A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

【100フォークス (One Hundred Folks)のススメ】第2回:青春の鈍痛を忘れないスウィートヴォイス〜佐藤公彦(ケメ)『片便り』

2018年12月08日 09時47分05秒 | こんな音楽も聴くんです


11月11日の盤魔殿vol.19でのDJ Paimonによる日本のアシッドなフォークを中心にしたDJプレイは秀逸だった。南正人、浅川マキ、休みの国、溶け出したガラス箱 、遠藤賢司、ガロ、裸のラリーズ、早川義夫。これらのアーティストは80年代末〜90年代にかけてのCD再発ブームの中で「再発見」され「日本にこんなにヤバい音楽があった」と一部で話題になったものだ。それは丁度、米英ヨーロッパを中心にB級どころかプレス枚数100枚以下の誰も知らないサイケやプログレのレコードまでもがCD化され、新譜以上に新鮮なトキメキを与えてくれた時代にシンクロした流れだった。

Tokedashita Garasubako — Anmari Fukasugite

【完全セットリスト+MIX音源公開】盤魔殿 Disque Daemonium 圓盤を廻す會 vol.19

同じ時期にPSFレコードで新録が次々リリースされた三上寛と友川カズキ、非常階段のJOJO広重らがスラップ・ハッピー・ハンフリー名義でカバーした森田童子や、同じく広重がブログで熱烈に推薦した佐井好子など、地下音楽愛好家の心をくすぐるフォーク歌手が紹介された。渚にてやマヘル・シャラル・ハシュ・バズ、朝生愛といったアコースティック系地下音楽家も活動した90年代地下音楽シーンは明らかに昭和フォークのリベンジがあった。だから、フォークと名のつくものをすべて毛嫌いしていた80年代に比べ、90年代には筆者のフォークアレルギーがある程度治癒されたのは確かである。しかし、それはあくまでモダーンミュージックに置いてあるようなアンダーグラウンドなフォークに限ってであり、例えば当時ヒットしていた渋谷系、特にサニーデイ・サービスのルーツとして再評価されたはっぴいえんど等には興味はなかった(サニーデイは好きだったが)。ましてやかぐや姫やグレープ他のメジャー系フォークには敵意もない代わりに一切関心も持たなかった。

Slap Happy Humphrey - みんな夢でありました


21世紀に入り、2002年に深夜のカラオケまでの時間つぶしのつもりで高円寺ショーボートに観に行った不失者(灰野敬二+小沢靖)に、衝撃というより鈍痛のような疑問と好奇心に取り憑かれ、地下音楽現場に再び通いはじめた。それに伴い音楽的嗜好は、サイケ/ガレージロック/フリーミュージック/エクスペリメンタル/コンテンポラリーミュージックetc.と先鋭化する一方。中古レコード店のノイズアヴァンギャルドセールに早朝から並び、ヤフオクやebayでアヴァンギャルドのレア盤を万単位で競り落とした。そのうちにガールズガレージや地下アイドルの世界に親しむようになったが、好みは電波系、暗黒系、ニューエイジ・ポップやシューゲイザーやメロディック・エレクトロニカ、さらに暴れまくりPunkRockアイドルといった極端な傾向を賛美するばかり。

Maison book girl / 夢 / MV


そんなカタワ音楽愛好家の筆者が「100フォークス」を提唱するに至ったきっかけは、今年2月に吉祥寺ココナッツディスクで見つけた『片便り』というLPだった。厚紙の見開きジャケットに大判カラーポスターが封入された豪華な装丁の、ちょっと寂しげな美少年の風貌と「落ち葉に綴る」というおとめちっくなキャッチコピーに高校時代密かに愛読した雑誌『りぼん』に掲載されていた小椋冬美の純愛漫画を思い出した。1952年生まれのシンガーソングライター佐藤公彦(愛称ケメ)が1975年にリリースした6作目のスタジオ・アルバム。アメリカ旅行の印象を歌った1曲目『西海岸へ続く道』の洗練されたウェストコーストロックに男の哀愁を感じる。薄く流れるストリングスはメロトロンのように聴こえる。アイドル風のルックスに似合う甘い声が、アルバム全体の落ち着いた曲調とブルージーなメロディに不釣り合いで異端な味わいを加えている。それは性徴する身体を持て余す少年の憂鬱であり、思春期を過ぎてから廚二病を患ったピーターパンの手掻きの絵日記帳である。

Nishikaigae tsuzuku michi


俯いた瞳の先に見つめるのは、ゲーテ著『若きウェルテルの悩み(Die Leiden des jungen Werthers)』か、はたまたアポリネール著『若きドン・ジュアンの冒険(Les exploits d'un jeune Don Juan)』だろうか。かたや禁断の恋に絶望した自殺者、かたや奔放な性の快楽の追求者、いったいどちらを選ぶのか?しかしこのアルバムでのケメは、常に浮かない表情で独り言を呟き続けるだけ。心に秘めた本当の欲望を隠し通す決意をしている。その意味で本作は歌い手と聴き手それぞれからの「片便り」であり「片思い」だと言えるだろう。両者の心がすれ違うからこそ、相手に投影する欲望に限界はない。高校時代に小椋冬美を読んで夢精した運命の長い髪の美少女との出会いが、未だに訪れないまま30余年を過ごしてきた筆者の人生に、救いの光と影をもたらしてくれる歌との運命の出会いだった。他のアルバムには本作ほどの鈍痛を覚えることはないが、どれもケメの耳障りのいいスウィートヴォイスが、心と身体が濡れるような潤いを与えてくれる。こんな出会いこそ「100フォークス」の醍醐味なのである。

メリーゴーランド 佐藤公彦


次回から
自分語りを
減らします


【100フォークス (One Hundred Folks)のススメ】第1回:パンクとフォークの発火点〜かつての敵・フォークソングを巡る自分語り。
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【100フォークス (One Hundred Folks)のススメ】第1回:パンクとフォークの発火点〜かつての敵・フォークソングを巡る自分語り。

2018年11月27日 08時59分18秒 | こんな音楽も聴くんです


筆者がギターを始めたのは1975年、中学に入学した頃だったと記憶する。音楽の授業でクラシック・ギターを弾いて興味を持ったのがきっかけ。同じ頃親にクラシック・ギターを買ってもらった。中2になるとクラスにフォーク・ギターを弾く友人がいて、クラシックとはまったく違うキラキラした音色に憧れた。下敷きを切ってピック代わりにして、クラシック・ギターにナイロン弦ではなくフォーク・ギター用のスチール弦を張ってジャカジャカ弾いていた。『GUTS(ガッツ)』というギター教則雑誌を買った。載っているのは日本のフォーク・ナンバーばかり。当時フォーク歌手がテレビの歌番組に出演することは殆どなかったので、知っている曲は「シクラメンのかほり」とクラスの友人が歌っていた「青空一人きり」しかなかった。それでもコードを覚えたり、アルペジオの練習をするのは楽しかった。ラジオで聴いたアメリカのフォーク歌手ジョン・デンバーが好きだったので、いつかマーチンの12弦ギターを買おうと決心した。

