toboketaG の春夏秋冬 

雑文、雑感、懐古話そして少しだけ自己主張。
土曜日をベースに週1~2回の更新が続けられればと思っています。

339-290722八ヶ岳の真ん中あたりを横断する

2017年07月22日 | 旅行

 安中市松井田の広大なこんにゃく畑。ここは北海道と言っても

通用しそうな光景。

 

八ヶ岳は長野県の東部に南北20kmにわたって連なる火山。

5万分の1地形図で表示されているいくつかのピークの総称。

その一番高いピークは赤岳(2899m)低いのが丸山(2330m)

火山特有の荒々しい爆裂跡があちこちに点在する。連山のほぼ

真ん中の夏沢峠を境にして北は比較的穏やかな山容、南は荒々

い山容であり、北の山並みは北八ヶ岳と総称されている。

夏沢峠の北、天狗岳の東斜面

最高峰赤岳を盟主とする南八ヶ岳の冬は積雪量はさほどではな

いが、西側にさえぎる山並みがないので猛烈な季節風に襲われ

る。その厳しい冬山は南北アルプスに勝るとも劣らないと言わ

れている。その昔無謀にも低気圧接近の予報が出ていた大晦日

から元旦にかけて登った。初めての本格的な冬山だった。本沢

温泉から膝上までの積雪を踏みしめて(人気あるコースなので

セルはされていたが)夏沢峠に出ると猛烈な西風にさらさ

た。硫黄岳下できて、ここから先は初心者(私のこと)が

ので危険とのリーダーの判断でたことが頭に浮かぶ。

下山してからこの荒れた天候で3人が遭難死したことを知った。

東京オリンピックが開催された年と記憶している。

 

この山域には立派な山岳道路が山並みの東西に走っており、北

八ヶ岳と称される山域を車で通過できる麦草峠で東西が結ばれ

ている。この峠も2000mを越る。幾つかのピークには登

った藪山探訪以外の登山をしなくなった現在、こんなに整備

れた道を快適に苦も無く山中に入れるはありがたい。

東から西へ峠を越えると蓼科高原の別荘地に繋がる。

 

今夜の宿までの距離は120km程度。あちこち適当に立ち寄る。

未知の史跡があったので寄ってみる。五稜郭と言えば函館、規

こそ小さいが全く同じ形状の要塞跡がこんな山中にあったの

だ。死角がなく防御に適すと書かれている。

奥村土牛記念美術館に寄る。たくさんのクロッキーが展示され

ていた。日本画家のイメージが強いが、展示物を見る限り日本

画家とは思えない。クロッキーは洋の東西を問わず画の基本だ

とは描くことを趣味とする友人に教えてもらった。

 

先にブログで触れた我が本家にあたる家はこの山並みの東麓、

湖畔の那池という集落の出と聞く。本家を訪問する旅の

でに高の宿に泊まり、白駒池から麦草峠を通り霧ケ峰ま

を伸ばてみた。

松原湖畔。冬には氷上で運動会が行われ、盛大にたき火が燃えた

とは祖母からよく聞いた話。

高原のホテルの夜、何十年ぶりに見た完璧な北斗七星。下の二

星の間隔を右に5倍ほど伸ばせば北極星を簡単に見つけられ

る。つれあい曰く、「線が引いてないのでよくわからない!」

もちろん→が天にあるわけもない。私は見上げた瞬間に判った。

北極星を画面に入れられなかったのは星座写真に素人ゆえ。液

モニターに星座は写らない。ちなみに撮影カメラはOlympus

stylus1、諸元は開放30秒、iso1000、f値2.8といった設定。

帰宅後パソコンで確たら、明るすぎて肝の星が不明瞭、

フトに力を借りて補正した。次の機会のために撮影要領を勉

ておこう。

夏のスキー場とアザミに蜜を求めて。

 

静寂な白駒池を一回りする遊歩道を歩く。2000m越えの

湖畔の散策はなんとも気持ちが良いものだ。ホテルに我らが

アイドル吉永小百合が苔に覆われた大木に寄り添う写真があ

った。つれあいは彼女と同じ年の生まれ。お前モデルになれ、

といって同じポーズで撮影した。そこそこには撮れたが、さ

すがに公開するのは憚られる。

霧ケ峰のニッコウキスゲの群落。こんなに貧相でも今年は良く咲

いた方だとは土産物店のご主人の話。

12年前の光景を期待して来たのだが・・・ 当時は草原の山

覆うように咲いていた。その原因の最たるものは鹿による食

害とか。お昼に立ち寄ったペンションのオーナーの話では山に

自生する野草には毒性の強いものが数々あるが野生鹿はその毒

に対する耐性を身につけてしまうとか。従って人と共存できる

範囲の総数で増殖を抑えるには猟銃かワナしか実効性ある方法

はないという。

 

 

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Unknown (ikiktasogare)
2017-07-25 20:03:09
来訪感謝しております。前回の貴ブログの、イトマン社長の川村氏の講演を聞いたことがあります。世紀の変わり目は、消費行動の変革も大きく、既存の商店は、半減、もしくは、消滅するという、衝撃的なものでした。小さいエリアの商店主に伝え、変革に対応するよう、促したものでした。
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