Sightsong

自縄自縛日記

キム・ソンス『アシュラ』

2017-03-26 23:51:02 | 韓国・朝鮮

エドワード・ヤン『クーリンチェ少年殺人事件』を目当てに出かけたのだが、1時間前なのに早々と満員御礼。どうでもよくなって、同じ新宿武蔵野館にて、キム・ソンス『アシュラ』(2016年)を観る。

不正まみれの市長一派と、かれの悪事を暴こうとする検事一派との激しい抗争物語。暴力描写がひどすぎてもうウンザリだ。

それはそれとして、俳優陣はなかなか。主役の暴力刑事チョン・ウソンは、『グッド・バッド・ウィアード』や『レイン・オブ・アサシン』のイケメンよりもこのくらいの汚れ役のほうがスクリーンに映える。検事役のクァク・ドウォンは『弁護人』の軍人と同様にひたすら憎たらしい。

よく考えたらバイオレンス物は苦手なのだった。

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ヨハネス・バウアー+ペーター・ブロッツマン『Blue City』

2017-03-26 09:27:59 | アヴァンギャルド・ジャズ

ヨハネス・バウアー+ペーター・ブロッツマン『Blue City』(Trost、1997年)を聴く。

Peter Brotzmann (tarogato, as, ts, b-flat cl)
Johannes Bauer (tb)

1997年、大阪でのライヴ録音。同じ年の来日時に、御茶ノ水のディスクユニオンの売り場の上、たぶん4階でのインストアライヴを観た。(いまのJazz Tokyoとは違い、駿河台下に通じる坂の途中・明大の向かい側にあった。ロリンズの『Saxophone Colossus』が大きな看板になっていた。)

当時は「ブレッツマン」表記も多く(Brotzmannの「o」にウムラウトが付いているため)、チラシもそうだったような気がする。

ブロッツマンのCDを聴いてはいたがナマで観るのははじめて、ヨハネス・バウアーにいたっては名前も初耳という状況。よくわからずそこに行き、ヨーロッパのエネルギー・ミュージックに圧倒されてしまった。実は地獄の一丁目だったのかもしれぬ。

本盤を聴きながら、20年前の記録であってもその魅力はまったく失われていないと感じる。バウアーは顔を真っ赤にしてひたすら愉しそうにトロンボーンを吹き、かれを動だとすれば、静のブロッツマンはわけのわからないカオティックな辻説法。何が驚いたかと言えば、かたちの整備への拘泥や、感情の吐露に対するバリアといったものを、かれらが、ものの見事に棄て去っていることなのだった。

ところで、本盤の音源テープは、ブロッツマンの「カオス・ボックス」から、日付と場所とが付された形で偶然見つかったそうである。ディスクユニオンの演奏も、誰かがヴィデオカメラで撮っていた記憶がある。それも「カオス・ボックス」にはないか。

●ヨハネス・バウアー
ペーター・ブロッツマンの映像『Concert for Fukushima / Wels 2011』(2011年)
アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ『ライヴ・イン・ベルリン』
(2008年)

●ペーター・ブロッツマン
ブロッツ&サブ@新宿ピットイン(2015年)
ペーター・ブロッツマン+佐藤允彦+森山威男@新宿ピットイン(2014年)
ペーター・ブロッツマン@新宿ピットイン(2011年)
ペーター・ブロッツマンの映像『Concert for Fukushima / Wels 2011』(2011年)
ペーター・ブロッツマンの映像『Soldier of the Road』(2011年)
ペーター・ブロッツマン+佐藤允彦+森山威男『YATAGARASU』(2011年)
ハン・ベニンク『Hazentijd』(2009年)
バーグマン+ブロッツマン+シリル『Exhilaration』(1996年)
『Vier Tiere』(1994年)
ペーター・ブロッツマン+羽野昌二+山内テツ+郷津晴彦『Dare Devil』(1991年)
ペーター・ブロッツマン+フレッド・ホプキンス+ラシッド・アリ『Songlines』(1991年)
エバ・ヤーン『Rising Tones Cross』(1985年)
『BROTZM/FMPのレコードジャケット 1969-1989』
ペーター・ブロッツマン
セシル・テイラーのブラックセイントとソウルノートの5枚組ボックスセット(1979-86年) 

