特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

お菓子な奴

2006-06-30 07:13:09 | その他
6月も今日でおしまい。ということは、2006年も半分終わり。

今年の後半、これから迎える暑い夏を美味しいお菓子でも食べて乗り切ってもらうため、今回は、趣向を変えてお菓子の作り方を紹介する。
甘いものを食べると、疲れもとれ、リフレッシュできるからね。


興味がある方は是非チャレンジしてみて欲しい。
まず、フライパンを用意。ボウルじゃダメ。
溶かしバターから澄ましバターを作り、フライパンに多めに敷く。
チョコレートを湯煎し、柔らかくなった状態のものをバターの上に流し広げる。
チョコレートはできるだけ色の濃い、ブラック系が適す。
今度は、インスタントコーヒーを用意。
通常のインスタントコーヒーは粒が粗いので、少し粒が細かくなるように磨り潰す。
ここでは、粉末になり過ぎないように注意。


そして、このインスタントコーヒーを先程のチョコレートの上に少し盛り上がる程度に乗せる。黒蜜か色の濃いシロップをかけると、更にGood!

その上から、更に白のカラースプレーを適量散らす。
(※カラースプレー:チョコレートを砂糖でコーティングしたもの。お菓子作りの材料やケーキ・アイスクリームのトッピングによく使われる。形状は小さな米粒みたいな感じ。)

最後の仕上げにお好みのリキュール類を上から全体的に吹きかけて(霧吹きを使えばうまくできる)、全体にシットリ感をだせば出来上がり!



・・・え?何が出来上がりだって?
お菓子で作る液化人間・腐乱現場のミニチュア、フローリングバージョン。
私の過去のブログを思い出しながら想像力を膨らませて完成品を眺めてほしい。
(ハエや毛髪をうまく再現できる具材を思いつなかいのが残念!)
少しは、腐乱現場のビジュアルを体感できると思う(体感したくない?)
ひとしきり体感し終わったら、フライパンの中身をボウルに移して湯煎しながら小麦粉と混ぜ合わせ、整形し、オーブンでこんがり焼けば、ハイ!香ばしいチョコレートクッキーの出来上がり。
舌にも心にもちょっとビターな大人の味。


ここで一点注意。
間違っても、人間の形にしてみないこと。気持ち悪くなって食べられなくなったら、もったいないからね。
できたら、ハート型にでもしてもらえると気分が変わって美味しく食べられるかもよ。


ちなみに、布団・ベッド・カーペット・畳バージョンはこれとはまた違うので、興味のある方は、チャレンジしてみるといい。このバージョンでは、フライパンの代わりにスポンジ生地を使えば応用できる。ちょっとくどそうだけど、こってりデザートが好きな人には美味しいチョコレートケーキになるかも。



おかしな奴のお菓子作り講座は、これでおしまい。
最後に、今回はあまりにもくだらな過ぎるためか、周囲にアップロードを反対された中を押し切って書いたブログであることを追記しておく。


-1989年設立―
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輪廻転死?

2006-06-29 09:30:00 | 霊感
遺品回収の依頼があった。故人は病院で亡くなったので腐乱死体現場ではなさそう。
とにかく、直ちに、現場に直行。
依頼者は中年女性。亡くなったのはその夫。
どことなく暗くて元気のない女性だったが、

「夫を亡くして間もないから仕方がない」

と思った。月並みのお悔やみを述べて、見積開始。今では、死体がらみじゃない仕事はどちらかというと不得意になっている私だが、一応、遺品回収・遺品供養も仕事のひとつなので、とりあえずは現場観察をして見積書を作った。
依頼者は遺品の供養に対して異常に神経質になっていた。


話を聞いてみると、夫の死去を含めるとこの家では三年連続で人が亡くなっているとのこと。それで、来年は自分が死ぬ番ではないかと心配していたのだ。

「このままこの家に住んでいると、来年は自分が死ぬことになるのではないか」

「怖くてたまらない」「どうすればいいか」

と相談を持ちかけられた。
神仏はもちろん、風水や妙な占いにまで頼って、自分の身を守ろうとしているのか、家中に訳の分からない置物や札などの護身?除霊?グッズが置いてあった。もちろん、清めの盛塩や清酒もあちらこちらに置いてあるような始末で。


この相談の返答には困った。
この人が最も恐れているものは「死」だが、その起因するものが何かを特定する必要があった。どうも霊的な祟りが連鎖していると心配しているようだった。

とにかく、この家に住む人間が毎年一人づつ死んでいっていることが怖くて仕方がなく、その原因が知りたくて知りたくて仕方がない様子。

「こういう類のことは俺の仕事じゃないんだけどなぁ」

と心の中でぼやきながら、どうしたらこの人の心の重荷を軽くできるか思案した。


私が出した最終結論は、

「ウソも方便」

ということ。
死体業に携わって積み重ねてきた経験をストレートにひたすら語り(これはウソじゃなく)、その上で、複数年連続して葬儀を出す家は決して珍しくないこと、もっと言えば、一年の間に複数回の葬儀を出す家だってあることを話した。
そして、ここからがウソになる。

自分には少し霊感があるように装ったのである。その上で、

「この家には霊的な祟りは感じない」

「死者が続いたのは、全くの偶然にしか思えない」

と目を閉じ、さも自信ありげに話したのである。その前に、さんざん私の経歴を聞いた後だったので、女性は疑いもなく真に受けたようで、安堵の表情を浮かべた。

そして、追い討ちを掛けるように、死体業をこんなにやっている自分がどんなに楽しくて充実した人生を送っているかを話して聞かせた。実際は、色んな悩みや苦しみ、辛いことだってたくさん抱えているんだけど・・・ね(苦笑)。

