Breathe & Stretch 〜マインドフルネストレーナーのメモ帳〜

縁あって辿りついたマインドフルネストレーナーの仕事。悩みは色々あれど、喜びや楽しみが増えていきますように。

マインドフルネス心理療法での拠点「北陸マインドフルネスセンター」開設。

マインドフルネス心理療法は、第三世代の行動療法で、日本ではまだ新しいものです。

北陸マインドフルネスセンター」ではマインドフルネス心理療法のうちの「自己洞察瞑想療法(SIMT)」で
うつ・不安障害の方を中心としたサポートを行っていきます(福井・石川・富山)。

このまま何もしないでいるとメンタルヘルスが悪化し、仕事や家事に支障を来しそうな予感のある方や、
通院しながら急性期は乗り越えたかなと思われている方、お薬を減らして行く過程にある方で、
なるべく自分の力で乗り越えて行きたいとお考えの方は、お気軽にご相談ください。⇒こちら
(病状によっては効果が確認されていないケースがございます。診断を受けていらっしゃる方は必ず事前に
お知らせください)

フェルデンクライスメソッドのプラクティショナーになって思うこと

2018-08-28 15:29:12 | マインドフルな日々
5月に、2014年12月からトレーニングを受けていたフェルデンクライスメソッドのトレーニングコースが終わり、無事にプラクティショナーになりました。



思えば、2013年の春から、背中の痛みがひどくなり、いろいろ対処してみて、最後は心と身体は切り離せないものと素直に認め、

ロルフィングのセッションを経て、フェルデンクライス・メソッドに出会ったのでした。

ロルフィングでは、いろいろ発見はあったけど、多分、ロルファーの方にもずいぶん頑固な体癖があると思われていたと思います。

フェルデンクライスでも、最初の2年は、本当に苦労しました。

1つどこかがよくなると、1つどこかの違和感が強くなるみたいな、調和の取れなさがずっとあって、思うような変化がありませんでした。

後半の始まりで、背骨の動きに大きな気づきがあり、そこから少しづつ自分の身体になにが起きているかわかるようになり、

卒業した今、またさらに理解が深まっているというそんな感じです。

フェルデンクライス・メソッドは、アレクサンダー・テクニーク、ロルフィングと並んで、身体と心は本来1つであるという前提での身体教育法です。

長い間、腰痛で悩みました。

筋肉を鍛えたり、背骨をバキッとか、ゴキっとかやっていただくような整体にも行きましたが、翌日には効果はないものになっていました。

だって、戻るんですもん・・・

でも、これは、フェルデンクライスで、なるほどなぁーと学んだのは、脳が痛みを引き起こす身体の使い方を覚えてしまっているのだから、

それを再学習させなあかんよね・・・ってことなんです。

痛みを引き起こす身体の使い方をやめて、新しい動きを見つけていくのです。

それがもうなんというか、まどろっこしいというか、ちっとも効率よくいかないのです。

そうです、所詮、人間は機械じゃないんですから、手っ取り早く、ちゃっちゃっちゃー、なんていかないわけです。

ゆっくり、少ない力で、1回1回の動きが新鮮なものになるように、何か少しでも変えてみる。

そんな地道なプロセスの中での「気づき」を手がかりにして、動きを探していくわけです。

拙速な私には、そんなことが最初の2年ぐらい本当にできなかったんです(汗)

今は、まだまだ自分の身体がよくなっていくという希望があります。

何年間も、力が入りすぎて、決して楽に動いていたと思えませんが、新感覚を味わっていくことになると思います。

指導の方も、レッスン数をもっと増やして行きたいと思います。



フェルデンクライス・ジャパンのホームページにも、プロフィールを掲載していただきました。

レッスンがより良いものとなるように、経験を重ねていきたいと思います。
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出張時にどうしてもビジネスキャリーを使いたくないから探してみた

2018-08-07 21:09:40 | 出張先にて
久しぶりに更新します。7ヶ月ぶりです。

その間、仕事の方も近年にない変化があり、また出張を伴う仕事生活が始まりました。

出稼ぎです!

あながち違うとも言えない・・・(苦笑)

金沢Uターン以来、東京と金沢の往復は、当たり前だったのですが、この春から関西往復生活です。

東京在住の頃は、どちらかというと東日本、九州の仕事が多く、関西での仕事はあまり馴染みがなく、最初はすごく緊張しましたが、

ようやく最近慣れてきました。

ただ、3年半住んだ関西ですが、

JR北陸線のサンダーバード号が揺れることと、大阪駅・梅田駅のエスカレーター・エレベーターの位置が頭に入っていないので、キャリーバッグを持っていると階段と遠回りの刑に処せられる(涙)

で、訪問時に必要なビジネスバッグにサブバッグを持ったり、ビジネスバッグにショルダーベルトを使って肩掛けにしてみたり、荷物を減らす努力をしてみたりしていたのですが、

全く持ちづらい生活が5月から3ヶ月続き、いい加減に解消しようと思って、見つかった組み合わせがこれです。



ロンシャンやヤマト屋さんなども検討したのですが、

決め手は左側の茶色いトートバックの持ち手の長さです。
肩にかけるにはもう絶妙な長さで、個人的にはもう完璧です!

で、これは、もともとこんなコンパクトな形で届きまして、



広げると、まだまだタタミジワがフレッシュです。



折りたたみのサブバッグ仕様ですが、エコバッグみたいな感じではなく、生地はしっかりしています。
(でも、ラグジュアリー感はない)

そして軽い!

