散 歩 B L O G

歩くことが唯一の趣味ですから。

博多

2010-08-30 | Weblog
仕事で博多に行くことになった。ランニング特集の取材で、大学の先生を訪ねるのだ。
編集長は「なるべく日帰りでね!」といった。取材は3時から。飛行機で日帰りできるが、
たまたま金曜日。いつ帰ろうと交通費は同じ。自主的に泊まってくることに決めた!

ところが、航空券はとれたがホテルがとれない。出発の1週間以上も前から、
旅慣れたぼくが検索技術をつくしても、なぜかホテルの空室が全然ヒットしない。
お盆は過ぎているし、博多の祭は8月じゃないし、なんなんだろう?

やむをえず、旅行代理店の力を借りて金曜の夜だけ天神のビジネスホテルをとる。
あとのことは、いけばどうにかなるだろう。

当日、取材を終えて天神のホテルに転がり込み、ページの構成をしばらく練って、
灯燈し頃に街に出た。居酒屋でイカを食べた。活き作り。それから夜の中洲と天神を
歩き回り、屋台を何軒かハシゴするうちに、ことの真相が明らかになった。

SMAPが木・金・土・日と4日間、福岡ドームでコンサートをやっているから、
県外から泊まりがけでやってくる女性のお客さんがホテルを押さえてしまって、
それでどこも空いてないのだという。女性客たちはコンサートのあと部屋に戻って
コンビニのカップはるさめや蒸しパンで腹を満たして寝てしまうから、博多の屋台は
SMAPのおかげで毎年、大打撃をこうむっているそうだ。去年は草剪くんが逮捕されて
全公演がキャンセルになり、屋台の売り上げが減らなくて助かったたらしい。

実際、10時半にドームでコンサートが終わると、中洲や天神に女性の集団が
通行するようになったけど、屋台に入る人は少なく、コンビニばかり混んでいた。
酔った勢いでブラブラ長浜まで歩く道すがら、酔眼ではっきりチェックできた。

一口餃子とか、明太子の天ぷらとか、おいしいのに、コンサートの開演前に
がっつり豚骨ラーメンか何かで腹ごしらえして、会場でSMAPグッズを買い込み、
たっぷり声援を送って夜食は部屋で済ませ、明日のコンサートに備えるのか?

それはいいとして、なぜ長浜までわざわざ歩いたかというと、会社の近くにある
「やまちゃん」というラーメン屋さんの、ルーツの屋台がそこにあるから。

訪ねてみると写真(上)の通り、おでんも焼きとりもやっている総合屋台で、
ラーメンはその中のメニューのひとつだが、食べてみると東京の店より
スープにパンチがあった。夜中にそんなこと確かめて、どうする?

(吉野ヶ里につづく)
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スタンプラリー

2010-08-19 | Weblog
なつやすみの初めに、うちの小学生が捨て猫の赤ちゃんを拾ってきた。
まだ生まれたばかりで目も開いておらず、ミルクを約2時間おきに飲む。
注射器で口に入れてやり、手で刺激して尿と便をさせてあげる必要がある。

「自分で世話する!」というから、やらせてみている。実際は夜中なんか
親が代わりにミルクやったりしているけど、昼間は自分で世話しているから、
なつやすみに子連れで遠出ができなくなってしまった。猫さえ拾わなければ
どっか涼しいところにでも連れていったんだよ? たぶんね。


(そろそろ目は開いてきました)

かといって、どこも行かず家で約2時間おきにミルクを猫に飲ませるだけじゃ
子供が育児ノイローゼになるので、猫が眠っている間だけ出かけようかと、
スタンプラリーにでも連れ出すことにした。

JR東日本がやってるポケモンのスタンプラリーは親(ぼく)が興味ないから、
港区でやっているミュージアムめぐりのスタンプラリーに誘い出す。

今年の夏はものすごーく暑いけど、ミュージアムだったら涼しいだろうし、
猫がミルクを欲しがるまでに家に戻ることも簡単にできる。

【1日め】


カメラの前身は絵を描く道具。

最初に行ってみたのは「写真歴史博物館」・・・なぜなら思い立ったのが夕方で、
ほとんどのミュージアムが17時ぐらいに閉館するけど、この「写真歴史博物館」は
19時までオープンしているのを、スタンプラリーの台帳で見つけたから。


