toboketaG の春夏秋冬 

雑文、雑感、懐古話そして少しだけ自己主張。
土曜日をベースに週1~2回の更新が続けられればと思っています。

317-290225時には高級料亭の雰囲気で酒を飲む

2017年02月25日 | 食べ物・酒

   散歩の途中、見事に整枝された満開の梅の花に出逢う。

 

今週は天気の変動が大きい週だった。春一番が吹き3日ほどして二番、

三番と立て続けに南風が春の嵐を引き起こし、翌日は真冬の寒さに戻

ることを繰り返した。

中学3年以来の付き合いなのでもう60年になる仲間と酒を酌み交わ

す。たまには高級料亭の雰囲気でもということでこの店に決めて午後

1時に待ち合わせる。

こんな外観の店。明治の商家の重厚な蔵造りを思わせるような雰囲気。

しかしここは上越北陸新幹線の線路下。

私が着いた時間には仲間はすでに到着していた。

今日の集まりは3人。本来4人の交流が長年続いていたが、一人が数

年前から認知症を患い今はベッドの上での生活を余儀なくされて参加

できない状況になって久しい。この友には若い頃、良いこともそう

でないもいろいろ教えてもらった。それだけに残念。

皆、後期高齢者に不公平なく区分けされる年代になってしまった。

年代が集まればまずは体調の話から始まる。みんな年齢相応な状

であることで安心する。でも同世代の中では元気な部類か。次の話

は親の状態。幸か不幸か3人のうち二人はすでに両親を亡くしてい

る。一人は100才を越えた母親の面倒を見ている。3人とも普段は

夫婦二人だけの生活。

トイレに立つとこんな通路が続いている。

時間がタップリとあるので飲み会は夜である必要もない。4人から

10人くらい収容できる個室がいくつもあり、午後のひと時、時間

気にせずにゆっくりと話ができる。3時間もの間、老境の男3人

話を続けられるのは、それぞれが男にしてはおしゃべりな性格な

だと思う。話題は多岐にわたった。体調の関係で酒が飲めるのは

一人だったが、他の二人は酒席の雰囲気を壊さないで付き合って

れた。勘定を済ませて外に出ると、下りの新幹線が頭上を走り抜

けていった。

ちなみに店の名は「いっちょう」 一人当たり2千円で済んだ。

 

 

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316-290218ご破算に願いましては Part2

2017年02月18日 | パソコン・IT

 ご近所の庭で咲き始めた福寿草を金網越しに

 

パソコンもタブレットもスマホも時々溜まったファイルをご破算にしな

いと次第動きが緩慢になってくる。パソコンの不要ファイルの削除につ

いては一応知っているつもりだ。しかしタブレットやスマホについては

分っていないことがたくさんある。日常的な利用では別に困ることもな

いし、スマホデヴューしてまだ1年なので動きが緩慢になるという現象

もない。ただ面白そうな新しいアプリを使おうと思っても容量不足でダ

ウンロードができない現象は起き始めていた。

先週はタブレットの大掃除をしたので、今週はスマホでもやってみよう

試みた。

いろいろなアプリがあるな中でYahooの「Yahoo!ファイルマネージャー」

いうのを使ってみた。中段右端のアイコン。使い方が載っていたのでよ

く読み自信はなかったが例により「エイヤ!」の気合でやってみた。

同じ段の左インターネ..とあるのは無料で使えるカスペルスキーのウィル

ス警戒アプリ、只より高い物はないとの言もあるが名の通った会社だし

何もしないよりはましだろうと導入した。バックグラウンドで常時作動し

ていて変なアクセスを警戒してくれているようだ。(あくまで希望的観測

に過ぎないが)

本体とあるアイコンをタッチするとよくわからないがいくつものフォルダ 

だかファイルが表示される。 

その他というところは閲覧履歴が溜まる一方のようだ。これが全容量のか

りの部分を占領している。これを全部指定して削除を押す。長く取っ

おきたい内容のファイルは原則スマホには保存していないから消えても

わないと腹をくくった上での決断。 

実はよく理解できていないのだが、このその他という項目にぎっしりと詰

まったデータは構造上溜まるようにできているものらしい。ネット経由で

見た内容等が消去されずに残ってしまうようだ。気が付いたら消しまく

要があるらしい。

そしてご覧ください。今まで空き容量がほんの僅かだったのが、一挙に全

容量の2/3まで拡大した。必要なアプリが消えた訳ではない。スタート

面に戻れば必要なアイコンは元のまま、何もなかったような顔で並んで

いる。これだけ容量に空があるとさわやかに、かつ前回も述べたサクサク

感が実感できる。この一連の作業は私があくまで自己責任ということでや

ったことなので、専門家が見れば危ないことをやっているな、と批判され

かもしれない。しかし結果的に軽やかに動くスマホを手にしているんだ

から良かったねと納得する

大切なデータの保管は長く使っていて一番信頼できるパソコンで、スマホ

やタブレットはだけに特化すればお互いの良いところが発揮されるの

かななどと思ったりしている。

 