もう1年生ながらレギュラーの働きです。

靴を2足持ちで、ミニアイロンも必携でき、1泊なんてもう全然余裕です。

ラグジュアリー感は全くなしなんですが、この3ヶ月の不都合は、2700円であっけなく解消しました。





すごくたくさんのカラーバリエーションがありますが、真っ黒は避けて、茶色の千鳥格子を選びました。

東京在住の頃、大阪の講師仲間の1人が、いつもカバンを2つ持ちだった理由がわかりました。

体を楽に使うためには、いろいろ工夫ですが、これで快適になり、胸をなでおろしております。
そしてコインロッカーに預ける時は、500円→300円コースとなります。

やればできる。
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ダンボールコンポストで生ゴミの堆肥化に挑戦

2018-01-07 23:38:39 | 消費生活アドバイザーとして
金沢市では、2月からゴミの減量化を進めるために、有料のゴミ袋を購入することになります。

Uターンする前に暮らしたいくつかの自治体の中では、すでにゴミ袋が有料だったので抵抗はありませんが、
思うことがあって、以前から気になっていたダンボールコンポストを始めてみようと思いました。

挑戦したこともあるのですが、当時は1人暮らしで、出張で家を空けることが続いた場合にかき混ぜることができない間に、
虫が発生したという苦い記憶がありまして積極的になれなかったのですが、

今回は、家族の誰かが混ぜてくれるでしょうってことで、虫の発生しづらい冬のこの時期にスタートです。

ありがたく参考にさせていただいたサイトは→こちら

・ピートモス12リットル
・くん炭6リットル



のみを購入しました。

あとはダンボールと新聞紙。

ダンボールの8分目ぐらいまで入ってしまい溢れるんじゃないかって心配しましたが、
大晦日からお正月のゴミの収集がない時期の生ごみは全てこちらに直行。

少しづつしんなりしてきましたが、まだ分解されている感じはなく・・・

さて、いい感じに堆肥化するでしょうか?
庭での野菜作りに使ってみたいと思います。


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今年も金沢の冬の味覚:大根ずしを手作りしてみた

2018-01-07 22:52:46 | ふるさと・石川
昨年に引き続き、今年も漬けました「大根ずし」。
石川・富山で冬の寒い時期に食べる郷土料理です。

主に大根と魚の麹漬けという風情です。

かぶらずし」の方が、知られているかもしれません。

大根3キロ漬けました。参考にしたレシピは→こちら



我が家は、大根にしめ鯖を挟んで麹(甘酒)で漬ける方式をとっていますが、

ザクザク切った大根とニシンを麹で漬けるというのがオーソドックスみたいです。

大根の塩漬けに5日、麹に漬けて4日(本当はもう少し漬けたかったが待てず)で完成しました。



麹に漬けてからが少し浅かったので、お味が心配でしたが、問題ない仕上がりでした。

子供の頃は「こんなの絶対食べられない!(不気味)」と思っていましたが、今は、たまりませんね〜

時間とともに味が変わっていく楽しみもあります。
購入するとそれなりのお値段になりますので、もう断然手作りです。

母も高齢になり、主に作業は私が担当しながら、作り方を習いつつ。
来年は1人でできるようになっているかもしれません。

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2018年のマインドマップ:戻りながら超えていく

2018-01-04 23:53:35 | マインドマップを描く
今年も、年初恒例のマインドマップを書きました。



2009年に、セミナーを受けて以来、年初には必ず書いて1年のはじめに、自分が願っていることをざっくりと明確にしています。
ちょっと見返してみると、瞑想を始めたのは2013年からだったようで、あれから5年近く生活の中で瞑想を実践し、体で理解してきたのだと思います。


昨年と今年を見比べると、重複が多いのは、やはり時間のかかることを地道にやっているということなのだと思います。
そして飽きてない!

簡単には崩壊することなく、自分にとって心が向かう方へ焦点を当て続けているのは、自分でも満足しています。
行きつ、戻りつ、深めつつ。

昨年との違いで言うと、仕事における営業について。

これ、3年間の新天地での種まきを経験して、自分なりのスタイルが見えてきた感じがしています。

むやみやたら、異業種交流会や人が集まるところに行くとかSNSでの集客とか、自分の仕事に関してはほとんど影響なく

好きでもなく、心が動かない。。。

たくさんの人から承認なんてされなくてもいいんだ、必要な人に出会い続けることが大事。

で、やっぱりホームページからの問い合わせが多いこと。
お客様となった方のすべてが、ホームページと紹介であること。

今年は早々にライティングスキルを見直したいという気持ちに駆られています。

そして、今年は月に1人はビジネスパーソンを取材に行くと決めました。
たくさんじゃなくていいんです、年12人出会って、そこから知ったこと、学んだことを発信していく。

人のことを書きながら、自分のことを知ってもらえたらいいと。

プライベートでは、実家が引っ越して以来、なかなか手がつけられずにいた庭の大改造に着手。
樹をを切ったり花壇を整備したり。

あとは、ここ数年間、意図を持って抑制してきたことを、もう一度、丁寧に発揮していくこと。
同じことをやっても、どう変わっているのか少し楽しみでもあり、謙虚さを持って。



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心のどこかで命あるものはいつか死ぬんだと思って暮らすこと

2017-11-10 19:26:19 | マインドフルな日々
昨日、友人が飼っていたうさぎさんがお月様に帰ってしまいました。

わが家の愛兎:あおさん(本名:あおぞら)が、わが家にやってきて、11ヶ月。
その間に、2人のうさ飼いの先輩さんのところのうさぎさんが、お月様に帰ってしまいました。

