特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

涙のニオイと涙色の汗

2010-08-14 17:29:40 | Weblog
夏休みをとっている人が多いのだろうか・・・
全般的に、首都高も空き気味で、車での移動が楽だ。
ただ、東京から放射する線は、朝には下りが、夕には上りが渋滞する。
これには注意が必要。
車でエアコンを使わない私の場合、長時間の渋滞は身体への負担が大きいから。

そう・・・私は、猛暑の中でも、一人で車に乗っているときは、ほとんどエアコンを使わない。
窓を全開に、湯(もとは水)をチビチビ補給しながら汗をカキカキ乗っている。
それでも、走っていると風があり、体感温度は少しは低く感じられる。
ただ、やはり、信号待ちや渋滞時はキツイ。
車中には熱気がこもるし、灼熱の太陽光に身を焦がされるから。
だから、信号待ちや街中のミニ渋滞は諦めるにしても、高速道路の大渋滞は避けて通りたいのである。

しかし、車中の暑さなんて、現場の暑さに比べたらまだ可愛いもの。
亡くなった人に失礼な言い方になるけど、腐乱死体現場はホントに臭い、汚い。
そして、この時季は暑い!のだ。
エアコンも使えず、窓も開けられずに作業することはザラにあるわけで・・・
あまりの暑さに、背中に悪寒が走り、皮膚に鳥肌が立ち、泣きが入りそうになることもある。

そんな現場では、熱中症に注意が必要。
作業していると、急に心臓がバクバクし始めるときがあるが、多分、これが黄色信号なのだろうと思う。
作業効率が落ちるし、おまけに、やる気まで落ちてくるから、頻繁に休憩をとるのは避けたいところだが、さすがに、現場で倒れたら洒落にならない。
体調を崩したら、周囲に大迷惑をかけてしまう。
ましてや、現場で命でも落とそうものなら・・・想像するだけで寒気がする。
だから、身体能力を超えた無理はしないようにしている。


ある日の午後、現地調査の依頼が入った。
電話をかけてきたのは故人の母親を名乗る女性。
緊急ではないながらも、その要請は早めの対応。
私はその日の予定を変更して、この現場を優先することにした。

女性は、携帯電話を持っておらず。
また、高齢のゆえに足腰が弱くなっていた。
更に、息子の孤独死による精神疲労も抱え、現場まで一人で行くことが困難であることは、想像に難くなく・・・
私は、現地でうまく待ち合わせることができなかったときのことを考え、とりあえず女性宅に向かうことにした。

到着した女性宅は、古い一軒家。
その外観に生活感はなく・・・
ひっそりと静まり返っており・・・
そこからは、女性が独居の身であることが伺えた。

インターフォンを鳴らすと、女性はすぐに応答。
準備万端で私が来るのを待っていたらしく、玄関ドアは間髪入れずに開いた。
そして、小柄な老年女性が、杖を片手に歩み出てきた。
私は、女性を介助しながら自分の車に乗せ、現場に向かって車を出発させた。

亡くなったのは女性の息子。
年齢は、40代。
体調を崩していたらしく、晩年は無職。
死因までは訊かなかったが、経験上から想像できるものがあった。

女性は、遺体を確認しておらず。
また、室内も見ておらず。
それが、警察からの忠告だった。
そのせいか、女性は家財の処分ばかりを気にして、ニオイや汚れのことは深刻には考えていなかった。

現場は、女性宅から車で15分程度のところにあるアパート。
目的の部屋は、二階の一室。
玄関に近づくまでもなく、その共有廊下には異臭が漂っていた。
そして、風向きによって、それは鼻を突くほどのものとなっていた。

このニオイは、遺体が発見される何日も前から漂っていた。
しかし、近隣住民は、異臭を感知するのみ。
異変を察知することはなかった。
結果、発見時には、遺体も部屋も深刻な状態に陥っていたのだった。

しかし、これはやむを得ないこと。
一般の人は、腐乱死体臭を嗅ぎ分けられるはずもないし、その状況も察知するほどの想像力も持ち合わせていないから。
そして、この想像力の限界が、遺体の発見を遅らせ、事態を深刻化させる一因にもなっているとしても、責められるべき人はいない。
本当に、仕方のないことなのである。

女性は、そのニオイに驚きの表情をみせながらも、半信半疑の様子。
そして、とりあえず部屋を見ることを希望。
私は、それに反対するつもりはなかったのだが、室内には玄関前で感じる何倍もの異臭が充満していることや、グロテスクな汚染があることを説明。
後の人生に後悔が残らないよう、女性に冷静な判断を促した。
しかし、女性は、それによって母親としての覚悟を決めたようで、結局、その意思を変えなかった。

玄関ドアを開けると、異臭熱気が噴出。
しかし、いくら暑くて臭いからと言っても、ドアを長く開けておくわけにはいかない。
悪臭やハエが近所の苦情を呼び、騒ぎが大きくなる可能性があるからだ。
そのため、私は急いで先に入り、それから女性を中へ促し、急いでドアを閉めた。

室内には、高濃度の悪臭と無数のウジ・ハエ。
更に、ベッドとその脇の床には日常にはない汚染。
その汚染痕からは、人型が見て取れ・・・
女性は、ハンカチを鼻口にあて、思いつめたようにそこ一点を凝視。
そして、呆然と目を見開いたまま、無言の涙を流した。

我々が部屋にいた時間は、ほんの数分。
しかし、服や髪には、濃い腐乱臭が付着。
腐乱臭をまとった二人が乗る帰りの車中は、異臭が充満。
外は夕刻になり、いくらか涼しさが感じられるようになったため、私達は、窓を開けて走ることにした。

「それにしても、大変なお仕事ですね・・・」
「まぁ・・・身体は、いつも、こんなニオイになっちゃいますね・・・」
「何とも言えない嫌なニオイですね・・・」
「えぇ・・・」
「こんなに臭うものなんですか?」
「そうですね・・・だいたいこんな感じが多いです・・・」
「悲しいものですね・・・」
「・・・」

「長くやっておられるんですか?」
「えぇ・・・○○年になります」
「偉いですね・・・」
「でも、なりゆきでやってるだけですから・・・」
「それでも、偉いですよ・・・」
「恐縮です・・・」
「辛いことも多いんじゃないですか?」
「それは、まぁ・・・そこそこは・・・」

「でも、頑張って下さいね」
「はい・・・頑張ります」
「お母さんは、ご健在でいらっしゃるの?」
「はい・・・病気はありますけど」
「子供が苦しんでいるのを見るのも辛いですけど、先に死なれるのはもっと辛いんですから、身体を大事にしてくださいね」
「はい・・・」
「息子にも、ホント、生きていてほしかったですよ・・・」
「・・・」

子に先に逝かれた女性の悲しみは、いかばかりか・・・
しかも、こんなかたちで・・・
全部をわかったようなことを書いてはいるけど、私ごときが想像できる痛みは、ほんの一部・・・
私は、横に座る女性の顔を見ることができなかったが、そこに涙のニオイを感じ、その後の作業で涙色の汗を流したのだった。




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