「霊的な祟りを気にするなんて、全くナンセンス!」

「そんな事言ってたら、私なんかとっくにあの世に行き!」

「明るく元気に生きていかないと、亡くなったダンナさんも心配しますよ!」

ってな感じで。


結局、それで女性の重荷が真に軽くなったかどうかは分からないが、その場で笑顔が戻ったのは事実。でも、せっかく私なんかを頼りに相談してくれたのに、ウソでしか癒すことができなかった自分が歯痒かった。



ついでに応えておく。読者からの質問もチラホラあるようなので。
私は霊感もなければ霊的な経験をしたこともない。
実は、私には思いっきり大量の霊がつきまとっているのに、私があまりに鈍感過ぎて、それに気づいていないだけ?もしくは、霊の方が気持ち悪がって近寄ってこないだけかも(笑)。守護霊も悪霊もドンと来い!私の場合、そんなの気にしてちゃ食べていけないんでね。

私は、腐乱現場で一人きりになったり、霊安室や遺体搬送車で遺体と二人きりになっても平気である。かつては、霊安室で遺体を前にして、昼食の弁当を平気で食べていたこともあったし、夜中の山道を遺体と二人きりでドライブをしたこともある。

ただ、現場に入る最初のときや、最初に遺体に触れるときには、心の中で故人に声を掛ける妙な癖?習慣?みたいなものがある。また

「この故人はどんな人生を歩いたんだろうなぁ」

等ということもよく考える。もちろん、返事を感じることはないが。
あとは、何故か昔から(中学生の頃から)心霊写真だけはものすごく苦手!!絶対に見ない!!

自分では意識していないつもりでも、たまには霊的な類のものを薄気味悪く思うこともあるので、半信半疑ながらも信じているということか・・・自分でもよく分からない。

「霊が見える」

という人は身近にも何人かいる。
最近は、霊能者・霊媒師のことをスピリチュアルカウンセラーと称するのか、その類の有名人もでてきた。彼等が何を言っているのかよく知らないが、知ったところで、多分、肯定も否定もしないだろう。それらは似て非なるもの。興味がない訳ではないが、結局のところ私の仕事には関係ない。


霊がどうのこうのと考えているヒマがあるくらいなら、私は一体でも多くの遺体を処置する。霊にも人にも礼を尽くして。


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「生き残れ!」

2006-06-28 07:46:25 | 特殊清掃
ある日の午後、特殊清掃の見積依頼が入った。依頼者は、死体現場なのか遺品回収なのか、またはゴミ処分なのか全く教えてくれず、

「とにかく鍵は開いているから、勝手に入って見積りをしてくれ」

という一方的な依頼だった。見積時に依頼者が来ないケースは珍しくなくなってきたので(好ましくはない)、今回も仕方なく現場へ向かった。


おおまかに現場近くまで行ってからカーナビで現場住所を検索してみた。ナビは目的地を表示するもの、最大限に拡大してもそこへたどり着く道が表示されない。

「???どうやって行けばいいんだ???」

と思いながら、とりあえず、接近可能な場所まで車で行った。夕暮時で、外は薄暗くなっていた。辺りを見渡して、地図とナビが示した方面に家を探したが、目的の家らしき家は見当たらない。困ってしまい、近隣の家を訪問して訊いてみることにした。

ある家に訪問して

「すいません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが・・・。」

と声を掛けたまではよかった。

「○○さん宅をご存知ないですか?」

と尋ねた途端、その家の人の表情が変わった。

「知ってますけど・・・○○さんちに行くんですか?」

と驚いた様子。

「この驚き方は腐乱死体現場かな?」

と思いながら、

「ええ、でもちょっと場所が分からなくて・・・」

と私。



とりあえず、その家の人は

「本気で行く気か?」

とでも言わんばかりの表情ながら、丁寧に場所を教えてくれた。やはり、車では入れないところらしい。
一通り場所を教わると

「ご丁寧に、ありがとうございました。助かりました。」

とお礼を言って現場へ向かった。
その家の人は

「どういたしまして。本当に気をつけて行って来て下さいね。」

と意味深に見送ってくれた。

「妙な見送り方をするもんだな・・・」

と思いながら、

「それだけヤバイ現場っていうことか・・・」

と考えながら、車を進めた。教わった場所に車を停め、あとは徒歩(トホホ・・)。もう外はかなり暗くなっていた。



暗くなってからの出動は日常茶飯事なので懐中電灯は常に車に積んである。
歩いていく途中には外灯もなく余計な墓地があったりして、小心者の私には最高の演出だった(冷汗)。

歩くことしばし、やっと目的の家を発見。現場は住宅地から離れた、森?雑木林?藪?の奥にあった。しかも、とても人が住んでいたとは思えないような老朽家屋だった。
この辺でさすがの?私もビビり始めた。
でも、見積りに来た以上は中を見分しなくてはならない。誰もいないと分かっているのに、

「こんばんは~」「ごめんくださ~い」

と小声で念仏を唱えるように、家に近づいて行った。



懐中電灯を家に向けて照らすと、そこには無数に光るものが。
全体を照らしてみると、20~30匹はいただろうか、たくさんのネコがジーッとこっちを睨んでいた。これには背筋もゾーッ!この不気味な状況をリアルに伝えられないのが悔しい。ネコ達は私が近づいても視線を動かすだけで微動だにしない。それが更なる無気味さを増長させた。

「いくらネコとは言え、こいつら全部に同時に襲われたら生きてられないかもな」

と思いながら、このネコ郡を越えていくかどうか迷った。


何とか家に到着。中に入ろうと入口を探したが、入口がなかなか見つからない。

「これで、中に腐乱死体痕があったら、どうしよう・・・」

気持ちは半泣き状態で

「見積りなんか放っておいて、もう帰ろうかなぁ・・」

と思ったほど。
その矢先、いきなり中から人間が(中年男性)が飛び出してきたのである。
もう、驚いて、腰を抜かすかと思った!!



