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科学と文芸を融合した仮説作品「風雅のブリキ缶」姉妹篇。街で撮った写真と俳句の取り合わせ。やさしい作品サンプルも追加。

松本智津夫死刑囚の刑執行に想う

2018年07月06日 12時33分59秒 | Journal
 今日朝方、小生と同世代の松本智津夫死刑囚(麻原彰晃、1955‐2018)が他のオウム真理教死刑囚6人とともに処刑された。ところで、松本には、個人的な想いがある。小生は、小学校の5年、6年と父親の転勤で長崎県の佐世保市に暮らしたが、その頃、松本も佐世保から左程遠からぬ熊本県の八代市に暮らしていたはずだ。その佐世保時代、ニュースや先生の言葉に水俣病の怖さをひしひしと感じていたが、盲学校に行った松本はまさに水俣病の犠牲者だったらしい(?)。少なくとも彼の人生(観)に、水俣病が深くかかわっていることは間違いないと思う。海に垂れ流されたメチル水銀化合物による中枢神経疾患と地下鉄に散布された有機リン化合物サリンによる神経麻痺、実行者が企業と宗教団体の違いはあっても、この2つの自然界には存在しない化合物による無差別殺人が一人の孤独な人間の心理中でどこかでつながっていると考えて無理はなかろう。

 水俣病患者の手


 さらに、高校生の頃、小生はやはり父親の転勤で大分市に暮らしたが、その高2時代のクラスメイトに、後にオウム真理教に入団したK君が居た。事件が発覚して、K君が逮捕され(実刑判決後、釈放された)、ニュースに盛んに出てきた写真や名前を知って、もしやと思って調べたら、間違いなくあの県立大分舞鶴高等学校の同じクラスに居たK君である。K君とは、同じクラスながら、一度もまともに口をきいたこともなかったかと記憶する。まともに目も合わせなかったかもしれない。いや、一度だけ、K君と目を合わせたことがあった。それが何のことだったかは、もちろん覚えていないが、その瞬間、彼が小生のことを妙な感じに、怪訝(けげん)というか不安そうな感じにおどおどと見ていたような気がする。あの頃、圧倒的におかしな、周囲から逸脱した印象の高校生だったのは、むしろ小生の方であった。小生は不登校寸前の嫌々学校へ通ってる超絶的に孤立した生徒だったが、高校の寮生だった彼も、陰気で、一人の女子生徒にもてる背の高い優男(やさおとこ)風な男子生徒の後をくっついて離れず、いつも二人だけでつるんでいるような無口な生徒だった。K君は、大人になってもそうだが、顔は彫りが深く目鼻立ちがくっきりとした男前だったが、背丈は小生よりも大分低く、寮生らしくふけが目立つ学生服姿に幅広にがっしりとした猪肩が印象的だった。絵画をクラブ活動でやっていたのか、画帳を手にしていた姿も微かに覚えている。そんな大人しいK君が、世間を背にして反社会的宗教団体にくみし、一連のオウム事件でああいうことになるとは、事の余りの展開に不思議な気がする一方、ひょっとしてあり得たなとも感じる。今度のK君は、優男でなくひげ面の盲目の大男、教祖麻原の後に控え目にくっついていた。集団に帰属することや何事につけ他人に指示されたり命令されることが嫌いで、しかも小心に危ないことは未然に避けようとするタイプの小生など計り知れない人生の艱難(かんなん)が、K君には起きたであろう。それこそ人生いろいろだ。高校時、肌合いが合わなかったが、彼の付き合った教祖麻原とオウム幹部の7名が突如死刑になり、この世で急に7人分の欠損が生じたためなのか、生きているK君に対して妙に少し懐かしい気持ちが働く。K君は、今も健在で静かに暮らしているようだ。彼の方では、高校以来、小生のことなど思い出すことなく、とっくに死人も同然の欠損扱いになっているだろうが。なお、下の麻原の有名な「空中浮揚」写真を撮ったのもK君だったらしい。オウムもグル麻原も知らない1世紀後の人間が、インターネット上にこのバカバカしい写真を見つけたら、果たして何と思うであろうか? それを考えると、この写真は、後世に残るK君が尊師のあり得ない苦行を描いた謎深き傑作だったかもしれない。





 小生がアメリカ留学中に、俄(にわ)かに、麻原やオウム信徒が国政選挙に打って出た。インターネットがまだ普及する前だった。田舎の州立大学の図書館で、週に1度届く日本の新聞で奇態な姿の麻原やオウム真理教なる教団の出現を驚きをもって知った。そして、異郷の地で小生も日本のオウム現象を記事中に貪(むさぼ)り読んで異常なほど興味を抱いたのは事実。今になって知ったことだが、K君は教団が選挙に立候補者を出すか賛否を幹部に多数決で取ったときに上祐氏と二人、唯一否定派だったらしい。そこは、さすがだ。K君は、議員などなりたくなかったろうし、そもそも社会で変に目立ちたくなかったのだろうと思う。アメリカから戻って数カ月後に、いわゆるオウム事件が次々に明らかになった。K君がオウム信者で幹部の一人だったこともその時になってようやく知ったのである。