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ポール・ボウルズ『孤独の洗礼/無の近傍』

2017-03-26 08:37:44 | 中東・アフリカ

ポール・ボウルズ『孤独の洗礼/無の近傍』(白水社、原著1957、63、72、81年)を読む。

これはボウルズが中東・北アフリカを旅し、移り住んだときに書かれたエッセイである。スリランカの記録もある。

当時(1950年代)、ボウルズはアメリカで予算を得て、モロッコ音楽の録音収集を行うという仕事を遂行していた。実はそれは簡単なことではなかったことがわかる。目当ての村にたどり着いてみても交流の電気がない。モロッコ政府の許可が得られない。すさまじくひどい宿。民族音楽を近代化の敵のように扱う官僚。ボウルズの活動の成果は『Music of Morocco』という4枚組CD・解説という立派な形となっているのだが、その価値は思った以上に大きなものだった。

サハラ砂漠という孤絶の地について、詩的とも言える文章で綴った「孤独の洗礼」は特に素晴らしい。

「ほかのどんな環境も、絶対的なものの真ん中にいるという最高の満足感を与えてはくれない。どんなに安楽な暮らしと金を失っても、旅行者はどうしてもここに戻ってくる。絶対には値段がないのだから。」

●参照
ポール・ボウルズが採集したモロッコ音楽集『Music of Morocco』
(1959年)

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川下直広カルテット@なってるハウス

2017-03-26 08:00:39 | アヴァンギャルド・ジャズ

入谷のなってるハウスにて、川下直広カルテット(2017/3/26)。

Naohiro Kawashita 川下直広 (ts, harmonica)
Daisuke Fuwa 不破大輔 (b)
Futoshi Okamura 岡村太 (ds)
Koichi Yamaguchi 山口コーイチ (p)

「What a Wonderful World」からはじまる発酵食品のような2ステージ。チャーリー・ヘイデンの「First Song」での悠然としたブロウに聴き惚れてしまった。「The End of the World」のテナーも、「生活の柄」のハーモニカも素晴らしかった。

この日はJOEさんzu-jaさんとジャズ馬鹿話で盛り上がりながら一緒に観たのだが、皆口をそろえて、山口コーイチさんのピアノが異色でひたすら面白い、と。確かに4ビートのリズムで並走するというよりも、大きな円環を描きながらスピルアウトし、要所要所で合流してくるような・・・。石垣の仲宗根“サンデー”哲の太鼓を観て、山下洋輔がまるでエルヴィン・ジョーンズだと仰天したという話を思い出した。

●川下直広
川下直広@ナベサン(2016年)
川下直広カルテット@なってるハウス(2016年)
渡辺勝+川下直広@なってるハウス(2015年)
川下直広『漂浪者の肖像』(2005年)
『RAdIO』(1996, 99年)
『RAdIO』カセットテープ版(1994年)
のなか悟空&元祖・人間国宝オールスターズ『伝説の「アフリカ探検前夜」/ピットインライブ生録画』(1988年) 

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リー・コニッツ『Frescalalto』

2017-03-25 14:52:24 | アヴァンギャルド・ジャズ

リー・コニッツ『Frescalalto』(Impulse!、2015年)を聴く。

Lee Konitz (as, vo)
Kenny Barron (p)
Peter Washington (b)
Kenny Washington (ds) 

いまになってインパルス移籍。コニッツとインパルスとはどうもイメージが重ならない。聴いてみると、何のことはない、レーベルが何であろうとコニッツはコニッツである。

ケニー・バロンをはじめとするサイドメンのプレイは申し分ない。しかしとにかくコニッツだ。ベンドして音色がよれまくり、エアを豊かに含んで浮遊感があり、そして、年齢のせいか、ときに弱弱しい。それらがすべてリー・コニッツという偉大な音楽家の音となっている。まったく特別な盤でもないのに、聴いていると不思議な感慨で涙腺がゆるんでしまう。

