特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

残された時間 ~中編~

2021-01-30 08:52:25 | 遺品整理
依頼者は、「余命二カ月を宣告された」とのこと。
そして、また、「できたら、ブログを書いている人に来てほしい」とのこと。
“ブログを書いている人”って・・・つまり、私のこと・・・
ただの仕事ではないことは依頼者と話すまでもなく明らかで、しかも“ご指名”ときた。
私は、慣れない依頼に、狼狽に似た戸惑いを覚えた。

が、まったく、自分らしい・・・
少しすると、今度は、いつもの悪い性質が頭をもたげてきた。
妙に気分が高揚、酒に酔ったときのように気持ちが大きくなってきた。
そこには、“誰かに頼りにされている”といった男気や、“誰かの役に立てるかも”といった喜びはなく、あったのは、“思い上がり”と“下衆の高ぶり”だけ。
「人の不幸は蜜の味」とまでは言わないけど、情けないことに、依頼者を思いやる優しい気持ちは小さく、珍事が起こったごとく、好奇心旺盛な野次馬が駆け回るばかりだった。

訊くまでもなく、女性はブログの読者。
しかも、“通りすがり”ではなく、多分、愛読者。
ということは、女性なりの“特掃隊長像”を持っているはず。
自分でいうのもなんだけど、「特掃隊長」って、欠点や短所を脇に置いてカッコつけるクセがある。
女性がイメージしているキャラクターと実際が大きく異なっていたら申し訳ないような気がして、野次馬は野次馬なりに、妙なプレッシャーがかかってきた。

想像するに、女性は、おそらく末期の癌患者・・・
しかも、「余命二カ月」ということは、かなり進行しているのだろう・・・
身も心もボロボロになっているかもしれない・・・
特掃隊長を指名してきた理由は何だろう・・・
“癒し”とか“励まし”とか、何かを求めてのことだろうか・・・

どちらにしろ、“余命二カ月”ということを知ってしまった以上は、「プレッシャーゼロ」というわけにはいかない。
“特掃隊長=私”、別に化けているわけじゃないから、化けの皮は剥がされようがないけど、女性の期待を蔑にする“裏切者”にはなりたくない。
私が冷酷非情な一面を持っているのは事実だけど、そこばかりに囚われて卑屈になっていては、女性が失望する側に人間が偏る。
結局のところ、明るく話せばいいのか、厳粛に落ち着いた感じで話せばいいのか、自分がブレまくり、どういったスタンスをもって電話をすればいいのか、固めることができず。
結局、私は、手が空いても、すぐに電話をかけることができなかった。

独りよがりでいつまで考えても、所詮は、私が特掃隊長で、特掃隊長は私。
ブログだって、他人が打った文字はこれまで一つもなく、今更、立派な男に化けようもない。
もともと、“特掃隊長=私”なんてダメ人間の代表格。
今更、気どる必要など どこにもないし、どんなに気どったってポンコツはポンコツ。
開き直った私は、小心者らしい不安を抱えたまま、素に近い自分で電話をかけた。


スマホを手元に置いて連絡を待っていたのか、女性はすぐに電話をとった。
神妙な心持ちでかけた私とは対照的に、思いのほか明るく、礼儀正しく丁寧な物腰。
重い病を患っていることは、言われなければわからないくらい、明るい声でハキハキとした口調。
そして、一通りの話がすんだ後、女性は、少し言いにくそうに、私が“特掃隊長”なのかどうかを訊いてきた。
私にウソをつく理由はなく、「そうです・・・そのようにご要望いただいたものですから・・・」と正直に答えた。

私が特掃隊長だとわかると、女性は、テンションを一段上げて喜んでくれた。
そして、自分がブログの昔からの愛読者であること、まさか自分が特掃隊長に仕事を依頼する立場になるなんて思っていなかったこと等々、興奮気味に話してくれた。
まるで、自分に 幸運が訪れたかのように・・・
私は、そんな女性に対して、声のトーンを落として応対。
短い会話だけでは、女性の真(心)の温度を想い計ることができなかったからである。

女性宅を訪問する日時を決めるにあたっては、「午前中は体調が整わないから、できたら午後にしてほしい」とのこと要望があった。
で、私は、次の日曜の午後を予定。
すると、女性は、「本来、日曜は休みなのでは?」「自分との面談より休暇を優先してほしい」と、心遣いをみせてくれた。
残された時間が二カ月とすると、たった一週間でも、その一割くらいを占める・・・そんな厳しい状況にも関わらず。
もう時間がない・・・日にちを空けることが躊躇われた私は、女性の心遣いに感謝しつつ「原則、年中無休だから大丈夫です」と返答した。