布施明 - シクラメンのかほり - 1975


しかし徐々にフォークよりもロックに興味が移り、エレキギターが欲しくなった。当時住んでいた石川県金沢市の楽器店にはエレキギターは余り置いていなかったが、なぜかスチールギターは何処の楽器店でも扱っていた。たぶんハワイアンやカントリー音楽を習う年配の音楽ファンが多かったのだろう。それでもギターのカタログを集めて眺めていた。中2の誕生日プレゼントにエレキギターが欲しかったが、その頃はまだ「エレキは不良の楽器」というイメージがほんの少し残っていたので、結局言い出せなかった。好きなアーティストはジョン・デンバーからビーチ・ボーイズ、そしてキッス、エアロスミスからジェネシスへと広がっていった。1977年中3に進級する時に金沢から東京練馬区へ引っ越した。東京にはレコード屋や楽器店がたくさんあり、特に自転車で15分の吉祥寺には輸入盤や中古盤のレコード店が幾つもあった。

Song 1 Kiss Alive II Detroit Rock City - APR.2,1977 "BUDOKAN HALL"


前年の1976年から音楽雑誌を中心に紹介されていたパンクロックが、この年には新聞や一般の雑誌でも一種の社会現象として取り上げられるようになり、FMを中心にラジオでもかかるようになった。特にセックス・ピストルズやクラッシュ、ストラングラーズなどロンドン・パンクがセンセーショナルな話題をまいたが、筆者はテレヴィジョンやリチャード・ヘルといったニューヨーク・パンクも好きだった。とは言ってもギタリストとしてはジョニー・ウィンターが最も好きだったので、自分の小遣いを貯めて中学卒業プレゼントとして買ったのはグレコのファイアーバード・モデルだった。

The Clash - White Riot (Official Video)


Johnny Winter - SUZIE Q (Live at Rockpalast)


高校へ進学し1年間はブラスバンドに精を出したが、春休みにヨーロッパ旅行へ行きロンドンの空気を吸ったことでパンクへの想いが募り、高2に進級すると高校の友人を集めてパンクバンド「GLANDES(グランディーズ、亀頭)を結成した。その頃高校内で流行っていたのはニューミュージックやフォークソングばかり。学園祭の最後の日の後夜祭のエンディングは学園祭実行委員やクラス委員が全員ステージに上がってチューリップの『心の旅』を合唱した。「あー、だから今夜だけは君を抱いていたい〜」と歌う脳天気な連中に対して、「I am an Anti-Crist, I am an Anarchist(俺は反キリスト、俺は無政府主義者)」とか「We are all Prostitute(俺たちはみんな娼婦だ)」とがなり立ててぶち壊してやりたい、という欲求が沸き上がってきた。世の中の反乱分子=パンクスの筆者たちにとって軟弱なフォーク野郎は粉砕すべき敵であり「フォーク」と名のつくものは悉く生理的に毛嫌いしていた。

チューリップ 心の旅 1972


The Sex Pistols - Anarchy In The U.K (official video)


The Pop Group - We Are All Prostitutes (Official Video)


一例として、自分史の中で有名な「ゴジラレコード不買事件」というエピソードを紹介しよう。既に何度かブログに書いたので「またこの話か」と呆れる読者もいるかもしれないが、ほんの少しお付き合いいただければ幸いである。

78年〜79年頃愛読していた音楽雑誌『Player プレイヤー』に日本のパンク最初の自主(インディ)レーベル「ゴジラレコード」の紹介記事が掲載された。レビューではなくニュース欄の小ネタだった。そこにはレーベル最初の2枚ミラーズとミスター・カイトのシングルを紹介するにあたってフォーク歌手の泉谷しげるを引合にだして書かれていた。フォーク嫌いの筆者にとってはフォーク歌手と比較されることだけで生理的に「×」だった。吉祥寺の輸入盤店ジョージ・ジュニアでこれらのシングル盤を見つけたが、買う気にはなれなかった。恐らく記事を書いたライターのボキャブラリーには泉谷しげるしかなかったのかもしれない。少なくともパンタと書いてあれば、今となっては貴重盤のこの2枚をリアルタイムで聴けただろう。ゴジラレコードを買うのは3作目のツネマツマサトシの如何にもパンクなジャケットからだった。

Mirrors - 衝撃X (1979)


Tsunematsu Masatoshi - き・を・つ・け・ろ


大学へ入学したのは82年で、音楽サークルはフュージョン全盛だった。そこで筆者にとっての敵の音楽は「フュージョン」に転化した。大学入試で訪れた京都の十字屋というレコード店でザ・シーズのLPを購入したことがきっかけで、60年代サイケデリック・ロックにハマり、ザ・バーズをはじめとするフォークロックやディノ・ヴァレンテやティム・バックリーといったアシッド・フォークや早川義夫や浅川マキ、友川カズキや三上寛など日本のアンダーグラウンド・フォークも聴くようになったが、所謂四畳半フォークやニューミュージックが興味の対象になることは殆どなかった。

THE SEEDS flower lady and her assistant 1967


The Byrds - Turn! Turn! Turn! (Live)


以上、長々と書いてきたのは「フォークは敵」と聴かず嫌いした筆者が最近になって日本のフォーク(の一部)を好んで聴くようになった背景を紹介する為であった。この連載では、筆者如何にして軟弱・日和見主義と思って接してきたアコギ中心の軽音楽の中から、感性に訴えかけるアーティスト/曲を見つけ出し、紹介していきたいと考えている。100フォークス(One Hundred Folks)とは、70年代ロンドン・パンクのキッチュさを象徴するバンド・ジェネレーションXの「100パンクス (One Hundred Punks)」になぞらえた呼称だが、中古レコード店の100円コーナーでよく見かけることも仄めかしている。興味を持った方は埃臭いレコードの墓場を掘り起こしてみてはいかがだろうか。

generation x - one hundred punks


なよなよしたフォークソングを聴きながら自分語りを書き連ねたが、夜は更け明日は仕事がある。ここらでペンを置き、この続きは次回以降に譲ることとしたい。

四畳半
今の家には
ありません

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【クラシックの嗜好錯誤】第二回:シェーンベルクはパレ・シャンブルクではないが、十二音音楽は十二弦ギターで弾ける。

