風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

大内美予子 『沖田総司』

2007-06-30 02:35:10 | 



「総司だけは、寿命のあるうち生かしておいてやりたいのだ」
「そうかね」
 土方は近藤の語調の弱さをはね返すように、
「俺は、総司にだけは、俺達の死んだという報(しらせ)を聞かせたくないと思ってるよ」
 その眼が、近藤とは違った光を帯びていた。

・・・・・・

 彼等とは、また逢うかも知れぬ、逢わぬかも知れぬ・・・・・・それでもよかった。春とはそういうものなのだ。季節は毎年回(めぐ)ってくるように見えて、実は天地悠久の間にただ一度のものでしかない。
 春は、今日一日だけでも十分なほど美しい、・・・・・・その思いを総司はしばらく、舌に残るたんぽぽのじくの、ほのかな苦味とともに噛みしめていた。

・・・・・・

「ついて行きますよ」
 総司はうるんだ眼で微笑っていた。
「もう用のなくなったこんな体は、置いて行けばいい・・・・・・。
私は、何一つ後悔していませんよ。だからこの気持だけでも、一緒に連れて行ってほしいのです。向こうへ行けば、近藤先生にも逢えるでしょ?」
「逢えるとも!」
――近藤も、お前も、そしてこの俺もいずれ向こうで逢うのさ――

(大内美予子『沖田総司』)

このブログで歴史ものの話をして、はたして喜んで読んでくれる人はいるのかしら・・・(笑)。
まぁいいや。私は好きなんですよー。

さて。
司馬遼太郎を読み返してるうちに新選組モノをむしょーに読みたくなったため、以前から気になっていたこの本を図書館で借りて読んでみました。
これまで読んだ女性作家による新選組モノは、どうにも夢見すぎであったり感傷的すぎるものが多かったため避けがちだったのですが、この本にはそういう部分が殆ど感じられず安心して読むことができました。
あとがきによると大内さんが沖田総司に惹かれたきっかけは司馬遼太郎の小説だったそうで、司馬さんの沖田が好きな私は違和感なく読むことができました。もっとも司馬さんの沖田の「ちょっと壊れた」部分はナリを潜め純粋な優しさが強調されてはいますが、これはこれで魅力的な沖田となっています。

物語前半は割と淡々と読みすすめていったのだけれど、後から思うとこの淡々とした感じはそのままその頃の(まだ健康だった頃の)総司の内面をあらわしているとも読める。
それが、物語の後半にきて病が彼の体を蝕んでいき、死が現実のものとなり、土方との今生の別れに際し総司の感情が爆発し溢れ出す場面に至ると、前半が淡々としていただけに、これはキます・・・。
不意打ちのようにぶわっと涙が溢れてきました。

男性の描く新撰組とは一味ちがう、いい意味で女性の細やかさが出ている作品だと思います。おすすめ。

ところで、アマゾンで新選組小説のレビューを見ていてすごく気になったのは、「この小説を読んで沖田総司という人はすごく繊細で優しい人なんだってことを知り、感動しました!」的なコメントが少なからずあること。ほかにも、氏名以外は殆ど作者の創作で描かれているような隊士について「新撰組にこんなに魅力的な人がいたとは知りませんでした!」とか・・・。
レビューの感じからして若い子達のようだけど、それにしたってなぁ・・・。
たとえその小説や漫画の沖田がどんなに魅力的だろうと、それは史実の沖田とはもちろん全くの別物なのですよ。司馬さんの沖田、大内さんの沖田、三谷幸喜の沖田、史実の沖田はぜんぶ別物。
現実と虚構の世界の区別はしっかりつけて、そのうえで楽しみましょう、少女たちよ。
間違っても隊士の墓の石を削って持っていっちゃったりしないよーに!<信じがたいけど実際にいるらしいのです・・・

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