特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

肉親の情

2022-09-01 08:45:44 | 腐乱死体
まだまだ残暑が厳しい中、二~三日前、秋が来たことを勘違いさせるような涼しい日が二日続いた。
もちろん、身体を動かせば汗はかくものの、随分と楽だった。
しかし、昨日から、再び真夏日に。
おとなしくしていたセミも復活。
これまで、何十回も夏を過ごしているが、これほどセミの鳴き声が苦痛だった夏はない。
それだけ、メンタルが弱っているのだろう。
 
それでも、今日から九月。
八月三十一日と九月一日では、たった一日しか違わないし、気温・湿度も大差はないのだが、気分的には大きな違いがある。
「夏が終わり秋になった」といった感が強く、「これからは涼しくなる一方」だと思えて、ホッとするものがあるのだ。
 
ただ、コロナ七波を見ると、そう呑気なことも言っていられない。
六波までは身近なところに感染者はでなかったのだが、とうとう、七波になって感染者がでてしまった。
世の中を見渡しても、減少傾向にあるとはいえ、感染者数は高止まり。
とりわけ、死者数は「一日200人台~300人台」と、かなり多い。
何日か前には、過去最悪を更新。
わずか三日~四日の間で1000もの人が亡くなっているわけで、恐ろしさを通り越して、悪い夢でもみているような気分である。
 
最近も、基礎疾患のない10代の死亡事例が発生したりもして、「若いから」といって油断はならない。
ただ、やはり、死亡者の多くは高齢者。
そうなってくると、高齢の両親が心配。
とりわけ、母は、この夏でだいぶ弱ってしまった。
食欲が落ち、かなり痩せてしまい、体力も落ちたよう。
コロナに感染したらどうなるかわかっているらしく、感染対策にも、かなり神経を使っているよう。
「会いに来てくれたら嬉しいけど・・・来てほしいような、ほしくないような・・・」
そんなことを言っている。
私の方も、会いに行きたいけど、万が一にでもコロナを持って行ってしまったら、元も子もない。
「先が短いのだから、会えるうちに会っておかないと」といった気持ちが強い中で、躊躇いがある。
 
幼少期からこの歳になるまで、母とは、決して「良好!」と言える関係ではなかった。
子供の頃は、暴言を吐かれることも日常茶飯事で、暴力をふるわれたことも幾度となくある。
大人になってからも、何かにつけ大喧嘩を繰り返す始末。
「もう、一生、会わなくてもかまわない!」と絶交したことも何度もあった。
が、母だって、ただの人間。
短所や弱点をはじめ、悪性や愚性もある。
もちろん、私だって同じ。
母ばかりを責められたものではない。
ただ、もう、何もかも過ぎた話。
いよいよ、死別が近いことが感じられてくると、「あとは、仲良く平和な関係でいたい」「少しでも親孝行したい」といった気持ちが強くなっている。
とにかく、最期くらいは、“マトモな息子”でいたいのである。
 
 
 
「管理しているマンションで孤独死が発生」
「死後、半年以上が経過」
「とりあえず、中を見てほしい」
と、とある不動産管理会社から連絡が入った。
「遺族も来る」
とのことで、私・担当者・遺族、三者の都合を調整。
数日後に現地調査の日時を設定した。
 
約束の時間より早く到着した私は、マンションのエントランス前へ。
すると、そこには、手荷物を持った初老の男性がポツンと一人。
落ち着かない様子で周囲をキョロキョロ見回している様子から、それが遺族であることを直感した私は、
「〇〇さん(遺族名)ですか?」
と声を掛けてみた。
そして、
「そうです・・・」
と、戸惑いがちに応える男性に
「片付けの調査に来た業者です」
と、名刺を差し出した。
そして、黙ったままいるのも気マズイので、適当に雑談。
男性も、誰かと喋っていた方が落ち着くのか、ソワソワの種を吐き出すかのように多弁に。
訊いたわけでもないのだが、事の経緯と、身内の事情を話し始めた。
 
男性は、故人の弟。
今回の件で、はるばる遠い地方から上京。
故人と最後に会ったのは三十年も前のことで、まったく疎遠な関係。
電話はおろか、年賀状のやりとりもせず、音信不通のまま。
血を分けた兄弟ながらも、どこでどのように暮らしているかも知らなかった。
 
