もうひとつのどんでん返し goo.gl/VQ42sf
— kumacoollife (@kumacoollife) 2016年7月29日 - 18:23
「カササギの計略」 才羽 楽
恋愛ものは苦手ですが,ミステリー要素のあるものなら話は別でして.
この小説はとっても良かった.
もちろんネタバレはできないのですが,読後感の爽やかさでは,最近読んだ本の中で出色でしたね.
平凡で,冴えない大学生の男の子,岡部君が主人公.
いつもどおりバイトを終えて夜遅くアパートに帰ってくると,ドアの前で女の子が待っている.
「ミッシェル」と名乗る女の子.どちら様ですか?と問うと,いきなり平手打ちを食らわされる.自分を知らないとは,なんてひどい奴なんだと言わんばかり.しかし,岡部君にはその子の顔に全く見覚えがない.
さあ,どうする岡部君.
物語の展開が超速く,あれよあれよという間にその女の子と仲良くなる岡部君だが,その子がいったい誰なのかは,謎のまま話が進んでいく.
その先は,読んでいただくしかなさそうですね.
同じどんでん返しでも,最後に主人公が奈落の底に突き落とされるパターンをブラックどんでん返しと呼ぶなら,その逆のホワイトどんでん返しというのもあるわけで,さあ,どっちなんでしょう...
乞うご期待.
映画化の原作としてピッタリの素材だと思います.
恋愛ものは苦手ですが,ミステリー要素のあるものなら話は別でして.
この小説はとっても良かった.
もちろんネタバレはできないのですが,読後感の爽やかさでは,最近読んだ本の中で出色でしたね.
平凡で,冴えない大学生の男の子,岡部君が主人公.
いつもどおりバイトを終えて夜遅くアパートに帰ってくると,ドアの前で女の子が待っている.
「ミッシェル」と名乗る女の子.どちら様ですか?と問うと,いきなり平手打ちを食らわされる.自分を知らないとは,なんてひどい奴なんだと言わんばかり.しかし,岡部君にはその子の顔に全く見覚えがない.
さあ,どうする岡部君.
物語の展開が超速く,あれよあれよという間にその女の子と仲良くなる岡部君だが,その子がいったい誰なのかは,謎のまま話が進んでいく.
その先は,読んでいただくしかなさそうですね.
同じどんでん返しでも,最後に主人公が奈落の底に突き落とされるパターンをブラックどんでん返しと呼ぶなら,その逆のホワイトどんでん返しというのもあるわけで,さあ,どっちなんでしょう...
乞うご期待.
映画化の原作としてピッタリの素材だと思います.
「ラットマン」道尾秀介
この意外感は半端でない。
アマチュアバンドでギターを弾く姫川には暗い過去がある.その過去が原因で彼女ともうまくいかない.
そんな時,あるスタジオでバンドの練習中,その彼女が事故死する.
姫川の独白から,それが事故ではなく,殺人であることは分かる.
しかし,犯人は姫川なのか?
緻密な伏線があちこちに張り巡らさせるも,その大部分はミスリードが目的の伏線だ.
作者に騙されるな!,と思いつつも,やはり騙される.
そして,最後のピースがはまった瞬間に、世界がガラリと入れ替わる快感。
不気味な不安感を煽るテクニックにも、読者は翻弄される。
ミステリーの魅力を余すことなく堪能できる傑作だと思う。
この意外感は半端でない。
アマチュアバンドでギターを弾く姫川には暗い過去がある.その過去が原因で彼女ともうまくいかない.
そんな時,あるスタジオでバンドの練習中,その彼女が事故死する.
姫川の独白から,それが事故ではなく,殺人であることは分かる.
しかし,犯人は姫川なのか?
緻密な伏線があちこちに張り巡らさせるも,その大部分はミスリードが目的の伏線だ.
作者に騙されるな!,と思いつつも,やはり騙される.
そして,最後のピースがはまった瞬間に、世界がガラリと入れ替わる快感。
不気味な不安感を煽るテクニックにも、読者は翻弄される。
ミステリーの魅力を余すことなく堪能できる傑作だと思う。
@kakoguranma こんにちは❗ 今日は暑かったですねえ! こちらツイッターでも宜しくお願いします。
— kumacoollife (@kumacoollife) 2016年7月17日 - 18:47
「世界はゴ冗談」 筒井康隆
僕も、たまには堅苦しい教師の衣を脱いで、自分とは異世界のドタバタを見てみたい気になる。
そんな時に100%期待に応えてくれるのが筒井康隆文学だ。いや、だった。
狂気を描かせたら、この人の右に出る者はいないと思う。
ただ、今の日本は筒井御大には極めて生きにくい世界に違いない。
差別用語はもちろん、その表現で傷つく人がいないか、「差し障り」は無いか、細心の注意を払うことを要求される。
あの名作、「宇宙衛生博覧会」は現代社会では決して執筆を許されないだろうと思う。
今の筒井文学には、数式を使わずに数学の教科書を書くようなもどかしさがある。
だから、差別用語を使えということではなく、筒井康隆氏の生きづらさ、執筆しづらさに同情するだけのことである。仕方ないことなのだ。
僕も、たまには堅苦しい教師の衣を脱いで、自分とは異世界のドタバタを見てみたい気になる。
そんな時に100%期待に応えてくれるのが筒井康隆文学だ。いや、だった。
狂気を描かせたら、この人の右に出る者はいないと思う。
ただ、今の日本は筒井御大には極めて生きにくい世界に違いない。
差別用語はもちろん、その表現で傷つく人がいないか、「差し障り」は無いか、細心の注意を払うことを要求される。
あの名作、「宇宙衛生博覧会」は現代社会では決して執筆を許されないだろうと思う。
今の筒井文学には、数式を使わずに数学の教科書を書くようなもどかしさがある。
だから、差別用語を使えということではなく、筒井康隆氏の生きづらさ、執筆しづらさに同情するだけのことである。仕方ないことなのだ。