大江戸線の六本木駅に直結。
赤坂9-7-3 10:00~19:00 無料

フジフィルムがやってる施設で、お姉さんにスタンプを押してもらうと、
小学生はクイズのボードを渡されて、喜々として展示物を見て回っては
クイズに回答していた。5問正解して、鉛筆をもらった。

カメラというのは、レンズで物を投影して、絵を上手に描くための道具
から生まれた。感光材が見つかるまで、レンズが結ぶ像をなぞって
物をリアルに描くための道具だったということを初めて知った。

初日は「写真歴史博物館」だけで終わり。家に帰って猫にミルクをやった。

【2日め】


「なんだこれは?」

次の日は青山に足をのばし、まずは「岡本太郎記念館」を見ることにした。
スタンプが2個たまったので、小学生がノートをもらった。ここは入場料をとる。
その代わりではないけれど、自由に作品を撮影していいという。

「芸術は爆発だ!」「なんだこれは?」のおじさんを、いまの小学生は知らない。


南青山6-1-19 10:00~18:00
600円 元アトリエ兼住居

「階段は苦手だよ!スリッパが脱げるから」と言いながら、大人用の履物で
館内をペタペタ歩いて、「何のお仕事?」かよくわからないおじさんが残した
いろいろなものを面白がっていた。まあ、そんなもんだろう。

岡本太郎は生前、「だれでも見られるように!」ということで公共の場所に
モニュメントを作るのを好んだそうだ。なるほどね。

そこから程近い、「伊勢半(いせはん)本店 紅(べに)ミュージアム」も訪ねて
スタンプを押してもらう。3個めのスタンプでは何ももらえない。


南青山6-6-20 K's南青山ビル1F
11:00~19:00 無料

紅(べに)は、江戸時代もっぱら京からの「くだりもの」で、やっと幕末になって
江戸でも作られるようになったというのが驚きだった。

小学生は、紅そのものより、櫛や簪に興味を示していた。言い忘れたけど
女の子なのだ。この日は、以上で時間切れ。家に帰って猫にミルクを飲ませる。



【3日め】

3日めは妻が休みで、猫の世話をしてくれるから、4か所ほど回ることができた。
うちは共働きで、なつやすみの時期が家族で揃わないのだ。


ミンククジラの骨

田町のほうへ足をのばして、「港区立港郷土資料館」でクジラの骨にさわる。
いろいろなものにさわれるから、いちばん楽しかったと後で娘が言っていた。
スタンプが4個になったので、クリアファイルをもらった。

忠臣蔵の四十七士の絵札みたいなものがあり、討ち入りの装束を見て
小学生がしきりに感心していた。話は知らないから、絵が好きなんだろう。


芝5-28-4 港区立三田図書館4F
9:00~17:00 日・祝・第3木休
無料

明暦の大火で、どのへんまで江戸が焼けたかディスプレイされている。
けっこう広い範囲が火の海になって感慨深いものがあった。

続いて、近くにあるから「女性と仕事の未来館」にもスタンプ押してもらいにいく。
立派な建物なんだけど利用者が少なくて閑散としている。・・・呼び出しボタンを
押さないと、職員も出てこない。スタンプ5個でタオルハンカチをもらった。


ああ、野麦峠ですね。

明治から今日にいたるまで、女性の社会進出がいかに実現されてきたか
フィギュアでジオラマ展示されている。女工哀史あたりから始まっている。
新たな発見は特になし。強いて言えばスペースの無駄遣いを発見。


面白ければ見るけど・・・

フェミニズムのためなら、箱モノ行政に税金を注ぎ込んでもいいのだろうか?
いったい誰の発案で、こんな没個性的ミュージアムが作られることに?

「女性の社会進出のダークサイド」を表現した巨大な現代アートか。

「港区立港郷土資料館」が限られたスペースをうまく使って、意義のある展示を
していたのと対照的だった。場所を交代すれば公共の福祉になるのに。

もったいない・・・

展示スペースとは別のフロアも、このとおり。何フロアもあって、無駄無駄ッ!


