団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

トーヨー・キッチンと高島屋

2019年04月10日 | Weblog

  イタリア人の友人が以前、イタリアのハタの魚スープが懐かしいと言った。私が住む町は海に近く、良い魚が手に入る。その友人夫妻を招いて魚スープをご馳走した。彼が言っていたハタ、ホウボウ、カサゴの良いモノを手に入れた。どこの魚屋でも売っているという魚ではない。行きつけの小さな魚屋は、朝、親戚の漁師から直接仕入れて持って来る。他にもクロダイを買った。まずオリーブオイルで魚を炒める。そこにたっぷりのイタリアントマトを加える。これを4時間から6時間、湯煎にかけた鍋の中で煮詰める。それをシノワ(西洋こし器)でじっくり濾す。味付けをして皿に入れ、別に食べやすく用意して温めたハタ、牡蠣、カニなどを入れた。友人夫婦は、喜んでくれた。

 魚は家の台所で自分でさばく。ウロコを落として内蔵とエラを外す。ヒレや骨やトゲで怪我もよくする。作業は台所の流しで行う。これが泣き所。ウロコは流しから飛び出してあちこちに飛び散る。魚専用の流しではない。食器を洗ったり、野菜の下ごしらえもする。今住む集合住宅はとても気に入っている。ただ台所があまり調理に優しくない。それは設計者がデザインに重きを置き、調理に興味がなく、台所で働く人、特に女性の事をあまり考慮に入れてなかったからであろう。

 凄い流しを見つけた。TOYO KITCHENという会社の『i-kitchen CUBE』。妻と二人暮らしにはピッタリの大きさ。今の台所をより広く使える。新宿高島屋の10階のリビング・インテリアフロアに実物が展示されているという。早速、見に行った。素晴らしかった。気に入った。魚の処理が流しの中の備え付けのまな板でできる。ウロコ対策もバッチリ。実に使う者の身になって設計されている。細かいところにまで気が行き届いていた。大満足。

  コキイチでシュフの私は、妻が病院で働いている間、多くの時間を台所か買い物で過ごす。下ごしらえには時間がかかる。それはネパール、セネガル、旧ユーゴスラビア、チュニジア、ロシアでも同じだった。日本のようにキレイな野菜を売っていなかった。ニワトリは丸ごと売られ、肉も塊、魚もとても刺身で食べられる代物ではなかった。まず食料は流しで下ごしらえしなければならなかった。泥、腐敗を除いた。ただどの国でも借りていた住宅が外国人用だったせいか、流しも大きく2曹でオーブンも大型だった。日本に帰国して困ったのは、流しが1曹で小さく、オーブンがなかったことだ。

  人は、それぞれ価値観が違い、どこにお金をかけるかが違う。15億円もするクルーズ船、自家用ジェット、フェラーリなど車に、海外旅行に、ブランド物の時計やバッグやハンドバッグに、服装にと。今年の1月再び心臓の血管狭窄が見つかりカテーテル手術を受けた。年齢的にも残された時間は少ないと感じた。だから動けるうちは好きな調理を楽しみたい。最後に残された欲は、食べること友人と過ごす時間。ならば私は食材と調理器具設備にお金をかけたい。そこで台所を改装することにした。予算は100万円以内。

  高島屋での対応はひどかった。商品知識がない。そこでTOYO KITCHENの青山の展示場に行くことにした。3月24日日曜日、妻の貴重な休みの日に二人で出かけた。これだけのために往復4時間。行かなければよかった。私たちが行く場所ではなかった。他に数組の客がいた。一組の家族は1千万円もするようなシステムキッチンの商談をしていた。両親と小学生ぐらいの男女二人の子。係は丁寧に対応していた。そのハイソな雰囲気に気持ちが萎えた。店の女性がまるで旅客機のキャビンアテンダントのように飲み物を運んできて差し出した。私たちは、12時を過ぎて喉も乾き、腹も空いていた。対応した係は、やる気が見られなかった。対応はレクサスの販売店へ軽自動車があるかと尋ねたような扱いだった。ならば入り口に看板を出せばよい。「予算500万円以上の方以外入場お断り」 しかし『i-kitchen CUBE』のカタログには日本の狭い台所のために設計されて付帯工事を除く本体価格は44万円からとある。いったいこの会社は、どちらを対象にしたいのかわからない。私は台所の写真、見取り図、どう改装したいのかを箇条書きにしていた。それに対してダラダラと煮えたか沸いたかわからない説明を小一時間聞いた。最後に近日中に見積書を送ると言った。妻の名刺を渡した。

  それから音沙汰がなかった。ついには私と妻が賭けをした。私は見積書を送ってこない派。妻は来る派。妻は勝ったら好きなものを買ってと言う。4月4日高島屋からメールが来た。すでに12日経っていた。私の負け。でも見積書の宛名が違っていた。失礼な。そして見積書を開くにはパスワードがいるという。別のメールでパスワードが送られてきた。入れた。「〇〇は表示されません」の表示。パソコンはブラックボックスである。結局私は違う人の名で送られてきた見積書を開けなかった。商売には気配り目配り手配りが不可欠。

  『i-kitchen CUBE』を買って台所を改装すると決めて人生最後の楽しみを満たそうという計画はこうして途絶えた。どんなに良い商品であっても売る側が、それを買う側に伝えられない熱意のない殿様商売ではダメ。これでは工場でこれほどの素晴らしい製品を作っている人々は浮かばれない。私は今まで通りの流しで魚のウロコを飛ばしながら調理を続けることにした。『i-kitchen CUBE』は夢だったのだと言い聞かせながら。


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