2018年08月09日 01時43分37秒 | こんな音楽も聴くんです


クラシック音楽を時代順に聴いてくると必ず躓く言葉、それがが「十二音技法」である。無調音楽なら調性のない音楽と分かる。電子音楽も読んで字の如し。では十二音(英Twelve-Tone)とは?オクターヴが12の音から出来ていることはピアノの鍵盤を数えればわかる。ド・ミ・ファ・ソ・シ・ドの5音で構成される琉球音楽なら別だが、特に西洋音楽はすべて十二音ではないのか?子供の頃から半音階が好きだったこともあり、半音ずつ上がったり下がったりするグリッサンドは限りなく美しい音楽だと感じる。たぶん人生の中で最も十二音音楽に接近したのは、大学の卒業論文『終止音導出を手手掛かりとしたメロディ認知における調性感の研究』の実験であろう。オクターヴの十二の音をコンピューターの乱数でランダムな音列にしてMIDI音源で被験者に聴かせ、メロディらしく聴こえるかどうか、1〜5の点数を付けされる。ひとり50回×100人×3種類=15000通りの音列を点数ごとに分類しメロディを如何にして認知しているかの過程を分析するのである。経緯や背景については下記ブログに詳しいが、結果については大学の心理学研究室の卒業生終了論文データベースをあたっていただくしかあるまい。いずれにせよ、1986年を最後に十二音とはオサラバしたつもりであった。

Zwölftonwerbung - Twelve tone commercial

まずは 音で虚無に色をつけようか!!~.es「void」(ドットエス「ヴォイド」)

話は前後するが、高校時代にストラヴィンスキーやバルトークに触れて現代音楽に心ときめかした筆者は、大学へ入学するとフリーインプロヴィゼーションに夢中になって、晦渋な音楽理論で武装された現音から距離を置くようになった。その一方でフランク・ザッパやレコメン系チェンバーロックの影響でバルトークやメシアンやヴァレーズは『ロック』として聴いていた。大学2年生の頃、某歯科大のバンドマンと知り合いノイエ・ドイチェ・ヴェレ(ジャーマン・ニュウェイヴ)を教えてもらった。それまでドイツのロックと言えばニナ・ハーゲンとクラウス・ノミ、もしくはファウストやグルグルやCANしか知らなかったので、鋭角的なビートと素っ頓狂なエフェクト、そして躁鬱症のドイツ語ヴォイスに衝撃を受けた。特に驚いたのはPalais Schaumburg(パレ・シャンブルク)であった。

Palais Schaumburg - live - Wir bauen eine neue Stadt - 1981

百鬼夜行の回想録~洋楽ロック編第2回:パレ・シャンブルクと歯科大の思い出

パレシャンのサウンドに新鮮な面白さを感じる一方で、何処かで聴いたことがあるという確信めいたデジャヴを覚えた。ふと思い立って親父の古いレコード棚を開けてみて発見したのが、Arnold Schönberg(アルノルト・シェーンベルク)のレコードだった。曲名はフランス語の『Pierrot Lunaire(月に憑かれたピエロ)』。女性ソプラノ歌手が室内アンサンブルでキャバレー風のシャンソンをドイツ語で歌う、オシャレなのか野暮ったいのか分からない境界線上の音楽だった。同時期にベルトルト・ブレヒト&クルト・ワイルの『三文オペラ』のゼミを取っていたので、親近感を覚えると同時に、ワイルに比べて地に足が付いていない華奢な演奏スタイルは、クリムトやエゴン・シーレに通じる世紀末ウィーンの香りがした。

Complete performance: Schoenberg's Pierrot lunaire


また、イタリアに同名のPierrot Lunaireという凄まじい前衛プログレバンドが居ることを音楽雑誌『マーキー・ムーン』で読んだが、簡単に手に入らないアルバムだったので、シェーンベルクを聴いて勝手に想像していたことは懐かしい思い出である。後にCD化さた『Gudrun』を聴いたとき、シェーンブルクと近くはないが決して的外れでもないと感じ、名は体を表すという格言の正しさを知った。

Pierrot Lunaire - Gudrun (1977) Full Album


そんな訳でSchönbergを今でも「シェーンブルク」と読んでしまう癖が抜けないが、レコード店の現代音楽コーナーの隣にある「新ウィーン学派」コーナーに眠るシェーベルク、アルバン・ベルク、アントン・ヴェーベルンという三羽烏のレコードを発掘するのが密かな楽しみなのである。総じてオペラや歌曲は苦手だが、シェーンベルクの『ピエロ』や『グレの歌』をはじめ、ベルクのオペラ『ルル』『ヴォツェック』まで十二音/無調の歌ものは聴いていていも苦にならない。デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』の音楽キャバレーが19世紀末にあったなら、流れていた歌はこんな感じに違いない。そんなことを考えながら十二弦ギターのチューニングを半音ずつずらせば、十二音音楽が簡単にできるじゃないかと思いつき、ひとり昂奮して眠れない台風十三号来襲の夜である。

Arnold Schoenberg - Transfigured Night for String Sextet, Op. 4


【クラシックの嗜好錯誤】バック・ナンバー
第一回:ストラヴィンスキー/冨田勲/レジデンツ/フランク・ザッパ

シェーンベル
チェーンメールの
シャンデリア

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【クラシックの嗜好錯誤】第一回:ストラヴィンスキー/冨田勲/レジデンツ/フランク・ザッパ

2018年06月15日 08時46分24秒 | こんな音楽も聴くんです


去年の終わり頃から中古レコード店のクラシック売り場に通うことが増えた。元々現代音楽や電子音楽が好きだったこともあるが、きっかけはストラヴィンスキーの管弦楽曲集5枚組レコードボックスが500円で売っているのを見つけたことである。銀ラメのボックスに豪華なブックレットまで付いてワンコインとは、クラシックに興味がなくてもレコ好きなら心トキメク瞬間に違いない。それ以来ロックやジャズ売り場よりもクラシック・コーナーで中古盤を漁ることが多くなり、コレクションも増えて来た。そんなクラシック音楽について紹介しようと考えた。第一回は中高時代のクラシックとの出会いついて記してみたい。