 K君が撮ったとされる滑稽で笑いごとのような重力に逆らった麻原の必死な空中浮揚にしても、どこか、笑い切れない部分が自分の中にあった。ラララと空飛ぶ科学の子・鉄腕アトムをテレビで見て、その右肩上がりな輝かしい科学的未来像を抱かせる浮かれたファンファーレ調に所得倍増と舞い上がった高度経済成長期に学齢期を過ごし、一方で、公害ニュースに社会の影を肌に感じた、そんな世代である。佐世保では、米軍原子力空母エンタープライズの寄港で学生と機動隊の衝突を子供ながら渦中に目撃した。大学に入った頃には、三里塚闘争など校舎入口にバリケードがうず高くまだ残ってはいたが、配られる読むに堪えないビラを感動的に読んで学生運動に身を投じる人間は少数派になっていた。学食で紋切(もんぎ)り型に文面も下らない汚いビラを目の前に置いて一人ホッケ定食を食べていると、近づいてきた痩せた男(新実智光死刑囚に風貌が似ていた)から額や後頭部に手をかざされ、「何か感じるか?」と光の宗教に勧誘されたことがあった。前途のどこにも光が見えず、されど切実に光を求めていたから、本当はふと感じるところもあったが、あいにく小生は、教条的なマルクス主義の御託(ごたく)も大嫌いだったが、神仏の効能をとなえる怪しげな宗教の押し売りも大嫌いだった。とは言え、松本も小生とまったく同じ時代を日本社会に生きた同時代人である。この世に過ごした心象風景にはかなり似通ったものがあったはずである。彼は、明日から過ごすことになるあの世で例によって薄目をあけて見たいものだけ見えてくる視力を以って、どんな恐ろしい光景をまざまざと見ることになるのであろう。得意の空惚(そらとぼ)ける間もなく閻魔大王から大音声(だいおんじょう)に罵(ののし)られてあの薄気味悪い笑いを引っ込め大いに泣き喚(わめ)くだろうか。この世で極悪人とレッテルを貼られた死刑囚が処刑されて、冥福を祈るとは、犠牲者やその家族の心情を思えば世間的にもなかなか公言できないかもしれないが、数十年後、あの世で麻原に再会したら何とあいさつしていいか、小生には分からない。麻原が笑い飛ばしたであろう日本の伝統仏教は「悪人」こそ救われると説くが、少なくともそうした衆生凡夫的な「悪人」になることを拒んだ教祖麻原に「ご苦労さまでした」などと明るく手軽に言えないだろう。

 小生は、国の死刑制度には賛成できない。どんな重罪の罪人も終身刑にすべきだ。国が執行する死刑は、情を欠き、不条理な、ただの行政殺人、それこそ生きていてはいけない人間は本人のためにも殺してあげる式のポアに思えてくる。どこか、ホロコーストの運営にも似通っているのだ。処刑翌日の新聞によれば、法務省幹部は「オウム事件は、平成を象徴する事件。平成のうちに終わらせるべきだ」と、語ったという。象徴天皇が代わり、年号も変わる前に、早々に事をおさめたかったらしい。天皇に取って代わろうとした男とその一味が抹殺されるタイミングも国事行政の諸般の事情、ただのご都合なのだ。数千万人の犠牲をもたらした戦争責任もうやむやに、戦後の昭和・平成という姑息(こそく)で隠ぺい体質的な社会システムの中で、歴史的にみればいくらでも日本の地に輩出されてきた社会不適合な小悪党ども同様に、彼らオウム一党も一斉にこの世で憲法によって保障された生存権という権利を司法に取り上げられて、首に縄を結ばれ、重力法則に従ってすみやかに落下することで(空中浮揚の修行もむなしく)、それ一気にと露(つゆ)と命を抹消されたのである。テレビドラマ「相棒」の一シーンではないが、霞が関界隈(かいわい)のビルの一室で、ウイスキーでも飲みながら「やれやれ」と安堵(あんど)のため息をついている人間たちの顔が見えてくるようだ。システムや制度が人間を殺すのではない。神になれない人間が人間を殺すのである。死刑執行もまた人間が人間に対する死に至らしめる苛烈な暴力である。歴史における反省や理想を知らない、平等に死者を悼(いた)むことを知らない国や国に仕える人間が行う野蛮な行為である。ここは慣例を変えて、死刑執行に公務のヒエラルキーや分業制をなくし、刑務官でなく命令書にサインした法務大臣本人が出向いて最期のボタンを押すのであるならば、あるいは、罪人も少しは浮かばれる気がするし、たとえ死刑制度を温存してもそこまで執行者が法の門を守る仁王様の気魄(きはく)と形相(ぎょうそう)をもってやる国ならば、オウム事件のような自分という正体を見失ったフニャフニャと情けない集団事件も今後なかなか起きない気がする。しかし、現実の日本社会は、麻原やオウムの無責任を厳しく問えないほど、無責任になりつつある。
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