男性は最初からキレた状態で、私に訳のわからないことを怒鳴り散らしていた。男性は私に襲い掛からんばかりの勢いで、私の言うことなんかには耳も貸さず怒鳴り続けた。

暗闇の雑木林の中で、私は無意識のうちにその辺の棒キレを手に持った。
私も、こんな所でやられるわけにはいかない。いざとなれば応戦するしかない。


しばらくして、やっと男性も落ち着いてきて、会話ができるまでになった。
事情をきくと、今は、金もない・仕事もない状態で、借金もたくさんあるとのこと。普段から金融会社の取り立ても厳しく、私を借金取りと勘違いしたらしい。
そのうち、

「もう俺は死ぬしかないんだ・・・死んで金を払うしかない・・・」

と言い始めた。
半分開き直っている私は

「生命保険とか年金とか、ちゃんと入ってるんですか?」

と無神経な質問をしてみた。
応えは

「金がなくて入ってない」

とのこと。ズッコケ!

「じゃぁ、死んだって一銭にもならないじゃないですか!せっかく生まれてきたのに自分の命が¥0なんて悔しくないですか?」

と一喝。
それでも男性は

「そんなこと言ったってしょうがないだろ!」

と反論。

「アナタが死んだら、家族やネコ達はどうなるんですか?」

と言ったら、男性も黙り込んだ。


さすがに、家族やネコ達を残して逝くことには躊躇いがあるようだった。
愛する者、自分を愛してくれる者の存在は、それだけ影響力があるのだろう。


何はともあれ、実際に人が住んでいる以上は、勝手に中にも入れないし(入りたくもなかったし、入らせてくれともお願いしなかった)、こんなに苦労したのに、見積ができないま退散することに。


翌日確認すると、そこは借家で、私に依頼してきたのは大家らしい。
大家さんの事情を想像すると、家賃の滞納はもちろん、その汚宅は地域住民からのクレームも少なくなく、強制的に追い出すしかないと考えたのだろう。そうは言っても自分で手を下すのは抵抗がある。そうして探し当てた適任者?が特掃部隊。大家は、特殊清掃をやっている人間だったら神経も図太いと考えたのだろうか、詳しい事情も話さず

「とにかく、見積りに行ってくれ!」だった。

大家さんには

「勘弁して下さいよぉ」

とクレームをつけたら、

「今度は明るいうちに行って下さい」

と言われてしまった。

・・・一瞬、言葉に詰まったが

「見積時は御依頼者に立ち会っていただくのが原則なので、今度は、大家さん一緒に行きましょう」

と返しておいた。


大家は、あっさり同行を拒否。私もこの仕事には気が進まなかったので断ろうかとも思ったが、アノ男性のことが気になったので、再訪問してみることにした。
ホントに死なれちゃかなわない。



今度は明るい日中、手土産に、自己破産について分かりやすく書いてある本を持って。
二度目の訪問ということもあったし、明るい時間に行ってみると、案外、不気味さはなかった。
明るいところで見ると、ネコも格好可愛いもんである。数が多すぎるのが難だが。
男性はいた。今度は最初から冷静に話ができた。
スゴク失礼かとも思ったが、持参した

「自己破産ガイドブック」

をプレゼント?した。
(自分でも読んでみたが、自己破産にも色々な種類があることを知り結構勉強になった)
昔どこかで聞いたことがある言葉を思い出して男性に訊いた。

「目は見えますか?」「うん、見える」

「耳は聞こえますか?」「うん、聞こえる」

「話すことはできますか?」「うん、話せる」

「手は使えますか?」「うん、使える」

「歩くことはできますか?」「うん、歩ける」

「じゃあ、ないのはお金だけですね。人間、死にたくなくてもいつかは死ななきゃならない。死ぬのは、やれるだけの事をやってみてから考えたらどうですか?」

私は、そう言い残して現場を後にしたのであった。


その後、大家からは何の連絡もない。

「連絡がないのは男性が無事な証拠」

と勝手に思っている。


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明日があるさ

2006-06-27 09:05:59 | 特殊清掃
私達のほとんどは当たり前のように今日を迎え、明日が来るのも当たり前だと思って生きているのではないだろうか。死体業を長くやっていると、その辺の感覚は一般の人の比べると鋭くならざるを得ない。

「自分に明日があることは何ら保証されたものではない」

「できるだけ悔いを残さないよう。やれることはやっておきたい」

と思いながら、結局は、自分に負けて堕落した生活を送ってしまう私である・・・(苦笑)。



ある若い男性が死んだ。自宅二階のベッドの上で。自殺ではなく自然死。私が現場に出向いたのは、当日の夕方近くになっていた。
特殊清掃の依頼といっても、ベッドマット(敷布団)の一部が糞尿で汚れていたくらいで、その汚れは私のような専門業者に依頼する程のものではなかった。依頼者は故人の母親で、息子の急死が信じらないというか、受け入れられていないというか、夢の中の出来事のように、どこかボーッとした感じだった。

私の話も聞いているのか聞いていないのか分からないくらいに、返答もハッキリしない。それだけ、大きなショックを受け、頭がパニックを超えたパニックになってしまっていることが見て取れた。

私は、とにかく依頼された作業をした。前記した通り、大した汚れではなかったので作業自体はすぐ済んだ。
でも、作業が完了してすぐ立ち去ることができなくなった。
母親の状態を見ていると、とても母親を一人残して帰る訳にはいかなくなったのである。


人はその時々の精神状態によって突拍子もない行動にでることがある。それがいい行動とは限らない。その母親にはその心配があった。


外も暗くなり時間も遅くなったので、正直言うと早いところ退散したい私だったが、夫(故人の父親)が戻ってくるまで待っていることにした。
待っている間、電話が何本もかかってきた。どこかでこの家に起こった不幸を耳にした友人・知人・関係者がジャンジャン電話をかけてきたのである。電話にでる度に母親は

