ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

子どもをやたら叱るな。

2005年10月14日 | とんでもない!
 

 私はかつて子どもたちの遊び場活動でプレイリーダーと称される「子どもたちの遊びに関わる大人」を仕事としていた。

 現在は週末の金曜、土曜日に軽ワゴン車に「有機農産物と無添加食品」を満載して、お客さん宅の玄関口までお邪魔して、店開きして販売する移動八百屋をしているだが、いくつかの場所で子どもたちが出てくるのである。

 母親であるお客さんは、大抵は「邪魔やからウロウロせんといて」ってな感じで、子どもたちの動きを排除しようとする場合があるのだが、何人かは私と子どもが慣れたためもあって、メモ用紙に書かれた必要な食品を、子どもたちが買い物する場合もある。
 
 そんな中で、今晩もこんなことがあったのである。

 若い母親は日頃やんちゃで元気すぎる5才の男の子に手を焼いている様子で、私と遊ぶ子どもを見守りながらも、無茶をしないようにと注意を払っているのである。

 サイドドアを子どもが開けた瞬間に、私が予約のパンをビニール袋に入れておいたのが、車の移動で下に落ちてきていたらしく、車外に包まれたパンが落ちたのである。

 すると母親は、とっさに「あんなが投げたのか」と息子に向かって叱ったのである。子どもは何を叱られたのかピントこないうちに、条件反射的に逃げていったのである。

 しかしである。私は事実を知っていたので、おかぁさんに言ったのである。NAOクンは何もしていないよ、車のサイドドアを開けただけだよ。なのに落ちたパンは自分の息子が投げたのだろうと思い込んで、母親は即座に叱ったのである。

 濡れ衣もいいところで、彼も「僕とちゃうで」と言えばいいものを、因果関係と関係なく、叱られたので現場から条件反射で逃げてしまったのである。

 私は母親に笑いながら言ったのである。「彼は何も悪いことはしていない」なのにいつも何かいたずらや具合の悪いことが起きたら、まず最初に犯人扱いされるのは、彼にとってはええ迷惑なのである。

 過去にも何度も何度も悪さを彼自身がして叱られたことが度重なるほどあったんだろうと推察できるのだが、たまに彼の仕業でない場合も、間違っていても叱られてしまうのである。

 世のお母さんたち、お父さんたちに言いたい。彼のことを思うと私自身の幼き頃とダブってしまうほど、よく分かるのだが、いつもいたずら好きの子どもだったとしても、何かが起きれば、まずその子の性にしないでほしいものである。

 よーくおきた事実を確認した上で、その因果をしっかり見極めた上で、犯人探しというか、原因を作った存在を見つけて、確信が持てれば「叱る」様にしてもらいたいものである。

 世の大人たちよ、軽はずみに「またお前か」と決め付けて、わが子を叱らない様にしてもらいたいものである。

 NAO君よ、いつも叱られる存在に慣れてしまわないで、違う場合は正々堂々と「抗議」して「僕とちゃうで」とはっきりと言おうではないか。

 どうしようもない社会的にも大人になっても困る様なことをしでかした場合を除いて、「子どもをやたら叱るな」と私は言いたい。

 ちいさな子どもたちの心に、間違っても叱られた記憶とトラウマは、ずつと残っていて、成長過程で決してプラスにならない場合があるので、十分注意してもらいたいと思うのである。
 
コメント (1)
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