書く仕事

ご訪問ありがとう!!ミステリー小説の感想を中心に,読書,日々の雑感,映画の感想等を書き散らかしています.

「愛のひだりがわ」筒井康隆

2020年03月22日 17時11分00秒 | 読書
「愛のひだりがわ」筒井康隆


左腕が不自由な小学6年生の女の子,「月岡愛」が主人公.
愛は犬の言葉が話せるという設定.
仲良しの大型犬「デン」を連れ,行方不明の父を探すロードムービー的小説だ.
時代は近未来の日本だが,世の中は乱れ切り,暴力が支配する無法の世の中になっている.
途中,不思議な雰囲気のご隠居さんや,夫からのDVから逃げて来た人妻をはじめ,ちょっと変わった仲間を引き連れていく.
どんな,理不尽な目に会っても,夢と希望と勇気を忘れずに生きていく,愛の成長の過程を描く青春小説.

なんだが,何といってもそこは筒井康隆の小説,随所にやや狂気をはらませたエピソードがちりばめられ,筒井ファンにも十分に満足できる内容となっている.
もちろん,子供が読んでも「大丈夫」だ.

タイトルにある「ひだりがわ」は,左腕が不自由な愛を守るために,常に愛の左がわを歩いてくれる誰かがいるというニュアンスから付けられたタイトルだ.

筒井ワールドの王道を行く小説とは言えないかもしれないが,「時をかける少女」や「家族八景」等,少年少女にも読まれる小説群の一つであり,彼の多才ぶりを示す例でもある.

「サイレント・マイノリティ 難民調査官」下村敦史

2020年03月05日 10時00分33秒 | 読書
「サイレント・マイノリティ 難民調査官」下村敦史


江戸川乱歩賞受賞作の「闇に香る嘘」に続き,下村敦史の小説としては2冊目です.
「闇に...」は中国残留孤児の悲惨な体験がテーマだったが,今回のテーマは「難民」.

日本は先進国の中では,極めて難民受け入れに消極的という批判が大きい.
しかし,難民を受け入れて来た欧米諸国は,結果的に治安面,経済面,労働力面での問題が噴出し,難民締め出しに動く国が増えている.

このような状況の中で日本の難民受け入れの審査を行う,審査官,如月玲奈がヒロインだ.

ある夜,新宿の路地裏でシリア人男性が殺害される.
犯人は逃走し,手掛かりがつかめない状況の中で,犯人と思しき人物から,「殺害されたシリア人の妻を誘拐した.返してほしければ,難民申請中のナディーム・アワドの申請を不許可にせよ」という脅迫文が届く.

シリア人同士のいさかいか,あるいはヘイトスピーチを繰り広げる難民排斥グループの仕業か?

混沌とした背景の中で難民申請期限が迫る.
一方で,シリア国内のアサド政権軍と反体制派との攻防,クルド人との軋轢なども丁寧に描かれ,イデオロギーの名に隠れた汚い自己中心主義がリアルに読者に突き付けられる.
日本国内の描写はまさに「ミステリー」といえるが,シリアでのエピソードは,平和な日本人が想像もできないような悲惨さに溢れている.

骨太な社会派ミステリーであり,いつの世も指導者たちの「勝手な」戦争に苦しめられるのは,子供を含む一般市民だということを思い知らされる一冊だった.

最後の謎解きも,鮮やかであるのは間違いないが,謎が解けたカタルシスより,難民の悲惨さを知ってしまった心の痛みの方がつらい.