2羽ともご長寿うさぎさんでした。
最後は、熱心な介護があってのことと思われます。

うさぎとは実に表情豊かで、学習能力もあり、きれい好きで、本当に愛らしいもので、飼っていても本当に癒されるわけですが、

私なんかよりはるかに過ごした時間が長く、いろんな喜びや悲しみの時にも一緒にいたのでしょうから、亡くなってしまったことを思うと、

なんともいたたまれません。

どんだけ悲しいだろうな・・・
まだまだ一緒にいたかっただろうな・・・

あおさんはまだ元気ですが、1年目からこうして大切なうさぎさんの死を知ると「この子もいつかは死ぬんだな」と思うことが度々あります。

そんな気持ちで見ないで・・・ってあおさんは思っているかもしれませんが、



私としては、そうやって1日1日、飼いうさぎとして生きることになったあおさんにとってなるべく快適に過ごさせてあげたいなと思っています。

あおさんは、利口で飼い主を困らせることはほとんどないのですが、

私の都合で去勢したり、私の都合で草食動物としての食事が乱れたりすることがないよう、あらためて食事のバランスに気をつけて行こうと思いました。

そして、あおさんも長生きできますように。

亡くなったうさぎさんもご家族の方も本当に最後の最後まで命に真剣に臨まれたと思います。

どうか静かに静かに悲しみが癒えていかれますように。

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不注意で、衝動的で、暴力的で、破壊的で

2017-10-10 10:28:59 | マインドフルな日々
すっかり秋になりました。私は秋がいちばん好きです。

涼しくなったので、家の中の開かずの間を、姉と一緒に断捨離したり、庭の草むしりや木の剪定をしたりして、夏の間の横着な生活を修正しています。

ふとこの夏の出来事を反芻していました。

自宅の前は、駐車禁止なのですが、隣のマンションに出入りする方が路上駐車をされます。

ある朝、出かける準備をしていると、ライトをつけっ放しにしている車が停まっており、中で男性が爆睡の様子でした。
車の窓から頭が外に垂れて出ていました。

そして、お目覚めになって、エンジンをかけようとすると、かかりません。
バッテリーが上がってしまったのですね。

私は、あたふたと出かける準備をしており、また充電の装備もなく、なんのお手伝いもできなかったのですが、

何度も何度もエンジンをかけようとする音が続き、そのうち暴言とともに、車を蹴る音が聞こえてきました。

「車は何も悪くないのに。昨夜あなたを守ってくれたのに。」

この光景は、私にはとても衝撃的でした。

きっと、昨夜、とてもとても疲れて、彼は車の中で寝てしまったのだと思うのです。

それでも、このようなことが、世の中から少しでも減って欲しいと思いました。

それは、彼に限らず、私にだって起きうること(いや、過去には起きていた)だから、余計そう思うのだと思います。

この方に「マインドフルネス」という言葉は届かないかもしれない。

それでも、このようなことが世の中から少しでも減って欲しいと思いました。

慎重すぎたり、考えすぎて苦しくなる場合もあるけど、注意や思慮が足りないことで、自分や他者を苦しめたり、痛めてしまうことがないように。



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うさぎのいる暮らし:うさぎを飼ってみたら、実にかわいらしかった件

2017-08-31 20:30:31 | 自分にチャージ
今年の2月にうさぎを飼い始めました。

バニファドワーフという「バニーファミリー」さんというショップオリジナルのドワーフ系のうさぎです。

名前は「あおぞら」と言います。
呼び名は「あおちゃん」→「あおしゃん」→「あおさん」と変わってきています。

なぜ飼い始めたかというと、高齢になった両親にとってアニマルセラピーになるかなと思いましてのこと。
私自身は、決して動物が好きなタイプではありませんでしたが、何か飼ってみたいなとはぼんやりと思っていました。

もともと父は猫を飼いたかったのですが、動物嫌いの母によってその願いは叶わず、その母は、うさぎなら子供の頃に
世話をしたことがあるので大丈夫かも・・・ということで、父は猫は諦めうさぎもいいなぁということでうさぎに決定。

父の知り合いがうさぎのブリーダーさんで「バニーファミリー」さんを経営しており、
車で3分ほどのご近所でもありまずは見に行ってみようということで。

飼うなら立ち耳で、ピーターラビットみたいな色がいいなぐらいにしか思っていなかったのですが、
目があってしまった・・・

自宅の環境は全く整っていない中で、そのままお迎え入れをしました(汗)

うちに来たばかりの時は、緊張してケージの隅っこに(しかしこの後、2日連続で脱走した・・・)



半年前から、うさぎの飼育については、いろいろ調べていたのですが、オスメスの習性の違いなどはノーチェックのまま
オスのうさぎを迎え入れてしまい、

後になって、思春期ならではのスプレー行為(おしっこ飛ばし)のことを知り、飼育が面倒にならないかと自分が心配になり、
実際にケージから出したところでおしっこをしたり、スプレーをしたり、




こんなかわいい顔して出せ出せ攻撃を仕掛けてきたり



餌の牧草(チモシー)が散らかったり、どうしたものかと思いましたが



人間でいうとまだまだ幼児に相当し、こんなクリクリな目でひねりジャンプをしながら喜んで走り回っているのをみると



「それがうさぎの習性なんだからしょうがないよね〜」って思うほかないです。

ケージの外で遊ぶ時は、外専用のトイレを置いたことによって、そこでちんまりと用を足しています。
最初は寝床と区別がつかなくてこんなこともあったなあ・・・



私は、このフワモコ系のペットを飼った経験がないため、最初はどうなるかと思ったのですが、
不慣れなお世話係の手をあまり煩わせることがなく、最近は私が怒ることも、あおさんが「足ダン」などをして
怒ることもあまりないです。