「うちの○○(息子の名前)が死んじゃったのよぉ」

と世間話でもしているかのような口調で受け答えていた。そのやりとりを聞いていたら、なお更、この母親を一人にしておく訳にはいかなかった。
当然、夫も仕事どころではなく、死んだ息子のことで外を走り回っていたらしい。


夫も帰宅を待つ間、電話がないときは一方的に喋る母親の話を黙って聞いていた。
息子は、昨夜、少し風邪っぽいということで市販の風邪薬を飲んで、いつも通り二階の自室に入って就寝した。ところがである。今朝になって、いつも起きてくる時刻になっても一階に降りて来ない。母親は「ただの寝坊」と思い、

「仕事に遅れるといけない」

からと息子を起すために入った。すると、ベッドに寝たままの状態で息を引き取っていたというのである。その後は、救急車を呼んだりしての大騒ぎ。でも、結局、息子は帰らぬ人となってしまったのである。


そんな話を聞いて、私はどんな表情をすればいいのかも分からす、掛ける言葉も見つからなかった。ただただ黙って、そこにいるしかなかった。


しばらくして、冷たくなった息子は葬儀社の寝台車に載せられて、父親と共に無言の帰宅。
部屋の布団に安置するのを手伝った。検死を受けたため息子は裸だった。
そこには同年代の若い男が二人いた。
一人は私、死体業、生きている。
もう一人は故人、会社員、死んでいる。
何とも言えない複雑な心境で、強い同情心を持ったのを今でも覚えている。


父親は、少しは冷静さを持っており(当然、落胆の色は濃かった)、お悔やみの言葉を伝え、私は自分がやった清掃作業の内容を説明して帰ろうとした。もう、外は真っ暗になっていた。
帰ろうとする私の後ろから、両親の

「裸のままじゃ可哀想だなぁ・・・」

と言う声が聞こえてきた。こんな私でも良心があるのか、足が止まった。
自分は遺体処置もできる旨を伝え、故人が愛用していた洗いたてのパジャマを着せ死後処置をした。ここまでくれば何かの縁、これでお金をもらおうなんて少しも思わなかった。
両親は、深い悲しみの中にも感謝の気持ちを伝えてくれた。
そして、私は帰途についた。
あれから、10年以上経つが、あの現場のことをたまに思い出す。


「死」というものは、老若男女・年齢・社会的地位・経済力を問わず、誰にも必ず訪れる。
それが、明日かもしれない・・・。


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世間の風

2006-06-26 08:21:21 | 自殺 腐乱
今回は、首吊死体について書く。少々グロテスクな内容であるし(今更何を言ってんだ?)、読者の家族や友人・知人にも首を吊って自殺した人がいる可能性が高いので、少々気が引ける。何しろ、日本人は自殺手段としては首吊を最も好む人種らしいので。
もしも、気分を悪くされるような方がいたら、予めお詫びしておく。


私が幼い頃、

「首を吊って死んだ人間がどんな状態になるか」

という風評を何度か聞いたことがある。まず顔は?というと、

「眼球が飛び出て垂れ下がり、舌も長く垂れ出る」

身体の方は、

「放尿・脱糞のうえ尻の穴からは内臓がでてきて垂れ下がる」

という内容で、子供の頃は

「うわ~気持ち悪りー!」

等と言いながら、そういう話に花を咲かせていたものである。子供って、そういうおっかなビックリ的な話が大好きなものであり、純粋な分、残酷でもある。



そして、私は大人になって、実際の首吊死体に出会うことになるのである。しかも幾度となく。
首吊死体を初めて見たのは、この仕事を始めて間もない頃だった22歳頃だったと思う。肝心の遺体よりも、自殺者をだしてしまった遺族がどんな感じなのかの方に興味があった。

「下種の野次馬根性」

である。



私の予想に反して遺体も遺族も通常死のケースと大きな違いを見つけることはできなかった(遺族の反応については、あくまでこの案件に限る)。

遺体は通常死の遺体と特に変わったところは見当たらす、不謹慎な表現ながら「期待外れ」というか「拍子抜けした」ような気分だった。当時、若輩の私自身がかなり緊張した状態で現場に行ったせいもあるのだろうが。


あれから、だいぶ経験を積み、色んな首吊死体と遭遇してきた。幼い頃、面白半分に騒いでいた風評は、それこそ「どこ吹く風」で、実際はそんな状態になっている遺体に遭遇したことはない。ただ、通常死と異なるのは、首に痕がクッキリ残っていることくらい。

あとは、遺体によっては、目を開けたままの遺体や舌が噛まれた状態で少し出ているケースがあったり、顔が変色しているケースがあるくらい。
顔の変色で極端な遺体になると、濃いグレーに鬱血しているような遺体もあるが、これも珍しい。

「尻の穴から内臓が出る」

なんて、全くもって事実無根である。


ただ、参考までに一点。
我国は死刑制度を持つ国だが、絞首刑遺体の場合は風評に近いものがあるらしいことは、複数の文献で調べたことがある。死刑囚の首を吊る場合は、窒息させて殺すというより、高いところから一気に落下させ、首の脊髄を瞬時に破壊して即死させることを目的にして首を吊らせるとのこと。したがって、絞首刑の場合は、眼球が飛び出て、口からは舌が長く垂れ下がり、血を吐くらしい。当然、放尿・脱糞も。

それでも、完全に死亡が確認できるまで十数分も時間を要するとのこと。
死刑制度の是非は私がどうこう言えるものでもないので、それには触れないが、こんな私でも死刑執行の様を想像すると背筋がゾッとする。



話を戻そう。
比率的に言うと、首の痕以外は通常死遺体と外見は変わりない遺体の方が圧倒的に多い。

幼い頃の風評は何だったんだろうか・・・
世の中には色んなネタで、事実とは全く異なる風評が常識のようになって蔓延っていることも少なくないように思う。
世間の風評に安易に流されないような、重みのある人間になりたいものである。