訪問予定の日まで四日の間があった。
その間、あまり経験したことのない出来事を前に、私の心持ちは、神妙なものに変わっていった。
そして、昼となく夜となく、私は、女性のことを考え、その心情を想った。
女性に関して知っていることは、氏名・住所、余命二カ月ということくらいで、顔も、年齢も、経歴も、何も知らないのに。
「残された時間が二カ月しかない」という現実は、ドライな私にも、それだけのインパクトを与えていたのだった。

「どんな心持ちだろう・・・」
「街や人は、どんな風に見えているだろうか・・・」
「空は、きれいだろうか・・・」
それが、ただの好奇心なのか、勝手な同情心なのか、独りよがりの感傷なのか、自分でもわからなかった・・・今でもわからない。
ただ、わずかでも、女性を思いやる気持ちが湧いており、そこには、自分らしくない、ある種の正義感があった。


12月13日 快晴、約束の日。
その日の午前中、私は、自分が片づけた腐乱死体現場跡を確認する仕事があった。
コロナウイルスは空気中を漂うだけでなく、服等にもついて移動するらしい。
自分が感染しないことはもちろん、女性宅にウイルスを持ち込んだら大変なことになる。
この身に腐乱死体臭はついてはいなかったが、私は、その現場を離れるとき、手指をキチンと消毒し、車の中で洗いたての作業服に着替えた。

約束の13:00の15分前、私は、女性が暮らすマンション近くのコインPに車を入れた。
そして、マスクを新品に交換し、手指を再度 念入りに消毒しながら、約束の時刻が近づくのを待った。
私は、ピッタリの時刻にインターフォンを押すつもりで、数分前に車を降り、ゆっくりと女性宅に向かった。
約束の時刻が迫ってくると、にわかに心臓がドキドキしはじめ、3Fへの階段を昇ると それは動悸にように不快なものに変わってきた。
自分が気弱な小心者であることは充分に承知しているけど、その類の緊張感を味わうのは滅多にないことだった。

私は、3分前の12:57に女性宅前に到着。
玄関を開ける前から心臓がドキドキするなんて・・・
どんな凄惨な現場に入るときも、そこまで緊張することはないのに・・・
「どんな男がやってくるのだろう・・・」と、女性は期待しているはず。
「俺に何ができるだろう・・・」と、私は不安に思っていた。

私には、余命短い女性を癒し励ますことができるほどの見識はない。
勇気や希望を与えることができるほどの力もない。
そんなこと充分にわかっていた。
しかし、どうしようもないプレッシャーを感じていた。
それは、偽善者でもダメ人間でも、少しはマトモな正義感が持てている証かもしれなかったが、そのときは、そんなことで自分を慰める余裕もなかった。

高ぶる気分を少しでも落ち着かせるため、私は、晴れ渡る青空に向かって深呼吸。
昔から、何かにつけ仰ぐ空に、そのときもまた助けを求めた。
それでも、なかなか心臓の鼓動はおさまらず。
自分に自信が持てない私にかかるプレッシャーも なかなかのもの。
結局、その間に耐えきれなくなり、私は13:00になるのを待たず、12:58、意を決して力が入りきらない指に勢いをつけてインターフォンを押した。                       


約束の時刻が迫る中で待ち構えていたのか、女性は、すぐに玄関を開けてくれた。
「はじめまして・・・」と言いながらも、親しい友人を出迎えたときのようなフレンドリーな雰囲気。
そして、「お待ちしてました・・・」と、イソイソとスリッパをすすめてくれた。
一方の私も、多少はドギマギしていたものの、半分は古い友人に会うような感覚。
「こんにちは・・・」と、マスクの下で社交辞令的な笑顔をつくり、部屋へあがらせてもらった。

訪問の目的は、“遺品整理の見積調査”。
とはいえ、事実上、それは「付録」みたいなもの。
“面談”が、女性の真の依頼であり、目的であった。
そうは言っても、見積調査を放っておくわけにはいかず、そそくさと家財を確認。
部屋は1Kの賃貸マンション、お世辞にも「広い」とは言えず・・・ハッキリ言えば「狭く」、更に、余命を意識してかどうか、家財の量も少なく、見分作業は ものの数分で終わった。

見分作業が終わると、女性は私に椅子をすすめ、自分は「いつもここに座ってるんです」と、使い古されたソファーに腰をおろした。
いつもそうなのか、寒い外からやってくる私に気をつかってか、暖房がきいた部屋は とても暖かく、やや暑いくらい。
しかも、その日は快晴で、私の左側の窓からは明るい陽光が射しこんでいた。
少し暑かったし、“密”になるのを避けたかった私は、窓を少し開けて換気してもらおうかとも思ったけど、風邪でも引かれたら困るのでやめておいた。
何はともあれ、天気のいい穏やかな日曜の昼下がりだった。


