特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

クスクス

2016-08-29 08:05:44 | 特殊清掃 消臭消毒
晩夏、九月ももう目前。
台風頻発のせいか、朝晩は、明らかな秋の気配が感じられるようになっている。
もちろん、このまま秋へ一直線というわけにはいかず、この先 厳しい残暑に見舞われることもあるのだろうけど、とにもかくにも今年の夏も一段落ついた。

しかし、今年の夏は、例年に比べると暑さが楽だったように思う、
梅雨明けも遅かったし、その後も雨天・曇天が多く、猛暑日が長く続くこともなかった。
不安定な空模様で、空は晴れているのに、いきなりドシャ降りの雨が降ったり、何の前ぶれもなく雷鳴が響いたりしたことも多かった。
もちろん、酷暑にヒーヒー言わされたことはあったけど、それも散発。
例年だと、毎晩のようにクーラーをつけないと寝付けなかったように思うけど、今年は、扇風機だけでしのげた夜が何度もあった。

私は、車に乗っているときは、基本的にエアコン(冷房)は使わないのだが、耐え難い猛暑で走ったのはほんの数日だったように思う。
暑かったことは暑かったけど、あとは、少しの辛抱で乗りきれた。

ちなみに、その様を見た部外者から、
「エアコン使わないんですか?」
と訊かれたことがある。
暑いのにエアコンを使わないでいることが、変に見えるのだろう。
訊かれた私は、
「気持ちが萎えて、かえってキツい思いをしますから・・・」
と応えた。

涼を与え過ぎると、暑を避けようとする自分、暑から逃げようとする自分がでてくる。
すると、現場に入ることを億劫がる自分が生まれ、“効率”を名目に仕事の手を抜こうとする怠惰な(本来の)自分が生まれる。
そうして、堕落の一途をたどってしまう。
ストイックになりすぎるのもよくないけど、自分を甘やかして困るのは他でもなく自分。
ある程度の忍耐、自制をきかせるのは、結局、自分のためなのである。

もちろん、それは、自分一人で乗っている場合にかぎる。
誰かと乗っているときは、そんなことはしない。
「エアコンなしでいい?」
なんて、意味不明なことも言わない。
真夏にエアコンもつけないで車を走らせるなんて、同乗者にとっては極めて迷惑な話だし、常識的に考えて無理があるから。
だから、黙って自分も涼に身を置き、しばし自分を甘やかす。

自分を甘やかさない方法としては、先方切って現場に走ることも挙げられる。
また、できる限り、作業を一人でやりきることも。
何度も書いてきた通り、私の場合、特殊清掃作業は一人でやることがほとんど。
複数人でやるのは、広範囲に渡る血痕清掃や何十匹の動物死骸処理、大型家財・大量家財の処分くらい。
「一人でやるんですか!?」
と驚かれることも多いけど、人が一人亡くなったくらいの痕清掃は、ほとんどの場合 大の大人二人分の作業量はない。
ただ、人は、肉体作業の観点から驚くのではなく、メンタルな部分で驚くのだと思う。
「恐くないのか?」「一人で心細くないのか?」と。
凄惨な現場に対して、「恐い」「不気味」「気持ち悪い」等と思い、嫌悪するのだと思う。
私だって、一応(?)ただの人間だから、少なからずの嫌悪感や恐怖感は覚える。

それでも、私は、一人のほうが楽。
肉体的に少々キツい思いをしても、誰に気を使う必要もなく、自分のペース・自分のやり方で好きなようにできる。
誰かと組んだ場合、その者がやる気満々の動きをみせないとストレスがかかるし、楽しようとする姿勢が見えたりすると怒りさえ覚えてくるから。
結局、一人の方が、余計なストレスがかからず、仕事に集中できるのだ。


酷暑のある日、例によって、私は特掃の現場へ一人で出向いた。
現場は、マンションの上階一室。
その部屋の住人が孤独死し、一ヶ月近い時間の中で腐乱。
部屋には、おびただしい量の腐敗汚物が残留し、おびただしい数のウジ・ハエが発生。
同時に、“鼻を突く”どころの話ではないハイレベルな悪臭が腹をえぐってきた。

エアコンを使わない主義であっても、それは車の場合。
車は窓を全開にできる。
温風(ときに熱風)ながら、風が吹けば空気が通るし、走れば風が吹き込んでくる。
しかし、汚部屋の場合、窓は開けられない。
外への悪臭の漏洩やハエの飛散を防ぐために。
だから、風が吹き込むこともなければ、空気が流れることもない。
いわば、蒸風呂・サウナ状態。
さすがに、これでの作業は辛く、ときに危険。
ましてや、部屋には一人きり。
熱中症で倒れても、電話でもしないかぎり、すぐには気づかれない。
意識を失いでもしたら、自分が死体になってしまう。

したがって、許可があれば、エアコンを使わせてもらう。
ここでも、依頼者は、
「どうせ、エアコンは新品に交換しないとダメでしょうから、遠慮なく使って下さい」
と、猛暑の中、部屋に入る私に気を使ってくれた。

「エアコンが使えるなら、終わるまで中にいられるな・・・」
私は、そう思いながら作業をシミュレーション。
作業途中に部屋から出ないで済むよう、必要になりそうな備品・道具に漏れがないか頭の中で念入りに確認した。
そして、それら一式と多目の飲料を持って部屋に入った。

「うわッ!暑ッ!・・・とりあえずエアコンをつけるか・・・」
蒸し上げられた部屋の熱気に包まれた私は、腐敗痕を横目に、まずはエアコンのリモコンを探した。
しかし、それらしきモノはどこにも見当たらず。
故人も、普段からエアコンは使っていたはずなのに、目についたのはTVやDVDのリモコンだけ。
肝心のエアコンのリモコンはどこにも見えず。
私は、目の錯覚を疑いながら部屋のテーブル・ソファーから床一面を凝視し、リモコンを探した。