芝5-35-3 9:30~21:00(日曜~17:30)
月休 無料

スタンプのおいてあるミュージアムは全部で22館。ラリーでもらえるグッズは
5館で一巡して、6館めからは繰り返しになる。モチベーションは下がるけど、
田町からJR山手線に乗って新橋へ。ポケモンのスタンプラリーやってる人が
電車にいっぱい乗っている。

「旧新橋停車場 鉄道歴史展示室」は、明治5年に開業した新橋停車場の外観が
当時の位置で再現された建物。


東新橋1-5-3 11:00~18:00
月休 無料

6個めのスタンプを受付のお姉さんが押してくれて、なかを見物すると意外に
ご年配のお客さんが多かった。

展示スペースに隣接して、ビアホールの「ライオン」がある。空いているので、
名所になってる銀座7丁目店が混んでいるときの避難場所に覚えておくと便利。


困ったときはここ

そこから見上げるビルにある「パナソニック電工 汐留ミュージアム」にも入る。
7個めのスタンプで、2個めのときと同じノートの色違いをもらった。

「ハンス・コパー展」をやっていて、出口付近にルオーの作品の小部屋があった。
ついでだから、パナソニックのショールームも見ていく。


コパーの陶芸人生をムービーで見る人々

スタンプラリーって初めてだけど、計3日で7館と無理をしていないのに
けっこう疲れた。グッズも一巡したし、もういいかな。台帳は持っておいて、
気が向いたときにスタンプなしで1館ずつ訪ねたら楽しいかも。


8/31までに、もう1回ぐらい?
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南米かっ!

2010-08-15 | Weblog
縄文時代、弥生時代、古墳時代の出土品をながめていて、こんなツボが
いきなり出てきたら誰だってビックリする。

世代によっては、『ハクション大魔王』のツボを思い出すかもしれないし、
お笑い好きならツッコミのひとつも入れたくなる。・・・「南米かっ!」

ペルーの古代(インカ帝国以前)の土器だと、倉敷考古館の案内に書いてある。
岡山県一帯の出土品を展示している、江戸時代の米倉を改装した建物になぜ
そのようなものがあるのか? まさか出土したわけではあるまい。


右から、カエル、ネコ・・・・・・左のあなたは、どちらサマ?

なにを見ても、「寄託された」としか書かれていない。・・・誰から? いつ? どうして?
米倉の屋根裏みたいなところで、蝉の声を聞きながら不思議に思いましたとさ。


カニさん・・・・・・ですよね?
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吉備津

2010-08-08 | Weblog
吉備津神社だけ、見て帰るつもりだった。(上のユニークな社がそれ↑)

吉備津には、倉敷から総社経由でも岡山経由でも各駅停車で数駅。
どちらから回ってもよかったんだけど岡山ゆきが先にきたからそれに乗った。

まさか、あんなものを目にするとは、まったく想像もしていなかった。


JR吉備線の吉備津駅の無人改札
を出て左。石灯籠で右折する。


石の鳥居がある参道を進むと・・・


吉備津神社の石段に白い献灯が。


どうしてツインなのか、縁起の解説をよく読んでもわからない。


ウルフ(千代の富士)が奉納してた。


絵馬の「祈願トンネル」もあったり。

いい神社だと思う。しかし、あんなものを目にするとは・・・というのは、
このあとサイクリングロードを見つけ、となりの駅の吉備津彦神社まで
山を回りこむように平坦な道を歩けるだろうと思い、猛暑の中を散歩して
たまたま出くわした「鼻ぐり塚」のことだ。


これが運命を狂わせた(?)サイクリングロードの案内MAP。


鬼の売り子ドンから飲み水を買う。


吉備路自転車道を歩きだすと・・・


「鼻ぐり塚→」という強気の看板!

鼻ぐり塚について
「かつてわが国の農村では、牛を飼い、田畑の耕作の労役などに使用していました。
牛は家族の一員のように大切に育てられました。その際、牛の鼻に穴をうがち、鼻輪
(鼻環、鼻ぐり)をはめ、それに縄を結んで使役していました。やがて牛は飼い主の手を
はなれて売りに出され、解体されて肉となり皮となりその最期を迎えます。牛はその
一生のすべてを人間のために尽くしてきたといえましょう」(なるほど)



「こうした牛の大恩に報いるため、死後残された鼻輪(鼻環、鼻ぐり)を牛の唯一の形見
として集めて浄祭することを福田海開祖中山通幽師が発願されたのであります。篤信の
方々のお力により全国から鼻輪は収集され、現在もその事業は続いています」(!)



