陽子が犯人の娘であるということを知るのは夫の啓造と友人である託児施設の高木のみ。啓造は妻の夏枝が啓造の同僚医師村井と不倫中目を離した隙に娘が家を離れ、殺害されたことを恨み、敢えて犯人の娘である陽子を夏枝に育てさせることで復讐を考えていた。しかしある日夏枝はその事実を啓造の日記を盗み読みして知ってしまう。
それ以降、夏枝は啓造と陽子への憎悪心を募らせる。特に陽子には冷たく当たった。給食費を出さなかったり、学芸会の衣装を用意しなかったり、高校の卒業式の答辞の原稿を白紙に摩り替えたりなど、夏枝のいじめは続く。
そんな中、唯一陽子を庇っていたのが義兄の徹だった。そしていつしかその思いは兄妹恋愛へと変化していく。
そして時は流れ昭和41年、陽子は徹の友人である医学生北原と出会い、やがて求婚される。しかし北原が辻口宅を訪れた際、夏枝は事実を晒し、陽子は残酷な真実を目の当たりにする。悲観した陽子は自殺を図る、幸い命は取り止めたが、ここで話は急展開する。
託児施設の高木が陽子は犯人の娘ではないと明かす。犯人の娘と知らずに育てる夏枝が不憫で犯人の娘は渡せなかったというのが理由だ。しかし陽子は実母の不貞により生れた子であることを改めて聞かされ、新たな罪悪感を覚える。そして陽子は実母を憎むようになる。
陽子は一度だけ実母と面会する。しかし陽子は実母を許すことなく、冷たく突き放した。それ以降、二人は一度も会うことはなかった。
陽子は徹と北原の双方から求婚され、気持ちは揺れ動く。しかしある日大地震による被災で北原が左足を失い、陽子の気持ちは北原へと固まる。
そして、40年の歳月が流れ時は現在へと移り変わる。陽子は実母が亡くなったことを知る。そして夫北原から実母の話を聞かされ、実母が大切に保管していた陽子の臍の緒を渡される。そして陽子の実母への恨みが後悔の念へと変わり、ドラマは終了する。
この物語は、人の愛情と憎悪、美しさと醜さが如実に表された作品であった。主人公の陽子役を演じる石原さとみの解説の中で、「人は傷つけ合う、しかしどこまで相手を許すことが出来るか」といった行が何度となく出てくる。そこには人は幾つもの悲しみと苦しみを乗り越えてこそ真の愛情が得られるものであるという、若い女性など現代人に失われつつある大切な人の心を説いたものであったはずだ。
ところが、ドラマの中では、夏枝の不貞がもとで実娘が殺害されたのに、自分は殺人犯の娘を育てさせられるほど悪いことはしていないと開き直ったり、陽子が大学内で実母の息子(陽子の弟に当たる)に声を掛けられても迷惑者扱いするだけであったりなど、唱えることと行動が矛盾している場面も目立った。
また、昭和41年当時に「これからは女の子も大学へ行く時代だ」という台詞も違和感があるし、ノースリーブの服装やパーマをかけた女子大生の姿など、時代錯誤と思えるところも幾つかあった。
小説がドラマ化される際に原作に手を加えることは多々あることだ。しかし視聴者に訴えたい本質までぼやけてしまうような手の加え方では折角の名作も水を差された格好になってしまう。目先の欲ばかり追い求める平和ボケした自己中女性にはこのドラマはどう映ったろうか。それとも、今風の流行的な番組ばかりに気を取られて見ることすらしないのだろうか。
<参考>「氷点」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E7%82%B9