特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

二十年の壁・二十年の穴(後編)

2008-01-25 15:20:14 | Weblog
二十年という月日は、短くもあり長くもある。
それは、蘇る想い出によって変わってくる。
何はともあれ、子供を大人にし、若者を中年にし、中年を老人にするには充分の時間で、決して軽く流せることのできない時間であることに違いはない。

二十年前・・・私はまだ大学生だった。
社会的な責任も薄く、食べていくことのプレッシャーもなく、アルバイトに精をだし、勉学はそっちのけで楽しく過ごすことばかりに囚われて生きていたのを思い出す。

遡ると、後悔しきり。
「あの時、友達みたいに普通の企業に就職してたら、こんな苦しみを味わわなくて済んだかもなぁ」
なんて、どうしようもないことを考える。
もちろん、諦めきった空想なのだか、疲れて気分が落ちているときにはやりきれない思いに苛まれることもある。

普通の会社に就職していたら、土日祝祭日に休みがとれて盆暮・GWには長期休暇もある。
仕事の予定が立てられるから、人との約束も可能。
人に仕事の話をしたって、怖がられたり不気味がられたり、変人扱いされたり嫌悪されたりすることもないだろう。

しかし、今の現実(私)がこうなっているのは誰のせいでもない。
能力も精神力もない自分のせい。
色んな壁を避け、色んな穴に落ちてきた結果なのだ。

しかし、私は、この人生でしか得られないものが見えてきたような収穫感もある。
〝命〟とは何か、〝生きる〟とは何か、〝自分〟とは何か。
一見、考えても仕方がないことのように思えるかもしれないけど、得てみるとこの収穫は意外とデカいことを実感している。


愚痴話はこれくらいにして、現場の話を続けよう。

「実は、ここに住んでたのは私の息子なんです」
「え゛!?息子さん!?」
「恥ずかしながら・・・そうなんです」
「そうなんですかぁ」
「それが、こんなことをになってしまって・・・」
「・・・」
「息子もいい歳ですし、いつまでもこのままと言うわけにはいかないので、片付けることを私が強く勧めたんです」
「そうでしたか・・・」
大家の女性は、何かを諦めたような、力のない笑みを浮かべて、話を続けた。

「最初は会社の近くのアパートにいたんです」
「・・・」
「でも、最初の一年で部屋を床が見えなくなるくらいのゴミ溜にしてしまいまして・・・」
「・・・」
「大学もちゃんと出しましたし、名の知れた会社にも就職させて、ちゃんと育てたつもりだったんですけどね・・・」
「・・・」
「そんなことがあって、うちのアパートに入居させたわけなんです」
「なるほど・・・」
私は、話を聞いているうちに、この親子に難しい盲点があることを感じてきた。

「早く自立させた方がいいと思ってやったことなのに、結局、こんなことになってしまって・・・」
「それから、何年くらい経ちますか?
「もう、二十年になりますかね」
「に゛、二十年!?」
「ええ・・・」
「じゃぁ、部屋のゴミは二十年かけて溜められたということですか?」
「まぁ、それに近いです・・・息子は、私が干渉することを嫌いましてね・・・」
「・・・」
私は、何故か二十年前から今日にかけての自分の生き様を思い出し、得体の知れない何かに圧倒された。

本来は、現場調査(費用・作業内容)の報告は依頼者に対して行うものなのだが、本件の実の依頼者は女性のようだったので、私は女性に対してそれを行った。
すると、女性は即断で仕事を依頼してきた。

「床や壁をはじめ、内装はボロボロになっていると思いますよ」
「???」
「ゴミ屋敷の片付けは何度もやってきましたから、だいだいの想像はつくんです」
「そういうものですか・・・」
「とても、掃除でどうこうできるレベルではないはずです」
「・・・」
「原状回復には、内装工事が必要になると思いますよ」
「・・・」
「とにかく、まずはゴミを片付けないとどうにもなりませんよ」
「そうですね・・・大変でしょうけど、よろしくお願いします」
「承知しました」
仕事を引き受けたものの、ゴミの量を思い出した私は、やる前から疲労。
特掃魂の火は、燃え上がるどころかプスプスと燻った。

作業には3日の時間を要した。
運んでも運んでも減らないゴミに、何度も気持ちがくじけそうになったことは言うまでもない。
なにせ、溜まっているゴミは二十年物。
上の方のゴミはまだ手で拾えたのだが、下の方にいくと妙な湿気とともに腐敗が進んでおり、土木作業なみの道具と労力が必要になった。

「これが二階だったら、更にヤバイことになってたな」
DKは水回りが集中しており、ゴミの最下層は紙も衣類も汚泥状態。
床板も悪臭を放ちながら朽ち果て、濡れた紙のようにベロベロ。
梁の上を歩くように気をつけたのに、何度も落っこちた。

「畳が畳めるなんて、洒落にもなんないな」

奥の居室は和室で、DKに比べればマシだったものの畳もグニョグニョに腐敗。
持ち上げるとクルクルと畳めてしまうような状態だった。

「こりゃ、ひでーや」
壁も所々が腐り落ち、触った端からボロボロと崩壊。
一体、どこまで壊れていくものやら、全く読めない状態だった。

やっとのことで部屋を空っぽにできたとき、達成感よりも安堵感の方が強かった。
普段の感覚にはない荷が、私の肩から降りたのを感じた。
しかし、部屋の内装は当初の予想をはるかに越えて損傷。
他に住人のいない集合住宅でなければ、建て直した方がいいくらいに思えた。

「一応、請け負った作業は完了したので、部屋を確認して下さい」
「わかりました」
「ただ、危ないので玄関から覗いていただくしかできませんが」
「危ない?」
「ま、とりあえず行きましょう」
「はい・・・」
私は、女性を案内して玄関ドアを開けた。
同時に、女性は目をまるくして絶句。
ボロボロに腐った部屋は立ち入れる余地もなく、何をどうコメントしていいのかわからないみたいだった。

「とにかく、片付いて助かりました・・・ありがとうございます」
「どういたしまして」
「代金はすぐにお支払いしますから」
「大家さんが?」
「ええ」
「息子さんは?」
「無理無理、息子の給料は月々の生活費にも足りてませんから」
「そうですか・・・」
私は、この親子関係にちょっとした違和感を覚えたが、態度にはださないように気をつけた。

「〝子離れできない親〟〝親離れできない子〟か・・・」
「息子の自立を支援しているつもりが、実はその足を引っ張っている・・・」
「今更、それに気づいても手遅れかな・・・」
そんなことを考えつつ、私は現場を離れたのだった。


人に対する愛情や親切心、善意や善行は人のためばかりではない。
〝人のため〟と思っていても、自覚のないところで、自己満足度を高めさせるものでもある。
そして、それが、人生の壁をつくり落し穴を掘ることになることがある。

生きていくうえでは、どんな壁にぶち当たるかわからない。
どんな落とし穴が待ち受けているかわからない。
だからこそ、壁を乗り越える力と落とし穴を見つける眼力が大切になってくる。

若いうちにその力を育んでおけば、この親子もこうはならなかったかもしれない。
社会ピラミッドの最下段から、そんなことを考える私である。






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