特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

二人三脚

2015-11-17 08:47:19 | 遺品整理
遺品処理の問い合わせが入った。
電話の向こうの声は初老の女性。
上品な言葉遣いと穏やかな語り口。
日常において、私みたいな下世話な人間と関わることはなさそうな雰囲気の人だった。

そんな女性の用件はこう・・・
しばらく前に母親が死去。
それにともなって、遺品が大量に発生。
友人や知人の手を借りながら、かなりの物は処分。
ただ、家具等の大型重量物が手に負えない。
そこで、その処分をお願いしたい。
・・・というものだった。

問題の大型重量物は、たったの数点。
手間はかかるが、費用は行政の粗大ゴミ処分を利用したほうが安く済む。
その他の遺品は自分の手で処理したわけだから、粗大ゴミだってできないわけはないはず。
したがって、女性の用件は、仕事になる可能性が低いうえ、仮に仕事なったとしても少額の売上にしかならないことが容易に想像され、私は、いまいちやる気が起きなかった。

私は、遺品の内容を確認し、概算の費用を伝えた。
そして、「行政の粗大ゴミ処分を利用されたほうが費用も安く済むと思いますけど・・・」と、アドバイスして、この話を締めかけた。
しかし、女性は、私が提示した金額を「高い」とも「安い」とも言わず。
どうも予算が決まっていないみたいで、「とにかく、一度、見に来て欲しい」と言う。
私の頭は、金にならなそうな依頼に難色を示したが、「これも何かの縁」と考えをあらため、スケジュールは私の都合を優先させてもらうことを条件に、現地調査に出向くことを約束した。

訪れたのは、閑静な住宅街。
女性宅は、少々古かったが大きな建物。
その敷地はかなり広く、下世話な私は、すぐさま頭の中で不動産価格を算出。
「うあぁ・・・こりゃ結構な資産だな・・・」
「固定資産税もハンパじゃないだろうな・・・」
「でも、それが払えてるんだから、これ以上の資産があるんだろうな・・・」
等と、他人の懐事情を勝手に想像し、
「いいなぁ・・・どうやったらこういう生活ができるんだろう・・・」
と、羨ましく思った。

金持ちだろうがそうでなかろうが、かかる費用(売上)に差は生じないのに、金持ちが相手だと妙に卑屈になるクセがある私。
私は、電話のときとは別人のように作り声を高くし、インターフォンに話しかけた。
そして、傍のカメラに愛想笑いを浮かべ、ペコリと頭を下げた。

玄関を開けて出迎えてくれたのは、電話で話した依頼者。
声のとおり、初老の女性だった。
門扉をくぐって玄関を入ると、外見のとおり家の中も広々。
私は、くたびれた中年男には似合わないきれいなスリッパに足を入れ、招かれるまま一階の和室へ。
そこは、晩年の故人が過ごした部屋・・・故人が存在した跡がにわかに残る部屋・・・
細かなモノの多くは既に片付けられており、介護ベッドをはじめとする家具ばかりが目立つ整然とした部屋だった。

対象物が限定されていたので、検分は短時間で終了。
私が提示した費用は、電話で答えた金額とほぼ同額。
私は、再び「行政の粗大ゴミ処分のほうが安いと思いますけど・・・」と言いそうになったけど、女性の考えが「安けりゃいい」というものでないことが察せられたので、その言葉を呑み込んだ。

「やっぱりそれくらいかかっちゃうんですね・・・」
女性は、特に困った様子もなく、淡々としていた。
そして、
「今、お茶をだしますから・・・」
と、出した見積に可も不可も言わず、また私の都合も訊かず台所に向かった。

通常なら、テキトーなことを言って断るのだが、次の予定まで結構な間があった私は、すすめられるままリビングのソファーに腰をおろした。
話したいことが山ほどあるのか、話す時間が山ほどあるのか、お茶と菓子を運んできた女性は席に着くなり口を開き、お茶の前で切れていた話を続けた。

女性は70代。
処分対象のベッドを使っていたのは、100年近い天寿をまっとうし、ひと月余前に他界した女性の母親。
母親は、最期の数年、認知症を罹患。
ただ、暴力的な症状はなし。
また、足腰は丈夫で、寝たきりになったのは最期の数日のみ。
普段は、テレビを観たり手芸をやったりデイサービスに行ったりと、平穏に生活。
食べたい食事もハッキリ言い、トイレも自力。
付添人とシルバーカーがあれば外出もできていた。
そうはいっても、長い時間目を離すことはできず、生活上、女性の世話や介助は必要不可欠だった。