そんなところで、突然、警察から訃報が舞い込んできた。
しかも、孤独死で、長い間そのまま放置。
それだけでも、充分に嫌悪される理由になるのだが、それだけではなく故人は疎まれた。
男性には妻子があり、老齢の姉や妹もいたが、皆、口を揃えて、
「“身内”といっても事実上はアカの他人!」「関わらない方がいい!」
と言うばかりで、腰を上げようとする者はおらず。
事実、親族一同、マンション契約の保証人になっている者や身元引受人になっている者はおらず、また、故人と付き合いのあった者もおらず。
しかし、男性は、兄弟としての情が捨てきれず、「何かできることがあれば」と、とりあえず やってきたのだった。
 
現場にやってきた経緯について一通りの事情を聞き終わった頃、管理会社の担当者は、約束の時間を少し遅れて現れた。
そして、早急に、特殊清掃・消臭消毒の見積を作って男性(遺族)と交渉するよう私に要請し、男性にもそれに応じるよう要請。
そもそも、担当者自身、部屋に入りたくない上、法的責任のない男性との交渉が難航することも予想され、“とりあえずは、業者(私)と遺族(男性)を直接やりとりさせた方がスムーズに事が運ぶかも”と考えてのことのようだった。
 
しかし、現実に起こっている事は、そんなにすんなり片付けられるほど甘いものではなかった。
部屋の汚損は重症。
ウジもハエもとっくにいなくなり、床一面には、“おがくず”のようになった遺体カスが広がり、遺体は、ほぼ白骨化していたことがハッキリとうかがえた。
もちろん、高濃度の悪臭が充満し、置いてある家財はもちろん、内装建材・設備も全滅。
そうなると、特殊清掃・家財処分・消臭消毒だけでも相応の費用がかかる。
しかも、それだけで、部屋は人が暮らせる状態に戻るわけはなく、別に大がかりな改修工事が必要。
残念なことに、当室に残せる内装設備はほとんどなく、床・壁・天井・建具・収納・水周設備等々、丸ごと造り換えないと復旧できない状態。
そんな原状回復工事には、何百万円もの費用がかかることが想定された。
 
概算ながら、そのことを伝えると、男性は
「私も姉も妹も、皆、年金生活ですし・・・」
「そんな金額、とても払うことはできません・・・」
「もともと、身内は皆“相続放棄する”と言ってますし・・・」
と、申し訳なさそうにうな垂れた。
 
「相続放棄」という言葉を聞いた担当者は不愉快そうな顔に。
こういった事案では、大家側に立って仕事をするのが管理会社の役目だから仕方がない。
そうは言っても、男性に後始末を負うべき義務はなく、男性に後始末を負わせる権利もない。
ただただ、「大家さんのことも考えていただけないですか?」と、情に訴えるしかなく、それが通じなければ諦めるしかない。
商売上のことを考えると、私が管理会社を敵に回すことは得策ではなく、つまりは、忖度によって担当者(大家)側に立った物言いをすることが求められ、なかなか難しい立ち位置に立たされるのだが、男性が訊いてくることに対してウソをついても仕方がない。
あと、故人が、部屋の補償ができるくらいの財産を持っていればよかったのだが、遺産らしい遺産もなし。
結局、話の展開は、男性が尻込みするような結果になり、男性の、
「もう一度、皆で話し合って結論を出します」
という言葉をもって、その場はお開きとなった。
 
無論、大家は、孤独・自殺をはじめ、ゴミ部屋・ペット部屋等にリスクがあることは承知した上で不動産経営をしているはず。
そうは言っても、どことなく「他人事」「自分には起こらないこと」といった甘い考えを持っている大家も少なくないはず。
しかし、実際に事が起こった場合、借主側が負担しないとなると、大家が負担するしかない。
大金をかけて改修工事をするか、最低限の処理だけして空室のまま放っておくか、見込まれる家賃収入と復旧費用を天秤にかけて思案。
しかも、内装設備を新品にしても、この部屋が瑕疵物件であることに変わりはなく、家賃も相場より下げなければならず収益性は下がるわけで、気の毒ではあるが、大家としても難しい選択を迫られるのである。
 