「鼻ぐり塚はもと円墳であり、その墳丘上に鼻輪を積んでいます。石室内には真鍮製の
鼻輪を溶かして作った阿弥陀の宝号を刻印した金属板が安置されています。また、正面
には馬頭観世音菩薩を祀っています。昭和初年に塚が建立されて以来、現在までに
おさめられた鼻輪の数は七百万を超え、現在も畜類供養のため、春、鎮魂際を行って
おり、年間数万個の鼻輪が塚におさめられています」(計算合わなくない?)


「牛の大恩」に報いるための銅像。


豚は? 豚の像はどうしてあるの?


塚の裏まで牛の鼻輪でいっぱい。

なかなかインパクトのある「鼻ぐり塚」をあとにして、再びサイクリングロードを歩きだす。
地元風の父と娘が1組、地元風の男子中学生が1人、観光客らしい20代男性が1人と、
バックパッカー風の30代の外国人女性が1人、自転車で通るのを見かけた。


さすが岡山、消化栓にも桃ちゃん。


どこにでも変質者っているんだな。


自転車道ってか農道でしょ絶対!

吉備津彦神社に到着。なにやら「安政の大石灯籠」というのが自慢げに、「まさに日本一と
いわれている」と紹介されている。


近くまで行ったら、ちゃんと大きい。

吉備津神社と吉備津彦神社って名前が紛らわしいけど、地元の方は混乱しないのだろうか?
しないんだろうな。汗びっしょり。散歩らしい散歩だったような気がする。


こちらが吉備津彦神社になります。
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【速報】虹

2010-08-08 | Weblog
今朝、散歩していたら東京の空に虹がかかりました。

空が明るくなるにつれて虹は消えていきました。

以上、速報でした。
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倉敷

2010-08-06 | Weblog
岡山から、JR山陽本線の各駅停車に乗ると4つめが倉敷。・・・のはずが、
サンライナーという快速がやってきて、それに乗ったら次が倉敷だった。

なんでも美観地区というのがあるらしい。倉敷川に沿った街並みで、
駅からつづくアーケードを抜けると、こんなふうに姿を現わす。


ここからが倉敷の「美観地区」だ!

江戸のなごりも確かにあると思う。しかし、倉敷が紡績で栄えた明治の終わりから
大正、昭和の初め(戦前)までの、「明るい時代」の景観が保全されてるんだ。

そうした街並みは日本中どこにでもあるし、規模で比べたら倉敷は見劣りがする。
大原美術館が、美観地区の心臓になっているから、倉敷は異彩を放つんだ。


大原美術館の正面はギリシア風!

外観は、ヨーロッパとの行き来が頻繁になった今日の目にはニセモノに映るかも
しれないけれども、収蔵されたコレクションは正真正銘のホンモノだ。しかも、
バブル期にカネにものを言わせて買い叩いたのでなくて、同時代の目で選んだ
西洋美術コレクションってとこが実にイカス。児島虎次郎、大原孫三郎エライ。


円窓の外にはギリシア風の柱が!

米蔵を展示室に改装するなど、美術館そのものが美観地区の「お手本」なのだった。
さらに重要な点は、チケットを買った当日は美術館に出入り自由ってところ。

本館、分館、工芸・東洋館(←大原総一郎もエライ)と庭園に何度でも出入りできて、
この大原美術館の周辺に美観地区があるわけだから、憩いの場になるんだ。

官製の美術館では、なかなかこうは事が運ばない。


これは分館のトイレ前の中庭だ!

エル・グレコも、ゴーギャンも、モネも、ピカソも、白壁の蔵の町を歩きつつ、
何度でも、好きなだけ、常設だから1年中いつ訪ねても見ることができる。
そんな美術館なかなかない。世界的に有名になるわけだ。


橋という字がなんかちょっと変だ!

館内はもちろん飲食禁止だけど、お腹が空いたり喉が渇いたら、外に出て
食事もできるし、コーヒー飲んで物思いにふけることだって可能だ。


このカフェの名前は「エル・グレコ」!


「エル・グレコ」の中はこんな感じ!

あとはまあ、歩いていて印象に残ったのは、商店街のどの店も、小学生の習字を
店先に掲げていたことかな? これは全部の店がそうだった。


美観地区じゃなくてアーケードだけどね。「吉備津」につづく!

