プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★亡国のカネ

2018-06-14 14:09:12 | 日記・エッセイ・コラム
 北朝鮮の非核化に要する費用は、200兆円との試算を聞くと、貧乏人の性で、「日本の負担額は?」と、不安がよぎる。と同時に、「なぜ、日本が?}との疑問が頭をかすめる。

 菅官房長官は、それなりの負担の準備があると言ったが、「6カ国協議」の枠だけでなく、国連決議に基づき、各国が、応分の負担をすべき筋合いの問題だ。

 下種の勘繰りと言われそうだが、今までの「北の脅威」を「朝鮮半島の非核化」をに置き換え、9月頃に日朝首脳会談を設定すれば、秋の総裁選では「安倍再選やむなし」となる。

 本気で拉致問題と向き合う覚悟があれば、2002年に日朝でとり交わした「平壌宣言」に基づき、なぜ、積極的な当事者交渉を推進しなかったのか?

 安倍総理が、「これからは日本が当事者能力を発揮して、、」と語る言葉が、亡国の論理のように、うつろに響く。

★憂国

2018-06-13 09:17:39 | 日記・エッセイ・コラム
 米朝首脳会談の成果は、立場によって受け止め方が違って当然だが、一回の会談で、全てが解決すると期待する方がおかしい。

 評論家は、非核化への具体的なプロセスが不明確だと批判するが、私は、半年前まで、一触即発状態だった両国が、正常化の道筋をつけることで合意したことすら、信じがたい出来事だ。

 むしろ、非核化に要する費用をアメリカは負担せずに、日韓で支援するとトランプ大統領に言われても、なお、「拉致問題に言及したことを感謝する」と発言する安倍総理の卑屈さを懸念している。

 こんな軟弱な外交姿勢では、「解決済み」と主張する北朝鮮相手に勝ち目はないし、荷を下ろしたアメリカが、当事者能力の発揮を求めるのは明白だ。

 それよりも、韓国・中国・ロシア政府が、日本の外交力を見透かしている気がしてならない。

★無気力

2018-06-12 09:26:09 | 日記・エッセイ・コラム
 娘家族が、5月末にオーストラリアへ帰国して、心にポッカリと穴が開いたようで、空虚な気分が抜けず、何をするにも無気力で怠惰な生活に陥り、ブログを書く気さえ失せていた。

 それを察したのか、長女が9日から昨日まで、帰郷してくれ、一緒に過ごしたおかげで、ようやく少し元気を取り戻しつつある。

 なぜか、藤田まことが歌った「夜のララバイ」(作詞五木寛之)の歌詞が思い出さて侘しい気分になる。「優しいという字を人を憂うと読んでみるいつもそのこと思うたび、、、」や「偲ぶという字を人を思うと書いてみる、、、」のフレイズが心に響く。

 老いとは、かくも気弱にさせるものなのかとしみじみ思うが、雨模様が憂鬱な気持ちに拍車をかける。

 

★高齢者講習を終えて

2018-06-07 08:18:37 | 日記・エッセイ・コラム
 車の免許証更新で、75歳以上の高齢者の場合、認知機能検査で76点以上であれば、2時間の合理化講習を受ければ、更新資格を得る。

 内容は、講義と運転適性検査、並びに、実車指導なので、よほどのことが無い限り、通過できるとタカをくくっていたら、思わぬ落とし穴が待ち構えていた。

 視力測定で、「夜間視力」と「動体視力」、「視野検査」の三つは、問題なかったが、「静止視力」で日頃の不安が現実になった。

 「法定静止視力」は、右・左0.3以上で、両眼0.7以上のところ、0.3と0.8で、限界ぎりぎりの合格となった。

 実車運転で脱輪したり、車庫入れが出来ない人達がいて、自主返納した方が賢明だと思ったが、視力の減退だって、運転適性を欠く要素に変わりがない。

 高齢者講習を終え、更新手続きを残すだけになったが、他人事ではなく、「転ばぬ先の杖」で、免許証の返納を考える時期が近付いてきた気がした。

★日豪の違い:親の管理責任

2018-06-06 09:41:28 | 日記・エッセイ・コラム
  小学校の昼食に、能登牛丼が供されると、生徒たちは、「美味しい」を連発したニュースをみて、米牛やオ豪牛を使ったとしたら、違いが分かるのだろうかと、意地悪な疑問が浮かんだ。

 日本では、みんな揃って着席し、同じ物を食べ、食べ残しを無くすように指導する。集団的な行動と好き嫌いをなくし、バランスの取れた食事をする。

 一方、孫が通うパースの小学校では、弁当持参なので、娘は、メニュー作りに苦労している。また、学校や習い事の送迎は、親の責任。運動会や遠足などに参加する時は、親の同意書が必要で、学校に任せっ放しにはしない。

 日本のように「子供は社会全体で育てる」ではなく、両親の管理責任が極めて重い。家族の固い絆やイクメンの背景でもある。