世間の風は冷たい。残念ながら。
私に吹く風は臭い。残念ながら。


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弱肉強食

2006-06-25 09:45:54 | 害虫駆除 消毒
弱肉強食は何も野生動物の世界に限ったことではない。我々人間界にもある。

一時、「勝組・負組」という言葉が流行った。
それが意味する勝敗の基準は、ほとんど社会的地位と経済力だと思う。その基準では私は完全に負組だ。その自覚もある。卑屈になって諦めている訳ではなく、現実は現実として。

でも、とにかく、自分には負けたくない。非常に漠然とした抽象的な言い方だが、勝敗は自分で決めるもの、自分で分かるもの。
(無意識のうちに読者ウケを意識してしまうのか、最近、自分なりの精神論(時に「きれい事」とも言う)を吐くことが多くなってきたかも・・・イカン、イカン。)



本題に移らねば。今回はハエ戦記。

ハエの世界にも勝組と負組がある。何度も記しているように、腐乱現場にいる生き物と言えばウジとハエと、そして私。三者仲良くしてる訳にもいかず、争いごとが嫌いな温和な私でも避けられない壮絶な?戦いを強いられる。

ハエ軍は大して苦戦しない。窓を開けるまでは無数のハエがブンブン飛び回る中に入っていかなければならず、多くのハエが容赦なくたかってくるが、一旦窓を開ければ勝手に飛び去ってくれるからだ。

強敵なのはウジ軍だ。かつては市販の殺虫剤(ウジ殺し)を使ったこともあるが、本当にウジを殺す威力があるのか疑いたくなった。薬をかけてもかけてもウジ軍は動きを止めず勢力範囲を広げてくる。しかも、見た目が気持ち悪い。

結局、最終的には手作業で掻き集めてポイするしかないのだが、あのムニュムニュした感触は何度触っても気持ち悪いし、とにかく一匹一匹が拾いにくい。


さて、ウジ・ハエ業界の勝組になりやすいのハエである。
腐乱現場で彼等の食料になるのは、ご想像の通り腐乱死体である。人間一人分の身体があれば、しばらくの間は相当豊かな食生活が送れるはず。しかも、その間、蝿はウジをどんどん産んでいき、ウジはどんどん増えていき、ウジはどんどんハエへと羽化し、羽化したハエはまたウジを産んでいく・・・その増殖連鎖が繰り返されながら、腐乱死体は固体から液体へと変化していくのである。

現場のウジ・ハエの大きさ・量も死体の死亡時間を算出する材料になることは比較的よく知れた話だと思う。

しかしだ、彼等にとってせっかくの御馳走も、いきなり警察が現れて持っていってしまうと、彼らも途端に食料難に陥ってしまうのである。

それでも、力のある者(機動性に優れたハエが中心)は部屋の中の残飯や何かをあさって食いつないでいく。しかし、やはりそれにも限界がある。幼いウジを筆頭に次第に餓死する者が発生してくる。餓死したウジは乾燥して茶色く変色し、サクサク系のお菓子のようになる。腐乱経過日数が多い現場だと、そんなのが無数に床に転がっている(と言うか、敷き詰められている)ので、踏まずには仕事にならない。踏んだ感覚は、サクサク・パリパリと何とも言えない軽快な?音がする。

さて、そのうち、力尽きたハエもあえなく落下死亡。それも無数の数。ホウキで掃き集めると小山ができるくらいの量になる現場も数多い。


ハエと言えども、最後に残るのは本当に強い奴だけ。
最後の最後まで生き延びたハエを殺虫剤で殺すのは容易いことなのだが、

「一寸の虫にも五分の魂」、

窓を開けて逃がしてやる・・・と言うか邪魔だからとっとと追い出す。


かくて、腐乱現場では勝組として生き残ったハエ達は再び活躍できる場(食料を求めて)世間に飛び立って行くのである。しかし、外界でも勝組になれるとは限らない。外の世界は外の世界で、多くの敵が潜んでいるはず。虫を食べる鳥類とか。それでも、彼等は次の糧を求めて必死に生きているのである。
話が脱線するが、ウジとかハエって、結構偉いかも。誰もが嫌う腐乱死体や生ゴミ・残飯・ウ○コに対して何の抵抗もないと言うか、好んで集って行くんだから。ある意味、私と同類かも(苦笑)。


生きていくことが楽なことばかりじゃないのは、人間もハエも同じこと。
どこかで黒光りしているデカイ蝿を見かけたら、思い出して欲しい。

「こいつらは頑張って生き残ってきた勝組なんだ」

と。・・・

ただ、それで自分が元気づけられるようだと、ちょっと問題があるかもね。



さぁてと、今日もハエにたかられに行ってくるか!
んじゃ、行ってきま~す。


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知らぬが仏

2006-06-24 08:38:38 | 遺体処置
特殊清掃と遺体処置のダブル依頼で現場へ。故人は中高年女性。

何人かいた遺族にお悔やみを述べ、

「よろしくお願いします」

と言われて家の中に入った。泣いている人も何人かいたが、一人だけ態度に落ち着きがなく、私にピッタリくっついて離れない人(中年女性)が居る。故人と同居していた長女らしい。


「妙な人だなぁ」

と思いながら、とりあえず遺体の安置されてある部屋へ。遺体には不自然なくらい(顔が隠れるくらい)に布団が深く掛けてある。それを見て更に妙に思った。
長女は、私に何かを言いたそうにしているのだが、他に人がいるから言えないといった様子で、歯がゆそうに私の動きを逐一監視していた。

その様子を感じ取った私は、

「遺体処置作業の都合」

ということで長女だけ残して他の遺族には席を外してもらった。葬儀では長女が喪主を務めるということだったから、ちょうどいい口実だった。
長女は、二人きりになってもしばらく黙っており、何となく気まずい雰囲気。
突然、

