書く仕事

ご訪問ありがとう!!ミステリー小説の感想を中心に,読書,日々の雑感,映画の感想等を書き散らかしています.

氷川徹氏著「密室は眠れないパズル」

2005年12月31日 15時00分05秒 | 読書
う~ん.いかにも本格推理っていうタイトルですね.しかし,タイトルに違わず,いやそれ以上に面白かったですよ.内容についてはどのように解説しても犯人を示唆してしまう結果になるので,ここでは差し控えますね.
ストーリーはとにかく面白いですよ.
状況が二転三転まさにジェットコースターのように物語が進展し,そのたびに「?」が増えていき,一気にクライマックスに向かっていきます.
思わずニヤリとしたのは,エラリークイーンでおなじみの「読者への挑戦状」があることです.
文体が平易で読みやすいので,エンタテイメントとして読む立場からはありがたいです.でも,わかりやすい文章を書くことは,実はとても難しいんです.文章の書き方として最も簡単なのは,思ったことをそのまま書き下すことですが,それでは,たいてい読みづらい文章になってしまいます.
文章に手を入れて行く作業を推敲といいますが,推敲には2つの立場があります.一つは作者の立場,つまり,いわんとすることをできるだけロジカルに(誤りが無いように)修正する立場.もう一つは読者の立場に立って,できるだけ読者の意識に滑らかに入り込むようにわかりやすく表現を変えてていく立場です.
推理小説では往々にして前者の立場をとることが多いような気がします.推理小説ではロジックが重要だからですね.でもこの本はあえて,読者の立場からわかり易さに徹しているような気がします.作者の自己満足でなく,読者を大事にする姿勢が現れているようでうれしいことだと思います.
この作者の作品はこれが初めてですので,後日,他の作品を読んでみたいと思っています.ただ,瀬名秀明氏の本を図書館で借りてしまったので,その後になりますけどね.

横山秀夫氏著「半落ち」

2005年12月27日 00時21分48秒 | 読書
重いテーマです.
49歳の現職警察官がアルツハイマー病の妻を殺害するというショッキングな事件が起きます.この警察官とその妻は7年前に当時13歳の長男を急性骨髄性白血病で亡くしています.もし,骨髄移植をしていたら助かったのですが,ドナーが見つからなかったために死なせてしまいます.
この辺は小説ではたんたんと語られますが,読んでいて胸が苦しくなります.親の自分がドナーになれなかったという負い目,見守るしかなかった無念さが行間から伝わります.
そのせいか,母親は徐々にアルツハイマーの症状が出てきます.はじめはちょっとした物忘れ程度でしたが,そのうち食事をしたことを忘れたり,逆に何も食べなかったりします.自分でも症状に気付き,愕然とします.
決定的な出来事は,息子の命日に墓参りに行った日に起こりました.帰宅後,深夜になって,今日が命日であり,墓参りに行くことを忘れていたと妻が言い出すのです.夫が,今日2人で行って来たじゃないかと言っても聞きません.絶対に行っていない.息子の命日を忘れるなんて,もう死んでしまいたいと,嘆きます.そして,いっそのこと私を殺してくださいと夫に頼むのです.このままでは,病気が進んで母親としての自分が壊れてしまう.せめて母親として死にたい,母親の心が残っているうちに死なせてくれと言い,夫の手を自分の首に押し付け,殺してと懇願するのです.
文章自体はさりげないのですが,雰囲気は鬼気迫るものとして伝わってきます.私は本から目を離すことができませんでした.結局,夫は妻の懇願に負け,妻を絞殺し,その後,自分も死のうとします.しかし,ある一つのことが胸に引っかかり,もうしばらく生きることにするのです.そのため警察に自首するまで2日間の空白ができてしまいます.
自首後は,妻の病気,懇願されて殺したこと等を正直に自供しつつもなぜか,空白の2日間の行動については黙秘を続けます.なぜ,すべて話して楽になろうとしないのか? これがこの小説の最大のテーマです.
刑事が尋問ですべて自白させることを「落とす」というのですが,空白の2日間のことだけは決して言わないことが「半落ち」の由縁です.
この,死を決意しつつも,ある秘密の目的のために,もうしばらく生きようとする警察官を中心に,刑事,検事,新聞記者,弁護士,刑務所の看視長が,それぞれの立場から語り部となって物語を進行させます.
エチケットのため説明が難しいですが,通常,推理小説は探偵役が主人公になり,探す相手は犯人ですよね.しかし,この物語は「人は何のために生き,何のために死ぬのか」,それが謎解きの対象なのです.決して単なる探偵小説ではありません.深く心の中をえぐられるテーマの推理小説です.
まだ読まれていない方は是非読まれることをお勧めします.必ずや,自分が何のために,あるいは誰のために生きているのかを考え直す糸口を手にされるに違いありません.