主食である草とペレットはしっかり食べてくれます。
あおさんの場合は、生野菜や果物は関心がないようです。



そんなかわいい顔で見られたら、ほかのことに手がつかんようになるからやめてくれる?って感じです。

兎にも角にも健康ならそれでいいんです。
ですから、あおさんは、おしっこをしてもウンチをしても褒められます(激甘飼育)。

夏の暑さもよく乗り越えましたーーーっ
不在が長く続いたのですが、家族が役割を分担してお世話してくれました。

初めの頃は、うまく育てられるかなぁと心配になったり、こんなにかわいいのにいつかは死ぬんだなと思うと
まだ先のことなのに早くもペットロスのことを考えて怖くなったり、悲しくなったり、憂鬱になったこともありましたが、

私が、後にも先にもうさぎを飼うのは「あおさん」だけになるような気がしていて、
後で後悔することなく、介護が必要になっても精一杯のお世話をしたいと思っています。

最近は、だいたいこんなポーズでくつろいでおります。



ごく稀に、ビヨヨヨヨーン(泡)



もうすぐ生後9ヶ月になりますが、まだ人間だとティーンエイジャーなあおさんです。
ちょっとお兄ちゃん顔になってきました。



本当に、かわいらしいものです。
我が家の家族になってくれてありがとう。
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うつを治すという明確な意図を背景に持ったマインドフルネス:自己洞察瞑想療法(SIMT)での回復を支援して

2017-07-26 09:14:02 | マインドフルな日々
ものすごく久しぶりに更新します。

いろいろ発信する媒体が増えると、ついついこのブログの更新がおろそかになってしまいます。

更新しなくても、過去の記事を閲覧していただいているようで、さすが10年以上継続していると
それなりにアクセスがあって自分でも驚きます。

さて、このブログを更新していない間に、金沢の方で昨年立ち上げた「北陸マインドフルネスセンター」では、
回復者の方が、少しづつ体験談を書き進めてくださっています。

10ヶ月の自己洞察瞑想療法のセッションは、本当に、クライアントさんもサポートする私も地道な取り組みです。

うつ・不安障害を治すマインドフルネス―ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」
クリエーター情報なし
佼成出版社


そんな中、終了者の方のうちお2人が、体験談を寄せてくださいました。

随時追加予定→回復者の皆様からの体験談

開始時は、藁をもすがる思いで、お出向きいただいたかと思うのですが、
終了時には「同じ境遇の方に、自分の体験を生かしてほしい」という自分を手放し
「世のため人のためモード」の心境になるのですから、もう見た目も別人の風貌と言えるかもしれません。

私には最近気になることがあります。

それは、

マインドフルネスは少しづつ認知され、ブームになりつつあるようです(金沢ではそんな感じはしないのです)が、
書籍を読んで自己流でやっている、付属のCDのガイドでマインドフルネス瞑想をやっているのに、

一向によくならない、それどころか、

どんどん悪化しているように感じられるというお知らせを当センターだけではなく、別の方からも伝え聞くのです。

このようなことが起きうることは、マインドフルネス瞑想療法士の養成講座でも
大田健次郎先生からうかがっていて当時はピンときていませんでしたが、
今は「そりゃそうだよね」と思えます。

それはなぜか?

私が思うに、呼吸に注意を向ける「マインドフルネス瞑想」だけでは、症状を減らすには不十分だからです。

支援してみて、

症状の程度にもよりますが、めまい、吐き気、動悸、鉛のように体が重いほかの身体症状に
深刻な不調がある場合、その他の実践を組み合わせることが、さらに回復の可能性、
スピードを高めていると確信します。

例えば、自己洞察瞑想療法は、マインドフルネス心理療法ですが、
マインドフルネス瞑想(呼吸法)以外に運動や日常生活でのこれまでやってこなかったような活動を通して、
行動を活性化したり、

行動時に自己洞察を入れ、自分の「今ここ」に気づく訓練を何度も筋トレのように行ったりします。
気づけば、不快な症状を生む、思考や行動、感情、感覚の織り成すパターンを変えることができる糸口を
見つけることができます。

マインドフルネス瞑想(呼吸法)はうつ・不安障害を治すごく1部のソリューションでしかありません。

ですから、

瞑想してるけど、よくならない、むしろひどくなっているということは、やり方の精度はもとより

悪化のスピードが、改善のスピードがより早いということが考えられます。

ですから、クリニックに行かなくてはならないと思いつつも、瞑想で何とかなるかもと踏みとどまっている方、
薬を飲みながらも自己流で回復を試みながらも、半年続けてよくなっている実感がない方は、

瞑想のやり方が、あってる間違っているという以前に、「治す」ためには、呼吸に注意を向ける
マインドフルネス瞑想だけでは不十分なのだという点を理解する必要があるのではないかと思うのです。

本当に症状を減らして元気を取り戻したいという願いがあるなら、
自己流でやっている人のマインドフルネス瞑想が、果たして大脳辺縁系(扁桃体、帯状回、海馬など)の亢進の抑制や、
背外側前頭前野を中心にしたワーキングメモリの活性にどれだけ影響しているのかという視点がないと

ただ、テレビで紹介されているからやっているうちになんとかなるだろうというのは、

人によってはちょっと楽観的すぎて注意が必要だと思えるのです。

テレビや書籍、雑誌で紹介されているマインドフルネス瞑想は、深刻な心身の症状を減らすことにコミットしていません。

ですから、治したい人は治すマインドフルネスを実践する必要があります。

マインドフルネスが広く紹介されるのはいいことですが、「治す」ことを目指している訳ではないということを
周知しなければいけないのではないかと真剣に思ってしまいます。

症状は十人十色であり、回復プロセスもまた十人十色なのだと思います。

この記事が「そんなことはないよ、ちゃんと効果出ていますよ」という方は、読み流していただければと思うのですが、

開始した後も、一向によくならない心身症状を抱えながらも「これでいいのかな」と迷いながらやっている方には、
少しこの記事が立ち止まるきっかけになることを願っています。
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立ち瞑想でよりマインドフルに:全身の観察からの気づきとともにあること