ストラヴィンスキーとの出会いは、中学時代リッチー・ブラックモアのギター破壊をフィルムコンサートで観てショックを受け、ロックを聴くのを辞める決心をした時に手塚治虫のジャケットに惹かれて買った冨田勲のシンセサイザー版『火の鳥』だった。左右のスピーカーの間を飛び交う奇妙な電子音とドラマチックな音楽劇に魅了された。父のレコード・コレクションにあった『火の鳥』を聴いたが、古典的なオーケストラの演奏はシンセのような楽しさとトキメキは感じられなかった。だからこの時は、ストラヴィンスキー(クラシック)よりも冨田(シンセサイザー)に心を奪われたと言えるだろう。その証拠にシンセサイザーを使ったロック=プログレッシヴロックに興味を持ち、ロック熱が再燃。ジェネシスの『眩惑のブロードウェイ』2枚組LPを金沢で唯一の輸入レコード店で買って聴き狂っていた1976年。しかしその頃パンクロックが登場。最初にラジオでラモーンズやパティ・スミスを聴いた時はピンと来なかったが、セックス・ピストルズやクラッシュが出た時は、ギターソロのないシンプルなサウンドと怒りのパワーに惚れ込んだ。音楽雑誌のグラビアのパンクファッションに憧れ、自分でハサミで髪を切ってツンツンヘアーにして、Tシャツや作業着にカラースプレーで「PUNK」「HATE」「SHIT」と文字を描き、安全ピンや鎖を付けて気取っていた。

Isao Tomita 1976 Firebird Suite Full Album


ピストルズが1978年初頭に解散。時代はパンクからニューウェイヴやパワーポップに移行した。日本でパブリック・イメージ・リミテッドのデビューアルバムが出たのは79年。ピストルズのジョニー・ロットンがジョン・ライドンとして結成した新バンドのダウナーで前衛的なロックはポストパンクの象徴として話題になった。同時にジェームズ・チャンスのコントーションズやイギリスのポップ・グループが紹介され、ディーヴォが日本でも大ヒットしたことで、ロック界に実験精神が注入された。個人的には同時期に紹介されはじめたレジデンツに強く影響された。高校ではパンクのコピーバンド「GLANDES」をやっていたが、受験でバンドができなくなるとフライング・リザーズの影響で自宅録音をはじめた。テープデッキとラジカセを繋いだピンポン録音(録音したテープを片方で再生しながら歌や楽器を演奏して、もう一台で録音。それを何度か繰り返し音を重ねていく録音方法)で、洋楽曲のカヴァーや即興パンクや疑似テクノやひとりフリーインプロに勤しんだ。

The Residents - Fingerprince (1977) [Full Album]


ブラバンの友人からズヴィン・メータ指揮のストラヴィンスキー『春の祭典』を聴かされて、ロックに通じる激しいオーケストレーションに感動するとともに、ギター雑誌『プレイヤー』のイレストレーター八木康夫の連載『PIPCO′S』で知ったフランク・ザッパがストラヴィンスキーやエドガー・ヴァーレーズに影響されたことに納得し、雑誌『フールズ・メイト』や『マーキー・ムーン』でヘンリー・カウやユニヴェル・ゼロ、アール・ゾイ等いわゆるチェンバーロックを知り、再び父のコレクションからバルトークやショスタコーヴィチの弦楽四重奏を見つけ出し、クラシックの中に潜む悪魔性に開眼した。プログレ雑誌に転身した『マーキー』の「ブリティッシュロック集成」に掲載されたスプーキー・トゥース『セレモニー』のレビューでフランスの電子音楽家ピエール・アンリの名前を見て、聴いたことが無いながらも強く印象に残った。

The Mothers of Invention - Uncle Meat: Main Title Theme/The Voice Of Cheese


以上のように筆者のクラシック音楽体験は10代後半の思春期に種が撒かれていたことがわかる。このまま自分語りを続けると切りがないので今日はここまでで筆を置くことにする。来が向いたら時分語りは控えめにして、次回以降あなたの知らないクラシックの森へご案内しよう。

STRAVINSKY Le Sacre du printemps | RAI Roma, Z.Mehta | video 1969 ®



ストラヴィン
好きって言ったら
愛してやるぜ

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【第1回 昭和フォークの嗜み】山崎ハコ/佐藤公彦/ガロ/五つの赤い風船

2018年03月02日 01時58分36秒 | こんな音楽も聴くんです


1977年中学3年生のときパンクロックに痺れて以来フォークやニューミュージックは天敵のように毛嫌いしてきた。地下音楽やノイズを掘り出してからは、フォークの中にアンダーグラウンドな香りを持つ浅川マキ、森田童子、三上寛、遠藤賢司、あがた森魚などを聴くことはあるが、依然として昭和の一時代を風靡したフォークやシンガーソングライターは聴かないまま平成も30年近くが過ぎた。

ところが平成30年2月半ばにSpotifyのオートプレイで流れてきた女性の歌声に仕事の手が止まった。歌はうまいが何処か生々しく感情のゆらぎが声に表れてしまっている。片腕がないとか片足がないとか今なら放送自粛の歌詞。フォークギターの伴奏が浮遊感を誘う。山崎ハコだった。どことなく浮かない表情で写るジャケット写真が気にはなっていたが、メジャーな存在なのでスルーしていた。Spotifyでいろいろなアルバムを聴くうちに他にもいい感じのフォークシンガーやグループを見つけた。全部が全部いいとは限らないが、今まで聴かず嫌いしていたお陰で”すべてが新曲”のような宝の山を掘る気分。この辺のレコードは中古レコード店の安売りコーナーでよく見かけるので入手も簡単。さっそく何枚か買い込んできてターンテーブルに乗せて聴いている。

●山崎ハコ


山崎 ハコ (やまさき はこ、1957年5月18日 - ) は、日本の歌手、シンガーソングライター、女優、文筆家。本名、安田 初子(やすだ はつこ、旧姓・山崎)。

2000年代初頭に話題になったギャグ漫画『魁!!クロマティ高校』で主人公が結成したバンドのメンバー全員がファンだったというネタで使われていた山崎ハコは、すなわち暗い歌の代表のように扱われる存在。10代〜20代で時代の影を歌い尽くした彼女の人生は波瀾万丈だったといわれる。そんなストーリーは知らなくても暗い表情のジャケ写を見れば幸せと言う字は辛いという字に似ていることを思い出すだろう。6thアルバム『歩いて』は同期の石黒ケイや中島みゆきも参加して、フォークとニューミュージックの中間のバランスがとれた作風の作品。

山崎ハコ ♪望郷



●佐藤公彦(ケメ)


佐藤 公彦(さとう きみひこ、1952年1月9日 - 2017年6月24日)は、1970年代初期から中期に活動した日本のシンガーソングライター。東京都大田区生まれ。中央大学中退。

キノコホテルのギタリスト、イザベル=ケメ鴨川の名前の元ネタの「KEME(ケメ)」という愛称で知られアイドル的人気を誇った。女の子っぽいルックスとキャンディのように甘いヴォーカルはジャニーズ所属だとしても不思議はない。アルバムによっては聴くだけで恥ずかしい台詞入だったりするが、アメリカ滞在から帰国してレコーディングされた5thアスバム『片便り−落葉に綴る』(74)はまるでサニーデイ・サービスなフォーキーロックをたっぷり収録した佳作。曽我部恵一はケメをパクっていたのは間違いない。