乃南アサ氏著「水の中の2つの月」

2005年12月23日 00時11分44秒 | 読書
これもなかなかいけますよ。謎めいた雰囲気を最後まで保ち続ける乃南ワールド。恩田陸さんにも通じるものがありますが,でもやっぱり独自の世界です.
 3人のヒロインが登場します。平凡なOL生活の心の隙間を埋めるかのように複数の男性の間を渡り歩く亜理子、幼いころの初恋の相手によく似たボーイフレンドを得ながら、なぜか、明らかにうそとわかる作り話を繰り返す恵美、現実的でクールな一面を見せながらも、ひんぱんに手を洗う癖のある梨紗。
 この3人は幼なじみであり、実は決して他人に話せない秘密があります。小学校時代に別れ別れになった後、10年ぶりに再開するところから物語は始まります。恵美がボーフレンドの哲士を亜理子と梨紗に紹介するんですけど、なんと哲士は3人の隠された過去に密接なつながりをもつ、幼なじみの男の子にそっくりなのでした。恵美はなぜ、「あの男の子」にそっくりなボーイフレンドを見つけたのか?その真意は何なのか?3人の隠された過去とは何か?
 現在進行形の不可思議な四角関係物語を縦糸として、幼いころの3人に起こった悲しく恐ろしい出来事を横糸として、2つの物語がページを進めるほどに複雑さを増しつつ展開します。最後には2本の糸がつながる劇的な過去が明らかになるというしかけです。
 ところで、この小説と前に報告した「凍える牙」は一見、同じ作者とは思えないほど作風が違います。「凍える牙」は、2人の男女の刑事の心理描写を徹底的に描きこんでいたのに対し、「水の中の2つの月」は心理より、場の雰囲気とかストーリ展開に多くの筆が使われているように見えます。しかし、誰の視点で表現しているかを場面ごとに変える手法は乃南アサさんならではのものですし、表現の端々に乃南ワールドを感じます。
 この小説は以前に読んだ中では、恩田陸さんに近いものを感じます。皆さんのご意見をお聞かせくださいね。

乃南アサ氏著「凍える牙」

2005年12月16日 23時35分05秒 | 読書

直木賞作家 乃南アサ氏の凍える牙を読みました。面白いですね、これは。

ひとことで言うと,とにかく心理描写がすごい.
 白バイ経験のある女性警察官と古株刑事コンビの、犯人とその飼い犬(狼犬)の追跡小説なのですが、物語の70%くらいは両者の心理描写に割かれています。
ここまで丁寧に心の動きを描写してくれると、普段自分が他人に対して感じてる(取るに足らぬ)感情でも、ちゃんと言葉で表現すれば、文学作品になってしまうんじゃないかと思えるほどです。実際はそんな簡単なことではないんですけどね.
女の社会的活躍を快しとしない男(社会)の論理を憎み嫌うヒロインの心の動きが,巧みに,あるときは痛みを伴った表現で描かれます。また、その憎しみは,彼女の夫が、やはり男社会の一員でしかないと気がつかされた挙句の離婚経験によって倍化されます。
それとは対照的に、犯人側の重要証拠である狼犬、名前を「疾風(はやて)」というが、これがそのアンチテーゼというか、ある意味理想の男性像として描かれています。一撃で人間を殺してしまう力を持ちながら、主人に対しては絶対的な服従、それも隷属ではなく、尊敬と愛情の結晶としての服従を誓っています。思慮深く、誇り高い、妥協を許さぬ性格といえます。 ヒロイン貴子は、調査が進み、狼犬の実像が判明するにつれ、現実世界のあらゆる男たちに嫌悪の気持ちを募らせながら、犯人の片割れである狼犬にのめりこんでいきます。
詳細は避けますが、人間社会での絶望から、狼犬という代替物によって救済を願う心情がひしひしと伝わってくるんです。 私などは単に許されざる男社会の一人に違いないですが、ここまで男社会を毛嫌いされると(しかも説得力をもって)不思議な爽快感がある。別の表現をすると目からうろこというやつですね。そうか、男社会ってこんなにひどかったのかということが思い知らされる感じでです。
物語の結末がやや淡白なのと、犯行の動機にいまひとつの説得力が乏しいことが惜しまれますが、冒頭に述べた心理描写がとにかく上手い。恐れ入りやのクリアキン。古い!(ナポレオンソロ)  今、同じ作者の別の小説(水の中の2つの月)を読んでいますが、読後に報告します。


