特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

男はつらいよ

2015-11-24 09:05:49 | 特殊清掃 消臭消毒
「勤務先の店舗の脇に動物死骸らしきものがある」
「店の正面にまで異臭が漂っていて営業にも支障がではじめている」
「何とかできないか?」
ある日、会社にそんな電話が入った。

一口に「動物死骸」と言っても、その種類はまちまち。
犬もいれば、猫もいる。
ネズミであることもあり、珍しいところではハクビシンなんてこともある。
ただ、多いのは猫・・・圧倒的に猫が多い。

幸は不幸か、動物死骸の処理は、年に何回かは(何度も?)遭遇する。
だから、私にとって珍しい仕事ではない。
しかし、何度やっても慣れない。
身体は慣れても気持ちが慣れない。
腐乱死体現場の特掃等とは違い、死体そのものがあるわけで、それを始末する作業は、死痕の処理とは違った独特の重さがあるのだ。

生き物はいつか死ぬものだし、その肉体が腐っていくことも自然なこと。
誰もその摂理に逆らうことはできないわけで、それに従って受け入れるしかない。
しかし、すんなり受け入れられないこともある。
それは、実務に影響すること。
つまり、最期の場所や死骸の大きさ(重さ)、そして、腐敗レベル。
駐車場や庭先で死んでくれていれば楽なのだが、床下や天井裏だと厄介。
基本的に手作業であるため、天井や床に穴を開けないと作業ができないケースもある。
また、死骸が小型(軽量)であることに越したことはない。
人間も動物も、肉体が腐敗する過程で膨張するプロセスがあるので、あまり大きいと触る回数も増え、触っていなければならない時間も長くなるから(気持ち悪いから、できるだけ触りたくないわけ)。
もちろん、腐敗レベルは低いことが望ましい、これは説明するまでもないだろう。
腐敗レベルが高いと、私にとっても動物にとっても、相当、悲惨な作業になるから。

「死んでんのは、多分、猫だろうな・・・」
「周囲が臭ってるってことは、かなり腐ってるんだろうな・・・」
「あまりヒドくなきゃいいけどな・・・」
会社から連絡を受けた私は頭をブルーにしながら、誰と協議したわけでもないのに、その現場には自分が行くハメになること覚悟した。
それが我が社の“文化”“慣わし”かのように、いつの間にか、それが当然であるかのごとく私の役割になっているから(2015年4月15日「断腸」参照)。


出向いた現場は、とある店舗。
飲食店でも食料品店でもない物販店。
食品系の店じゃないのは幸いなことだったが、それでも、店先に漂う異臭は尋常ではなく、ライトブルーだった私の頭は次第にディープブルーに近づいていった。

訪問時、店内に客はおらず、男女数名のスタッフがいた。
私が何者であるかすぐにわかったようで、彼らは皆、珍しい生き物でも見るような視線を私に送ってきた。
私の応対にでてきたのは、その中でも一番若そうな男性A氏。
当社に電話してきたのは、そのA氏のようだった。

A氏は、挨拶もそこそこに私を外に連れ出し、建物の脇へ。
そこは、店と隣の建物の間にある、隣地との境界地。
人が通れるほどの幅はあったが、そこは通路ではなく、普段、人が立ち入る場所ではない。
地面には砂利が敷き詰められ、雑草が生い茂り、両側に迫る建物の陰で薄暗く、異臭とともに不気味な雰囲気が漂っていた。

「あそこにいるんですけど、見えます?」
A氏が指差した先には黒い影が。
遠目にみても何かしらの動物であることがわかった。
そして、鼻が感じる異臭の濃度は、腐敗レベルがMaxであることを示唆しており、私の気分を完全なブルーに染めた。


事が発覚したとき、店のスタッフは一様に気持ち悪がった。
同時に、どう収拾したらいいのかわからず当惑。
それで、始めに、行政のゴミ処理機関に相談してみた。
すると、すんなりと「回収可能」の回答が得られ、ホッと胸をなでおろした。
ところが、その回収作業は、肝心なところが抜けていた。
そこは私有地のため、死骸をゴミ袋に入れて封をし、店先まで運び出すところまでは店側がやるということ。
何事に対しても「役所」というところはそういうところで、困っていることを訴えても、その条件が変わることはなかった。

これには店側も困惑。
しかし、誰かがやらなければ、事態は悪化するばかり。
そうなると、当然、「誰がそれをやる?」ということに。
店には男女数名にスタッフが詰めていたが、志願する者は誰もおらず。
店内にイヤ~な空気が、店外にクサ~イ空気が漂う中、一人一人の思惑と場の雰囲気によって候補者は徐々に絞られていった。

「こんなの男の仕事に決まってるでしょ!」
多分、女性達はそう思っただろう。
「か弱い女性にそんな荒仕事をさせては男がすたる」
多分、男性達はそう思わなかっただろう。
それでも、男女を比べた場合、こういう類の役目は男が引き受けるのが社会通念上 自然。
それは男性達も理解しており、結果、男性達は渋々承諾。
そして、何人かいる男性の中から精鋭一人を選抜されることになった。

