風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

銀河鉄道の夜 3

2014-10-04 00:56:00 | 




「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔(あな)だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが云いました。
「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。
 ジョバンニもそっちを見ましたけれどもそこはぼんやり白くけむっているばかりどうしてもカムパネルラが云ったように思われませんでした。何とも云えずさびしい気がしてぼんやりそっちを見ていましたら向うの河岸に二本の電信ばしらが丁度両方から腕を組んだように赤い腕木をつらねて立っていました。
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。ジョバンニはまるで鉄砲丸(てっぽうだま)のように立ちあがりました。そして誰にも聞えないように窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。

(宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』)


10代の頃初めてこの本を読んだときは、カンパネルラがいなくなり、ジョバンニが残されるその意味というか、ここで作者が言いたかったことが、いまひとつピンときませんでした。わかるような、わからないような、もやもやした感じだったのです、このラスト。
ですがあれから私も歳をとり、自分自身が身近な人の死を経験した今では、自然に理解できるようになりました。
ここで賢治が描いた人の死というものと、残された者が覚える感覚とその想いを。

いつまでも一緒にいられる、なぜか私達はそれが当たり前だと思ってしまうけれど、人の死って、人との別れってふいに突然訪れますよね。ジョバンニがちょっと遠くを見て、振り返ったらカンパネルラが消えていたように。事故で亡くなる場合はもちろんのこと、病気で亡くなる場合も覚悟はしていてもやはりその別れは突然という気がどうしてもしてしまう。ふと元気な姿でその人が帰ってくるような気がしてしまう。でもその人はもうどこにもいなくて。悔いのない別れ方をできなかった場合も、沢山あって。
残された者は、ただその事実を受け入れるしかなくて。それ以外に何もできないのが現実で。
だけど、もし最後に、このジョバンニとカンパネルラのような旅をすることができたら。悲しい別れは必ずやってくるけれど、自分はこの世界で生きていかなければならないことに変わりはないけれど、その人と最後にこんな時間を持てたなら、その人が幸せにあちらの世界に行ったことをこの目で見届けられたなら・・・。
そんな、親しい人を亡くした誰もが苦しいほど願う想いを、賢治はこの物語で書いてくれたのではないだろうか。残された人達が、この世界で生きていけるように。
そしてこのジョバンニとカンパネルラの銀河鉄道の旅は、誰より、妹トシを亡くした賢治自身が願ったものだったのではなかったろうか。

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