メリーゴーランド/佐藤公彦



●ガロ(GARO)


ガロ(GARO)は、1970年から1976年まで活動した日本のフォークロックグループ。メンバーは堀内護(MARK)、日高富明(TOMMY)、大野真澄(VOCAL)。

73年に大ヒットした「学生街の喫茶店」は小学4年生の筆者の通学時の愛唱歌だった。マイナーなメロディが心に滲みた。歌詞に出てくる”ボブ・ディラン”を”僕要らん”だと勘違いしていたことは以前書いた。そんなノスタルジアしかなかったが、後期のアルバムではビートルズや10CCの影響を受けたモダンポップを展開しており、浮遊感のあるコーラスワークはサイケ/アシッド文脈でも評価できるのではなかろうか。

ガロ - 学生街の喫茶店



●五つの赤い風船


五つの赤い風船(いつつのあかいふうせん)は、日本のフォーク黎明期に現れたフォークグループ。1967年結成、1972年解散。

かなり時代は遡るが、グループサウンズからカレッジフォークの移行期に登場した彼らのバンド名を英語表記『Five Red Baloons』にしたらドリーミーなサイケデリックバンドに思えないだろうか。そう思って聴くと、ただの学生フォークが葉っぱの臭い漂うアシッドフォークに聴こえてくるからあら不思議。紅一点藤原秀子の存在をヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコに譬えてたい。聴き手の妄想力次第で如何様にも楽しめる見本である。

「遠い世界に」五つの赤い風船


堕天使は
堕ちたフォークの
先の塵

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ミニ・ペンギン・カフェ@青山 草月会館 2017.7.9 (sun)

2017年07月10日 08時37分26秒 | こんな音楽も聴くんです


◆7/9(日)14:00開場/15:00開演
ミニ・ペンギン・カフェ
『トーク&ミニ・ライブ』
(入場無料/要予約)
会場:草月会館 2F 談話室(東京都港区赤坂7-2-21)
(入場時にドリンク代別途500円必要)
ペンギン・カフェの2人(アーサー&ダレン)によるトークとミニライヴ!



2009年に創設者サイモン・ジェフスの息子アーサー・ジェフスにより復活したペンギン・カフェの三度目の来日公演の前哨戦イベントが開催された。30℃を越える猛暑の中、青山通りを見下ろす草月会館二階の談話室は冷房が効いて気持ちがいい。オリジナル・ペンギン・カフェ・オーケストラ時代のポスターやパンフレットが展示され、アートな雰囲気が80年代に吉祥寺の南口にあった「ペンギン・カフェ」を思い出させる。
エレガントで曖昧な家具の音楽~新生ペンギン・カフェ来日に思う
ペンギン・カフェ/相対性理論@ラフォーレミュージアム六本木 2012.10.8 (mon)



アーサー・ジェフスとダレン・ベリー(トロージャンズ/ヴァイオリン)のトークでは、父サイモンの思い出やペンギン・カフェ再結成の動機や新作に関する逸話が聞けた。印象的だったのは、アーサーが子供の頃「世の中の音楽の半分はペンギン・カフェ・オーケストラのような音楽」だと思い込んでいたという話。実際筆者も幼児の頃は父親が好きなクラシック音楽と幼稚園で歌う童謡以外の音楽があることを知らなかった、というか意識しなかったものである。物心ついてから歌謡曲や映画音楽、さらのジャズやロックがあることを知った。また、サイモン・ジェフスが南フランス滞在中に食中毒で寝込んだ時に見た夢からペンギン・カフェが生まれた、という逸話は嘘か本当か分からないが、この夢みる音楽に相応しい伝説であろう。



その後のミニ・ライヴではアーサーが電子ピアノ、ダレンがシュルティボックス、ヴァイオリン、ボックスシロフォン、パーカッションでアンコールも含めて30分を越える演奏をたっぷり聴かせてくれた。個人的にはポストミニマルな反復とインプレッショニズムのメロディーラインが交錯した作風に惹かれる。レジデンツの目玉と並ぶ80'sサブカル系コスプレ「ペンギン男」に扮してみると、世界の風景はポストモダーンに見えてきた。



Penguin Cafe: NPR Music Tiny Desk Concert


ペンギンと
目玉の対決
どっちが勝つ

 

▼Maison book girlのバックをペンギン・カフェが務めたら面白いに違いない。

Maison book girl / rooms / MV




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ブッゲ・ヴェッセルトフト "ニュー・コンセプション・オブ・ジャズ"@青山Blue Note東京 2016.10.4 (tue)

2016年10月07日 00時16分49秒 | こんな音楽も聴くんです


BUGGE WESSELTOFT'S
"New Conception of Jazz" 2016 Edition
ブッゲ・ヴェッセルトフト
“ニュー・コンセプション・オブ・ジャズ” 2016 Edition


2016 10.3 mon., 10.4 tue.
[1st]Open5:30pm Start6:30pm [2nd]Open8:20pm Start9:00pm
Music Charge ¥8,500(税込)

MEMBER
Bugge Wesseltoft(key, sounds, visuals) ブッゲ・ヴェッセルトフト(キーボード、サウンズ、ヴィジュアルズ)
Marthe Lea(sax, electronics, voice) マハサ・レア(サックス、エレクトロニクス、ヴォイス)
Oddrun Lilja Jonsdottir(g) オドゥルン・リリア・ヨンストティル(ギター)
Sanskriti Shrestha(tablas) サンシュリィティ・シュレッサ(タブラ)
Siv Øyunn Kjenstad(ds,vo) シヴ・ウン・ジェンスタ(ドラムス、ヴォーカル)
Fridtjof Wesseltoft(VJ) フリチョフ・ヴェッセルトフト(VJ)

ノルウェーが誇る鬼才による伝説のプロジェクト
新世代のミュージシャンたちを迎えて10年ぶりに再始動
ノルウェーが世界に誇る鬼才キーボード奏者、ブッゲ・ヴェッセルトフトが伝説のプロジェクト“ニュー・コンセプションズ・オブ・ジャズ”(NCOJ)を10年ぶりに再始動、その最新ステージを東京で繰り広げる。’80年代からポップス、ロック、ジャズの世界で活動し、’96年NCOJを結成。続いてレーベル“ジャズランド”を創設し、いわゆるフューチャー・ジャズの中心的存在となる一方、ノルウェーの国民的シンガーであるシゼル・アンドレセンとのコラボレーションも継続してきた。現NCOJはブッゲ以外をすべて若手女性ミュージシャンで構成。新旧のレパートリーを織り交ぜながら、映像演出とのリンクでフューチャー・ジャズのさらなる先を目指す。