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岡山

2010-08-04 | Weblog
そもそもは、この本を読んだから岡山にいこうと思ったのだ。

『小林少年のモンゴル恐竜日記』・・・1998年の夏、モンゴルはゴビ砂漠の
発掘調査に、広報として同行した体験を現場でつづったWeb日記である。

翌年、岡山のタウン誌の別冊として上梓され、県内を中心に人気を博した。
当時30代だった小林少年は、もちろん現在40代。

ときのながれは早い。Web日記をモンゴルの砂漠から、衛星電話を通じて
更新していたころは、ブログもなかったし、かろうじて企業のホームページが
一般的になりつつあった程度。そう、各社コンテンツ作りが急務だった・・・

初めて自社の発掘調査に参加して、過酷な環境で、トラブルに巻き込まれながら
最新の技術(当時)を駆使してWeb日記を更新する様子は、ノンフィクションとしても
エンターテイメントとしても第一級。(ほめすぎ?)

小林少年(って呼んでいいかどうか微妙)の会社が、長年にわたって行ってきた
発掘と研究の成果がいま、「ようこそ恐竜ラボへ!」展として公開されている。

小林少年(って呼んでいいかどうか疑問)に案内してもらって、展示を見るのが
主な目的で岡山まで飛んできたのだった。

小林少年(って呼んじゃうから)は、「ラボへ!」展のPRのため、地元の放送局
RKBに生出演するということで、それが終わるまで市内をぶらぶらする。

路面電車は100円で乗車できる。

岡山城は黒塗りの城だから、烏城(うじょう)というんだって。宇喜多氏から
小早川氏、池田氏と城主が変わり、昭和20年に空襲で焼けたけど、昭和40年代に
復元されたそうな。(関係ないけど、江戸城も復元したらいいのに)


外人さんがピョンピョン跳びはねて
記念撮影してた。熱いのに元気だ!

「元祖きびだんご」の本店を訪ねると、隣も「元祖きびだんご」の本店だった。
どっちが先かなんて詮索はしない。(京都の一澤帆布と信三郎帆布のような
骨肉の争いを繰り広げていませんように!)


こちらは大手まんぢゅうの本店さん。甘いもの求めて市内をふらふら歩き回る
中年男性って、どうなんだろうか?

お家騒動もなさそうな、質実剛健、
品質本位、大手門愛といった感じ
の(?)さっぱりしたお店でした。


これが岡山名物、大手まんぢゅう!

さて、いよいよ「ようこそ恐竜ラボへ!」展の会場へ。JR岡山駅の正面にある
デジタルミュージアムを最大限に2フロア使って、8/18まで開催中。


この状態で埋まってるのを見つけて
発掘。生き埋めになったものか?


プテラノドンは着地すると、羽根を
こう折り畳んだらしい。(不便?)

発掘調査から研究まで一貫して行う林原生物化学研究所・林原自然科学博物館
ならではの展示方法で、恐竜化石の研究がどんな手順を踏むかよくわかる。


発掘現場はこんなふう。何も知らず
足元を見たらビックリするだろう。

名古屋、大阪、北九州、台湾、仙台をまわって、岡山で最後の展示になる。
残念ながら、東京じゃ見られない。岡山のみなさーん、恐竜が嫌いでなければ
8/18までの「ようこそ恐竜ラボへ!」展、絶対に見たほうがいいです!!


化石をうまく取り出すのに専用の
道具はない。めいめい工夫して、
使いやすい道具を準備する。

大型の草食恐竜サウロロフスの化石。ブロックに分けて岩石ごと、棺桶のような
モノリスという木箱につめて日本に持ち帰り、クリーニングという取り出し作業と
修復を並行させる。それから復元、レプリカ作り、研究と、時間のかかること!


発掘されてから15年、まだ研究が続いている。例えば右の
前脚には、肉食の恐竜に齧られたと思われる傷跡が多数!


鳥類が恐竜の子孫だという証拠の
足跡が見つかったという新聞記事。

このあと、本物のラボ(研究室)も訪ねて、作業現場を見学させていただいた。
撮影禁止だったけど、魚竜の化石と、猫の祖先の化石が興味深かった。


「恐竜ラボへ!」展は記念撮影OK。親子連れも撮りまくり!