女性にとって、母親の世話は大変な重荷だった。
生活のリズムも、食事のメニューも母親中心。
何事も母親を最優先にしなければならず、自分のことは二の次 三の次に。
一人で自由気ままに外出することなんて、夢のまた夢。
デイサービスやショートステイを利用することはあっても、自分中心の自由を手にすることはできなかった。

心が折れそうになったとき、女性を支えたのに母親に対する恩義と長年の思い出。
幼少の頃から老年に至るまで、母親が自分にしてくれたことを一つ一つ思い出すと、折れかかった心は元通りになった。
そして、「最期まで面倒をみる」という決意と覚悟をあらたにすることができた。

そうして数年の時がたち・・・
母親が亡くなり、生活は一変。
女性は、肉体的な負担も精神的なプレッシャーも減り、時間や気持ちに余裕を持てるようにもなった。
生活の中心を母親から自分に戻すことができ、好きなときに好きなことができるようになった。
にも関わらず、心の支えを失ったかのような状態に陥り、心身に力が入らない・・・
葬式が終わってから一ヵ月間、何をするにも気力が涌かず、家で静かにしていることが多くなった。
受けた印象から察するに、「悲しい」「寂しい」とは違う何かが、「安堵」「気楽」とは違う何かが女性を覆っているように思えた。

母親の面倒をみた数年で、女性自身も歳をとり、身体も衰えた。
結果的に、貴重な時間の多くをそれに費やしてしまった。
それでも、女性に後悔はなかった。
それよりも、「最期まで面倒をみることができた」という達成感と誇りのほうがはるかに大きいよう。
そして、頑張り通せた自分を褒めているようでもあり、亡き母親に感謝しているようでもあった。

女性宅には男手がなかったため、結局、この商談は成立した。
ただ、片付けるモノが少ない分、売上も少額。
仕方がないことだが、金銭的には旨味の少ない仕事となってしまった。
しかし、それ以上に、人間の旨味を充分に味わわせてくれ、金のことばかり気にして窮々となりがちな自分の懐を厚くしてくれた仕事となったのだった。


人生は、ときにマラソンのようであり、障害物競走のようであり、また二人三脚で走るようなものでもある。
一人ならスマートに歩けそうに思えるし、はやく走ることだってできそうに思える。
それでも、人と人とは支えあって生きている・・・支えあわないと生きていけない。
そして、自分が前進するためには相手も前進させなくてはならない。

一方が倒れたら、手をかして起こす。
一方が遅かったら、それに合わせて歩を弱める。
人と息を合わせ、人と歩調を合わせ、人の立場を考え、人のことを思いやる。
そういう隣人愛を人は、「気遣い」とか「思いやり」とか「優しさ」等と呼ぶのだろう。
ただ、「自分は支えている側の人間」と思っていても、実のところ、それが自分に跳ね返って自分を支えているということもあると思う。
そして、人間とは、そういうかたちの歩みを必要とする生き物であり、その心は、そういう歩みを喜ぶようにできているのではないかと思う。

私は、狭い世界に生きている。
友人知人の数も極めて少ない。
しかし、直接的にしろ間接的にしろ、私を支えてくれている人は世の中にたくさんいる。
このブログひとつとってみてもそう。
陰気クサイ内容のクドイ文章にも関わらず、それでも読んでくれる人がいる。
そして、誰かが読んでくれるからこそ書くことができるし、そこに気持ちを込めることもできる。
・・・そう、これも、書き手と読み手、一対一の二人三脚で成り立っているもの。
そして、私にとっては、そのことが嬉しいし、楽しいし、ありがたいことなのである。

お互い、顔も名前も知らない相手との二人三脚。
心の荒波に翻弄されながらの二人三脚。
それでも、私には、読んでくれる人の存在が支えとなり、液晶画面のぬくもりが、そのまま、その向こう側にいる人のぬくもりのように感じられることがある。
だけど、向こう側の誰かの支えになれているかどうかはわからない。
しかし、そうなれることを願っている。
巡り巡って、それが、私自身をも前進させるのだから。

私=特掃隊長は、この実世界とインターネットの世界に片足ずつを入れている。
そして、ブログという紐で誰かと足を結び、一度きりの人生を、二度とない今日を共に闊歩したいと思っているのである。



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