夏休みも残すところわずかになったが、夏休みと言えば忘れられない一つの思い出がある。
今を遡ること28年前の夏に起こったハプニングであり、その時やり取りした合計3回の電話の内容が今も生々しく耳の中に残っている。
ハプニングを知らせる1回目の電話
『もし、もし、今、子供たちを迎えに駅に来てるんだけど、いないんだよ。駅のホームも探してみたんだけどどこにも見当たらないんだ。予定の電車に乗ったのは、間違いないんだよね』妻の妹のご主人のKちゃんからの電話である。
まさかそんなハプニングが起こるなど全く予想していなかったので、この電話には、びっくりすると共に『どうして』、『何で』と動揺する。
『間違いない、間違いない、俺が上野駅で常磐線の列車に乗せたんだから。』と言う声も不安で震える。
『そう、じゃあ、きっと、一つ前のK駅で降りてしまったんだろう。これから、K駅に電話して二人連れの子供がいないかどうか聞いてみるから。また、あとで電話する。』
電話が切れた後、しばし呆然自失の体である。頭の中が真っ白になる。
やっぱり、小さな子供たちだけで旅をさせたのは間違いだったか、取り返しの付かないことをしてしまったと言う思いに胸をかきむしられ、吐き気を催す。
そもそも事の発端は、息子が小学校に上がった最初の夏休みの『思い出作り』の一環として、妻の実家まで妹と二人だけで列車に乗って小さな『冒険の旅』をさせようと思い立ったことから始まった。
それまでも、息子は一人でしばしば実家の家に泊まった経験があるし、1年生にもなったことでもあり、心配はないだろうと送り出したのである。勿論、間違いが起きないよう実家の人たちとは綿密に打ち合わせし、当日は上野駅まで小生が送って行き、乗り込むのを確認し、列車が駅に着く時刻には、実家の方で出迎えることになっていたのである。
また、連絡すると言ったまま中々連絡が来ない。
28年前、まだ携帯電話などない時代である。電話は家庭電話と公衆電話の時代である。
次の連絡が来るまでの時間が何と長く感じられたことか。妻と二人で電話機の前に張り付いてひたすら呼び出し音が鳴るのを待つ。
身を引き裂かれるような辛い時間が過ぎていく。
変な人にどこかに連れて行かれてしまったのではないか、乗り過ごして今頃は遠くに運ばれてしまっているのではないか等々次々に不吉なことばかりを考えてしまう。
居ても立ってもいられない思いである。
安否を心配する身に待ちに待った2回目の電話
『いたよ。やっぱり一つ前のK駅で降りちゃったんだ。今、隣の駅の駅員さんに確認してもらったからもう大丈夫だよ。これから迎えに行ってくるから安心して』
『良かった』とほっと安堵の胸を撫で下ろす。
そして、電話を切るとその場にへたり込んでしまう。
ハプニングの顛末を知らせてくれた3回目の電話
『今、車に乗せるところ。妹のWちゃんは半ベソをかいてたけど、Tくんは気丈にしていたよ、さすがお兄ちゃんだね』
『Tくんの話だと、列車の中で知らないおじさんに「どこまで行くの」と聞かれて、T駅と言ったら、「この電車はT駅に止まらないから、一つ前のK駅で降りて後から来る各駅停車に乗り換えるんだよ」と言われたんだって。Tくんは、そんなことはない、おとうさんはT駅に止まるからって何回も言ってたもん、と思っていたけど、そのおじさんが、しつっこくT駅には止まらないと言うもんで、K駅で降りたと言うんだ。余計な世話を焼く人がいるから、全く困っちゃうよね。』
電話の話しを聞きながら、一つ手前の駅で降りてしまった子供たちのことを思った。迎えてくれる人もいない、見知らぬ駅の改札口で、小さな二人はどんなに心細い思いをしていたことか、そのことを思っただけで、胸が張り裂けんばかりであった。
『もし、もし、聞こえてる。あのさ、間違ってT駅に降りてしまったことで二人を、叱らないでね』
『ありがとう、Kちゃんは、優しいね。無事でよかったよ。叱れる筈ないじゃない』
今年、孫が小学校に上がり、今こうして最初の夏休みを我が家で過ごしている。
思わず28年前のあの時の息子の姿を重ね合わせて、これも何かのめぐり合わせかと思った。
そして、しばし『時の流れ』に思いを馳せた。
今でも、見送りに行った上野駅で小さな背中に大きなリックを背負って常磐線の列車に乗り込んでいく二人の小さな後姿を思い出す。
当事者である幼い兄妹にとっては勿論のこと、親たちにとっても忘れることの出来ない『一夏の経験』であった。