岡山の後楽園、金沢の兼六園、水戸の偕楽園を、日本三名園というんですか?
いつのまにか三つとも訪れてしまった・・・。後楽園はこの時期、「幻想庭園」と
銘打って、夜間ライトアップして開園している。(9時まで)

その一角が、芝生の上にテーブルを並べたビアガーデンになっていて、
烏城を眺めながら涼めるようになっているのが素敵だった。


次回は「倉敷」です。(近日更新)
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出崎

2010-08-02 | Weblog
糖転移ヘスペリジンについて取材したときお世話になった岡山の会社、
林原の広報の方が「機会があったら岡山に来てください」とおっしゃるので、
休暇を利用して本当にいってきた。ついでに散歩もしてきたよ。

本社は岡山駅前(に東京ドームぐらいの敷地を有している!)だが、
その他にも工場や研究所や文化施設が市内に点在している。

上の写真は、岡山市街からクルマで30分ほどのところにある
出崎という半島に設けられた、犬のためのビーチ。

この半島の95%は林原の所有地だと、クルマを運転しながら
広報の方がいった。ぼくが結婚適齢期の女性だったら惚れるかも
しれないが、残念ながら、ぼくはオッサンだよ・・・・・・。


国内初? 出崎ドッグ専用ビーチ。

人間のビーチも隣にあるが、地形が入江になっていてお互い見えない。
自家用車が普及する以前は、出崎まで岡山から船便がでたという。
のどかで、いい話だと思う。


ドッグビーチは、入って左が「中・大型犬」。


右が「小型犬」だ。縄張り争い回避だろうか?

中・大型犬は喜んで、波打ち際を駆け回ってる。海に入って「犬かき」で泳ぐ
勇猛な犬もチラホラ見られる。それに比べて小型犬ったら・・・・・・・


撮影失敗(これは中型犬)。

小型犬は時々、おぼれることがあるので、ライフジャケットをレンタルで
着用させてもらっている。にもかかわらず波打ち際にあまり近寄らないで、
セレブのように日光浴されるのがお好みの様子だ。


海になかなか入らない小型犬。

入江の少し先に、類人猿研究センター(予約見学制)がある。
チンパンジーがグループで生活する様子を研究しているのだそうだ。

類人猿の研究というと、研究者と研究対象(の類人猿)が1対1という
ケースが多く、群れの生態をまるごと観察できるようになっているのは
この施設ぐらいかもと、主席研究員さんが話してくれた。


類人猿には、群れはあるが家族は
ないという。それでは、人間は?

「チンパンジーは海水浴するんですか?」
「たぶん泳げないと思うんですよ。筋肉がありすぎて沈むから」
「体脂肪率そんなに低いんですか、海が近いのに・・・・・・」
「赤ちゃんで3%、大人が肥満しても10%いくかどうか」
「筋肉の固まりなんですね、人間が筋トレしても勝てっこない」
「それは樹上で生活してるわけですからね」

研究員さんは、好奇心旺盛な子供の猿みたいにキレイな目をしていた。
チンパンジーを「1人」「2人」「あの人」「この人」と、人間待遇しているのが
印象に残った。類人猿は、ほとんど人間なのである。


なんとチンパンジーは、ヒトよりも後に系統が分かれた。

人間って一体なんだろうって、始発電車が動くまで(?)語り明かしたい
ような気分になったが、そういうわけにもいかない。

いつか『ターザン』で取材にきたいと内心思いつつ、ロイ、ジャンバ、
さよならね! またくるから元気でね。寿命50年なら、たぶん、
これから君たちのほうが長生きするだろう。

類人猿研究センターを後にして、糖転移ヘスペリジンやトレハロース、
インターフェロンなどの研究・開発施設を見学した。どこを撮影しても
構わないそうだが、そういわれると、こういうのしか撮れないの。


ヒトの細胞を増殖させて冷凍保存し、
研究用に無償提供してる細胞バンク。

お仕事っぽい話は、「散歩ブログ」だから割愛。そのかわり余談をひとつ。

「カラオケボックス発祥の地が、岡山だって聞いたんですけど?」
「あぁ、そうです。この研究所の近くです」
「コンテナ積んで、本当に《ボックス》だったとか・・・・・・」
「えぇ、学生のとき歌いましたよ」
「20年ちょっと前ですね」

カラオケ好きとしては聖地エルサレムにようやくたどり着いた心境。
リチャード獅子心王をたたえる、歌姫ケイト・ブッシュの名曲
「OH ENGLAND MY LIONHEART」を口ずさむのを、
ぐっとこらえるのだった。


「岡山」につづく。(近日更新)
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