「事情がお分かりですか?」

と尋ねてきた。

「ん?事情?」

と、私は少々けげんな顔をしてしまったと思う。

でも、遺体を見てすぐ分かった。

掛布団めくってみると、首には季節はずれのマフラー?スカーフ?みたいなものが当ててあった。内心

「首吊りかぁ・・・」

と思いながら、その布をとってみた。やはり、首にはクッキリと紐の痕がついていた。

「事情って、このことか」

と思いながら、長年の経験がある私は首吊自殺くらいでは驚きはしないから、長女には

「慣れてるから平気」

であることを伝えた。


しかし、長女が気にしていたのは全く違うことだった。

「故人が自殺死であるということは、家族・親族内では自分以外誰も知らないし、これからも隠し通したい。」

と言うことだったのである。


これには、ちょっと驚いた。早朝、首を吊った母親を発見し、自分一人で降ろして、布団に寝かせ、家族には突然死(自然死)に見せかけたというのだ。救急隊員や警察にも、他の者には知られないようにお願いしたとのこと。

そんな話を部屋から声が漏れぬようヒソヒソ話。そして、私への要望は、

「遺体を誰が見ても首吊自殺だと分からないようにして欲しい」

というものだった。

その要望自体は大して困難な作業ではないので、快く引き受けて無事完了(細かい作業内容は内緒)。その仕上りに、長女も私も満足。
作業が終わってから部屋を開放し、遺族の皆さんに集まってもらった。
皆が皆、自然急死だと思っているので、故人の子供や孫達をはじめ、かなりの人が

「お母さん(お婆ちゃん)、可哀想に・・」

等と言いながら泣いていた。


長女は、肩の荷が軽くなったようで、表情も穏やかになった。仕事を終えた私は、遺族で混み合った家の中で長女と目で会釈を交わしから現場を後にした。


故人の死去を聞いて駆けつけてきた親類に対しては時間稼ぎもできるし、何とか隠すことができても、同居している夫や子供達にまで隠し通していたのは見事であり、表現がおかしいかもしれないが感心した。

長女には長女なりの情があった故のことだろうし、その家族・親族にも他人には分かり得ない事情があったのだろう。


何がともあれ、これが、長女が母親にしてあげられる最期の親孝行だったのかもしれない。


-1989年設立―
遺体処置専門会社
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死体と向き合う

2006-06-23 08:31:06 | その他
読者の書き込みの中にある質問で多いのが、この仕事をやっている動機ややることになったきっかけは?というものと、収入の金額を尋ねる内容のものである。あとは・・・幽霊についての質問などもあった。

先日も書いたが、ご質問についてはブログを通じてお応えするつもりである。
もちろん、全ての質問には応えられないだろうし、答えたくないネタには触れないので、ご容赦願いたい。そして、賛否両論もあり、読者個々に色々な感想を持たれるだろうが、書いている内容はあくまで私個人の主観であり、偏見や先入観があっても自然なことだと思っていることも併せてご了承を(つまらないジョークもね)。
ただ、できるだけ率直な気持ちで持論(自論)を吐こうとしているだけで、決して正論を書いているとか、人の上に立っているという勘違いをする程バカではないと自認している。


今回は、この仕事をやっている動機・きっかけについて簡単に記そう。
動機・きっかけをきれいに言うと、「好奇心」である。悪く言うと「現実逃避」とも言えるかもしれない。

東京都内の三流私立大学卒の私は、学生時代はアルバイトと遊興三昧。学業はおろか、就職活動業もまともにやらなかった。当時は、企業の求人に対して学生の方が少ないような好景気だったから、同級生達は皆、名の知れた企業(ほとんどが上場企業)へと就職していった。

そして、私はそのまま卒業し、社会的な肩書はいきなり「学生」から「無職」(当時はプータローと呼ばれていた)へ。住所不定じゃなかっただけマシかもしれないが、22歳で無職の私は、いきなり社会(家族)からダメ人間の烙印を押されたのである。

特に専門的な資格・技能を持っている訳でもなく、他人に抜きん出た能力がある訳でもなく・・・一番問題だったのは夢(やりたい仕事)がなかったということ。他人からすると、バカバカしいくらいワガママで自分に甘くて弱々しい人間に見えたことだろう。


そういう状況で、人から非難され続けると、次第にやる気が減退していき、徐々に鬱状態になっていき・・・そのうち「人生の意義」とか「生きる意味」とかを考えるようになり、生きる気力を失っていった。

そして、極端な鬱状態に陥った。学生時代の楽しかった思い出ばかりに浸り、幸福を空想し、実家の一室に引きこもった。そんな生活が半年続いた。
「このまま生きていてもいい事は何もない」「自分の将来には辛くて苦しいことばかりが待っているだけだ」「生きていても仕方がない」と考えるようになっていった。
そして、とうとう自殺を図ったのである(自殺未遂の詳細は省略。思い出したくないので。とにかく、心身ともに辛かった!)。


幸か不幸か自殺は未遂に終わり、私は生き残った。助けてくれた方々に申し訳ないけど、その時は生き残った喜びはなかった。
とにかく、周りの人々・家族に大変な迷惑をかけてしまったことは事実。

とりあえず、生きてみることにした私は、夢や生きがいを求めるのはやめて、ただ少しでも興味の持てそうな仕事を探した。精神科と職安と立呑屋に通いながら。
その時点では「新卒」ではなくなっていたものの22歳の私に選べる仕事はたくさんあった。しかし、人生を悲観している私でも、何故か将来(人生)が先読みできてしまうような仕事に魅力を感じなかった。
そうこうしているうちに巡り合ったのが「死体業」であり、好奇心の赴くままにその世界に飛び込んだのである。その時も、「あとはどうにでもなれ」という、人生を投げやりに思う、短絡的な気持ちがあったのも事実。


