toboketaG の春夏秋冬 

雑文、雑感、懐古話そして少しだけ自己主張。
土曜日をベースに週1~2回の更新が続けられればと思っています。

359-291125おサイフケイタイを使おうとして白髪頭が混乱する

2017年11月25日 | パソコン・IT

Edy昌平さんとすみれさん

知人よりコンサートの鑑賞チケットをいただきありが

たく聴きに出かける。すみれさんというとても美しい

まだ20代と思えるポップス尺八の女性奏者の初めての

コンサートだった。彼女の師匠である昌平さんの演奏

は何度か聴いている。師匠が出す尺八の音色にはまだ

研鑽が足らない感じが否めないが、音が出るようにな

ってまだ4年足らずでコンサートを開くまでになった

と聞くと、いかに急速に進歩したかがわかる。今後更

に腕を磨き、20代とは思えない舞台度胸と天性の美

貌を味方にして師匠を凌ぐミュージシャンに成長する

ことを期待する。まだしばらくの間、師匠の下で研鑽

励むので演奏活動は地元中心でいくという。堅実な

姿勢に拍手。演奏風景を紹介した you tube   ↓

https://www.youtube.com/watch?v=bsboit1qyA8

 

さて、

 

コンビニで買い物代金をスマホで決済する格好良さに

引かれて1年前にセブンイレブンのnanacoという電

子マネーのシステムに加入した。事前に使用頻度応じ

た金額をチャージしておけばレジにスマホをかざすだ

けで支払いが済む。手軽で散歩に行くにもこれ一台ポ

ケットに入れておけば、持ち物はタオルだけ。トイレ

を借りたお礼に買う飲み物代金決済はOK。

レシートには残高が必ず表示される。またアプリを開

けば同様に利用履歴が確認できる。

 

セブンイレブンは業界第一位の店舗数を誇るが、いつ

もそこにあるとは限らない。どこのコンビニでも使え

る電子マネーは何か、辿り着いたのが楽天Edyなる電

子マネー。歴史も古いらしい。

Edyのアプリをダウンロードし、ID、パスワードの設

定を済ませてから、近くのローソンで2,000円けチ

ャージした。一連の作業を行ったのが半月前。セブン

イレブンを含めてほとんどのコンビニで使える

が確認できた。nanacoでは5,000円チャージし

ば3ヵ月は使えるくらいの利用頻度。得られる

ント数なぞどうでも良い。それならばEdy一本に

ばことは足りる。ここまでは順調だった。

Edyアプリを開いて利用履歴を見ようとした時から、

頭の混乱が始まった。IDがメモしておいたものと違

らしい。何度やっても開かない。仕方がないので新

く設定しなおした。残高は無効になってしまうのだ

う。いくらでもないからあきらめよう。それを確認

するために近くのローソンで使ってみた。

使えるではないか!! 

でもチャージは不安だ。これも試しに1000円チャー

ジしてみた。何と利用可能残高が増えている!!

IDを変えたのにどうして??

 

頭が混乱しているのでEdyのサイトを開いて調べても

混乱が増すばかり。担当に口で説明してもらおうと相

談窓口を探す。これがまた大変。担当の電話番号にた

どり着くまで1時間もかかった。対話できると混乱が

いくらか治まる。幾つかのQ&Aのすえにようやくにし

てその理由が理解できた。

スマホが持つおサイフケイタイの機能だけで別にアプ

リを立ち上げなくとも利用履歴こそ解らないが決済も

チャージもでき、残高はレシートに表示されるのだ。

各社のアプリはネットを経由してつながり履歴やポイ

ントなぞの利便性を高めているだけなのだ。それを決

済機能もアプリが持っているものとばかり思っていた。

わかってみればガラケー時代から使用したことはない

がおサイフケイタイはあったな。ここまで理解するの

に丸1日費やしてしまった。

地方に住んでいると電車には滅多に乗らない。したが

ってJRのsuicaには無縁。都市圏の皆さまはキップで

くこれを使うと聞く。ならばこんなことは常識なん

だろうな・・・

時代遅れには予期しない苦労だったが混乱した頭がス

キリした。ある種の達成感があり、無駄ではなかった。

  

 

 

 

 

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358-291118二人の女流作家を混同していた

2017年11月18日 | 小説・映画・など

 