2017-02-17 10:38:12 | マインドフルな日々
2月に入って、左右の前腕が痙攣するという日が何度かありました。

パソコン仕事が多かったこともあり、同じ姿勢でいることも多く、前腕を酷使しました。

そんな中で、腕のフェルデンクライスメソッドのレッスンを思い出してやってみたりしてきたのですが、

肘を中心に、回内や回外の動きをゆっくりやってみると、肩関節、鎖骨、肩甲骨への自然な動きの流れから、
首へと骨盤へとさらに動きが連動していくのを観察するのが、なかなか面白いです。


もともとケガをきっかけにでうまく使うことができない左の股関節、そこが生じさせる様々な歪みやひずみ。

そのことを、嫌うのではなく、見なかったことにするのでもなく、逃げずにいとおしむことができるようになったのは、
昨年の春の激痛からの大きな気づきからです→こちら


そこで、

これまで行ってきた「静坐瞑想」を、「立ち瞑想」にする時間を増やしてみました。
ボディスキャン瞑想的ではなく、純粋に静坐瞑想でやっていることを立ってやっています。



僧侶の方の「托鉢」ってさらにこれに念仏が加わってるんですね。すごいなぁ。


個人的には、2週間経過し、ものすごくいい感触です。

フェルデンクライスメソッドのプロフェッショナルトレーニングコースで、前回、足をテーマにしたセグメントの時に、
いかに日頃使えていない足の裏の部分に気づいて、その部分をより頼りにしていくか、静的・動的な場面でどう力を預けて行くか
劇的な気づきがありました。

それ以来、「足の裏」の感覚をより頼りにするようになりました。
研修講師は立ち仕事でもあるのですが、今は足の疲れをほとんど感じていません。

足の裏にはたくさんのツボや神経がたくさんあって、「第2の心臓」と言われるけど、
注意を向けるということをやってこなかったもんなぁ。。。
もんだり、ツボを押してもらってってことはあったけど。

そんなプロセスを経て、

日頃のマインドフルネス瞑想の際に、全身を観察できることが増えました。
もともとは中央線や丸の内線の中が瞑想の場だった私にとっては、すんなりやれることではありましたし。


以前に比べれば、

フェルデンクライス・メソッドをやってきたことで、身体の内部感覚についての観察が劇的にできるようになっている
そんな自分が新鮮です。

この感覚ばかりを貪るのは、マインドフルネス瞑想としては本末転倒なのですが、結構好き。
他の作用の観察が嫌いかというとそうでもないし、全体として立ち瞑想がただ好きになっているのだと思うのです。


身体感覚に注意を向けることからこそ顕在化する潜在的な意識があります。

体の感覚に注意を向けることの効用って大きいです。
やはり「心身一如」です。

私の場合は、

向き合うのは、ケガのトラウマや諦め、こんなことしていても良くならないかもしれないという悲観などの雑念だったりします。
その雑念にも、最近は楽天的で愛情を持てるようになったのか、軽やかに流れ去っていくことを観察しながら同時に呼吸の観察。

ずれた体軸を、足のうらの感覚と骨盤の感覚を頼りに下から順に穏やかに整えていく。
衝動的に修正せず、ゆっくり整えていく。

自分を矯正しない、自分の体をコントロールしない、自分の体を人任せにしすぎない、まずは自分の体の声を聞く。

まだまだ道半ばですが、3年くらいやってるとさすがに何かが起きている感じがします。

マインドフルネスやソマティクスの実践がやっていることは本当に地味で地道なことです。

だから

こんなこと、ブームになんてなるのかしら?と、マインドフルネストレーナーとしては時代を斜めに読んでます。
困ってない人って、瞑想なんてするより違うことに時間使った方がいいかもって思ってるくらいですし。(爆)


私は、自分の体の異変を放置できなくなるというきっかけがなければできませんでした。

「目標」「達成」ということに囚われやすい私にとって、マインドフルネス瞑想は「達成」という価値観を緩やかに手放すよう
気づかせてくれるものです。

よくなるゴールイメージは必要かと思うけど、それに固執しなければ、それ以上の幸せな体験もできる。

引き続き大事にしていきたい習慣です。

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自分にとって「順調と思える時」と「決して順調ではないむしろ試練で不遇だったと思える時期」と