タイトルの意味

2005年12月12日 22時34分50秒 | 日記
「書く仕事」って何だと思います?
仕事でも友達付き合いでも、書くことって本当に増えましたね。
仕事では資料やドキュメント、付き合いではメールやブログなど何でもパソコンで書けてしまう。
「書く」ということは書くべき内容と書かない内容をより分けることと言ってもいいですね。何でも思いついたことを書けばよいわけではない。
取捨選択こそが書く作業の本質なんです。
そして、逆説的ですが、書かなかったこと、いや、書けなかったことに本質があるような気がするのです。本当に言いたいことというのは文章にはできない。私のような凡人にはね。でも天才は違います。文章に人生の真実が書ける。
凡人が人生を語ると、嘘くさくてダメです。
そんな凡人の私ができることは,真実をうまく隠して、搦め手から雰囲気を伝えることです。「煙に巻く」ともいいますが...
つまり、「書くこと」とは真実を上手に隠す事、つまり「隠し事」=「書く仕事」。
おあとがよろしいようで。

石田衣良氏著「池袋ウエストゲートパーク番外編 赤・黒」

2005年12月01日 22時23分11秒 | 読書
久しぶりに長編小説読了。
石田衣良氏の池袋ウエストゲートパーク番外編赤・黒です。
 おなじみのIWGPシリーズの番外編です。
 主人公はIWGPシリーズの誠ではなく、小峰という33歳の映像ディレクター。
 誠より崩れた性格だが、読み方によっては10年後の誠を予感させるものもあるかもしれません。
 小峰は映像作家としての自分の未来に自信が持てず、つい悪の道に踏み込んでしまいます。詳しくは述べないですが、不運が重なり最悪の自体を招いてしまいます。
 その窮地をなんとか悪戦苦闘しつつしのいでいく、クライムアクション小説です。
 主人公小峰は表面的には凡庸なキャラクターです。しかし、そんな小峰の周りには第一級のプロというか、すごい技術や力をもった脇役がたくさん出てくるんです。
 そしてプロフェッショナル達がなぜか、この凡庸な主人公に一目置くことになってしまうんです。
 この小説の面白さが、ストーリーの面白さにもあるのはいうまでもないですが、凡庸な主人公の一途さと時折見せる大胆な発想が、周りのプロフェッショナルたちを、いつの間にか引っ張りまわしてしまう展開が痛快です。
 スーパーマンが超能力で快刀乱麻の活躍をする爽快さではなく、読者と同じようなレベルの凡人が発想力+人柄という、目に見えない魅力でプロたちを動かし、窮地を脱していくという展開なんです.他力本願といえば他力本願だけど,その場に必要な能力が自分には無いのに,人(他のプロ)を動かすことでそれををやってしまうってすごいですよね.ひょっとして経営者としてはすごいかもね.
 IWGPシリーズでおなじみの暴力団日高組のチンピラ「さる」やストリートギャングのキング「タカシ」などが重要な役回りで出てきます。これが番外編のいわれですね。
 このシリーズでもうひとつ重要な役割を担っているのは、池袋という「街」です。
 やくざ、風俗営業の店、ストリードギャング達が、決して明るい未来があるわけではないが,なぜか、活き活きと描かれています。人生の目的がマイホームや年金の額ではないと思わせる何かがこの小説にはあります。池袋という街に対する興味をいやがおうにも掻き立てられます。
 池袋区長さんは区民栄誉賞を作者の石田衣良氏に贈るべきである。ははは。
 ところで、クラシック音楽が効果的に状況描写をサポートしています。小説だから、音が聞こえるわけはないのですが、知っている曲は勿論、たとえ知らない曲でも、なぜかその曲を聴いた気になってしまう。実に不思議な感覚。