用事があって市役所に行った。用事が済み11階の

憩所からラス越しに北を眺めると見慣た雰囲気

う榛名山群が薄い雲の上にモノトーンの絵の

うに浮かんでいた。 

今いる市役所の建物を含め眼下一帯は井伊直政ゆか

の和田城跡で、銀杏並木辺りには3層の天守があ

らしい。明治初年に取り壊され跡地は旧陸軍歩

15隊が使用した。この兵営での厳しい訓練を経

た兵は日露争で乃木将軍麾下に入旅順攻防

での主力として活躍したが犠牲も大きかった。また

太平洋戦争期、ペリュリューで上陸してきた米

国海兵隊と死闘を繰り広げした日軍の多く

この連隊出身の兵たち。当時と変わらぬ姿で浮かぶ

榛名山は異郷の地に散った兵たちの脳裏に去来し

のではないか。そして2年前両陛下が慰霊のため

同島を訪れ、簡素な祭壇から海に向かって頭を垂

られる光景が思い出される。

ここに写り識別できる建物の一つで20から40

まで仕事をしていた。生意気盛りの時代だった。

寝る間も惜しんで頑張れた年代だったが、期待され

た成上げられず40にして惑ってしまった。

さて、

塩野七生(しおのななみ)氏と桐野夏生(きりのな

お)氏人の作家を混同していた。

今週読んだのが桐野氏の「夜の谷を行く」。新聞で

時折見るお名前を見かけるが著書に接したの

は今回が初めて。一方塩野氏はこれまた古代ローマ

国について幾つかの著作がある方だとは知ってい

たが、題目が重すぎて今まで敬遠しまだ読こと

ない。お名前の雰囲気が似通っているのが原因だと

思うが著者作品がごちゃごちゃになっていた。

巻末の経歴によると1951年生まれ女性作家。

1993年「顔に降りかかる雨」で江戸川乱歩賞

を受賞する。推理小説を意とする作家とある。初

めて接した本がこの「夜の谷を行く」だった。40年

前に全国を騒がせた連合赤軍事件を題材とした内容。

推理小説作家の手になるものなので、そのつもりで

読んだが、最後のあっと驚く結末以外はそれらしく

ない。あの事の迦葉山ベースから脱出した女性が

二人いた。そのどちらかを主人公にしている。ドキ

ュメンタリー風のフィクション小説と言ってよいか。

事件を起こした側の人間は主人公を除いて全実名

で登場。それだけ作者の創作だと思いながらも、

件の幕にぐいぐい迫る。作家の創造性とはすご

いものだ。

読んでいる最中に偶々11月16日の朝刊で赤軍派

幹部で彼らの指導者だった期もあった塩見孝也氏

の訃報が報じられた。この本に市営の自転車駐輪場

の管理員としてショボイがどこただならぬ感じの

人物として登場するのが彼かもしれない。死刑が

した関者以外は科せられた懲役刑を済ませて社

の一隅でひっそりと暮らしているようだ。

事件から茫々40年が経った。事件当時は高度成長

真只中で国全体が元気だった。善悪を問わなけれ

ば若者もエネルギーに溢れていた。そんな世に生ま

れた赤ん坊がいま日本の経済を実質に引っ張って

くれている。心から「ありがとう」と言いたい。

こんな心境になった時は社会の変化や自らの老いを

り一層感じてしまう

 

画面をスマホに合わせようとするとパソコンでは品

なく大な文字になってしまう。おそらくPCで見

ていただく方のほうが圧倒的に多そので元の設

定に戻します。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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357-291111藪山散策のシーズン到来で少し足慣らし

2017年11月11日 | 山登りというより山歩き

 圧倒的な黄葉で囲まれた山道

を歩くと、国木田独歩著「武蔵野]の描写

の中に分け入ったようだ

 

紅葉も盛期から終盤に入った。広葉樹の葉

落ち始めると好きな藪山歩きのシーズン

が始まる。これから春の新緑の季節まで厳

冬期を除いて絶好の里山歩きが楽しめる。

今シーズンは春に本ブログで触れた裏妙義

山中で高校入学後2週間で遭難死した同期

Y君の慰霊碑を探しに行かねばならない。

暫く山歩きから遠ざかっていたので足慣ら

しのつもりでみかみ町の押野用水を訪ねた。

猿ヶ京温泉の手前で左の入り10分も走る

「たくみの里」に着く。会津の大内宿ほ

どではないが旧三国街道の宿場町の一つ須

川宿が整備されて観光地になっている。こ

の宿を含む一帯は小規模な扇状地上の平ら

であり、水に苦労した。泰寧寺の北を流れ

沢からの水では足らなかったらしい。そ

れを補うのが今回訪れた「押野用水」の水。

正面の山すそのに位置する。

曹洞宗の古刹泰寧寺の門前の案内板。

 

