特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

密室(後編)

2007-12-07 08:05:49 | Weblog
私は、死人が絡まない仕事もやる。
消臭、消毒、害虫駆除、内装工事、不要品処理etc・・・
その中で、ゴミの片付けも大事な仕事であり、私はゴミ屋敷の片付けも何度となくやってきた。

ゴミ屋敷に縁のない人には分からないかもしれないけど、その主は老若男女・色々な人がいる。

「どうやったらこうなるんだろう・・・」
「どうやって生活しているんだろう・・・」
ゴミ屋敷を目の当たりにする度にそう思う。
しかし、その半面で
「俺には理解し得ない事情や理由があるんだろうな・・・」
とも思う。
人生は、人それぞれ。
しかし、どちらにしろ、他人に迷惑をかけるのはよくない。
特に、賃貸住宅や集合住宅は住民相互の思いやりとルールを守ることが大切で、そのために自分の生活を制限したりやりたいことを我慢したりすることも必要だと思う。


その日から何日か過ぎたある日、私宛に一本の電話が入った。
電話の相手は不動産管理会社の担当者だった。

「身内が見つかりましたよ!」
「そうですか!それはよかった!」
「賃貸契約の保証人に息子さんがなってましてね」
「そうですか!」
「だだ・・・」
「は?」
「事情を話したら怒りだしてしまって・・・」
「え?」
「〝家の中を見たのか?うちの母親がそんなバカなことするはずない!見てもいないくせに失礼なことを言うな!〟って、かなりの怒りようで」
「そんな・・・嗅げばわかりますから、とにかく現地に来てもらったらどうですか?」
「それが、住んでるところが遠いんですよ」
「どこです?」
「○○県の○○市」
「そりゃまた遠いですねぇ!」
「でしょ?だから、軽々しく〝来てくれ〟とも言えなくて・・・」
「そっかぁ・・・じゃ、○○さん(現場家主)に電話して実のところの伺ってもらうようお願いしたらどうですか?」
「それくらいならやってくれるかもしれませんね・・・頼んでみます」
「次は、〝またそれから〟ということにしておきましょう」
「了解です」

ゴミ屋敷の住人で〝いかにも!〟という雰囲気を醸し出している人は少ない。
家から離れたところでは、意外と普通に社会生活を営んでいるのだ。
仕事や外の用事も普通にこなし、普通に身綺麗にしている。
まさか、自宅がそんな状態になっているなんて、回りの人間には容易に想像できるものではない。

だから、今回の男性も〝母親宅がゴミ屋敷になっているかも〟と聞いても、ピンとこなかったのだろう。
それどころか、きれいに暮らしていた過去を知っていたのだから、反発心も尚更だっただろう。
「妙なことを言うな!」と激するのにも頷ける。
しかし、現実は現実として受け入れてもらわないと、他人がシワ寄せを食うばかり。
何とか、男性(息子)に女性(母親)へ接触してもらい、問題解決の糸口を探りたい私だった。


後日、再び担当者から電話が入った。

「息子さんが現場に来てくれることになりましたよ!」
「それはよかった!」
「一回きりのチャンスになるかもしれませんので、その時に現場に来てもらえませんか?」
「いつです?」
「○日の○時です」
「了解です!しかし、そうすんなりいくとは・・・何かあったんですか?」
「それがね・・・」

始め、女性に電話をしたらいつもの様子と変わらなかったので、男性は不審には思わなかった。
しかし、問題の核心を突くと、女性の返事は歯切れが悪くなってきた。
更には、〝心配だから様子を見に行く〟といった話になると、女性はなんだかんだと理由をつけてそれを拒絶。

以前は、男性やその家族が家に来ることを楽しみにしていた女性。
少々の用事はそっちのけで、喜んで歓迎してくれていた。
それが、ここにきてそれを拒んできたことに男性は大きな不審感を抱いた。
それで、女性には内緒で現場を訪問することを決断したのだった。


約束の日時。
我々の気分に反して、空は快晴だった。
既に、担当者とは同士・同胞のような間柄になっており、現場に関係ない雑談をしながら男性の到着を待った。

「この度はどうも・・・」
「遠方から、わざわざすいません」
待つことしばし、二人で建物の前にいると、いかにも〝遠方から来た〟といった感のする大きな鞄を持った中年男性が現れた。
そして、人が死んだわけでもないのに、私達は、何とも辛気臭い挨拶を交わした。

「数年前に親父が亡くなってから、ずっと独り暮しをしているんですけど・・・まさか・・・ね」
「・・・」
「昔は、きれい好きで家事も几帳面にこなしていたんですけど・・・」
「・・・」
「よく考えると、しばらく前から電話で話すときの様子が変でした」
「そうですか・・・」
「マズイことになってなきゃいいんですけど」
「そうですね・・・玄関を開けてもらえないと困るので、我々は少し離れたところにいますね」
「あ、大丈夫です・・・これがありますから」

男性は臆した表情に笑みを浮かべ、ちょっと得意げにスペアキーを掲げた。

「では、早速行きましょうか」
我々は三人でエレベーターに乗り、現場の階まで上がった。

「このニオイ、わかります?」
現場階の通路には、前の時と同じ悪臭が漂っていた。
そのニオイは男性にも認識できたようで、にわかに顔を強張らせた。

「我々は、ここで待っていますから」
私と担当者はエレベーターの脇、現場玄関から離れたところに留まり、女性宅には男性一人が向かった。

想像通りのゴミ屋敷になっていたら、それは玄関を開ければ一目瞭然のはず。
私と担当者が注視する中、男性は始めにインターフォンを押した。
耳を澄ませたが中から応答はなし。
更に、もう一度押したが、やはり応答はなかった。
女性は、居留守を使うことはないので、どうも留守のようだった。

男性は、おもむろに鍵を取り出し、ドアの鍵穴に挿入。
それは、私にとっても緊張の瞬間だった。
それから、我々が息を飲む中、男性は恐々とドアを引いた。
そして、開けたドアの奥に視線をやったかと思うと、男性は横顔を引きつらせてそのまま硬直してしまった。
その様は、中がどんなことになっているかを如実に表していた。

「よし!密室が開いた!・・・やっと私の出番が回ってきましたね」
私は、マスクと手袋を装着しながら、男性が呆然と立つ玄関にゆっくりと歩を進めるのだった。








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