2017-01-14 06:48:51 | マインドフルな日々
出張で横浜です。



横浜は、幼い頃から父の仕事で縁のある馴染みのある街。
20代の終わりに2年住みました。

その時は、
自分の人生に於いて前代未聞のことが多く起きた時期、
私の人生の試練の始まりでもありました。

まだ若かったこともあり、
どう対処していいかわからずに
強行突破や自暴自棄な行動も多くあり、
自分の蒼さを振り返ります。

そこから8年で住まいを3度変え、
2人だった生活が1人になり、組織を離れ独立をし、
自分の人生を生きることができるようになりました。

1人だけど、寂しさはなく、
恐怖はあったけど、仕事に追われて麻痺していた時期
でもありました。

若い頃は思うように働けない時期が続きましたが、
決して腐ることなく、方向性だけは見失うことなく
地道な準備が基盤になり独立をしたように思います。

不安は色々ありましたが、
その後、研修講師の仕事をすることになり、
大切な仕事をいくつも横浜でいただいてまいりました。

この街で、鍛えられたと感じます。

当時は「なんでまたこんな難儀な案件ばっかり来るかなぁ」
と感じていたのですが、

今、振り返ると、この仕事での自分の提案力は、
ずいぶんと磨かれたと思うし、瑣末な対処方法の伝授ではなく

クライアントの組織の「使命」から、
一緒になって徹底的に「応対方法」を考え、実践し、
修正するということに「熱中」できた

そんな時期でもあったように思うのです。

講師としては、クライアントに、
厳しいことも言えるようになり、疑問を呈し、
クリティカルになることもでき、

評価を気にせず、
自由にやらせていただいた仕事ができた時期であり、
講師やコンサルを仕事としていく上で、
かけがえのない時期だったように思います。



今でも、この界隈を通るたびに、
真剣勝負の仕事の後の開放感を思い出し、
懐かしい気持ちになります。

クライアントとの間に、
営業力の強い研修会社を挟んではいたものの、
私の場合は、大きなトラブルは少なく、

本当に、仕事を通して成長できたことを
あらためて感謝しております。

今思えば、孤独な「戦い」となっていたこともあった。
でも、多くの縁に支えられていたなぁと。

横浜に来ると、

不遇だった時期と充実していた時期と
両方が想起されるのですが、
後者は鋭気を喚起します。
(だいたいそういう時は、ちょっと弱っていたりもする)

「今、ここ」だけではなく、
自分にとって元気になるそういう時間の想起は、
自分の棚卸しにもつながり時々は必要だなと思います。

金沢に戻り、
思うように仕事ができなかった時に、
久しぶりの仕事で仕事勘が鈍ったなと痛感し、
愕然としたのも横浜だったけど、
リベンジできて、また自信をつけたのも横浜でした。



この観覧車は、そんな感情が動く時に私の視野にあり、
そして私のいろんな感情を乗せてきたのかもしれません。
(そういえば、私自身は一度も乗ってないな。。。)

順調な時もあれば、どん底を見ることもある。
底を徘徊し続けると、光のある方を見たくなる時が来る。

誰かが支えてくれていて、私も誰かの役に立っていることを知る。

若い頃の私は、野心に満ち、
いかに早く、いかに遠くに、いかに効率的にたどり着こうか
ということが関心ごと。

それゆえ、壁にぶつかることが多かったなあと。

今も、基本的な性格傾向は変わらないと思うけれど、
「目標」とか「ゴール」という言葉に
さほど価値をおかなくなり、

最近は、多少なりとも「プロセス」に辛抱強くなった
と振り返って思います。

それは、自分にとって
「決して順調ではない、むしろ試練で不遇だった時期」を
いささか乱暴に過ごしてしまったという経験を経て、

何度も訪れる、
「決して順調ではなく、むしろ試練で不遇と思える時期」を
ゆっくり丁寧に過ごすことを覚えたのだと思うのです。

「決して順調ではなく、むしろ試練で不遇と思える時期」

そのじれったく、悶々とする時期を、
安易に認知を変えたり、小細工してやり過ごそうとか、
誰かの成功体験を当てにしたりなんかしなくて、
どっぷり浸って、浸って、浸りきって、
そうやって環境を受け入れながら、

自分の中から
「どうしても諦められないこと」として立ち上がってくる、
そういうことが、自分のまぎれもない原動力だったと
振り返って思います。

小細工だけでは乗り越えられなかったなぁ、私の場合は。。。

今は、北陸マインドフルネスセンターにて

「決して順調ではなく、むしろ試練で不遇と思える時期」

を生きるクライアントをサポートしているわけですが、
皆さん、身体症状を伴うがゆえに苦しい時期です。

でも、この苦しい時期は、
まさに新しい自分を産み出す「産みの苦しみ」
でもあると思うのです。

(だから、私は「産婆」みたいだ)

苦しいと感じる渦中にいると、なかなか気づかないのですが、
順調だとか、そうでないとかということも、
自分が決めていることであり、

振り返ってみて言えることは
そこには自分が日々成長することができて「経験」があった。

過ぎてしまえば、順調な時にも、そうでない時にも
等しく成長の機会があると感じます。

だから、順調かそうでないかという二択の味方に陥らず、
どんな時も「成長が続くプロセスにあるんだ」

そう思っていたいと思います。

こんなざっくりした感じではあるけども、
支援者としてのあり方も
磨かれ確かになっていくのを感じています。

過ぎてしまえば、万事OKだと思えるということは、
そのプロセスにおいても万事OKなんだろう、

今はそう言える感じがします。
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禅語:本来無一物:多様な人々が集う場所になっていく

2017-01-11 11:29:52 | マインドフルな日々
昨日、北陸マインドフルネスセンターの「第4回マインドフルネス瞑想実践会」を終えることができました。

オフィス街に近い金沢市武蔵が辻にある「ITビジネスプラザ武蔵」にて「椅子瞑想」を行いました。
後援をお願いした北國新聞社様には翌日記事にもしていただきました。

いつもやっている畳の上での瞑想会では会場都合で、人数が限られてしまうので、
今回は椅子の使える広めのセミナールームで行いました。

ホワイトボードのあるセミナールームだったので、ところどころ板書をしたりしながら進めました。

実践会が終了した後、皆さんがホワイトボードの内容をスマホで撮影されていて、やはり程よく情報を提供していくことも
必要なんだろうなぁと感じました。

瞑想の動機はそれぞれあると思うのですが、最初は女性の参加者の方が多いと予想していたのですが、
開けてみると各回、参加者のうち3割〜5割をビジネスマンが占めています。

多様な方々が、集まってくださることをうれしく思います。

人財教育の分野にいると、何か研修・講座・セミナーをやっていくと自ずと対象者を絞り、
集客を効率化するということが多々あります。

ですから、どうしても特定の事柄に興味を持った人とのつながりはできても、広く出会えるかというと
意外とそうでもなかったりします。

それゆえ、人それぞれ動機が異なるけれども、特定の動作に注意を向けるというただそれだけの
瞑想を通して、場に見えないつながりが「感じられる」というそういうひとときは

