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歩くことが唯一の趣味ですから。

千畳敷から木曽駒

2023-08-19 | Weblog

高校の地理の授業で習った氷河地形のいいサンプルが日本にもある。それは長野県の千畳敷カールだ。地理の先生がフィヨルドなんかの話に関連して2万年まえの氷河が削り取った巨大なスプーンの痕跡のような地形について楽しそうに語っていたのを、昨年、ふと思い出して訪ねてみた。千畳敷カールに臨む標高2612mのホテル、というか山小屋がシーズンオフで空いていたので転がり込んだ。猛吹雪でカールも星空も何も見えなかった。死にたくないので山小屋でごろごろして降りてきた。そこで5月の末ごろ再訪したのだった。

今年は雪解けが早いと聞いていたので、5月の末ならハイキングなりトレッキングなりできるかな? と思ったが甘かった。残雪が1mぐらいあり、スキー客がそろそろ姿を消す一方で登山客はまだ姿を現さない。そんな隙間の時期だった。しかし氷河が削ったカールという地形がどんなものか、やっと目にすることができた。こういう地形ならニュージーランドで見たことある。放物線のように削り取られた谷。

アイゼンを登山靴に装着してカールを登ってみた。カールを越えた先には宝剣岳や中岳、木曽駒ヶ岳といった高山がある。地図で見ると簡単に登れそうだったので木曽駒を目ざす。しかし、残雪の深い時期に山登りなどするのは生まれて初めて(しかも、単独)なので心細いこと限りない。5月だからフリース着てれば寒くはない。ダウンもあるし雨具もあるが天気はいい。ゆっくり登れば大丈夫だろうか。

雪で覆われたカールの上を、時折のどかな音を立てて石が転がってくる。遮るものがない雪上でスピードを速めながら、転がるというより跳んでくる。あんなものに衝突されたら命を失うのではないか? そんなのが後から後から跳ねてくる。石だけならば、まだいいが、岩といったほうが正確そうなものまで落ちてくる。それから、人もちらほら滑り落ちてくる。危なっかしくカールの縁まで這い上がり、乗越浄土に辿りついたら霧で視界がなくなった。何にも見えない。こんなところで死にたくないから引き返した。なんとなく悔しいので、8月に再々訪することにした。

8月はロープウェイが混むと聞いていたので、始発(8時)に間に合うように駒ヶ根駅を7時にでるバスに乗ったら自分を含めて3名しか客がおらず、おやおや楽勝かと思っていたら途中のバスセンターで超満員になった。マイカー規制をしているから、バスセンターの駐車場にマイカーを停めた人々がそこからバスに殺到するのだ。超満員といっても、補助席をすべて使って座れる人数しか乗せない。急な山道をくねくね走って高度をかせぐので、立ち乗りは危ないのだ。ちなみに最前列に腰掛けた自分の帽子(グレーのハット)が写真の左下に見切れている。

バスが発車するとき、バス乗り場に詰めかけた登山客の列がどこまでも被災者か何かのように続いているのが車窓から見えた。このままギュウギュウ詰めの車両で運ばれて、着いたところでシャワー室という名のガス室に入れられたりしないだろうか。そんな余計な想像をしてしまうのは悪い癖だが、前回も前々回もシーズンオフでバスは貸切のような状態だったから、つい比較して余計な考え事をしてしまう。

ロープウェイの乗り場には整理券案内のボードが出ていた。いまはまだ整理券なしで並ぶだけだが、混んでくると2時間待ち、3時間待ちになるという。ぼーっと待つのは苦痛(だし熱中症も心配)なので整理券を渡されて、どこか日陰で待つのだろう。日陰があるか疑わしい。ともあれ、朝一番の改札めがけてバスに乗ったので、自分は2便目に乗ることができた。通常より間隔を縮めて、9分おきにゴンドラで登山客をごっそり2612mの千畳敷駅(=ホテル=山小屋)まで運び上げる。

このゴンドラも前回、前々回はガラ空きだったのに、夏はこれだから嫌いだ。ちなみに左下にまたグレーのハットが見切れてる。一応ロープウェイの中ではマスクをつけた。7分で着くから、それぐらいの辛抱はしたほうが健康のためになる。しかしマスク率、ここでは半分以下だった。山でマスクすることはないと思うんだけど、装着して山歩きする人も少しいた。装備は万全を期したほうがいいけど……一方で、登山靴もリュックもなしで身ひとつの山登りするグループも複数あった。危ないぞ。