●リー・コニッツ
リー・コニッツ+ケニー・ホイーラー『Olden Times - Live at Birdland Neuburg』(1999年)
今井和雄トリオ@なってるハウス、徹の部屋@ポレポレ坐(リー・コニッツ『無伴奏ライヴ・イン・ヨコハマ』、1999年)
ケニー・ホイーラー+リー・コニッツ+デイヴ・ホランド+ビル・フリゼール『Angel Song』(1996年) 
リー・コニッツ+ルディ・マハール『俳句』(1995年)
アルバート・マンゲルスドルフ『A Jazz Tune I Hope』、リー・コニッツとの『Art of the Duo』 (1978、83年) 
アート・ファーマー+リー・コニッツ『Live in Genoa 1981』(1981年)
ギル・エヴァンス+リー・コニッツ『Heroes & Anti-Heroes』(1980年) 
リー・コニッツ『Spirits』(1971年)
リー・コニッツ『Jazz at Storyville』、『In Harvard Square』(1954、55年)

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渡辺香津美+谷川公子(Castle in the Air)@本八幡cooljojo

2017-03-25 09:06:08 | アヴァンギャルド・ジャズ

本八幡のcooljojoに大スター・渡辺香津美が来るという。しかも響きのいいハコ。これは行かねばならぬと駆けつけた(2017/3/24)。

Kazumi Watanabe 渡辺香津美 (g)
Koko Tanikawa 谷川公子 (p)

パートナーとの谷川公子とのデュオ「Castle in the Air」。よく考えたら、カズミのライヴを観るのは、『おやつ』(1994年)リリース後の新宿ピットイン以来のような気がする(記憶が曖昧)。何でも、谷川公子の曲もその盤から演奏しているようである(「Mission St. Xavier」)。

カズミはギターを4本持ち込んだ。シンセのようなヘンな音が出るものなどもあったが、半分はガットギターによる演奏。それにしても冗談のように巧い。まるで刺激があるサウンドではないが、ともかくもリラックスする。

曲は、ラルフ・タウナーの「Icarus」、「G線上のいるか」(実は「On Green Dolphin Street」)、ラリー・コリエルの「Zimbabwe」(カズミはコリエル、ジョンスコ、ジョー・ベックの演奏をコピーしており、初対面のコリエルに驚かれたという)、ジャンゴ・ラインハルトの「Nuage」~「Minor Swing」、エグベルト・ジスモンチの「Infancia」、映画音楽「New Cinema Paradise」、そして、「Light & Shadow」、『おやつ』でラリー・コリエルと共演した「Nekovitan X」、「Mission in the Sand」、「Mother Land」、「Eagle's Eye」、「Beautiful Village」、「Sea Dream」といったかれらのオリジナル。

カズミがここで演奏したのは千葉県在住ということもあるが、かつて師事した高柳昌行のアルバム名を冠しているからでもある。中牟礼貞則に師事し、レコードも出したあとになって高柳塾に入ったとき、さぞ怖い人かと思いきや、塾生にスイカを振る舞って「このスイカ、イカスだろ!」とベタなダジャレを言ったのだとか。高柳塾では作文も書かされ、また、アドルノなども読まされたのだという(全然何が書いてあるかわからなかったと笑っていた)。

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.es『曖昧の海』

2017-03-24 01:13:40 | アヴァンギャルド・ジャズ

.es『曖昧の海』(Nomart Editions、2015年)を聴く。

Takayuki Hashimoto 橋本孝之 (as, alto bamboo sax, harmonica)
sara (p) 

先日聴いたUH(内田静男+橋本孝之)が、ふたりともともかくも同じ時空間を共有していたのに対し、.esの雰囲気は明らかに異なっている。saraさんのピアノは同じ場所にいながら別の相にあって(一周まわると別の相に移る複素平面のようなイメージ)、橋本さんを鳥瞰する存在として音を響かせている。