私にとって、とてもうれしいことです。

先日、我が家の座敷で「本来無一物」の色紙を見つけました。



私自身、この言葉から、日々の自分の言動を振り返ることがあります。

特に、私の場合は、

何らかの苦しみや痛みを感じる時、それは「分断」が引き起こしていることが多いと。

自分にとらわれ、特定の何かにとらわれ、調和を損ねている時。
そして、さらに調和にとらわれすぎている時(汗)

あー、もー、あれこれ考えててもしんどいので、

とにかく本来の目的を確認し直して、やってみながら振り返る、やってみてから振り返る
そうやって修正しながらやってみよっ的な、地道な積み重ねを楽しむことにしようと。

それが、自分以外の誰かの喜び、楽しみ、幸せのために少しでも役立っていればうれしいことです。

そこに、とらわれすぎてもなんなんですんが(汗)

無論、とらわれとか執着が、「こだわり」「美学」「ポリシー」「モットー」みたいに自分を突き動かすエネルギーに
なってイキイキと活動できていれば、それに越したことはないですよね。

そんな感じでありたいなぁ。

とらわれるとか執着してそれ以外ないみたいな「マインドレス」になってしまうことに早めに気づくこと。

昨日の実践会でも日々の自分の行動の中で「洞察を入れること」「Satiを入れること」の意義をお話しました。

静坐瞑想だけが瞑想ではありません。

日々の暮らしの中で、瞑想的になり、
暮らしの質感が変わっていくことに、皆さんと喜びや楽しみを見出し、共有できればと思います。

ずっと続けていきたいです。


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マインドフルネスの実践で増えた「人のために願う」こと

2017-01-08 22:10:03 | マインドフルな日々
うつや不安障害やその他の精神症状で悩んでいる方に「自己洞察瞑想療法(SIMT)」で支援して1年になりました。
私は幸い1年目から予想以上に多くのクライアントさんを担当させていただいているのだと思います。

そして、皆さまが苦労しながらも本当に熱心に課題に取り組まれる姿から、私もマインドフルネス瞑想療法士として
学び、成長しているという自覚があります。

自己洞察瞑想療法は、積極的に助言するというスタイルを持った心理療法ですが、
だいたいクライアントに助言する言葉が、少なからず自分に跳ね返ってきて苦笑します。

それゆえ、クライアントとともに成長していくという構造ができあがっていきます。

何らかの症状にお悩みになっている方は、笑顔になることは少ないかもしれません。
でもセッションが進むたびに、症状が減って、薬が減った、朝までぐっすり寝れたという日を重ねていくと笑顔を見る機会が増え、
私も嬉しくなります。

この時期は、新年のお年賀のお菓子をお手渡ししています。

金沢から南に行ったところにある小松市の「御朱印」という会社は、チョコレートコーティングされたお饅頭で知られています。
そこで「Littleりとる」という小さな御朱印を3個詰め合わせで数箱購入してまいりました。




で、自分用に、ホワイト・加賀棒茶・キャラメルというニューウェーブな感じでセレクト。

小さい頃は、このハイカロリーなスイーツも喜びまくって食べていたのですが、
最近は小さいのでも、あー、すごい甘いもの食べてる実感がある。。。

でも、まあ、ほっこりしますなぁ。。。

たとえ、数ヶ月前までは「こんなことをしてもらって申し訳ない」「気を使ってもらってすみません」「お返ししなきゃ」みたく
なってしまっていたクライアントであったとしても、

「かわいい」とか「きれい」とか「おいしい」っていう気持ちになったり、
たとえ少しの時間であっても、ゆっくりする、家族と一緒に食べる、そんな時間が増えていかれることを願っています。

最近、人のために「願う」という機会が増えたなと気づきます。
というか、クライアントさんが熱心なので、私は教えることだけ教えたら「願うだけでいい」というのが実情なのかと。

人はみな自分でよくなる力を持っている。本当にその通り。
それを私は弱くて小さな力で助けるだけでいいんだと、確信する日々です。

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高野山真言宗倶利伽羅不動寺にて「忍耐を養う」ことを再考する

2017-01-05 19:36:34 | マインドフルな日々
初詣は、元旦に、地元の神社に「今年もよろしくお願いいたします」とご挨拶を済ませていました。

今年は、酉年ということで、年女であることもあり守護尊の「不動明王」にお参りするために
石川県津幡町にある高野山真言宗別格本山「倶利伽羅不動寺」の鳳凰殿にも、併せてお参りに行ってまいりました。

御摩法にてお参りすることができました。
薪が赤々と燃える中での読経による祈祷は密教ならではのスタイルだそうです。

しかも、このお正月の間の初御摩法は1時間刻みで夕方まで行われており、僧侶の方々の祈りのエネルギーが
ひしひしと感じられ「ジーン」としました。

お正月にお寺に参るということが初めてだったこともあり、ちょっと緊張しましたが、
僧侶の方が経典をお唱えになる中で、テロのような報復がなくなることを願い、悲しい出来事が少なくなることを願いました。



御朱印をいただいた時に添えていただいた教法や運勢についてとても参考になりました。

神社仏閣で手渡されるこの種の資料から思わぬひらめきを得ることがこれまでにあったので、ありがたく拝読。
おみくじはひかない主義なので、さらにありがたく拝読。

教法の1月号のテーマが「忍耐を養う」というテーマに「うう、これ以上耐えたくない。。。」という思いを掻き立てます(汗)