小さな方をクリックで拡大します。

C地点で山中を流れるのに必要な最小限の

勾配できた用水は60mの落差の急斜面を

一気に落ちていく。滝は登れないので回り

込んで滝上から眺めてみた。

滝上から先は良く管理された杉林の中をほ

ぼ等高線に添って水路は奥へ続く。

等高線に添って流れるためにはいくつかの

沢を横切らないといけない。顕著な沢がb

とd。小さな沢はeとf。写真はd地点。

②地点で今度は小さな尾根をトンネルでく

ぐる。上流から下流を見たところ。

殆どは蓋がかけられ落ち葉に埋まっている

が、ところどころ蓋がないところも。

視界が開け、

ドングリの実がたくさん落ちている。人の

食べ物の味を知ってしまったクマはもうド

ングリを見向きもしないとか。

枯れすすきが目立つ牧草地脇を通ったり、

サルの群れに遭遇したりしながらaで林道

を横切り、 

更に渓谷に添って1kmほど奥へ進むとよ

うやく用水取入口に到着。画面中央落ち葉

が詰まった辺りで枯れ枝や枯葉を入り込ま

ないように半畳ほどのグレーチング設けて

あり清らかな水が吸い込まれていく。

40代の頃こんな感じの渓谷に分け入って

イワナやヤマメ釣りを楽しんだことを思い

出す。

平野を流れる用水は珍しくもないが、こん

な山中に6kmもの用水をろくな測量機器

もない時代によく作ったものだ。先人の知

恵を感じる。帰途泰寧寺に参詣する。居合

わせたご住職の説明によると、こんな工夫

をこらしたらしい。掘削した水路に添って

間何人かが松明を手にして立つ。それを

谷を隔て岸の山腹か眺めて勾配を確

かめた 

夜の海の水平線上に点々と光る漁火のよう

な感じに見えたことか? 

足慣らしは問題なく完了し、スキーシーズ

ンたけなわになる1月までの間、近くの藪

山に入り込もう。

 

行をスマホでも普通に見られように短く

字を大きくして編集してみました。パソコ

ン開くと字が大きすぎてどうかな?

 

 

 

 

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356-291104ある体験と自分の性格

2017年11月04日 | もろもろ

 みなかみ町「たくみの里」に向かう途中で出会った里の秋。高山村にて

 

現役時代ゼロから新しい組織を立ち上げた経験が3回ある。

しかしその組織を系統立てて組みなおし、発展に続けたか?と

問われると疑問符が付く。何にもないところに有形または無

のものをる際は、先例もないし携わっている人もいない。

りあえず自分で努力し、上司を説得し、人を集める。こうし

りがあれば何とかなる。人も最初から上々の出来を期待し

ていない。

ところが動き出して2年もすると周囲からは更なる改革や成果

そして発展を期待されるようになる。この局面では既に関わる

人もえており、自分だけ頑張ればなんとかなる状況ではなく

ってる。そうなってきたときに、これから先は誰かにバト

ンタッチすればいいやとなって、手を引いてしまうのが良くも

悪くも私の性格。(力量不足と上司から烙印を押されてお役御

免になったが真相かもしれないが・・)幸い三つの組織とも後

任者に宜しきを得て充実拡大していった。「あなたが土台を作

たんだよ。」と慰労されることもままあったが、維持発展さ

せる方がはるかに困難な仕事だと今にして思う。

 

振り返ってみて、趣味の世界でもいろいろな事に挑戦してみた。

一つ事を5年10年もやっていると、それなりの知識や運動能

力が身につき、その分野の話題に調子を合わせることができる

までにはなる。しかしそこから先が続かない。更に腕を上げよ

うという気持ちが希薄なのだ。そこで良しとしてしまう。最近

では去年の春始めて今年の夏までの1年ちょっとの間スイミン

グに嵌り週に3回通った。10mも泳げなかったのが調子が良け

れ300m泳げるまでに上達した。しかしの夏は進歩が停まっ

てしまった。踊り場であり先に行くには更なる努力要と

ことが判ってきた。それだけの時間があれば面白とは

にもあるぞと思うようになると、もうこの辺でと妥てし

う。

熱し易く冷め易い、良く言えば物事にあまり執着しない性格

だ。したがって趣味の範囲は広いが自慢できるようなものは

何もない。間口がやたらに広く、奥行きのない人間に仕

上がってしまった。器用貧乏い換えてもいいだろう。

でもこの年代なってくると、この性格を恨むことはない。逆に

中身はともかく引出しの数は沢山あるのでそこから話題を

出して初対面の方とも話が途切れずに過ごせるのは有難い

っている。生まれ替われるとしたら次はもう少し粘りを持ち一

つ事に集中できる性格を持って生まれてきたいものだと思う

 

私も関わった利根川上流の街に新設した特別養護老人ホーム。利根川の河原との間の

斜面を大規模な壁を設けて平地としその上に立つ。殺風景な壁面に色どりを添えよ

うと植えた蔦。その後成長し下のようになった。今頃壁面を赤く染めていることだろう。

パソコンのメモリー増設に挑戦しうまくいった。夏ごろからパ

ソコンの動きがなにかギクシャクし始めた。改めて仕様を確認

すると、メモリーが2GBとあった。OSはWindows10の32ビッ

ト版。2GBではW10がストレスなしに動くにはギリギリだとい

うことが判った

ネットで数ある中から適合するメモリーを探し出し通販の代金

引換(2,700円)で取り寄せた。裏ブタ開けて所定の位

し込み、電源を入れ確認すると見事に4GBパソコンに変

ていた。しかし32ット仕様のW10は3.2GBまでしか認識

い。それでも5割以上作業机が拡がった。いでは

らかに動き軽快になり大満足している。

以上の知識や増設のやり方はネットで調べて知ったこと。こん

知識や手順はもはや覚えようとして覚えられるものではない。

私の限界をはるかに越えている。

 

 

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