橋本孝之のサックスはやはり非有機生命体でありながら、自らの発する苛烈な音の中に自らを晒すことによって、有機生命体との間を往還する。ときに強く感じられる哀しみは情なのであって、情は生命体にのみ向けられる。その一期一会のプロセスが素晴らしい。身体が滅びながらにして立ちあがる暗黒舞踏と共通するものがある。

一方でハーモニカの発散する雰囲気はまたサックスとずいぶんと異なる。すべてが砂と風とで一掃されたあとの荒廃した場になお残る、非生命体でもなく生命体でもなく、実体を持たない霊か情か。

●橋本孝之
内田静男+橋本孝之、中村としまる+沼田順@神保町試聴室(2017年)
グンジョーガクレヨン、INCAPACITANTS、.es@スーパーデラックス(2016年)
鳥の会議#4~riunione dell'uccello~@西麻布BULLET'S(2015年)
橋本孝之『Colourful』、.es『Senses Complex』、sara+『Tinctura』(2013-15年)

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『山崎幹夫撮影による浅川マキ文芸座ル・ピリエ大晦日ライヴ映像セレクション』

2017-03-20 23:28:10 | アヴァンギャルド・ジャズ

下北沢のラ・カメラにおいて、『山崎幹夫撮影による浅川マキ文芸座ル・ピリエ大晦日ライヴ映像セレクション』という魅惑の企画(2017/3/20)。

85分ほどの映像は、1987年から92年までの間に池袋の文芸座ル・ピリエにおいて繰り広げられた、浅川マキのライヴステージの記録である。

文芸座ル・ピリエは1997年3月に閉館した場であり、わたしは96年末にここで浅川マキのライヴを観たのみだ(それ以外はすべて新宿ピットイン)。従って、今回の上映とは重なっていない。確か地下にあり、階段や客席が妙な構造になっていた記憶がある。浅川マキのアルバム『黒い空間』も、92年にここで録られている。

ところで、この映像において、マキさんはほとんどサングラスをかけずトレードマーク的な長い付け睫。わたしがライヴで観始めたときには逆にほとんどサングラスだった。視力がこの頃に悪化したのだろうか。

それにしても凄い記録であり、ほとんど感涙ものだ。アカペラでの「ロング・グッドバイ」。ヒノテルとの「あなたに~You Don't Know What Love Is」。「今夜はオーライ」。「ワルツに抱かれて」。「ちっちゃな時から」。「前科者のクリスマス」。「こぼれる黄金の砂」。セシル・モンローとの「夜が明けたら」。下山淳との「Just Another Honky」。渋谷毅、下山淳、川端民生、セシル・モンロー、植松孝夫が入って「ロンサム・ロード」。下山淳が抜けて「あなたに」。バラを片手に持って「セント・ジェームス医院」。川端民生のベースによるイントロが「ナイロン・カバーリング」のような「都会に雨が降る頃」(実際に映像でも、イントロ部で、観客が「ナイロン!」と呟いている)。

そして渋谷毅のオルガン、向井滋春、植松孝夫、南正人、川端民生、セシル・モンローによる「暗い目をした女優」がまた素晴らしい。暗闇に浮かぶ浅川マキの恍惚の表情をここまで追った映像とはなんなのか。

ちょうど一昨日(2017/3/19)、マキさんと共演する姿を観て以来およそ20年ぶりくらいに、植松孝夫さんのテナーを観た。植松さんにそのことを言ったところ、植松さんは懐かしそうに語った。マキさんがピットインで貧血になり、植松さんが誰かを呼ぶため出ようとしたところ、「植松さん戻ってきて~」と、あの口調で言ったんだよ、と。

セシル・モンローのシンプルで鋭いドラミングも懐かしい。マキさんのライヴのはじまりは、いつもセシルとのデュオだった。山崎さんによれば、『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド -bootlegg- 』のタイトルにある「ブートレグ」は以前マキさんが発案したもので、その綴りを聴くためにセシルに電話したところ、最後に「g」を重ねるとカッコいいよと教えてくれたのだという。そのセシルも海難事故で亡くなった。わたしが通っていたスクールでドラムスを教えていて、わたしの靴をふざけて履いて、「ぼくのと同じ~」と、剽軽に笑っていた記憶がある。