 

 

 

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315-290211ご破算に願いましては・・・

2017年02月11日 | パソコン・IT

 暮になってから室内に取り込んだ「カランコエ」がようやくにして

花が咲いた。花のない季節に貴重なり。

 

「ご破算に願いましては」というのは途中計算結果を初期態に戻す

そろばん用語。振り返ってみて何度か過去を清算して新しく出直し

気分になったことがないわけではない。出直してところでまた似

うな結果が待っていることは分っているのだが・・・

 

4年ほど使用しているタブレット端末NEXUS-7が最近不調。検索して

動きが鈍い。PCでネット記事を検索したら、工場出荷状態すなわち

初め手にした状態に戻すことができるとある。しかも簡単にできそ

うだ。溜まったデータは消えてしまっても別のPCでリカバリーの方法

はある。それでも4年間の履歴を消し去るのはなかなか勇気のいるこ

が、どちらか言うとこんな時、えいや! とやってしまうタイプ。

それで痛い目にあったことが何度もあったのだが。

  

リセット前の画面。たくさのアイコンが並ぶ。それでも整理はして

いるつもりなのだが。

 

指示に従って操作をしていく。途中でこんな画面が出てきたりしてなに

異次元の世界へ踏み出していく感じがないでもない。工場出荷状態に

なるまで15分くらいだったか、覚悟はしていたが段使う頻度が多い

アプリや愛読する方々のブログのブックマークのアイコンはすべて消

去ってしまった。しかしgoogle の関係のものはなぜか残っている。

これが出荷時の状態だったのかと納得する。消えてしまったアイコンは

吟味しながら再登録していけば問題なかろう。それでもまだ不安。

 

初期状態に戻った時の画面。google と繋がる最低限のアイコンは残さ

ていた。早速ネットに接続してみた。早い、圧倒的に早くなった。若

い人たちの間でよくサクサクと表現される感覚。こんな操作でマシンが

生まれ変わってしまうことを実した。

このタブレットのストレージは約12GB。昨日まで空き容量は0.5GB

もなかた。これが10.5GBの空容量をもって過去を引きずることなく

生まれわった。

 

残念ながら人生はこうはいかない。

 

 

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314-290204亡父の残した山日記その2

2017年02月04日 | 山登りというより山歩き

 今シーズン初めてスキーに行くことができた。もう上手になろうとの

気持ちはなく、安全第一で穏やかにゲレンデで楽しむ。スキー場から浅間山の北

側がよく見えた。噴火警戒レベルが2に引き上げられたというが、見た限りでは

穏やかな噴煙で活火山であることを示していた。

 

さて、亡父の山日記のその2。 手帳には上信越国境や奥秩父の山行が

記録されている。その中から藤岡から神流川に添って信州小海町に出る

街道を歩いた部分を紹介させていただく。子孫にとっては興味深々だが、

胸躍る描写があるわけではない。

昭和14年8月は、昭和史を紐解くとこんな事件が起こっている。

独ソ不可侵条約が締結され、時の平沼内閣が「欧州の天地は複雑怪奇也・

・・」の談話で総辞職をしている。またニッポン号が世界一周飛行を達成

した。そして山本五十六が連合艦隊司令長官に就任したのが月末のこと。

 

万場まではバスが通じていたようだ。そこから2泊3日の行程で神流川

に沿った街道を登りつめ武道峠(ぶどう峠)を越えて信州に入り、途中

1泊して現小海町土村までの道を歩いている。

私もこの手記を知る前に車で走った街道だ。知っていれば思いもまた違

ったものだっただろう。ちなみに私の祖父は北相木村で生まれ育った。

父親は土村の先の馬流で生まれたと聞く。多分知り合いを訪ねながらの

旅だったのだと思う。

 

手記にある地名を拾ってみた。

 

車でも3時間はかかる距離を3日かけたとはいえ、よく歩いたものだ。

次の写真は昨秋、神流町主催の歴史探訪に参加した際に目にしたもの。

 

この街道では多分一番大きな集落だったであろう昭和8年頃の万場の様

子。街道に沿った家並のほとんどは板葺きで石が乗せられている。

万場でさえこの風景なのだから通過していった集落は更に貧相なものだ

っただろう。若山牧水の水上紀行の世界が広がっていたようだ。

 

明治維新から75年が経過しているが地方はまだ江戸時代の雰囲気が濃

厚に残る。こんな国が国家予算の半分をはるかに越える金を使って戦艦

大和やゼロ戦を作って米英との戦争に突入したこととのギャップが理解

できない。

亡父はこんな切羽詰まった時世に牧水さながらの旅を楽しんでいたのだ

から7年後に病に伏せるまでの時代は戦争と重なるが幸せだったのだと

安堵する。

 

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