90年代後半フューチャージャズを熱心に聴いていた。80年代前半フリージャズや前衛音楽にどっぷり浸かった学生時代を過ごした筆者は86年に就職する頃にはインディーズブームの洗礼を受け、決してメジャー路線ではないものの、90年代バンドブームの余波・余熱で世に紹介されたサイケやアングラ風味のロックを愛聴するようになった。同時期に発生した渋谷系やクラブミュージックに興味を持たなかったのは、地下は地下でもファッションの如くトレンドが移り変わる流行音楽のフットワークの尻軽さが体質的に合わなかったということだろう。それ以来クラブシーンと殆どリンクせずに過ごしてきた90年代後半、ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンを好むクラブDJと知り合い、ノルウェーのJazzlandレーベルを知った。いわゆるクラブジャズの嘘くささや過剰なダンスビート強調ではなく、ミニマルなシーケンサーとエレクトリックビートに同調するクールな生楽器の浮遊感は、自己主張が希薄な分、イマジネーションの泉でもあり、フロアでも脳内でも軽い重力と重い思念が歪み合う新感覚のソフトドラッグだった。21世紀を迎える世紀末にフューチャージャズ(未来のジャズ)という安易な名前も眩しく思えた。もし"未来派ジャズ Futuristic Jazz"だったらもっと早く風化しただろう。陳腐な普通名詞だったから狭いジャンルに限定されずに進化できたのは確か。その総帥がブッゲ・ヴェッセルトフトというオニギリ頭のピアニストだった。それから20年経っても相変わらずモテそうには見えないブッゲだが、清竜人25の向こうを張って4人の美女を引き連れて来日するとは、音楽センスと制作意欲のイケメンぶりを見抜く北欧女子は少なくないに違いない。

BUGGE WESSELTOFT'S : BLUE NOTE TOKYO 2016 trailer


日本での最終公演は結構空いていて、開演10分前に入場したのに最前ど真ん中のテーブルに通された。ドラムを真ん中に左にタブラとサックス、右にギターとブッゲのキーボード。まるでビデオ撮影のセンターカメラになった気分。ピアノのリリカルなフレーズが徐々にループしてサックスの反復フレーズとシンクロし、タブラビートのサイエンス&ドローンギター、リズム非キープのドラムが音楽の波に干渉する。それにも拘らず何事もないようにクールに奏でるクリスタリズムは、北欧フューチャージャズの本質が変わっていないことの慎ましやかな自己主張であった。笑顔が素敵なドラマー女子のキュートな歌声に痺れ、終演後にチェキ会があるか公式ツイッターをチェックしそうになるヲタクの性(さが)に苦笑する。それは冗談として、一見楽器初心者かと思わせるあどけなさに騙されるが、それぞれ相当の手練である。ブッゲの「ジャズの新たな概念 New Conception of Jazz」はテクニックを超えたところにあるが、到達するには鍛錬 disciplineが欠かせないことは言うまでもない。20周年を迎えた記念すべき年に、ジャズランドの記念コンピCDがリリースされるという。これは新たなジャズのその先を目指す決意表明に他ならない。

New Conception of Jazz 2016 edition

INTERVIEW:ブッゲ・ヴェッセルトフトの伝説的プロジェクトが再始動&来日! ノルウェーの鬼才とジャズ×エレクトロニックの試みを紐解く

日本にも
フューチャージャズ女子
いないかな?

New Conception Of Jazz KongsbergJazzfestival 2016
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ミシェル・カミロ × 上原ひろみ/ケニー・バロン・トリオ/fox capture plan@東京国際フォーラムHALL A 2016.9.4 (sun)

2016年09月06日 07時56分11秒 | こんな音楽も聴くんです


15th TOKYO JAZZ FESTIVAL

JAZZ IS HERE
Sep. 4 (Sun) Evening Open 16:30 / Start 17:30

ジャズの伝統と歴史を受け継ぐ、次世代のアーティストたちが集合!新感覚ジャズロックのfox capture plan、大御所ケニー・バロンはNYの歌姫グレッチェン・パーラトをゲストに、そして今年の最終ステージにはミシェル・カミロと上原ひろみが登場。

東京JAZZは2002年の第1回に観に行った。東京スタジアム(現・味の素スタジアム)で開催され、屋根の無いアリーナ席に灼熱の太陽が照りつけ、値段の高い特別シートの客が全員日陰に避難していた。フューチャージャズのニルス・ペッター・モルヴェルやクラブ系のU.F.O.や小林径が出演したことと、ウィエン・ショーターがコルトレーンに捧げるスピリチュアルな演奏をしたのを覚えている。それ以降は上原ひろみが出る時だけ単発で行く程度。ICPオーケストラが出た2014年は画期的だったが行きそびれた。同じ時期にJazz Artせんがわが開催され、そちらを優先することも多い。今年も当初は行くつもりは無かったが、上原ひろみがミシェル・カミロとデュオをすると知って行く気になった。

●fox capture plan


岸本亮(p)、カワイヒデヒロ(b)、井上司(ds)
偉大なるミュージシャンたちが築いてきたジャズの歴史と伝統。その精神は今、しっかりここにあって、受け継がれている。 ジャズをルーツに自分たち世代の音楽をつむぎ続ける、現代版ジャズロックをコンセプトにすえた音楽界注目No.1のグループ。
ジャズピアノトリオの編成を軸にポストロック、ドラムンベース、ダブステップ等の要素を取り込んだ音楽世界は今までにない感覚!


タワーレコードでよく展開されている日本人男子のピアノトリオ。30代前半の3人のプレイはひたすらエネルギッシュ。特にドラムの竹を割るように切れ味のある叩きっぷりが小気味いい。時にエフェクトを使うベース、大胆に鍵盤の上を走り回るピアノのスピード感はフジロックにも抜擢される理由がよくわかる。というかロックフェスの方が彼らの主戦場と言えるのではないか。ミッド/スローテンポのナンバーになると普通のピアノトリオに聴こえるのが惜しいが、若い世代のジャズの期待の星だ。

fox capture plan / 疾走する閃光



●ケニー・バロン・トリオ with special guest グレッチェン・パーラト


ケニー・バロン(p)、グレッチェン・パーラト(vo)、北川潔(b)、ジョナサン・ブレイク(ds)
アコースティック・ジャズ・ピアノの最高峰、巨匠ケニー・バロンが自身のトリオにニューヨークの現代ジャズシーンで絶大なる人気を誇る歌姫をゲストに夢の共演!