●参照
浅川マキ『Maki Asakawa』
浅川マキの新旧オフィシャル本
『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド -bootlegg- 』
『ちょっと長い関係のブルース 君は浅川マキを聴いたか』
浅川マキが亡くなった(2010年)
浅川マキ DARKNESS完結
ハン・ベニンク キヤノン50mm/f1.8(浅川マキとの共演、2002年)
浅川マキ『闇の中に置き去りにして』(1998年)
浅川マキ『アメリカの夜』(1986年)
浅川マキ+渋谷毅『ちょっと長い関係のブルース』(1985年)
浅川マキ『幻の男たち』 1984年の映像
浅川マキ『スキャンダル京大西部講堂1982』(1982年)
浅川マキ『ふと、或る夜、生き物みたいに歩いているので、演奏家たちのOKをもらった』(1980年)
オルトフォンのカートリッジに交換した(『ふと、或る夜、生き物みたいに歩いているので、演奏者たちのOKをもらった』、1980年)
浅川マキ『灯ともし頃』(1975年)
『恐怖劇場アンバランス』の「夜が明けたら」、浅川マキ(1973年)
宮澤昭『野百合』(浅川マキのゼロアワー・シリーズ)
トリスタン・ホンジンガー『From the Broken World』(浅川マキのゼロアワー・シリーズ)

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ほったらかし温泉

2017-03-20 00:05:04 | 東北・中部

そんなわけで(どんなわけだ)、友人のクルマに便乗して、山梨県の「ほったらかし温泉」に行ってきた。

甲府盆地を眺めながらの露天風呂。おっさんたちの誠にしょうもない話を聞くともなく聞きながら、しばらく脱力。雑念を取り払って思索にふけった。というのは嘘で、何も考えていない。長風呂が苦手なこともあり、のぼせそうになってしまった。しかし、身体の芯から暖まったような気がしたのだった。

わたしの実家は片田舎の温泉宿で(もう廃業した)、温泉というものに誰よりも浸かってきたし、それゆえに温泉好きがあちこちに足を延ばす行動にいまひとつ共感できなかったのだが、いや、いいものですね。


あっちの湯


甲府盆地


ワイナリー



ほうとう


ローズゼラニウム

Fuji X-E2、XF35mmF1.4

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ハービー・ハンコック『VSOP II TOKYO 1983』

2017-03-18 16:31:12 | アヴァンギャルド・ジャズ

ハービー・ハンコック『VSOP II TOKYO 1983』(Hi Hat、1983年)を聴く。

Herbie Hancock (p)
Wynton Marsalis (tp)
Branford Marsalis (ts, ss)
Ron Carter (b)
Tony Williams (ds)

綺羅星のごとき豪華ゲストを集めて話題作を作るいまのハービー・ハンコックにはもう接近しないのだが、こういうのを聴くと、曲作りもピアノのセンスも良いなあと思わざるを得ない。

とは言え、1970年代後半のVSOPの看板を使い、当時ライジング・サンであったマルサリス兄弟を起用したこの企画も、話題先行型かもしれない。しかも80年代に入ってからの東京での興業(NHKラジオで放送されたという)。しかし良いものは良い。

何しろウィントン・マルサリスである。トニー・ウィリアムスの唯一無二の強力極まりないビートが煽っているはずなのに、冗談のように余裕しゃくしゃくである。しかも超つややかな音色にて、まるで考え抜かれたようなフレーズの即興を繰り出している。ハンコックの「The Sorcerer」ではスピーディに、ファッツ・ウォーラーの「Jitterbag Waltz」では(あとで考えれば)得意分野だとばかりに、前年82年の『Herbie Hancock Quartet』でも素晴らしいソロを吹いていたセロニアス・モンクの「Well, You Needn't」ではまたまるで違う展開を、自身の『Wynton Maralis』(1981年)でも吹いていたトニー・ウィリアムスの「Sister Cheryl」では綺麗なロングトーンを。光輝くトランペットとはこのことだ。