さて、応募して面接に行みたら・・・年齢も若く華奢に思われたのか、最初の面接でいきなり不採用にされてしまった(もちろん、精神科に通っていることは内緒にしていたのだが)。

さすがに「不採用」はショックだった。

「こんな仕事なんだから、雇主からすると即採用、大歓迎に違いない」

と高飛車にたかをくくっていたのである。

「三流とは言え大卒だし、年齢も若いし、どこに不採用にする要素があるんだ?よりによって死体業なんかで」

と全然納得できなかった。そう、つまり、私自身が死体業を蔑み見下していたのである。


しかし、せっかく生きることにして探し当てた仕事である。そう簡単に諦める訳にはいかない。と言うか、不採用に納得できなかった。しつこく不採用理由を問い合わせているうちに、雇主も私を相手にするのが面倒臭くなったみたいで、とりあえず押し掛け状態で仕事に就かせてもらった。

後から聞いた話だが、雇主は、「どうせ2~3日もすれば根を上げて辞めていくだろう」と思って、私には特にキツイ現場の下働きをさせたらしい。
それが、一ヶ月経っても二ヶ月経っても辞めない、半年くらいした時点では完全に戦力の一員になっていて、やっと正スタッフとして認めてもらえた。
当時のスタッフは皆、訳ありの中高齢者ばかりだった。黙々と仕事に励んでいるうちに、始めは冷たかった先輩達もはるかに年下の私を親切に可愛がってくれるようになっていた。


家族は?というと猛反対!仕事の影響でまた自殺を図ろうとするかもしれないと心配したのか、私の将来を心配したのか、世間体を気にしたのかは分からないが。お陰で?家族には、最初の何年かは勘当・絶縁状態にされてしまった。
とにかく、中途半端なことはしたくなかったし、反対した人達への意地もあったので、どんなに辛くても三年は辛抱しようと心に決めて働いた。
「石の上にも三年」「桃栗三年・・・」とも言うし。

最初は下働き中の下働き、キツイことや辛いこともあったけど、面白い事や楽しい事、もちろん刺激的な事もたくさんあった。仕事を始めてから半年で精神科も中退した。医師の判断による卒業ではなく、自分の判断による中退である。医師のカウンセリングや病院から処方される薬より、遺体から受ける無言のカウンセリングと遺族の反応という薬がバッチリ効いてきたのである。
あれから十数年・・・そのまま現在に至っている訳である。

人間は歳を重ねれば感性や価値観、ものの考え方も変わる。
正直言うと、

「大手上場企業に勤めてみたかったいなぁ」

とか

「堂々と人に言える仕事がしたいなぁ」

と思うことは何度もあった。大学時代の友人や世間一般の人と自分を比べてみて、今でも劣等感を覚えることがある。

学生時代の友人とたまに一緒に飲んでも、

「その手きれいか?」

「臭いはとれているか?」

等と冷やかされてしまうような始末である。
露骨な奴になると

「うェ~」

と嫌悪の悲鳴をあげてくる奴もいる。でも、それがまともな神経なのかもしれないし、否定できない現実。今更、気分も悪くならない。

悲しいかな、人生は一度、身体も一つ、複数の道を歩く事はできない。自分の仕事と人生、歩いてきた道と歩いていく道を想い、

「これでよかったんだろうか・・・これでいいんだろうか・・・」

と疑問に思ったり、将来を不安に思ったりしない訳でもない。後悔がないと言えばウソになる。

ただ、何故か、この仕事をやめようと思ったことは一度もない!
現在の私自身の微妙な心理と葛藤を正確に伝えるのは難しいが、それでも

「仕方なくやっている」

とか

「嫌々やっている」

とは思わないでもらいたい。


ついでに言うと、世のため、人のためにやっているつもりもない。これはビジネスである。他人の役に立つこと、喜んでもらうことは結果論・成果のひとつであって、それは初動の動機ではない。もちろん、私に仕事を依頼することによって、依頼者に満足して感謝してもらえれば素直に嬉しいし、今後もそういう仕事をしていきたいと思っているが、私は、社会貢献を口できるほど立派な人間ではない。私には「世の為、人の為」なんて、僭越過ぎる。

また、読者が私を賞賛や励ましの書き込みをくれるのは大変ありがたいし、とても嬉しいことだが(そんな書き込み大歓迎!)、勝手に私のことを善人・それなりの人格者(または極端なその逆)だと勘違いしないようにだけは気をつけてもらいたい。私は、ただただ風変わりな仕事をしている凡人。

ただ、次元は低いかもしれないが、私はこの仕事を通じて、自分なりの哲学やポリシーを育んできた。それは今も一件一件の仕事や読者からの書き込み通じて成長している。
きれい事を吐くようだが、身体は汚しても心まではできるだけ汚したくないとも思っている。


今回は(も?)堅苦しくつまらないブログになってしまった。気の利いたオチもなくて申し訳ない。


ちなみに、読者の皆さんは私のことを「管理人」「隊長」「Clean110」等と呼んでくれているが、呼称も「特掃隊長」とかに統一してもらえれば少し満足(?)。


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脱帽

2006-06-22 08:57:23 | 特殊清掃
老朽アパートの一室で、腐乱死体が発見された。私が駆けつけたときは既に遺体は警察が回収して、火葬を待っている段階だった。亡くなったのは中年男性。遺族といえば兄弟くらいしかいない人らしく、遺族の到着を待ってから部屋に入ることになっていた。その部屋は、外から見ても窓に無数のハエが貼り付いていて、中の様子がほぼ想像できた。

しばらく待っていると、遺族(故人の兄弟達)がやって来た。
東北の某県からわざわざ来たらしく、話す言葉は東北弁で、ゆっくり話してもらわないと何を言っているのか分からなかった。

