特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

残された時間 ~前編~

2021-01-26 08:37:10 | 遺品整理
もう時間がない・・・
今夏に予定されている東京オリンピック、コロナ禍のせいで盛り上がりに欠けている・・・国民の関心が著しく薄れているのは明らか。
街には、開催を諦める空気が充満、再延期や中止を求める声も多くなっている。
いや・・・もっと言うと、もう、どうでもいい・・・今では、人々の関心はコロナと経済に集中し、オリンピックなんて何処吹く風。
それは、日本だけにとどまらず、世界中に広がりつつある。

もう半年しかないという段階でも、コロナ禍は一向に治まる気配はなく、悪化の一途をたどっている。
世界に目を向ければ、欧米の状況は、我が国よりも更に悪い。
国によっては、突貫工事のごとくワクチンが乱打されているけど、仮に、これがうまくいったとしても、全体的な効果がでるには一年も二年もかかるらしい。
こんな状況で、どうやってオリンピックが開催できるというのか・・・
出場予定の選手や関係者には気の毒なことではあるけど、どこからどう見ても無理。

“お偉いさん”達に、庶民にはわからない大人の事情があるのはわかる。
それぞれに立場(利権?)があり、表立って、開催に否定的な発言ができないのもわかる。
しかし、決断力や指導力、頼もしさや潔さがなさすぎる。
“国の祭”より、“国民の命”“国民の生活”の方が大切なのは、わかりきったこと。
はたして、こんな状況で無理矢理に開催したオリンピックが、楽しいものになるだろうか、喜ばしいものになるだろうか、弱っている人達が勇気づけられたり、困っている人達が癒されたりするだろうか・・・はなはだ疑問である。

いつみても虚ろな目をしている総理の言葉は、他人が書いた学芸会のセリフのようで、力強さや熱もなく、魂や志も感じず、信念やビジョンもみえない。
国が右往左往、迷走する中で強引に開催しようものなら、思いもよらないしっぺ返しがくるはず。
そして、そんな愚策によって、真っ先に犠牲になるのは、下々にいる身体的・社会的・経済的弱者であり、また、医療従事者やエッセンシャルワーカーの人達。
金や利権、権力や名声をもった、社会の上の方にいる人達ではない。
国民は、国のリーダー達の、政治家としてのスポーツマンシップと最高のパフォーマンスを求めているのである。



もう何年も前の話・・・
初老の男性から遺品整理の相談を受けたことがあった。
ただ、「遺品整理」と言っても、男性は、遺族ではなかった。
相談の内容は、“自分が死んだ後の始末について”ということ。
今風にいえば「終活」ということになるのだろうが、その中身は、一般的な終活とは異なっていた。

男性は、緩和ケア病棟、いわゆる“ホスピス”に入院中。
末期癌で、余命が短いことを宣告されていた。
しかも、医師から宣告された余命期間は過ぎた状態で、いよいよ残された時間が少なくなっていた。
何らかの事情があってそうなったのか、意図的にそうしたのか、結構、ギリギリのタイミング。
“モタモタしていられない”と判断した私は、早速、面会の日時を調整した。

男性の事情だけでなく、病院の都合もあり、面会予定の日時はすぐには決まらず。
また、「日時を約束しても、体調によっては急に変更をお願いすることがあるかも」とのこと。
あと、男性が現場(男性宅)に同行することはできないので、私が鍵を預かって一人で見に行くことになることも、面談の条件となった。
ただ、どれも私にとっては問題ないことなので、二つ返事で引き受けた。
その上で、私は、何かに急かされるように、一日でもはやく動ける日を探していった。

原則として、当社は遺品処理について生前契約は行わない。
当人の死後に相続が円滑に行われるとはかぎらないし、本人が想定していなかった相続人が現れるかもしれないし、誰も気づかなかった負債があるかもしれない。
つまり、遺産相続手続きに抵触し、トラブルに発展するリスクが高いのである。
あと、本人の死後に渡って、確実に当方の信用度を担保するものも提供できない。
したがって、死後の始末については見積書や契約書の作成にとどめ、事前に契約締結や金銭を授受することはないのである。

本来、こういった類の相談には、故人の代理人として相続人、もしくは相続人と同等の権限を有する人(後見人)を立ててもらう必要がある。
そして、その上で、本人には遺言書を書いてもらっておく。
正式な契約は、その代理人と取り交わし、作業はその契約・権限において実施するわけ。
たから、本件でも、代理人を立ててもらうつもりでいた。
ただ、会う前からそんな難しいことを言っても話がややこしくなるだけなので、まずは、面会日時を決めることを最優先にした。

