散 歩 B L O G

歩くことが唯一の趣味ですから。

ナカバ平

2024-06-08 | Weblog

「ゴミはお持ち帰りください」とゴミ箱をいくつも並べた上に書いちゃうと、その中のゴミを持ち帰ってください(ご自由にお持ち帰りください、そして売るなり何なり好きにしてください)とお願いしているように見えてしまう。ここは富士急行の河口湖駅……ごった返す人の約9割は外国人だ。観光地はインバウンド頼み。

駅前のコンビニにカメラを向けるフィリピン人、マレーシア人、パキスタン人、フランス人、デンマーク人、中国人、台湾人……彼ら、彼女らが何を珍しがって撮影してるのかと思ったら、コンビニの屋根ごしに見える富士山だった。そういうことかと彼ら、彼女らを尻目に坂を下り、河口湖へ。観光客相手の店に日本人の姿はない。

人混みを避けて河口湖天上山あじさいハイキングコース入口のほうへ歩を進める。途中にある看板の文字を読むと、船津天上山あじさい植栽事業は平成11年3月27日・28日の両日、下記の船津地区住民のボランティアにより植栽されたという。

愛友会・辰巳会・子丑会・二一会・気寄会・ハーバル工房保護者会・船津戦没者遺族会・揚友会・三五会・富士見会・七日会・睦会・高尾会・梅若会・若葉会・十日会・梨の木会・うそぶき会・一三一四会  以上、河口湖町・船津財産区

あじさいハイキングコースというわりには、あじさいの花があまり咲いてないので、どうしたんだろう? 平成11年に植えたけど令和6年までの四半世紀ですっかり枯れてしまったのか? と心配して別の看板の文字を読んだら、7月中旬から8月上旬があじさい開花の時期らしい。標高が900mそこそこあるので低地とあじさいの時期がズレているようだ。

その先を登ると天上山の中腹、ナカバ平に出た。ドイツ人か何か頭頂部の薄やかなのが石碑の前でスマホまさぐり、お困りの様子なので無視してベンチに腰掛けて休む。薄やかなのが近づいてきて、「この字はホレタですか?」とスマホを見せてきた。ゲイなのか? 不器用なやり方で「惚れた」と伝えてきたのか? 山の男はヤバい。

恐る恐るスマホの画像をのぞくと「惚れたが悪いか」と書いてある。やっぱりゲイだった。逃げると襲ってくると聞いたので、正対して平静を保ちつつ「惚れたが悪いか太宰治と書いてあります。太宰治は日本の作家です。昔、タヌキがウサギに惚れたのでウサギに嫌われて殺されました。そういう話を書きました」と伝え、惚れたら死ぬ暗示を深層心理に送り込む。

それを聞いて納得したのか、あるいは恐れをなしたのか、「Oh!」といって男がのしのし去っていく。そこで石碑の裏に回り、小さく刻まれた文字も読む。散歩の途中とにかく何でも読む習性があり、散歩ブログのネタになることが少なくない。

太宰治の名作「お伽草子」のなかの一篇「カチカチ山」は、ここ河口湖町船津の天上山のあたりを舞台として書かれた。富士山と河口湖の景色を配して、有名な昔噺の兎を美少女、狸を中年男とする卓抜な性格設定で書かれた物語は、時とともに光彩を増す珠玉の作である。不朽の傑作を生み出すもとになった地点から、人を喜ばせる面白い物語を書くために、命を削った作者の面影を忍びたい。  長部日出男

 

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