「Sister Cheryl」は、トニー・ウィリアムス自身の新生ブルーノートでのアルバム『Foreign Intrigue』(1985年)でも印象的だった曲だ。トランぺッターはウォレス・ルーニー。かれの音がしばらく続くグループの持ち味のひとつではあったのだが、トニーはウィントンを使いたくはなかったのだろうか。

●参照
ネイト・ウーリー『(Dance to) The Early Music』(2015年)
及部恭子+クリス・スピード@Body & Soul(2015年)
ドン・チードル『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス空白の5年間』(2015年)
エリック・レヴィス『In Memory of Things Yet Seen』(2014年)
ハリー・コニック・ジュニア+ブランフォード・マルサリス『Occasion』(2005年)
アリ・ジャクソン『Big Brown Getdown』(2003年)
トニー・ウィリアムスのメモ(1996年)
ウィントン・マルサリス『スピリチュアル組曲』(1994年)
『A Tribute to Miles Davis』(1992年)
ジョー・ヘンダーソン『Lush Life』(1991年)
デイヴィッド・サンボーンの映像『Best of NIGHT MUSIC』(1988-90年)
ベルトラン・タヴェルニエ『ラウンド・ミッドナイト』(1986年)
トニー・ウィリアムス・ライフタイムの映像『Montreux Jazz Festival 1971』(1971年)
ジャッキー・マクリーン『The Complete Blue Note 1964-66 Jackie McLean Sessions』(1964-66年)
マイルス・デイヴィスの1964年日本ライヴと魔人(1964年) 

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シカゴ・トリオ『Velvet Songs to Baba Fred Anderson』

2017-03-18 09:41:30 | アヴァンギャルド・ジャズ

シカゴ・トリオ『Velvet Songs to Baba Fred Anderson』(RogueArt、2008年)を聴く。

Ernest Dawkins (ss, as, ts, perc)
Harrison Bankhead (b, cello)
Hamid Drake (ds, frame drum) 

本盤が発表されたのは2011年。その前年にフレッド・アンダーソンが亡くなっており、かれに捧げられたアルバムである。録音は2008年のことであり、アンダーソンばかりを意識しての演奏ではなかったに違いない。とは言え、アンダーソンが経営していたシカゴのヴェルヴェット・ラウンジでのライヴであり、ここでサックスを吹いているアーネスト・ドーキンスに、同じAACMの大先輩アンダーソンが与えた影響が小さかったわけはない。

アンダーソンのサックスには、音とフレーズの止めどないだだ漏れを恐れない、得体の知れぬ魅力があった。ドーキンスのサックスはそこまで人外の領域にはないものの、いままでの印象以上に多彩。アリ・ブラウン、ハナ・ジョン・テイラー、アンドリュー・ラム、チコ・フリーマンら、シカゴ・サックスに共通の渋いエネルギッシュさがあって、このようなスタイルは本当に好きである。「Down n' the Delta」では「聖者が街にやってくる」をサックス2本吹きで延々と披露するなどの過剰ぶりも素晴らしい。CD2枚分の間吹きまくりだ。

ハリソン・バンクヘッドは情熱的に弾き続け、ハミッド・ドレイクはいつもの乾いた音を鋭く発している。こんなトリオをシカゴで観たい。

●ハリソン・バンクヘッド
ジョージ・フリーマン+チコ・フリーマン『All in the Family』(2014-15年) 
ブッチ・モリス『Possible Universe / Conduction 192』(2010年)

