憲法9条をみて、他国へこちらから戦争をしかけることは、誰が見てもできないだろう。戦争を自らしかけることは不可能だということだ。相手が攻めて来た時は、自然権としての「自衛権」があるのだから、そのときは、戦えばいい。
現行の9条は、自然権としての自衛権さえ認めないというようにも読める。相手が攻め込んでくることを想定していないとも読める。日本は簡単に侵略できそうにもみえる。そんな事が起こる世の中であれば、こんな憲法をもっているということは、馬鹿げているのかもしれない。
だが、実際に、戦わないといっているのに、戦いを仕掛けてくる国はあるだろうか。現実に可能性はあるとみなければならない。だとすれば、キチンと普通の国として、気に入らなければ、他国へ侵略することも可能とするべきだろうか、そんなはずがない。
集団的自衛権というのは、ある国と共同するならば、戦争できるというのだから、憲法を逸脱していることは、明らかである。戦争できるということを認めている。こんな勝手な解釈は、憲法の根本を否定している。
これを主張することは、まさに戦争ができる国でなければ、「なめられ」「こけにされ」一人前の国ではない、という解釈があるのだろう。しかしながら、戦争がどんなにひどい状況を作ることになるのか、真剣に考えるならば、絶対に戦争はしないという決意が必要である。それが、憲法9条である。これをないがしろにすることは、まさに戦争をしたいということである。