散 歩 B L O G

歩くことが唯一の趣味ですから。

佐賀

2014-12-13 | Weblog
佐賀のデパートの最上階に「ファミリーレストラン」という名前のレストランがあることに気づいたのは、
JR佐賀駅前の通りをまっすぐ歩いてビルの屋上に「ブラックモンブラン」の看板を見つけた日のことで
ありました。


セリフつけたくなる

電車やバスに乗って気まぐれに下車し、足まかせに歩いて気になるモノにであうのが散歩の楽しみ。
佐賀にもいろいろな見どころがあります。不思議なポーズの銅像とか……


神社にまつられている大砲とか

ここは佐嘉神社(さがじんじゃ)。社伝によると名君といわれた十代藩主鍋島直正(閑叟)公をまつって、
昭和8年に創建されたそうです。直正公は文明開化にさきがけて我が国で最初の洋式反射炉を設け、
近代大砲を鋳造した偉い人というかネ申……大砲の台座に何か刻まれています。


お殿様こんなのつくったんだ~!

よくみると、野ざらしの大砲のほかに屋根とガラスで覆われたアームストロング砲があり、鍋島直正が
反射炉を築いて造らせたのはそっちかも。


こっちかも?

小さいからって、あなどってはいけない。上野にこもった彰義隊を砲撃したのは、このタイプだったし
会津で官軍が威武を示したのも当時の最新兵器アームストロング砲によるところ大でありました。


元込め長弾使用、砲身に螺旋溝

イギリス人アームストロングが1854年ごろ発明したものを、文久3年(1863年)に佐賀藩が独力で製造
しちゃったんですね。日本人は先込めの火縄銃も、元込めの大砲もたちまちコピーしちゃった。


大事に大事に飾られております

薩長土肥といいますが、肥前の佐賀藩に七賢人あり、その筆頭に鍋島直正公が挙げられております。
他に早稲田大学の前身をつくった大隈重信、佐賀の乱の江藤新平のほか、大木喬任、佐野常民、
島義勇、福島種臣が賢人として写真入りの碑になっていました。


佐嘉神社で見た佐賀の七賢人

折しも初詣の時期で、2014年のお正月(すっかり1年前)に参詣する人たちを横目に絵馬をチェック
したり、お守りを分けてもらったり。


雑誌掲載用に社殿だけ撮ろうとしたけど難しかった

Tarzanでやってた「スポーツの神様を訪ねて 西へ東へ――」というコーナーのネタにしようと思ってた
けど、そのあと Hanakoに異動になってうっかり載せられなかったから、暮れにブログに書いてみたの
でありました。


みなさん書き初めが上手だった
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大井川鐵道

2014-12-07 | Weblog
東海道本線の金谷駅から、南アルプスのほうへ伸びている大井川鐵道に、なんとなく乗ってみようと思ってしまった。
なーに電車に乗るだけさ。ガタガタ揺られて本でも読もう。たまに景色でも眺めよう。


電車は1駅しか走っていなかった

山奥に分け入って帰ってくる。ただそれだけのつもりで切符を買おうとしたら、どうも様子がおかしい。人が多すぎる。
ガタガタ揺られて本でも読もう、なんて場合じゃないらしい。


隣の駅からはSL

これを目がけて鉄道ファンが押し寄せていた。しかもこの先、電車ではなくSLしか走らないようだから、そんな気が
なくてもSLに乗らざるをえない。電車で十分なんだけど、そうはいかないのだ。


なにやらマニアックそうな撮影をしてる人も……

全席指定とやらで当然のごとく売り切れてるから、立って乗っていく。まあ、たまにはいいか。昭和の車両の乗り心地
べつに平成とおなじ。電車もSLも乗り心地に大きな差はない。(外を煙が流れるだけ)


車掌さん車内放送

窓からの眺めを案内したり、ハーモニカを吹いたり、なにかと車掌さんが盛り上げる。1時間あまりSLに乗ってたら
千頭駅で乗り換え。南アルプスあぷとラインのミニ列車で山奥へ。


なんとなく「世界の車窓から」みたいな気分……

アプト式鉄道といって、歯型レールを使って急な坂を上り下りするように作られた列車らしい。詳しいことは知らない
けれど、きっとそのために必要な車両の連結を見るために人々が群がっていた。


のぞいても何にもわからない

わりと最近コースが変わったみたいで、新しくできたダムの上などを通って奥大井のほうへと上っていく。なかなか、
時間がかかる。往復するだけでも1日がかりになりそう。


終点に売店が出ているだけラッキー

行楽の時期じゃなかったら何も食べられなかった可能性なきにしもあらず。いなり3つと猪汁を買い求めて食べる。
まあ道路沿いに歩き回れば土産屋の1~2軒あるみたいだったけど。


そのへん散歩する

電車やSLに揺られてばかりいたから、ちょっとは歩かなきゃ体がほぐれない。帰りも電車やSLを乗り継がないと
しゃばに戻ることができないので、せいぜい歩き回るだけ。


吊り橋というのは歩いてみると思ったより揺れるな

べつにカップルじゃないから、吊り橋効果で恋愛に発展することもないし、つまらない顔して歩いてたんじゃないか
と思うけど、それなりに気分よかった。


帰りの車掌もハーモニカ上手
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神の道?

2014-12-04 | Weblog
ふと横を見たら、神の道と書いてある。呼ばれたからには (呼ばれてないけど)、ここを通らねばなるまい。どれどれ……


これが神の道か

向こうから何かくる……と思ったらバスガイドさんに連れられた観光バスツアーの人々だったり、どう見ても神というより
人ばかり行き来している。ときには人間以下のものも。


羽衣の松にいたる

まっすぐ行くと三保松原に抜けて、このように羽衣の松があるところに出る。これがあの天女が羽衣をかけた松か……
と感心して眺めていたら、そうではなかった。


「新・羽衣の松」?

三保の松原のシンボルとして長い間愛されてきた先代「羽衣の松」に代わり、その後を引き継いだ「新・羽衣の松」
平成二十二年十月に数世紀ぶりの世代交代が行われました。静岡市


先代の松はこちら

左の切り株みたいのが先代の「羽衣の松」で、右の細いのがそこから分けた若い松だとか。では先代の松が元祖かと
いうと、そうではなかった。先代の「羽衣の松」は2代目で、1代目は海の近くに生えていたから波に飲まれたとか。


たしかに羽衣かけるなら海辺か

松原を抜けると砂浜があり、天女が羽衣を脱いで遊んでいる……かと思ったら人間が洋服を着て遊んでいる。そこで
振り向くと富士山がやっぱりあった。

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