そうして、しばらく探し回ったが、結局、見つけることはできず。
本体に作動スイッチを探したが、それもなし。
時間ばかりが経過する中、そんなことばかりやっていては仕事にならない。
結局、私は、エアコンを使うことを諦めて、特掃作業にとりかかることに。
噴き出す汗で貼りつく作業服に動きづらさを感じながら、いつもにセオリーに従って作業を開始した。

そこは、ハンパじゃない暑さ。
汗は作業服だけでは吸いきれず、服の端からポタポタと滴り落ちた。
更に、作業を進めていくうちに心臓の鼓動は大きくなり、呼吸もやや困難に。
作業も山場を越え終盤になった頃、危険を感じた私は、一旦、外に出ることに。
作業途中に休憩を入れると気持ちが萎えるし、もう少し頑張れば終わるので、あまりそうしたくはなかったけど、そこは、そんなこと言っていられるほど甘い状況ではなかった。

そんな中、時間を見るため、私は壁にかかった時計を見上げた。
すると、あるモノが視界に。
それは、エアコンのリモコン。
リモコンは、どこかに紛れていたわけでもなく、隠されていたわけでもなく、柱に取り付けられたケースに収まっており、ずっと私の目に見えるところにあったのだ。
ただ、酷な作業を前に緊張していたのか、暑さから逃れようと焦っていたのか、または、引力に従った一種の先入観が働いたのか、私がそれに気づかなかっただけ。
私は、自分のマヌケさに呆れながら、
「こんなところにあったのか・・・」
「また一つ、訓練してもらったな・・・」
と、いらぬ酷暑の中で汗と脂にまみれた醜態をクスッと笑った。

リモコン発見によって、そのまま部屋で休息する手もでてきたが、部屋が不衛生極まりないことには変わりはない。
無臭の空気に触れたかったし冷たい飲み物も欲しかった私は、やはり外で休憩をとることにした。
が、私は、立派なウ○コ男に変身済み。
自分自身が腐乱死体になったごとく、凄まじい悪臭を放つわけで、エレベーターに乗ることはもちろん、共用廊下やエントランスを歩くこともままならず。
私は、廊下や階段に人気がないことを確認し、スプレー式の消臭剤を噴射しながら逃げる泥棒のように廊下を走り、非常階段を駆け降りた。


まず必要なのは、水分の補給。
冷えた飲み物を手に入れるには、どこかで買い求めるしかない。
しかし、当然、コンビニ等の店には入れない。
警察に通報こそされないだろうけど、店や他の客から顰蹙を買うことは必至。
となると、自販機で買うしかない。
私は、陽がジリジリと照りつける中にも涼を感じながら、また、きれいな空気で深呼吸をしながら自販機を探して歩いた。

自販機は近所にすぐに見つかった。
私は、周囲に誰もいないことを確認した上で自販機の前に立ち、スポーツドリンクと水を買うため財布から二本分の小銭をとりだして投入した。
すると、運の悪いことに、そこへいきなり自転車に乗った小学3~4年くらいの女の子が二人現れ 近寄ってきた。
そして、私の不安をよそに、自販機の脇に自転車をとめ、私の後ろに並んだ。

すると、私の不安は的中。
二人は、ハモるように、
「ウッ!クサイ!何!?コレ何!?」
と驚嘆の声をあげた。
そう・・・私が放つ、それまでに嗅いだことのない凄まじい悪臭が、二人の鼻を突いたのだ。
そして、その元が私であることはすぐにわかったみたいで、二人は驚愕の表情で、私の身体とお互いの顔に交互に視線をやった。
それは、私が放つ悪臭に驚き、その信じ難い現実が現実であることを確認するための自然の動作だった。

好奇の笑みでもいいから二人がクスッとでも笑ってくれれば 少しは気が楽だったのだが、二人はそんな余裕もない感じで強ばった表情。
その困惑ぶりを目の当たりにした私は、いたたまれない心境に。
そして、慌てて商品ボタンを連打。
飲料を持って さっさと自販機から離れたかったのだが、狭い受取口に二本が詰まり、なかなか取り出せず。
突き刺さる二人の視線が気を焦らせ、それが更に手をモタつかせ、あたふた あたふた。
その動きが、一層、私を異様に映したのだろう、二人は、私から距離を空けたところに退き、珍獣でも見るような目でその様を見ていた。

逃げるように自販機を後にした私は、罪人になったような気分で人気のない日陰を探し、そこに身を隠すように座った。
そして、買ってきた飲料二本を、むさぼるように飲み干した。
そうして、一息つきながら、
「あの子達・・・俺の話で盛り上がっただろうな・・・」
「家に帰って、家族にもハイテンションで話すかもな・・・」
と、私に近づいて目を丸くした女の子達を思い出してクスッと笑った。
一時だけでも、子供達の間で“伝説の悪臭怪人”になるかもしれないことがおかしかった。

惨めな気持ちにはならなかった。
寂しい気分にもならなかった。
ただ、おかしかった。
自分の姿がおかしかったのか、自分の生き様がおかしかったのか、そんな状況でも笑う自分がおかしかったのか、よくわからなかったけど、日々、つまらないことでクヨクヨしてしまうことがバカバカしく思えた ひと時だった。


普段から、私は、自分の境遇や愚弱さを嘆くことが多い。
だけど、凄惨な状況で、悲惨な姿で、辛い作業に従事している中でもクスッと笑える自分が ちょっとたけ頼もしく思える。
そして、そんな自分の人生が、ちょっとだけ喜ばしく思えて、またクスッと笑うのである。


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