話題の映画『シン・ゴジラ』を観た。映画館でゴジラ映画を観るのは1984年の『ゴジラ』以来。その84年版に筆者はエキストラのアルバイトで出演した。映画撮影所で空港に殺到するパニックシーン、新宿中央公園で沢口靖子のデートシーン、真夜中の富士山五合目でゴジラ最後のシーンなどに出演したが、当然ながら映画本編で自分の姿を確認することは出来なかった。一緒に観に行ったサークルの女の子をジャズバーに誘ったが飲ませ過ぎて大変なことになった(遠い目)。
それはとにかく、何度目かのリメイクになる『シン・ゴジラ』は目を離せないくらい面白かった。一回観ただけでは分からない伏線やオマージュが多々有るのは「高度情報化社会」を遥かに超えた「情報秒殺社会」の縮図に思えた。全編通して壮大なパロディのような印象が有るのは、ネットを通して現実の出来事を見ると、自分には関係ない絵空事のように感じられるのと同じ、などと語り出したらきりがない。多くの人が『シン・ゴジラ』について語りたがる気持ちはよくわかるが、本稿の主眼はそこには無い。
観終わったあと『ゴジラ対ヘドラ』の話題になった。ヘドラを知らない同行者にスマホで画像を見せていて、自宅にある<ヘドラ>のソフビ人形を思い出した。40年以上昔小学生のときに購入して以来、他の玩具や人形は捨ててしまったのに<ヘドラ>だけは残してある。他の玩具に比べて高価で特別感があったことと、グロテスクなのにどこか愛嬌のあるルックスに愛着を感じたのである。その一方、子供心に薄々感じていたのは、映画のヘドラに似ていないことだった。しかし当時の技術では完全に再現することは不可能だったのだろうと思い深く考えることはこれまで無かった。しかし40余年経って改めて比べてみて、似てないどころかまったく別ものであるが明らかになった。40年以上ヘドラだと思い込んでいた自分の記憶のどこに間違いがあったのだろう?
VS
では所有しているソフビ怪獣は一体何者か?いくらググってもそれらしき情報は無い。では誰かに聞くしかない。あたかも『シン・ゴジラ』で牧悟郎博士が残した謎を解く為に全世界のスーパーコンピューターを繋ぐよう要請したように、ツイッターで拡散し情報提供を呼びかけた。
驚いたことにツイートは240回もRT(リツイート)され全世界へ拡散された。そうして寄せられた有力情報を調べたところ、驚くべき事実が判明したのである。
幸いなことに記憶には間違いは無く、このソフビ人形は確かに<ヘドラ>であった。1971年夏に公開された『ゴジラ対ヘドラ』に因んで発売されたものだが、東宝映画公認グッズではなく、非公認メーカーがブームに便乗して売り出した、所謂「パチもん」だったのである。
詳細はこちらのブログに詳しい。⇒「パチ」の文化史(その2) パチパチ怪獣総進撃
当時3つの形態で販売され、飛行形態を模したと思われる3号(上記の右端)にも少し心を惹かれたものの、思い直して購入したのが現在所有する<ヘドラ1号>だった。さらに調べたところでは、パチもんの方が公認グッズより早く発売されたらしく、疑うこと知らない無垢な少年はコロッと騙されてしまったようだ。
ゴジラ対ヘドラ予告編
40年以上信じていた人形が、本物ではなくフェイク(偽物)だったのは確かだが、それにも拘らず<ヘドラ>であることに嘘は無い。”FAKE(偽物)BUT REAL(真実)”。そんな矛盾を内に秘めた危うい存在のままで、筆者の人生の半分以上を共に生きて来た<彼>こそ『シン・ヘドラ』と呼ぶのが相応しい。
かえせ!太陽を(ゴジラ対ヘドラ メイン・タイトル)
キラキラ光る目、口からはみ出たベロ、少し上を見上げ何かを願うような表情、カワイイ奴じゃないか。フェイクジャズを愛する筆者にとって最高の愛好の対象であることは間違いない。このまま墓場まで連れて行こうと決心した。
シン・ヘドラ
40年目の
ハーレム体験
幼少時、親戚宅で眞鍋理一郎のテーマ曲を刷り込まれて以来ヘドラがトラウマとなっている私にとって、今回はChallenge To Fate史上最大の催涙ブログでした。
しかし、私もブルマーク製のウルトラ怪獣ソフビを段ボール2箱ぶんほど所有していましたが、あれは一体どこへ消えてしまったのやら・・。それを考えたらこの<シン・ヘドラ>の幸福な一生はどうでしょう!
あれほど愛したソフビ達を、ハーレムで葬ってやれなかった自分が情けないです。