本来なら、役職をもった者や年上の者が率先してやるのが理想だけど、そんなプライドはここでは鳴りをひそめた。
「男らしいところをみせてやろう!」なんて考えはさらさらなく、「カッコ悪かろうが、部下や後輩に見下げられようが、無理なものは無理!」といった具合。
そんな中で指名されたのが、最も若く勤務歴も浅く職場での力もないA氏。
白羽の矢を避ける術を持たないA氏が、嫌な仕事を押し付けられたのだった。

A氏は、自分が選ばれたことに納得がいかず。
腹を立つやら悲しいやら。
が、残念ながら、その気持ちを誰かにぶつけられるような立場ではない。
拒否なんて選択肢はなく、葛藤の中、思いつくままの道具を揃えた。
そして、覚悟決めて死骸に向かってゆっくり近づいてみた。
すると、鼻を攻撃していた異臭は腹にまで到達し胃の中身が逆流しそうに。
更に、間近に迫った死骸の顔は自分の方を向いており、眼球のない恐ろしい形相が神経を直撃。
「無理!無理!絶対無理!」
恐れおののいたA氏は、自分の役目を放棄し、一目散にその場から逃げたのだった。


場所や状況によって異なるけど、動物死骸処理には万単位の費用がかかる。
現場に向かうだけでもガソリン代や高速道路代はかかるし、そのために何時間か拘束され作業費も発生する。
常識的に計算すれば数千円でやれるような仕事ではないことはすぐにわかるはず。
しかし、世の中には色々な感覚の持主がいる。
数千円どころか、無料だと思って電話してくる人も少なくない。
保健所等の行政機関による死骸処理と混同しているのか、はたまた動物愛護団体のボランティアだと思っているのかわからないが、そんなこと無料でやるわけがない。
それでも、中には、有料であることを伝えると、「お金とるの?」「なんで?」なんて、おかしなことを言う人もいる。
そして、無料ではできない理由(常識的に考えれば説明するまでもないこと)を説明すると不満げに電話を切る。
そんなときは、悪いことをしたわけでもないのに何だか悪いことをしたみたいな錯角に囚われ、気分の悪い思いをするのである。

この場合も同様。
電話の段階で概算費用を提示。
現場の状況によってある程度の料金変動もありうることも伝え、了承をもらえたため現地に出向いた。
ただ、当初、費用がかかることに店舗を経営管理する本社は難色を示していた。
本社は、状況の深刻さを理解していないうえ、「死骸をゴミ袋に入れるくらいのこと、店員の誰かができるだろ?」という考えだったから。
それでも、A氏は店長を説得し、自分達の手に負えない理由を本社に細かく説明。
やっとのことで、決済をもらい当社に電話をかけてきたのだった。


私は、この件にまつわる愚痴を色々と聞き、A死に同情。
嫌な仕事を押しつけられることが当り前のようになっている私は、男性の悲しい気持ちが痛いほどわかったから。
一方で、そんな状況にあっても、フフッと笑う自分がいた。
人が嫌がる仕事でも、それをやった者しか得られない人間的なメリット・・・ほんのちょっとかもしれないけど、努力・忍耐・挑戦の精神が育まれることを知っていたから、自然と笑みがこぼれたのだった。

しかし、笑ってばかりもいられない。
A氏に代わってその役を引き受けたのは、他でもなく私自身。
男としての気概もあったので、私は平穏でいられない気持ちを抑えて平静を装い、専用マスクとグローブを着け、スタスタと死骸の方へ。
そして、死骸のすぐ傍に立ち、自分の視覚を慣れさせるため、約一分 立ったまま死骸を見下ろし、次に約二~三分 しゃがんで注視。
そうして、自分の視覚と神経が、ある程度のレベルまでグロテスクな死骸に慣れるのを待った。
そして、その感覚がつかめたところで、作業をスタートした。

死骸は、やはり猫。
大型でも小型でもなく、並のサイズ。
ただ、何とか猫らしい風体を維持しているものの、腐敗はかなり進行しておりトロトロ状態。
不用意に動かすと不自然なかたちに変形することは明らかで、
「アハハ・・・こりゃ、モノ凄くいけないパターンだな・・・」
と、他に自分を慰める方法がなかった私は、笑える状況でもないのに思わず苦笑い。
そして、
「さてさて・・・これをどうするか・・・」
できるだけ触らなくて済むよう、できるだけ短時間で済むよう、作業手順を念入りに考えた。

モノ凄く気持ち悪いため、手で直に触るのは極力避けたい。
私は、手の代わりとなって汚れてくれる二種の道具をそれぞれ片手に持ち、道具を死骸に当てた。
それから、ゆっくりと持ち上げようとした。
しかし、フニャフニャの死骸を一体で浮かせるのはなかなか難しい。
手で直にやれば簡単なことなのに、ここでは、道具に頼ったことが裏目にでた。
慎重にやったつもりが、地面から浮きかけたところでバランスが崩れ、元の姿勢から反転して落下。

そして、仰向けになった猫は、
「ウァッ!!!!!!!」
と、私に男らしくない悲鳴を上げさせたのだった・・・

つづく


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