散歩の途中で、川原のクルミの木にたくさんの実がなっているのを見つけた。形状からオニグルミであろう。秋になって実を見れば分かるだろう。
子どもの頃、近所に住むおじいさんと親しかった。おじいさんは、私にいろいろなことを教えてくれた。おじいさんは、いつも両手の手のひらにオニグルミをそれぞれ2個握っていた。私と話している時でも、手を休めずグリグリとこすり合わせていた。ずいぶん長い間そうしていたのか、クルミは、テカテカだった。クルミというより、磨き上げた石のようだった。私は、おじさんは、クルミを何かの目的で、磨き上げているのかと思った。あまりにテカテカ光っていたので、私もいつか作って見ようと思った。ある日、おじいさんに尋ねた。「どうしておじいさんは、いつもクルミを手で握って、グリグリしてるの」 おじいさんは言った。「中風にならないため」 「ちゅうぶって何」 「体の半分が、突然、動かなくなってしまう恐ろしい脳の病気だよ」
当時はそれで終わったが、大人になって脳卒中が、以前「中風」と呼ばれていたと知った。よく分からないが、どうやら“悪い風にあたって突然倒れる病気”という言い伝えがあったらしい。私が子供の頃、近所のお年寄りは、中風と黄疸の人が多かったのか、頻繁にこの2つを耳にした。
私の子どもの時、毎日、近所の子が集まって、遊んでいた。ある秋、川のほとりのオニグルミの木に実がたくさん付いた。みんなで登ったり、木を揺すったりして、実を採った。身を食べようとしたが、殻が石硬い。大きな石で叩いた。粉々になったクルミ。殻と身が混じり合っていた。それを一斉に子どもが手を出して、口に運んだ。食料不足の時代だったので、季節ごとに食べられるものへの関心は高かった。採れたクルミの実は、子どもだけで食べきれる量ではなかった。私は、近所のおじいさんが、いつも中風にならないようにとオニグルミを手で握って、こすっていたことを思い出した。
みんなで中風予防のクルミを作った。皮をはぎ、殻だけにした。薄いベージュ色でおじいさんのクルミの色と全く違った。おそらくおじいさんのクルミは、長い時間をかけて、人の手の油とクルミの殻の油がにじんで、出た色だったのだろう。しばらくの間、町の子どもが皆、手にオニグルミを2個握っていた。皆で同じことをする。近所の悪ガキの連帯感が高まった。
子どもは飽きっぽい。1週間も続かなかった。1人やめ、二人やめ、いつしか子供たちの手から、オニグルミが消えた。私のクルミも、薄いベージュ色のままだった。
時が過ぎ、今、近所のおじいさんの年齢を超えた。すでに狭心症などの病気をしている。脳の検査でも、血管の狭窄が指摘されている。ちまたでオニグルミを手で握って脳卒中予防に効果があるという人はいない。私は、散歩しながら、本で読んだ医師が勧める、手の指の運動をする。右手は小指から左手は親指から、「1,2,3,4,5」と数えながら折り曲げ、また戻していく。
おそらくクルミのニギニギも、指の運動も、脳を使い活性化させる効果があるのだろう。秋になってオニグルミが採れるようになったら、4個いただいて、ニギニギして黒光りするようになるまでグリグリゴシゴシやってみよう。薬、サプリメントよりは効果がありそうな気がする。