法とパルティータ ロ短調メインの2枚組の片隅にちんまりと収まっていた、然しこれにはいまひとつ興をそそられなかったのに対し、前述のバルキの緩急とダイナミクスに富んだ若さ溢れる演奏は

5.
そうと決まれば次は譜面の入手。ピアノ教師をしてる妹が、それなら図書館にあったぜと云うんで、貰ったらギター譜だった。それでアカデミアから取り寄せもした、こちらはドロップDチューニングのアレンジで、何より手書き譜のファクシミリ版がオマケ。余談だが原譜は国内の某大学が所有していた、飽くまで当時の話だけど。


6.
次は此れを二丁のヴィオラにアレンジする段。何故「二丁のヴィオラ」かと云えば、私と相方が二人ともヴィオラ弾きだったから。この頃muse scoreは未だ手許になく全部手書き、初稿は14段見開きの五線譜にボールペンテルで書いた。所謂スコアで、2パートにどう分けるか検討した結果なのだ。‘03.11.28脱稿の書付けがある。


7.
編曲のアイディアはシンプルだ、プレリュードはウォーキング・バスに乗って二声が対話を交わし、アレグロではバスとソプラノが明確に分かれる。だから前者はバスを交互に弾き乍らメロを弾き、後者はリピートで上下が入れ替わる協奏曲仕様となった。困ったのは真ん中のフーガ、これはちょっとずつ相手に手を差し伸べながら渡り行く形を取った。


8.
編曲に2003年をまるまる費やし、わたしたちは翌年これをステージに掛けることにした。そっちが先決事項だったんだっけ?もう覚えてない。隣県栃木市で16回目の開催となる栃木[蔵の街]音楽祭にエントリーした。後はもう練習しかなく、水戸で3回のリハが行われた。3階まで吹抜けと云うおよそオフィスとは云い難い社屋が、この時は役に立った。


9.
2004.9.18(Sat) 第16回 栃木[蔵の街]音楽祭メインステージ at 栃木市文化会館
・J.S.バッハ:パルティータBWV.1006よりルール
・J.S.バッハ:音楽の捧げものBWV.1080よりオクターヴのカノン
・J.S.バッハ:プレリュード、フーガとアレグロBWV.998

10.
Pitch=430は相方には辛かった様だが、ロシア音楽好きの同業(≒ヴィオラ奏者)編集者や10巻に及ぶコミックスをリリースし現在も週刊誌連載中の売れっ子漫画家のヴァイオリン弾きを巻き込みライヴは無事終了、そして2024年10月の今ここに私は居る。ま、いるだけだけど...
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ちがう、そうじゃないっ

2024-10-04 06:04:20 | ライヴ見物
弁天百暇堂 分室 no.3 四絃翔楽   2024年9月29日(日) サロン・ド・サングリエ
 -モーツァルト : 弦楽四重奏曲 第16番 変ホ長調 KV428
 -シューベルト : 弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調 D87



前者が1783年、後者は1813年と作曲に30年の隔たりがある。だから時代背景や作曲家の意図は全然違うんだけど、しかし同じ調性。これをプログラムに盛り込んだら面白かろうと考えたものがこれ迄にも居た筈。私も其の一人で、だが既に時は遅しメンバーはバラバラ、楽器は冬眠。だから首謀者から企画を聞かされた瞬間、譜面およびスコアの譲渡を申し出た。まあ聞く権利は貰ったねと、私設クワルテットの試演をどれどれと聞きに行くエステルハージ伯になった積りで、壱岐坂を登っていった。

モーツァルトは想い出深い。SEと教員と院生で構成されたウチのクワルテットは1年余り、この曲を弾いていた。挙句’90年に日立シビックセンターで催された室内楽セミナーに参加、古楽器系のアプローチをやらかして故数住岸子教授に大目玉を食らったのだ。なにしろ初っ端のユニゾン、ミ♭~ミ♭とアップで弾いた次のラ♮を、四人で開放絃弾いたからな...

で、ここからは弁天チームの話、名だたる他の大作曲家と同様、モーツァルトのクワルテットにも確かな色と云うものがあって、そこらもう少し意識してほしかった。(Bの付く作家連より其処は難しい)それからホールの残響を計算に入れるまでもなく、フレーズの終わりはきちんと伸ばして収めてください。
例えば次の譜はどう弾く?

こういう ❛こんがらがった❜ リズムをすっきり弾けるには、ちょいと引いた地点からの澄んだ目線が必要なんだろな。アインザッツもちょっと乱れてた。まあ兎に角、最前列に群がった私を含む年寄り連が悪いんだけど、ホーム(まさに家の意)で気楽に気ままにやってる感が出ればこの手のライヴは成功なんで(メヌエットはよかった)その辺りを目指して呉たまえ、と言い残し伯はお茶の水方向に去っていった。(シューベルトには言及せなんだが、あれはいちにも二にもグルーヴなんで)

然しひさびさに聞く四重奏にむかしのたぎる血を思い出し、帰りの道すがら「やっかんだりやきもきしたりせず、ただ素直に音に聞き入る、そんな四重奏愛好者にわたしはなりたい。」などTwitterに書き付けてる辺り、弁天チームのしてやったり顔が浮かんでいよいよ悔しかったので、ここ10年くらいずっと欲しかったhaydnの盤を土産にとぼとぼ引き上げて参りました。77点

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