この仕事を長年に渡ってやってきて、多くの経験も積んできた私。
世間様に自慢できる仕事ではないことは重々承知しているものの、“熟練”の自負はある。
ただ、経験してきた現場のほとんどは、本人が亡くなった後の始末。
生前の相談を受けたことがあっても、皆、健常な高齢者で、死期が明確に迫った人達ではなく、ほとんど一般論や世間話に近い内容。
“死”を取り扱った話でも、そこに、切迫感や緊張感はなかった。

稀有な仕事が舞い込んできたことに、私は興奮。
自分が頼られていることを誇らしく思い、喜びもあった。
心優しき善人でいたかったけど、私の中には、野次馬が闊歩。
若干の同情心はあったけど、深い悲しみや、男性を憐れむ気持ちはなかった。
自分の薄情さにはとっくに慣れており、そういう自分が“人としてどんなもんか”という疑問や嫌悪感は微塵も湧いてこなかった。

ただ、思いあぐねるところはたくさんあった。
余命いくばくもない人を相手に、どう接することが適切なのか・・・
男性の心を癒すことに努めるべきか、事務的な姿勢に徹するべきか・・・
どちらにしろ、下衆な野次馬根性や好奇心はもちろん、薄っぺらな同情心や、心にもない傷心は、簡単に見透かされるはず。
私は、心にもない沈んだ表情を浮かべたり、白々しいセリフを吐いたりするのはやめにして、とにかく、男性の雰囲気や温度を観察し、それに合わせることを心がけようと思った。

面会を約束した日の朝。
私は、どことなく高揚、どことなく緊張・・・落ち着きを失っていた。
不謹慎ながら、私の中には、どこか楽しいところに遊びにでも行くかのような妙な感覚が湧いていた。
同時に、そういう自分の悪い性質に対する敗北感も。
そんなソワソワした気分を携え、私は、男性が待つ病院へイソイソと車を走らせた。

そうして車を走らせることしばし、もう少しで到着するというとき携帯電話が鳴った。
相手は、男性を担当する看護師。
「少し前に、○○さん(男性)が亡くなりまして・・・」
「面会のお約束をされていると思うんですけど、そういうわけですから・・・」
それは、その日の未明に男性が死去したことを知らせる電話だった。

「え!? 亡くなったんですか!?」「そうでしたか・・・」
看護師に「ご愁傷様です」なんて言うのもおかしい。
驚きとともに、それ以上 返す言葉失った私は、
「それは・・・どうも・・・お疲れ様でした・・・」「じゃ・・・引き返します・・・」
とだけ応えて、そのまま電話を切った。

いきなり“肩すかし”を喰ったかたちとなり、とりわけ、それが人の死によるものだったから、私は、強い脱力感に襲われた。
面会の約束がキャンセルになったのは理解できたものの、その先にすべきことがすぐに思いつかず、しばし呆然。
未経験の寂寥感、妙な喪失感を覚えて、身体の力が抜けてしまった。
そうは言っても、いつまでもボーッとはしていられないので、気を取り直し、後ろ髪を引かれるような思いを胸に、イソイソと来た道をトボトボと引き返したのだった。



約一ヶ月半前のこと・・・2020年12月9日、曇天の昼下がり、一本の電話が会社に入った。
電話の相手は女性、相談の内容は遺品整理。
しかし、ただの遺品整理ではなかった。
電話を受けたスタッフは、その旨を部署の人間にメールで連絡。
その一人である私のスマホにも、その連絡は入った。

通常、日中は現場に出ていることが多い私。
緊急でないかぎり、会社からの連絡はメールで入る。
着信音が鳴るから気づくことはできるけど、作業中で手がふさがっているときは、わざわざ手を空けて見ることはしない。
とりわけ、汚物と格闘しているときなんかは。
私は、その時も作業中で、着信に気づいたものの、スマホを手に取るのは後回しにした。

「さてさて・・・どんな仕事かな・・・」
作業が一段落ついて、私は、いつものようにポケットからスマホを取り出した。
そして、会社からの連絡事項を確認すべく、メールの受信画面を開け、思わず目を見開いた。
そこには、依頼者曰くとして、「余命二カ月を宣告された」との文字。
そして、依頼者からの要望として「できたら、ブログを書いている人に来てほしい」
と記してあったのだった。
つづく



特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949

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