「だいぶ臭いはずですから、気をつけて下さい」(気をつけようもないのだが)

と言いながらドアを開けて中へ。
案の定、中はいつもの悪臭とハエだらけで、汚染部分にはウジが這い回っていた。
驚いたのは、その後の遺族達のアクティブな動きだった。

「大して臭くないでねぇか」(スゴク臭いのに)

と言いながら、私を通り越してズカズカと中に入り込んでいったのである。ほとんどのケースだと、始め、遺族は私の背中に隠れるようにしているか、外で待っているかのどちらかなのに、この人達は違った。まさに強者達。

そして、更には、腐敗液のついたカーペットを素手で捲り挙げて、その下の畳の汚染具合を確認したり、ウジやハエのついた家財を気にもしないで触りまくっていた。

「使えるものがたくさんある」「田舎に帰らないといけないからあまり長居はできない」等と言いながら、腐敗液もウジもハエも、悪臭さえも気にする様子もなく家財道具・生活用品をまとめはじめたのである。しかも、マスクどころか手袋もせず、普段着のままで。

呼ばれて来たのはいいけれど、私が出る幕なし。遺族が私に依頼する作業内容がハッキリしないので見積りのしようがなかった。その前に、「この人達だったら、私の作業は必要ないかも」と思った。
そういう状況なので、私に依頼する内容が固まったら、再度見積もりに参上することにして、一旦は退散。

数日後、連絡が入り再び現場へ。中の荷物はほとんどきれいにまとめられていた。「まだ使える」「捨てるのはもったいない」ということで、ほとんどの物を持ち帰ったようで、残された不要品は少なかった。物を大切にすることはいいことだが、図太い神経だ。

ただ、それからが問題だった。大家は殺菌消臭をはじめとするフルリフォームを要求、遺族は荷物の撤去だけで充分と主張し、意見が真っ向から対立していた。
私は、第三者(専門家)として意見を求められたので大家側に立った。そりゃそうだ。腐敗死体の臭いがする部屋に新たに入居する人がいる訳がない。ただでさえ、完全リフォームしてでも、死人がでた部屋には入居者は入りにくいというのに。
遺族は

「このくらいの臭いは平気」「ウジやハエなんて、普段だってそこら中にいるもんだ」

と勝手なことを言っていた。この人達は普段どんな暮らしをしているんだ?腐敗液やウジのついた物を平気で素手で触れるような人達だから、もともとの感覚が違うのだろう(私が言うのもおかしいかもしれないが)。

とりあえず、私は不要品の撤去と簡単な消臭作業のみをやった。大家は自分の味方として加勢してほしそうだったが、大家vs遺族のトラブルに巻き込まれたくなかったので、作業をそそくさと済ませて退散した。


それにしても、特殊清掃を本業とする私が顔負けするほどの肝の据わった遺族だった。脱帽である。


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ハグ

2006-06-21 09:26:53 | 腐乱死体
ある不動産会社から依頼が来た。過去のその不動産屋:担当者からの依頼で仕事をやったことがあり、お互い全く知らない間柄でもなかった。

現場は少し古いマンション。近隣の住人が

「異臭がする」

と言ってきたらしい。不動産業も長年やっていれば、住民が「異臭がする」と言ってくれば腐乱死体かゴミ屋敷かどちらかしかないと判断する。あとは、せいぜい排水溝の問題くらいである。

今回は、腐乱死体だと判断したらしく、

「ドアを開錠するので立ち会ってほしい」

という依頼だった。


現場に行ってみると、やはり腐乱死体の異臭が漂っていた。異臭の原因は腐乱死体に間違いない!
いつも通り手袋をして、ドアを開けるため鍵を預かった。

手袋を着けている間、一応、ドア回りを見回したら、ドアの淵が妙に湿っていて、よく見ると隙間にかすかにウジの姿が見えた。


「遺体は玄関ドアから近いところにあるな」

と内心警戒しながら、何となくイヤーな予感がしたので、

「第三者が最初に開錠して、後々に法的な問題が発生したらマズイから」

と、不動産屋に鍵を返して、不動産屋にドアを開けてもらうことにした。

「あ、そうですかぁ・・・」

と言いながら、少し嫌そうにしながら不動産屋は鍵を受け取った。不動産屋が嫌そうにしたのは、私だけが着けている手袋が気になったからであって、中の状況に不安感があってのことではなかったと思う。

渋々、その不動産屋は開錠・ドアを開けた・・・その途端、腐乱死体が不動産屋に抱きつくように被いかぶさってきたのである。
死体は、ドア金具に紐を掛けて首を吊ったまま腐乱していたのである。

不動産屋は

「ぎゃーっ!!!!!」

と悲鳴をあげて倒れこんだ。そして、その上には腐乱死体が!私も驚いて

「ウワ~ッ!!」

と声を上げて後ずさりしてしまった。


もう、ビックリして頭の中が真っ白になった。
とりあえず、この場は何とかせねば!不動産屋は自分にのしかかってきた遺体を押し退けて言葉にならない嘆きの奇声を発していた。それはそれは悲惨な状況だった。

まずは警察を呼ぶべきなのに、不動産屋は

「先に俺を助けてくれ!」

という状態に。それでも警察に一報いれてから、消毒剤を使いながら汚れた身体を清拭し、汚れた服を脱がせ、私の着替用の予備作業服を着せてあげた。不動産屋の服や身体には腐敗液がベットリ着いて、とっさに遺体を押し退けた手は、それこそ腐乱死体の手のように汚れていた。

近隣の人も集まってきて、大騒ぎになった。
そのうちやって来た警察に、その場はバトンタッチして一時退散。

「もし開錠を自分がやっていたら・・・」と思うと・・・たまらん!
よく「虫の知らせ」と言うが、ウジの知らせで助かった!私であった。



ウジさん、いつもアナタを虐めている私を助けてくれて、どうもありがとう!


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