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散 歩 B L O G

歩くことが唯一の趣味ですから。

三条河原

2018-10-29 | Weblog
京の三条大橋は江戸から見ると東海道の終点で、角倉了以が高瀬川を掘削するまで鴨川はいまや繁華街の
「河原町」のほうまで幾筋にも分かれて流れていたという。そのころまでは荒野で、都のはずれでもあり、刑場と
して多くの人が斬首された。



たとえば豊臣秀吉がまだ存命だったころ、甥の秀次を2代目の関白にしておきながら、謀反の疑いをかけて

高野山に追放したおり、秀次が自害したあとも許さずに幼児や妻妾ら39名を刑死させたのも三条河原だ。

1595年(文禄4年)のことである。



遺骸は河原に埋葬されたが、鴨川の氾濫で次第に埋もれ、流され、荒廃した。16年後に角倉了以が高瀬川を

掘削する際、いくつか墓石を掘り当て、供養のために瑞泉寺を建てた。それがいまもある、三条木屋町のこの寺。

ずいぶん念入りに案内が出ているので、通りすがりに立ち寄った。



ここで斬首されたのは子女と付き人39名だから、秀次の遺体は高野山から運ばれたのか。もしくは墓石だけ、

あとで持ってきたのかもしれない。墓石をいだく石塔と、その両側に39の石塔が並んでいる。



どれが誰がびっしり書いたものが掲示してあった。あとで調べたら、処刑の日には三条河原に塚が築かれて、
そこに秀次の首が据えてあった。いっせいに引き出された妻妾は、まずその首を拝まされ、つぎからつぎへと
の手で首を斬られた。



それがだいたいこのへんの人たちである。また、1歳や2歳の幼児は立てなかったり、覚悟が決まらないので、
が左手で犬の子のようにぶら下げ、母親が見ている前で突き殺した。



それがだいたいこのあたりの人たちである。死刑執行の奉行は石田三成、増田長盛、前田玄以ら。妻妾らの

亡骸は1か所に集められ「秀次悪逆塚」と書いた石塔が建てられたが、京の人はこれを「畜生塚」と呼んだ。

その「畜生塚」が埋没したあとに建てられたのが瑞泉寺で、いま見てる供養塔の集まりだ。



奥にある立派な3基の石塔の中央に、「中空の石櫃」が安置されている。この中に首が納められたといわれる。

あとはみんな後世にできたもの。中空の石櫃はこちら。



さて、三条河原で思いがけず墓参りしたあとは、とある春画鑑賞の会へ。予約制だが、この時間は1名のみで

まるで貸切のようだった。浮世絵版画や肉筆の巻物(大名の嫁入り道具)は、状態がいいとそれはもう美しい。

これを見にきたついでに秀次の供養塔の前を通りかかったのだ。



ついでだから細見美術館に足を伸ばして「描かれた『わらい』と『こわい』展 ―春画・妖怪画の世界―」をみて

急いで東京に帰ってきた。




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すすき草原

2018-10-08 | Weblog
また今年も、すすきを見にきてしまった。たしか昨年も、いまぐらいの時期に見にきた、すすき草原。箱根の

仙石高原にあり、10月下旬に最も見ごろを迎えるらしいのだが、つい早めに押しかけちゃう。



人の背より高いすすきが一面に生い茂る。台風25号が日本海側を通過して、フェーン現象で東京が真夏日

になったから、まるで避暑にきたみたいだけれど偶然にすぎない。しかし高原は爽やかだ。



人がたくさん見にきている。山の天気は変わりやすく、朝は曇っていたし、夜は雨が強く降ったから、昼の光

は貴重だった。よく見ると足下がぬかるんでいて、よく見ないと靴が泥まみれになる。



いつまでもすすきばかり見ていられないので、箱根登山バスで終点の桃源台まで行って、芦ノ湖の遊覧船か

大涌谷のロープウェイにでも久しぶりに乗ろうかと思ったけど、どっちもチケット売場が長蛇の列なもんで並ぶ

時間がもったいなくなり、急いで引き返してポーラ美術館へ。



初めてきたのは2002年のオープンのとき。それから、何年かに一度ぐらい寄っていたけど3年ほど前だろうか。

雑誌のアート担当になってから取材や内覧で頻繁にくるようになると、用事がなくてもこうやって絵を見にきたり

するから習慣というのは人を動かすものだ。



習慣の力がなかったら、急いで引き返さないで列に並び、遊覧船かロープウェイに乗っていたかもしれないし、

もしかすると両方とも乗ってしまったかも。それより名画をゆっくり鑑賞するほうが結果としてよかった。



そもそも、すすき草原のことを教わったのも美術館の職員さんからだった。朝と夕が特に美しいという話だから

いずれ10月下旬の朝か夕に、すすきを見たいものだと思う。来年か、再来年か、いつか。



20年ぐらい前に流行った心理テストで思いつく言葉をたくさん書き出して、連想するものに集約して最後に残る

言葉こそが深層心理で求めるものだという設問があり、なぜか自分の場合「すすき」だった。そんなバカな!と

当時は一笑に付したけれど図星だったのかも……。しかし一体どういう意味が?

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