●ハミッド・ドレイク
イロウピング・ウィズ・ザ・サン『Counteract This Turmoil Like Trees And Birds』(2015年)
ジョージ・フリーマン+チコ・フリーマン『All in the Family』(2014-15年)
マット・ウォレリアン+マシュー・シップ+ハミッド・ドレイク(Jungle)『Live at Okuden』(2012年)
ウィリアム・パーカー『Essence of Ellington / Live in Milano』(2012年)
ブッチ・モリス『Possible Universe / Conduction 192』(2010年)
サインホ・ナムチラックの映像(2008年)
デイヴィッド・マレイ『Saxophone Man』(2008、10年)
デイヴィッド・マレイ『Live at the Edinburgh Jazz Festival』(2008年)
デイヴィッド・マレイ『Live in Berlin』(2007年)
ウィリアム・パーカー『Alphaville Suite』(2007年)
ウィリアム・パーカーのカーティス・メイフィールド集(2007年)
イレーネ・シュヴァイツァーの映像(2006年)
フレッド・アンダーソンの映像『TIMELESS』(2005年)
ヘンリー・グライムス『Live at the Kerava Jazz Festival』(2004年)
ウィリアム・パーカー『... and William Danced』(2002年)
アレン/ドレイク/ジョーダン/パーカー/シルヴァ『The All-Star Game』(2000年)
ペーター・コヴァルト+ローレンス・プティ・ジューヴェ『Off The Road』(2000年)
ペーター・ブロッツマン『Hyperion』(1995年)

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ピーター・ヤンソン+ヨナス・カルハマー+ポール・ニルセン・ラヴ『Live at Glenn Miller Cafe vol.1』

2017-03-16 07:29:23 | アヴァンギャルド・ジャズ

ピーター・ヤンソン+ヨナス・カルハマー+ポール・ニルセン・ラヴ『Live at Glenn Miller Cafe vol.1』(ayler records、2001年)を聴く。

Peter Janson (b)
Jonas Kullhammar (ts, bs)
Paal Nilssen-Love (ds) 

目当てのカルハマーはもちろん期待通りに吹きまくっている。テナーもバリトンも、ここまで表通りを爆走するなら言うことはない。ヤンソンの速弾きのテクニシャンぶりも気持ちが良い。

しかしそれよりも何よりも、ニルセン・ラヴである。知的かつ筋肉的というべきか、タイコもシンバルも、どの断面でも、聴いているこちらの想像を遥かに上回る複合リズムを繰り出している。しかもその強度はまったく衰えない。この人は何気筒のエンジンを積んでいるのか。今度の来日はどうしようかなと思っていたが、やはり駆けつけようかな。

●ポール・ニルセン・ラヴ
ザ・シング@稲毛Candy(2013年)
ジョー・マクフィー+ポール・ニルセン・ラヴ@稲毛Candy(2013年)
ポール・ニルセン・ラヴ+ケン・ヴァンダーマーク@新宿ピットイン(2011年)
ペーター・ブロッツマン@新宿ピットイン(2011年)
ペーター・ブロッツマンの映像『Concert for Fukushima / Wels 2011』
(2011年)
ジョー・マクフィーとポール・ニルセン-ラヴとのデュオ、『明日が今日来た』(2008年)
4 Corners『Alive in Lisbon』(2007年)
スクール・デイズ『In Our Times』(2001年)

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清水潔『「南京事件」を調査せよ』

2017-03-15 23:53:09 | 中国・台湾

清水潔『「南京事件」を調査せよ』(文藝春秋、2016年)を読む。

「NNNドキュメント'15」枠で放送された『南京事件 兵士たちの遺言』(2015/10/4)は、たいへんな衝撃を受けたドキュメンタリーだった。ともすれば抽象的に扱われがちな事件だが、この番組は、実際に何が起きたのかについて、兵士たちの従軍日記などの一次資料から再現を試みたものだった。それらを重ねあわせつなぎあわせると、虐殺が、組織的にも、またそれを背景として感覚が麻痺した個人の行動としても、実際に行われたのだということがよくわかる。

本書は、その取材の様子や、ドキュメンタリーに盛り込めなかった部分を含めて書かれたものである。ここで強調されていることは、「歴史修正主義者」たちの策動のパターンだ。すなわち、一点でもアラや間違いを見つけると、それにより全体を否定してしまおうという戦略であり、これは、沖縄戦において「集団自決」を「直接的な軍命があったかどうか」という一点のみを切り崩そうとする動きにも使われた。