はじめ、女性は、熱いお茶を入れてくれた。
私は、それに口をつけるかどうか迷った。
重々気をつけてはいるし、自覚症状はないけど、PCR検査は受けておらず、私がコロナウイルスをもっていない保証はどこにもない。
茶碗にウイルスが付着して、それに女性が感染でもしたらマズイと考えたのだ。
しかし、缶やペットボトルならいざ知らず、せっかく入れてもらったお茶に口をつけないのは失礼だし、しばらく手をつけないでいると「どうぞ」と二度すすめられたので、結局、ウイルスのことは考えないで普通にいただくことにした。

初対面なのだから「当然」といえば当然か。
揉め事の解決や難しい商談をしに来たわけでもないのに、はじめは、何とも落ち着かず。
どんな態度で、どんな温度で、何をどう話せばいいのか・・・
ナーバスになっているかもしれない女性にとっては、私が吐く何気ない言葉が、デリカシーのない暴言になる可能性だってある
だから、当初は、女性の様子をうかがいながら頭に浮かぶ単語を慎重に選び、ややビクビクしながら言葉を発した。

そしてまた、目も口ほどにものを言う。
顔の半分はマスクで隠れているから、表情はつかみにくいけど、その分、“目の色”の変化は鮮明に表れる。
曇らせたり、驚いたり、引きつらせたり、険しくしたり・・・女性の余生を暗くするために来たのではないのだから、女性の心持ちにそぐわない目の色を浮かべてしまってはよろしくない。
私は、口から出す言葉だけではなく、自分の目の色にまで神経を尖らせた。
そして、お茶を飲むためマスクを外すときは、似合いもしない柔和な顔をあえてつくった。


女性は、このブログ初期からの愛読者で、実によく読み込んでくれていた。
気が向いたときに気が向いた記事だけ“つまみ読み”してもらっても充分なのに、すべてに目を通してくれているよう。
書いた本人でも忘れているようなこともシッカリ憶えてくれており、例年、冬の時季、私が調子を崩すこともわかってくれていた。
それで、自分の病気をそっちのけで、「大丈夫ですか?」と心配してくれた。
そして、普通なら「大丈夫です!」と言うべきところ、私は、「実は、あまり大丈夫じゃないんです・・・」と、バカ正直に答えてしまった。

そういうときは、ウソでも何でも「大丈夫です!」と明るく応えるべきだろう。
「大丈夫じゃない・・・」なんて言われたら、招いた女性も気を遣うし、気マズい思いをする。
ましてや、大きな病を抱えているのは女性の方で、「大丈夫じゃない」というのは、本来、女性のセリフ。
吐く言葉には細心の注意を払うつもりでいたのに、しょっぱなからしくじった。
私は、どんなときも自己中心的な自分に対し、マスクの下で小さな溜息をついた。

女性は、ブログを愛読してくれているだけではなく、“特掃隊長”のことをやけに気に入ってくれていた。
私の何かを勘違いしているのだろう、「前からの大ファン!」とのこと。
やたらと特掃隊長を褒めてくれ、賞賛してくれ、「カッコいい!」と持ちあげてくれた。
また、野次馬根性で訪問したにも関わらず、私と顔を会わせたことも大いに喜んでくれた。
その、はしゃぎようといったら、“残された時間が少ない・・・”といった切迫感を忘れさせるくらいのものだった。


この私、性格は暗く 内向的、人付き合いも下手なうえ苦手。
しかし、女性はその真逆。
明るく社交的な人柄。
誰とでも、親しく上手に付き合えるような感じ。
私は、人に褒められる喜びと、自分は持ちえない明るさに惹かれつつ、女性が醸し出すWelcomeな雰囲気に、温泉にでも浸かっているような心地よさを覚えた。

そんな女性の人柄と、自分の苦境を他人事のように話す明るい語り口によって、張りつめていた緊張の糸はみるみるうちに緩んでいった。
結局、色々と神経を尖らせ、気を遣っていた私が“素”で会話できるようになるまで、そんなに時間はかからなかった。
場の雰囲気に酔ってしまったのか、気をよくした私は、まるで酒に酔ったときのように饒舌に。
自分が話すことより女性の話を聴くことを心掛けつつも、聴き上手の女性を相手にすると、どうしても多弁に。
そう簡単には、自己中心的な性格は直らないのだった。

私を必要としてくれ、私の存在を喜んでくれ、こんなブログが女性の生き方に良い影響を与えているなんて・・・
おだてられる一方の私は、表向きは恐縮至極、内面は鼻高々。
照れくさいやら、恥ずかしいやら・・・
同時に、それは、とても嬉しく、とてもありがたく、少し誇らしくも思えることだった。
ただ、その後、話題は、向かうべきところに向かっていき、女性を泣かせてしまう場面もあったのだった。
つづく


特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949

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