今年で73歳のケニー・バロンの何処が次世代だ、と目くじらを立てるのは少し我慢して演奏に集中してみよう。年輪の刻まれたピアノタッチは若いもんには真似出来ないし、ベースの渋いながらも派手さのあるフレーズはジャズる心が無ければ不可能。それにしても巨漢のドラマー凄すぎる。飄々とした表情で適当に腕を振り回しているように見えながら、出てくるリズムの非常識なまでの逸脱感はメインストリームをアンダーグラウンドに転化していまいそうな異形を発揮する。ジョナサン・ブレイク(40歳)のプレイを感じていると、ジャズの主役はドラムだという忘れかけていた信念に火をつけようかという気持ちになっている。ゲストのバーラトはクリスタルな歌声がクールな美形シンガー。

Jonathan Blake / Kenny Barron - Rio das Ostras JAZZ FESTIVAL 2012



●ミシェル・カミロ × 上原ひろみ


ミシェル・カミロ(p)、上原ひろみ(p)
※上原ひろみ ザ・トリオプロジェクトでの出演予定でしたが、アンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスの健康上の理由により、ミシェル・カミロと上原ひろみの出演に変更になりました。

思い返せば2008年の東京JAZZで上原とカミロの対バンを見て両者の凄まじさに舌を巻いた。⇒東京JAZZ "Dramatic Night"@国際フォーラムA 2008.8.30 (sat) 2014年の13th 東京JAZZにふたりのデュオで出演した時は観なかったので、今年メンバーの不調で急遽再共演することになったのは筆者にとってはラッキーだった。長年の友人でありライバルであるふたりの緊張感と安心感が同居するステージは、客席を巻き込み会場全体をワープさせるトリオの演奏とは異なり、観客を意識しない二人だけの空間を創造する独特の時間軸に支配されている。オーディエンスは恰もガラス張りの部屋で繰り広げ荒れる二人の秘事を覗く証人としてこの場に存在する。悦楽の表情の睦み合いが激しい愛撫に変わり、瞳孔が開きっぱなしの絶頂に導かれるままに覗きの興奮も高まる。果てた後の熱狂は溜りに溜ったリビドーの解放に他ならない。こうしてトラウマを克服した観客は自己統一性を取り戻し、それぞれ生きる希望を胸に社会生活に戻って行くのである。サイコセラピーならぬ「カミロセラピー」「ひろみセラピー」の神髄であった。

Billie's Bounce / Michel Camilo x Hiromi (13th Tokyo Jazz Festival)


東京の
ジャズのお祭り
クリニック



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山崎怠雅『アンソロジー』発売記念イベント@deus新宿 2015.9.20(sun)

2015年09月23日 05時34分57秒 | こんな音楽も聴くんです


山崎怠雅 『アンソロジー』 発売記念イベント@ deus新宿

山崎怠雅クインテット
・山崎怠雅 Vo.G.
・伊藤昭彦 AG
・小池実 B
・浅野廣太郎 B.Sax
・井上順乃介 Drums



2013年『フィクション』、2014年『モノリスと海』と立て続けにアルバムをリリースしたシンガーソングライター山崎怠雅の新作は、前2作からの5曲に新録2曲を加えた7曲入りで定価税込1000円というお買い得企画盤。『アンソロジー』と名付けるからには、もっと昔の未発表トラックも収録して欲しかったと思うのが愛好家の常だが、初めて聴こうと思う人にはうってつけのCDだと言える。山崎の様にライヴハウスで精力的に活動するミュージシャンは、熱心にライヴに通うコアなファンを惹き付けることは出来ても、幅広い潜在的ファンに広げることは簡単ではない。そう考えれば、今回の企画盤は新規ファン開拓に有効なのは間違いない。



開演時間を何故か1時間勘違いしてしまい最後の数曲しか参戦できなかったが、バリトンサックスを含むクインテットの演奏が放つ熱く深いグルーヴを全身で堪能した。ロングヘアーにベルボトムにソフト帽という70年代ロッカー風のルックスには「似合わず/相応しく」優しく暖かい山崎の歌声は、日常生活に疲れ果て、ギザギザにささくれた聴き手の意固地な感性を中和し、ファンタジックなフィクション(夢想)の国へ誘う天空のサイレンである。しかしながらファズギターとバリサクの咆哮が木霊するマルチカラーのサイケデリックドリームなので、ノンフィクション(現実世界)に戻れなくなっても責任は取れないのであしからず。

山崎怠雅「サイレン」


聴く者を
眩惑するよな
アンソロジー

山崎怠雅「北」


-Next Live-
9月25日(金) 高円寺Club Mission's
19:00 OPEN / 19:30 START
Adv \3000 / Door \3500 (with 1drink)
[出演]
灰野敬二+グンジョーガクレヨン
LAPIZ TRIO
山崎怠雅グループ


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【米国SSW男子新世代】ケヴィン・モービー/カート・ヴァイル/エズラ・ファーマン

2015年07月28日 00時15分15秒 | こんな音楽も聴くんです


気が付いてみれば本格的に夏になり、じりじり肌が焼ける日々が続いている。梅雨明け前後から、ピアノ女子の妄愁歌おそろしあ娘晴れーション監獄ロッカーの魂ロケンロー自由JAZZ超越交歓ギタ×ギタバトル、と熱いライヴ現場が続き、今週末にはTOKYO IDOL FESTIVALでヲタ活全力の灼熱地獄に身を窶(やつ)す予定。さすがに毎日コレじゃ身が持たない、たまには涼風の爽やかな音楽に身を浸したい、そう思ってようつべ検索に励んだ。普段ならアシッド女子やウィスパー女子の囁きに救いを求めるところだが、異性のエロスすら蒸し暑く感じる重度の熱中症。終いに自棄(やけ)になり男色に走りかけたが、運よく性敵アピールを感じない爽やか系男子に巡り合うことが出来た。そんなひと夏の思い出を絵日記(ブログ)にまとめてみた。

●カート・ヴァイル Kurt Vile


フィラデルフィア生れ。ザ・ウォー・オン・ドラッグスのギタリストとして活躍後にソロ・デビューを飾り、2009年に米老舗<マタドール>に移 籍しリリースした4thアルバム『スモーク・リング・フォー・マイ・ハロー』がピッチフォークで8.4点の高評価を獲得し、さらに老舗Rough Trade Shopの年間ベスト・アルバムの第3位に選出されるなど、ディアハンターやアリエル・ピンクらと共に一躍USインディー・シーンを代表するアーティスト の一人に挙げられることになったカート・ヴァイル。

さらに、13年にリリースした『ウェイキン・オン・ア・プリティ・デイズ』が2作連続でピッチフォークのベスト・ニュー・ミュージックを獲得。それから約2年振りとなる通算6作目の本作はエリオット・スミスなどで知られれるロブ・シュナップフをプロデューサーとして迎え、ロサンゼルスや ジョシュア・ツリーを含む様々な場所でレコーディングとミックスを敢行した結果、東から西まで国境を縦横無尽に行き来するサウンドのアルバムが完成。また、ドラマーとしてウォーペイントのステラ・モズガワも参加している。