 
現場で別れて数日後、男性から電話が入った。
「部屋の片づけくらいは、こっちの負担でやろうと思ってたんですけど、その後のことまでは、ちょっとね・・・」
結局、男性は、自分の妻・息子・娘をはじめ、姉・妹・甥・姪たちからの強い反対にあい、故人の始末の一切から手を引くことにしたそう。
私が、これまで経験した案件の中には、「ゴミになるばかりの家財を処分することは故人の財産に手をつけたことにならないから相続放棄に抵触しない」といったケースもあったが、その判断は、事案の中身や弁護士等の見解により微妙なところで分かれる。
当然、遺族側にリスクがないわけではなく、つまりは、「故人(部屋)の後始末をする」ということが、遺産の相続放棄に抵触する可能性が否定しきれず、「良かれ」と思ってやったことが災いの種にもなりかねない。
それを考えると、「一切から手を引く」という結論は、至って合理的なものだった。
 
「嫌味を言われましたけどね・・・」
やはり、管理会社には、かなり気分を悪くされたそう。
「やはり、そうですか・・・」
恨みはないながら、苦虫を嚙み潰したような担当者の顔が思い浮かぶようだった。
「色々と動いていただいたのに、申し訳ありません・・・」
と、男性は私に謝罪。
「いえいえ、現地調査に行っただけのことですから、謝っていただくほどのことじゃありませんよ」
と、私は恐縮。
「しかし、あんな部屋に入って、色々調べてもらって・・・」
男性は、クサ~い!ウ〇コ男に変身して部屋から出てきた、あの日の私を思い出してくれているようだった。
「そう言っていただけるとありがたいです」
私は、気遣ってもらえただけで嬉しかった。
 
男性は男二人・女二人の兄弟姉妹で、子供の頃、男性と故人は仲が良かった。
歳も近く、兄弟ながらも親友のようでもあった。
そんな幼少期のことが、今でも、いい想い出になっているそう。
また、そんな男性には、とりわけ、心に刻まれている出来事があった。
 
幼い頃、ちょっとしたイタズラをして親に叱られたことがあり、罰として、その月の小遣いをもらえなくなったことがあった。
たった一か月分の小遣いとはいえ、男性にとっては大切なお金で、かなり落ち込んだ。
そんなとき、故人(兄)が「元気だせ!」と、自分の小遣いを半分くれた。
一度きりのことで、子供の小遣いだから金額も多くはなかったのだが、とにかく、その優しさとあたたかさが心に沁み、子供ながらに涙が出るような想いだった。
もう、随分と昔のことで、ほとんど忘れていた想い出なのに、兄の死を知ってから、自分でも不思議に思うくらい、そのことばかりが繰り返し脳裏に甦ってくるのだという。
男性にとって今回の動きは、その恩返しのつもりでもなかったのだろうけど、無意識のうちにその想い出が働いていたのかもしれなかった。
 
「でも、この件の放ったからといっても、お兄さんは何とも思ってないと思いますよ・・・」
私は、何の根拠もない、何の説得力もない、ありきたりのセリフしか吐けなかった。
「そうですかね・・・」
顔こそ見えなかったが、男性は、寂しげな表情を浮かべているに違いなかった。
「それどころか、ここまで心を配ってもらえて、嬉しく思ってるんじゃないですか?」
男性を慰めるつもりもなく、私は、何となくそう思った。
「だといいんですけどね・・・」
男性の表情が、少しだけ和んだように感じられた。
そして、その昔、情で繋がっていた兄弟と、時空を超えて再び情で繋がった兄弟に、自分のことのような嬉しさを覚えたのだった。
 
 
 
“歳の順”が好ましいのかもしれないけど、人は、歳の順に亡くなるとはかぎらない。
父より母の方が五歳若いのだが、身体の具合を考えると、父より母の方が先に逝きそうな予感がしている。
しかも、そう、遠くない将来に。
厳しかった母、大嫌いだった母・・・
優しかった母、大好きだった母・・・
その時は、心にポッカリと大きな穴が空くだろう。
涙もでないくらいの淋しさと、震えるくらいの心細さに襲われるだろう。
そうなったときの精神状態を想像すると恐ろしい。
 
苦い思い出も忘れたい思い出もたくさんあるけど、笑顔の想い出もたくさんある。
母がいなくなって後、元気を取り戻すまで時間はかかるだろうけど、それらを糧に、最後の力を振り絞ってがんばりたい。
私もそうありたいし、母もそれを望むはずだから。
 
“人生のラストスパート”
もう、間近なところに、その時期が迫ってきているのかもしれない。




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