さて、雪のない千畳敷カールの全貌を眺めることができた。なるほど美しい。大勢の人が殺到するのも頷ける。丸く削り取られた谷を登山客が上り下りするさまは蟻の行列のようだ。カールは蟻地獄のようだ。朝8時半、これから自分も蟻になって蟻地獄を這い上がり、このまえ引き返した乗越浄土から宝剣岳を横目に中岳を経て駒ヶ岳に登る。時間は十分ある。天気もいい。人が多いのは仕方ない。もう夏は来ない。秋は試しに来てもいい。冬は来ない。春も残雪が厄介だから来ない。

雪が消えたカールは石がごろごろしていて蟻地獄のように登りにくいが、アイゼンで雪を踏み締め、踏み固めて登るより楽だった。前後に人がいっぱいいるから、落石があっても直撃しないだろう。そう思うと安心だった。これだけ人が密集していれば、熊の被害もありっこない。それでも熊よけの鈴を鳴らす人がけっこういる。ヤッホーとしつこく叫ぶ人もいる。一度やればカールでこだまが生じないことぐらい理解できそうなものだが。そんなことを考えながら黙って登る。

乗越浄土まで登ると、ぐったりした人がけっこう多い。子どもがのびているのも見かけたし、膝をさする中高年の姿もあった。加齢と共に膝が痛くなるのは本当らしい。いまのところ自分は何ともない。2600mから2900mぐらいのところで行動しても、今回は高山病の症状がなかった。気分の問題かもしれない。足が多少ふらついたのを高山病ではなく疲労のせいにして、やりすごした疑惑がないこともない。

宝剣岳を横目に見る。駒ヶ根で育った元上司(定年退職した)は小学生のころ、遠足で駒ヶ岳には何度も登ったが、宝剣岳には登らなかったという。学校の先生も、児童を引率して登るには険しすぎると思ったんだろう。横目で見てる分には登れなくもなさそうだけど、前後に人が渋滞した状態で登るのは危ないから嫌だ。そこで中岳のほうへ迂回する。

中岳(2925m)は岩がゴツゴツして歩きにくいけど、頂上が見えてるから気分的には楽に登れる。ただ、これを乗り越えて一度は下り、また駒ヶ岳に登ると思ったら、また帰りに上り下りしなきゃいけない。そう考えると面倒になるので、もう考えるのをやめた。頭からっぽにして、ゆっくり歩く。冷んやりした風がのぼってきて異様に涼しい。よく天然のクーラーと呼ばれるのは、この風だろう。上昇気流が熱を失い、気化した水分が液体に戻る。だから山は霧が出たり、雨が降ったりするのだ。

中岳を越えて岩場を下ると山小屋があり、色とりどりのテントが張られている。冷んやりした風を受けて心地よく思っていたら腹が冷えたのかもしれない。便意を催しそうな予感があったので、駒ヶ岳に登る前に山小屋で200円払ってトイレを使用する。身も心もスッキリして木曽駒ヶ岳に挑む、といっても中岳と同じく頂上が見えているから気分的には楽だ。

木曽駒ヶ岳(2956m)は、やはり岩がゴツゴツしているので歩きにくい。若干、息も上がるけど、最近なぜか息苦しくて心拍数が上がると楽しい気分になる。山歩きばかりして頭がおかしくなったのか。それとも死亡フラグかと思って用心するようにしてるので、いまのところ無事にやっている。社会がどんどん悪くなっていくのを見ながら寿命を待つより山で遭難して人知れず死んだほうが、山小屋のトイレ後のように身も心もスッキリするのではと思わなくもない。けどそんなことは多分しない。

駒ヶ岳の文字が消えかけて、ほとんど読めない。にもかかわらず、通りすがりの人に頼んで頂上で記念写真を撮ってもらった。駒ヶ根駅前のビジネスホテルに着替えとかタブレットとか置いてくることができるスケジュールだったので、今回バックパックの容量は20リットル。雨具も防寒具もヘッドライトも行動食も入ってる。ペットボトル3本で、水分は650+650+500=1800ミリリットル。余りそうだったから頂上でパンを食べるとき1本だけ残して飲み干した。荷物がさらに軽くなった。行きより帰りは楽なはずだけど、やはり荷物が1キロ以上軽くなると随分違う。

地図を見ると、中岳を経由して上り下りを繰り返すより、遠回りしたほうが楽なのではないかと疑いたくなったけど、景色を見渡すとそんなこともなさそうなので素直に往復することにした。水分も減らしたことだし。登山客が大勢いるということは、帰りのロープウェイとバスも絶対に混雑するので、もう早めに帰ろうと思った。どうやらそれは正解だった。こんなに混むなら、やっぱり夏はもう来ないだろう。

 

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