■6thアルバム
アーティスト:Kurt Vile(カート・ヴァイル)
タイトル:b'lieve i'm goin down…(ビリーヴ・アイム・ゴーイン・ダウン・・・)
レーベル:4AD / Hostess
海外発売日:2015年9月25日(金)
※日本盤詳細は後日発表

Tracklist
1. Pretty Pimpin
2. I'm an Outlaw
3. Dust Bunnies
4. That's Life, tho (almost hate to say)
5. Wheelhouse
6. Life Like This
7. All In A Daze Work
8. Lost My Head there
9. Stand Inside
10. Bad Omens
11. Kidding Around
12. Wild Imagination

■バイオグラフィー
1980年1月3日フィラデルフィア出身。ザ・ウォー・オン・ドラッグスのギタリストとして活躍後にソロ・デビューを飾り、2009年に米老舗<マタドール>に移 籍しリリースした4thアルバム『スモーク・リング・フォー・マイ・ハロー』がピッチフォークで8.4点の高評価を獲得し、さらに老舗Rough Trade Shopの年間ベスト・アルバムの第3位に選出されるなど、ディアハンターやアリエル・ピンクらと共に一躍USインディー・シーンを代表するアーティスト の一人に挙げられることになった。ソニック・ユースのサーストン・ムーアとキム・ ゴードン、J・マスキス(ダイナソーJr)、パンダ・ベア等がファンであることを公言している。




●エズラ・ファーマン Ezra Furman


<海外評価>
■『パーペチュアル・モーション・ピープル』は常に驚きに満ち、絶え間なくメロディカルな快楽をもたらす作品だ – NME 8/10
■ファーマンは60年に渡るポップ音楽をブレンダーで混ぜ合わせることによって、パーソナルな苦悩を40分という絶え間なく魅力的な創造力にしあ げた –The Line of Best Fit 9/10
■ファーマンのコラージュ的アプローチと、ジョナサン・リッチマンのようなヴァラエティに富んだ作品作りはとてもチャーミングで命とチューンに溢 れている...この「現代の歌と踊りの人」はまさに生命力そのもの – Q Magazine 4/5
■『パーペチュアル・モーション・ピープル』はこのジェネリックな世界における正真正銘、唯一無二のサウンド  – The Guardian 4/5 (アルバム・オブ・ ザ・ウィーク)
■彼の小悪魔的な詩人の賢明さがはっきりと伝わってくる...ファーマンの古き世界のロックンロールに対する情熱はジョナサン・リッチマンと比較されるが、しかし彼のサクソフォンを多く用いたアルバムは、また違ったホーンを鳴らしている。それはルー・リードやブルース・スプリングスティーンのワイルドさにも似た方向性といえる – Uncut 8/10


■3rdアルバム
アーティスト名:Ezra Furman(エズラ・ファーマン)
タイトル:Perpetual Motion People(パーペチュアル・モーション・ピープル)
レーベル:Bella Union / Hostess
品番:HSE-38014
発売日:発売中!
価格:2,095円+税
※初回仕様限定盤のみボーナストラックダウンロードコード付ステッカー封入(フォーマット: mp3)、歌詞対訳、ライナーノーツ付

Tracklist
1. Restless Year
2. Lousy Connection
3. Hark! to the Music
4. Haunted Head
5. Hour Of Deepest Need
6. Wobbly
7. Ordinary Life
8. Tip of a Match
9. Body Was Made
10. Watch You Go By
11. Pot Holes
12. Can I Sleep In Your Brain?
13. One Day I Will Sin No More

*日本盤ダウンロード・ボーナストラック
1.Crown Of Love(アーケード・ファイアのカヴァー)
2.Devils Haircut(ベックのカヴァー)

■バイオグラフィー
1986年9月5日シカゴ生まれ。Ezra Furman & The Harpoonsというバンドで活動開始。2007年のデビュー・アルバム『Banging Down the Doors』は地元シカゴを中心に大きな評価を獲得。その後2作のアルバムをリリースするも、ソロ活動を開始。2012年、初ソロ作品『The Year Of No Returning』、2013年セカンド・ソロ作品『DAY OF THE DOG』を発表。2015年7月、サード・アルバム『パーペチュアル・モーション・ピープル』をリリース。




●ケヴィン・モービー Kevin Morby


上記二人はお分かりのように日本でCDリリースされるが、筆者のこの夏のいち推しのケヴィン・モービー君は現状国内リリース予定はない。3人の中では一番若いが、ヒッピーorグランジの流れをくむロングヘアーのカート兄やヒステリック声の女装家エズラ姐とは違って、アー写がちょっと小太り気味で損をしているが、いたって普通の爽やかさではナンバーワン。淡白なほど落ち着いた呟き声は、あっちの世界へ行ってしまったシド・バレット爺やティム・バックレー爺やティム・ハーディン爺の魂を召喚するかのよう。義理の父親はロビン・ヒッチコックに違いない。二枚のソロ・アルバムはLINE MusicやAPPLE Musicのプレイリストにはないだろうから、YouTubeで流しっぱなしにしている。フィジカルLP/CDが買えるうちに買っておくべき逸品である。

 
■1stアルバム
アーティスト名:Kevin Morby(ケヴィン・モービー)
タイトル:Harlem River(ハーレム・リヴァー)
レーベル:Woodsist
海外発売日:2013年11月26日

Tracklist
1. Miles, Miles, Miles
2. Wild Side (O, The Places You'll Go)
3. Harlem River
4. If You Leave, And If You Marry
5. Slow Train
6. Reign
7. Sucker In The Void
8. The Dead They Don't Come Back


■2ndアルバム
アーティスト名:Kevin Morby(ケヴィン・モービー)
タイトル:Still Life (スティル・ライフ)
レーベル:Woodsist
海外発売日:2014年10月14日

Tracklist
1. The Jester, The Tramp & The Acrobat
2. The Ballad Of Arlo Jones
3. Motors Running
4. All Of My Life
5. Drowning
6. Bloodsucker
7. Parade
8. Dancer
9. Amen
10. Our Moon

■バイオグラフィー
1988年4月2日テキサス生まれ。2005年ブルックリンで結成されたフォーク・ロック・バンド「ウッズ」にベーシストとして参加。2008年にヴィヴィアン・ガールズのキャシー・ラモーンとガレージロック・バンド「ベイビーズ」を結成。2013年に『ハーレム・リヴァー』でソロ・デビュー、2014年に2ndソロ『スティル・ライフ』をリリース。同年ベイビーズは活動休止。フェイヴァリット・アーティストはルー・リード、ボブ・ディラン、ニール・ヤング、サイモン・ジョイナー。



シンガーと
ソングライター
ひとりきり

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