内容は、仏教の教えに基づくものでした。

あくまで自分のためのメモとして残しておきます。

ーーーーーーー

1)忍耐は修行の最高の形、それを通して悟りに達するが、実践するのは困難でもある。

2)実践のための4か条として
 ・乱暴に扱われても寛容であれ。
 ・怒りに対して怒りでもって答えてはならない。
 ・打たれても打ち返してはならない。
 ・辱められても侮辱して返してはならない。

3)これらの修行は自分と他人を平等にみなすことを養う基礎となり、自分の態度を変えていくということを意味し、
 見返りなくこれを行うことができれば、多くの実りを得ることができる。

4)苦労が人を育てる。苦しみや悲しみを知れば他人の気持ちを推し量れるようになり、思いやりの心も養われる。

ーーーーーーー

積極的に苦労を選ぶ必要はないけど、やはり状況は刻々と変わるので、避けようのない出来事もあるし、
渦中にいると認知・解釈を変えるまでに時間がかかることもあり、やっぱり葛藤してしまいそうだなぁと思ったりもしますが、

「知恵のあるものにとっては、苦しみは重荷ではなく絶好の修行機会」と書かれているように、
時代を超えて、やっぱり「ピンチはチャンス」ってことか。。。

逆らわずに甘んじて受け取ること「も」、今後の避けようもない困難を乗り越える力につながるように感じ入りました。

「実践のための4か条」は、ちょっと自分なりの解釈を交えてしまって恐縮なのですが、
「反応的になってしまうことは少ないに越したことはない」としたいと思います。

「報復」ほど幸せと縁遠い感情はないと思っていますが、決して、黙って歯を食いしばって耐えろというわけではなく、
表現・行動に配慮・工夫した上で、「対処」することは日々必要かなと思っています。

反射的に反応するのではなく、対処する・対応すること。

しかし、苦しみは少ない方がいいなぁ。。。

でも、その都度、その都度、苦しみから学習していくことで、苦しみを減らすことはできると思うので、
苦しみも楽しみを「分別」しない、あるいは同等に自分を豊かにするものと思って日々過ごしていきたいなと思いました。

倶利伽羅不動時の鳳凰殿は23年間、金沢を離れている間に、鳳凰殿ができたため、これが初めてのお参りでした。



山頂本山には、幼い頃1度行ったきりで、ずいぶん風情が変わっておりとても新鮮な気分でした。
門前には、門前町があるわけではありませんが、道の駅が整備されていました。

思うことがあり、また近々参りたいと思いました。

そんなことに思いを巡らせた「小寒」の寒い日でした。
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2017年のマインドマップ:「美」と「誇」を動機として質感を上げる

2017-01-04 10:47:24 | マインドマップを描く
マインドマップは2009年に講座を受けてからちょこちょこと自分の意識がどうなっているのかを観るために活用しています。

年始には必ず書いています。

昨日も、書いてみたのですが、これまでで最も早く描き上がった年となりました。
いやはや、すごい勢いで書きあがりました。

センターイメージは「脳」。



仕事柄、どうしても必要な脳神経科学の分野。

今年の活動の「象徴」なんですね。
ブランチ(枝)上の文字としては一切挙がってきていません。

仕事や学びの分野というのは毎年共通しているのですが、新しく台頭してきたのが「アート」というブランチです。

金沢にUターンしてきて、首都圏と異なり、美術工芸あるいは民芸品を目にする・手にする機会が増えました。
そして私に大きな影響を及ぼしたのは、障がい者特に知的障がいのある方の描く生命が躍動する絵画たちです。

もうその爆発ぶりに、めちゃくちゃ触発されています。

得意分野が違うだけで、その曇りのないエネルギーの発揮のプロセス、作品に「仏」を見ます。。。

今年は、新潟県ですでに活動が軌道に乗っているモスバーガーさんと協働で行なわれている

まちごと美術館ことこと

のサポートを得ながら、この感動を人に伝えるボランティア活動をしていきたいと思っています。

その他、仕事では「北陸マインドフルネスセンター」の活動も少しづつ軌道に乗ってきているので、

北陸というまだまだ組織開発(Organization Deveropment)という言葉に馴染みがない地域で、
これまで保留してきた自分なりに地道にやってきた仕事、研鑽してきた仕事に理解を得ながら役に立っていく活動に、

ちょっとずつ集中ができるかな、と思っています。

おそらく、この2年はUターン以来、長いマーケティング期間になっていて、
この半年ぐらいは、この地域の中でも比較的若い経営者の方の思い・願いと当社の事業内容にマッチする部分がクリアに
なってきたのだと思います。

そういうこともあり「誰の何のために役に立ちたいのか」が相当明確になってきていて、
昨年にないスタートのエネルギーになっています。

そして、もう1つ、昨年にない着想としてクリアになったことなんですが、「アシスタント」をお願いするということです。

社員として雇用するという感じではなく、業務を委託する、時間で働いていただくというイメージなのですが、
声をかけてみたいなと思う方はもう決まっていて、私自身が惚れこんでいて、その時期を待っているという段階です。

いいお返事くれるといいなぁ。。。

全体的には、これまでやってきたことの中でも思うようにやれなかったことの「光の当て方」がわかってきた感じが強くあります。

まずは自分の暮らしている地域の中で役に立っていく、この地道な活動をやり抜くひたむきさを育てていくことに、
これから出会う美しいことにインスピレーションを得ながら、

これまでやってきたことに自信を持って、より「質感」を上げていく

そんな1年にしていきたいなと思っています。
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2012年の6月からアクションラーニングのコーチとして活動しています。アクションラーニングとは⇒コチラ
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アクションラーニングでは、問題を持つ方が問題解決できるのはもちろんですが、グループメンバーも提示された問題を自分のことのように考えながら、チームビルディングや自らのコミュニケーション力向上やリーダーシップなどについて振り返り、学ぶことができます。
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