今を遡ること28年前の夏に起こったハプニングであり、その時やり取りした合計3回の電話の内容が今も生々しく耳の中に残っている。
ハプニングを知らせる1回目の電話
『もし、もし、今、子供たちを迎えに駅に来てるんだけど、いないんだよ。駅のホームも探してみたんだけどどこにも見当たらないんだ。予定の電車に乗ったのは、間違いないんだよね』妻の妹のご主人のKちゃんからの電話である。
まさかそんなハプニングが起こるなど全く予想していなかったので、この電話には、びっくりすると共に『どうして』、『何で』と動揺する。
『間違いない、間違いない、俺が上野駅で常磐線の列車に乗せたんだから。』と言う声も不安で震える。
『そう、じゃあ、きっと、一つ前のK駅で降りてしまったんだろう。これから、K駅に電話して二人連れの子供がいないかどうか聞いてみるから。また、あとで電話する。』
電話が切れた後、しばし呆然自失の体である。頭の中が真っ白になる。
やっぱり、小さな子供たちだけで旅をさせたのは間違いだったか、取り返しの付かないことをしてしまったと言う思いに胸をかきむしられ、吐き気を催す。
そもそも事の発端は、息子が小学校に上がった最初の夏休みの『思い出作り』の一環として、妻の実家まで妹と二人だけで列車に乗って小さな『冒険の旅』をさせようと思い立ったことから始まった。
それまでも、息子は一人でしばしば実家の家に泊まった経験があるし、1年生にもなったことでもあり、心配はないだろうと送り出したのである。勿論、間違いが起きないよう実家の人たちとは綿密に打ち合わせし、当日は上野駅まで小生が送って行き、乗り込むのを確認し、列車が駅に着く時刻には、実家の方で出迎えることになっていたのである。
また、連絡すると言ったまま中々連絡が来ない。
28年前、まだ携帯電話などない時代である。電話は家庭電話と公衆電話の時代である。
次の連絡が来るまでの時間が何と長く感じられたことか。妻と二人で電話機の前に張り付いてひたすら呼び出し音が鳴るのを待つ。
身を引き裂かれるような辛い時間が過ぎていく。
変な人にどこかに連れて行かれてしまったのではないか、乗り過ごして今頃は遠くに運ばれてしまっているのではないか等々次々に不吉なことばかりを考えてしまう。
居ても立ってもいられない思いである。
安否を心配する身に待ちに待った2回目の電話
『いたよ。やっぱり一つ前のK駅で降りちゃったんだ。今、隣の駅の駅員さんに確認してもらったからもう大丈夫だよ。これから迎えに行ってくるから安心して』
『良かった』とほっと安堵の胸を撫で下ろす。
そして、電話を切るとその場にへたり込んでしまう。
ハプニングの顛末を知らせてくれた3回目の電話
『今、車に乗せるところ。妹のWちゃんは半ベソをかいてたけど、Tくんは気丈にしていたよ、さすがお兄ちゃんだね』
『Tくんの話だと、列車の中で知らないおじさんに「どこまで行くの」と聞かれて、T駅と言ったら、「この電車はT駅に止まらないから、一つ前のK駅で降りて後から来る各駅停車に乗り換えるんだよ」と言われたんだって。Tくんは、そんなことはない、おとうさんはT駅に止まるからって何回も言ってたもん、と思っていたけど、そのおじさんが、しつっこくT駅には止まらないと言うもんで、K駅で降りたと言うんだ。余計な世話を焼く人がいるから、全く困っちゃうよね。』
電話の話しを聞きながら、一つ手前の駅で降りてしまった子供たちのことを思った。迎えてくれる人もいない、見知らぬ駅の改札口で、小さな二人はどんなに心細い思いをしていたことか、そのことを思っただけで、胸が張り裂けんばかりであった。
『もし、もし、聞こえてる。あのさ、間違ってT駅に降りてしまったことで二人を、叱らないでね』
『ありがとう、Kちゃんは、優しいね。無事でよかったよ。叱れる筈ないじゃない』
今年、孫が小学校に上がり、今こうして最初の夏休みを我が家で過ごしている。
思わず28年前のあの時の息子の姿を重ね合わせて、これも何かのめぐり合わせかと思った。
そして、しばし『時の流れ』に思いを馳せた。
今でも、見送りに行った上野駅で小さな背中に大きなリックを背負って常磐線の列車に乗り込んでいく二人の小さな後姿を思い出す。
当事者である幼い兄妹にとっては勿論のこと、親たちにとっても忘れることの出来ない『一夏の経験』であった。