「白銀ジャック」東野圭吾
今年の夏休みに、長男がめずらしく東野圭吾を買って読んでいた。
読み終わると妹に「あげるよ」だって。
しかし、彼の妹つまり長女はあまり興味を示さない。
「じゃあ、お父さんが先に読んでもいい?」
ということで、この本を入手したというしだい。
まあまあ面白かったかな。
雪山でのサスペンスってことで、真保裕一さんの「ホワイトアウト」を想像しましたが、こちらはもう少しミニスケール。
ホワイトアウトは身代金50億円に対し、こちらは3000万円。
金額じゃないだろ!
あちらはダムに爆薬をしかけ、身代金を払わないとダムを爆破して下流にある村を全滅させるという脅迫をするテロリストに、敢然と立ち向かうダムの技術者の奮闘を描いたものでした。織田裕二と松嶋奈々子主演で映画化もされたね。
それに対し、こちらはスキー場に爆薬を仕掛け、身代金を支払わないとゲレンデを爆破するぞ、というあたりまでは、よく似た雰囲気。
しかし、どうも犯人の様子がおかしい、ということは読者にもわかるのだが、どこが?ということはわからない。
あえていえば、凶悪さがない。脅しの内容に比べてね。
この辺もネタばれになるので言えないが、犯人に凶悪さがないことも重要な伏線になっているのですよ。
ストーリーの説明はこれくらいにしときます。何を説明してもネタばれだ。
で、この作品、ネットの評判はあまり芳しくない。
期待はずれだとか、文庫でなかったら金を返せというところだとか、言いたい放題だね。
しかし、読者諸君、ちょっと落ち着きたまえ。
君は何を求めてこの本を買ったのかな?
スリルとサスペンスかい?
それなら、東野圭吾さんは相手が違うだろう。
東野さんはスリルとサスペンスの人ではない。
そういうのを読みたかったら真保裕一の本を買うことをお勧めする。
東野さんは「人情」と「謎」の人なんです。ドキドキとアクションはありません。
つまり、「上質なミステリー」なんですよ。
無いものねだりを声高に言うのは、質の悪いマスコミだけにしてもらいたい。
ただ、東野圭吾さんというランクの中で考えると、この作品、確かに最上級とはいいがたいのも事実。
理由は二つある。
ひとつはヒーローが冴えない。
例えば、「新参者」の「加賀恭一郎」とか、「容疑者Xの献身」の「湯川学」みたいなヒーローがいないのね。
この本では、主人公らしき存在が2人いるのはいるけど、途中で交代してしまうので、応援に力が入らない。
もう一つの理由は、その主人公もどきが、明快な推理をご披露してくれないので、読者はモヤモヤからのカタルシスを味わえない。
わかりやすく言うと、スカッとしないわけ。
ただ、東野さんの信奉者としてあえて申し上げるなら、それらはすべて東野さんの思惑どおりなのだ。
ヒーローを不在にし、読者からカタルシスを取り上げることで、人間の欲望というか、会社経営における非人間性を浮き彫りにしたいわけね。
ヒーローが快刀乱麻で解決しちゃあ、「罪を憎んで人を憎まず」みたくなって、悪いやつが許されちゃうような雰囲気になっちゃうからね。
非人間的な事業計画やビジネス上の取引は、許されるべきでないということをちゃんとメッセージ化しておきたいのだろう、と思う。