もうひとつ重要な点は、南京事件を否定しようとする者は、別の事件を持ち出してくることだ。たとえば「通州事件」。南京事件と同じ1937年に、通州(現、北京)において、中国の保安隊が日本軍を攻撃し、居留民200名ほどが惨殺された事件である。しかし逆に、南京と同じく日本軍が起こしたジェノサイドも少なくない。たとえば、日清戦争時の「旅順大虐殺」では、日本軍が中国の民間人を1万人以上殺した。

これらは別々の悲惨で検証されなければならない事件であり、ひとつの事件がもうひとつの事件を相殺するようなものではない。当然のことにも思えるが、そうでない言説は多い。

●南京事件
『南京事件 兵士たちの遺言』
『従軍作家たちの戦争』、笠原十九司『南京事件論争史』
陸川『南京!南京!』
盧溝橋(「中国人民抗日戦争記念館」に展示がある)
テッサ・モーリス=スズキ『過去は死なない』(歴史修正主義)
高橋哲哉『記憶のエチカ』(歴史修正主義)

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ブッチ・モリス『Current Trends in Racism in Modern America』

2017-03-14 07:47:47 | アヴァンギャルド・ジャズ

ブッチ・モリス『Current Trends in Racism in Modern America』(Sound Aspects Records、1985年)を聴く。

Frank Lowe (ts)
John Zorn (as, game calls)
Tom Cora (cello)
Brandon Ross (g)
Zeena Parkins (harp)
Thurman Barker (marimba, snare drum, tambourine)
Curtis Clark (p)
Christian Marclay (turntables / records)
Eli Fountain (vib)
Yasunao Tone 刀根康尚 (vo)
Butch Morris (conductor)

見ての通り、ジョン・ゾーン、クリスチャン・マークレイ、トム・コラ、刀根康尚、ジーナ・パーキンス、ブランドン・ロスと、この時代の前衛の面々が参集している。フランク・ロウや、シカゴAACMのサーマン・バーカーにちょっと意外感を持つ。

しかし何度聴いてもどうも古くさいのだ。今となっては素朴なマークレイのターンテーブルも、ゾーンの表面を疾走するアルトと笛も。もうこれは仕方がない。そんな中で土俗的なフランク・ロウのような人は逆に永遠に古びない。

ここでも音だけを聴いていては、もっと、各プレイヤーのソロをフィーチャーして欲しいというフラストレーションを感じてしまう。モリスが即興に対してさまざまな指示を出してサウンドを創り上げていった「コンダクション」、実際のステージを観ないと腑に落ちないものかもしれない。

●ブッチ・モリス
ブッチ・モリス『Possible Universe / Conduction 192』(2010年)
ブッチ・モリス『Dust to Dust』(1991年)

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ウンベルト・エーコ『ヌメロ・ゼロ』

2017-03-13 08:00:07 | ヨーロッパ

ウンベルト・エーコ『ヌメロ・ゼロ』(河出書房新社、原著2015年)を読む。

冒頭の「誰が水道の元栓を閉めたのか」というくだりから既に爆笑、思い切り引き込まれる。登場するのは、決して発刊されることのない日刊紙の準備のために集められた面々。かれらは人生で辛酸を舐めたインテリたちであり(だからこそ知的なのだというプロットは、白川静『孔子伝』を想起させられる)、一癖も二癖もある。 

ムッソリーニやファシストたちを巡る陰謀論は、現実からの思わぬ攻撃により、陰謀論という構図を保ったまま、陳腐なものとなってしまう。その一方で、現実は次の現実によって表面だけ塗り替えられ、不可視の領域へと追いやられてゆく。しかし現実も陰謀論も何もあったものではない、人びとが忘れ去るだけなのだった。

エーコの作品を読むのは『フーコーの振り子』(1989年)以来だ。それもテンプル騎士団やフリーメーソンなどを巡る陰謀論を扱い、また『薔薇の名前』(1983年)(実は映画しか観ていない)も虚実あい混じる世界を描いていた。エーコ亡きいま新しい作品はもう生まれないが、せめて、遺された小説群を味わってみなければ。

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