小説の表現として新聞連載小説がある。通常3~500回くらいの連載
になる場合が多い。1年にわたる長期だ。
過去一躍ベストセラーになった小説もたくさんあるし、連載を契機にし
て国民的作家になられた方も。司馬遼太郎氏はその典型。連載が終了し
て1年もすれば単行本として発刊されるので、それを待てば良しと今ま
であまり読まなかった。
地方紙の上毛新聞に伊東潤著「茶聖」なる小説が現在連載されている。
多分他の地方紙のいくつかにも同時進行で連載されていると思われる。
千利休と秀吉の葛藤を利久の側から眺めている。秀吉の不興をかって利
久は自決するのだが、そこに至る双方の心理的駆け引きが面白い。
そして何より注目するのが、この挿絵だ。
渡辺ちょんと という画家の力量に唸る。挿入した写真は小田原征伐が終
わって数か月後、申し開きのために上洛した伊達政宗一行(といっても
数千人の武装集団だが)を利久が迎える場面。
白地の紙に筆と墨だけでここまでリアルにその場面を描く。背を向けた
正宗の気迫、降りた馬は貧弱な日本馬にはない発達した尻。茶人利久は
雄大な体躯だったんだ。並ぶ5人の武将が小さく見える。これだけの情
報を墨の濃淡だけで表現してしまう。
一回分の量は本にすればせいぜい2~3ページくらい。それが1年とか
2年続く。そして挿絵といえば毎回添えられる。膨大な絵の枚数となる。
内容は問わないと言われれば、量的には私にも書いて書けない量の文で
ない。しかし仮に絵心があったにしろ、毎回文脈に合わせた挿絵を描く
こと、これは大変な作業だ。とても私ごときにできることではない。
この視点から新聞連載小説を見たことはかってなかった。正直文章が主
で挿絵は従と思っていた。違う。挿絵が主人だ、少なくとも同等だと痛
感したことと、筆と墨だけでこれだけの精緻な絵、しかも連載期間中途
切れることなく描く画家の凄さに感服した次第。まめな性格なら、毎日
切り抜いてスクラップブックに貼るだろう。
月曜日から金曜日までの夕方6時40分から15分ほどだがNHK地上波
で「ほっとぐんま640」というローカル番組。この中で写真、ビデオ
絵手紙等の視聴者作品を紹介する「好きです群馬」というコーナーがあ
る。
先日コナミのスイミングで知り合ったK畑氏の作品が取り上げられた。
その翌日プールでお逢いしたので「見たよ!」と声をかけた。応募はそ
んなに面倒ではないという。ネット経由で応募できるという。氏も何回
か取り上げられたと言っていた。ネット経由なら簡単なのでダメ元で応
募してみよう。採用が決まると可愛い落合アナ等の電話取材があるとか?
私が気に入っている榛名山の南麓を縫う立派な道が谷を渡る橋の上か
ら眺めた棚田。ここが雨に煙る一枚が撮れたら応募してみようか・・
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