というわけで、三ヶ日も終わったのでした。
今日から御用初め。
幼い頃の僕の周りには、お役所勤めの人たちが多かったのかな。
こんな言葉が耳に残っている。
それとも、お正月は三ヶ日まで、ということだったのか、昭和の時代は。
こちらは、学校の始まりが問題だったので、詳細は覚えてないけどね。
気分としては、嫌だったな、始業式とか。
なんと言っても、登校拒否児童の魁、なんて自認しているからね。
もともと、人前とか、人の中とか、ってのは、嫌いで、そう。
人と話すのが怖い、という感じを覚えてるな。
中学になった時だったか、それとも、高校の時だったか、あれ、人と話すことは怖いことじゃないんだ。
なんてことに気がついたんだよね。
家庭での言葉の出方が、くぐもっていた、とか、恐る恐るの発語、みたいなことだったのか。
年末にもお墓参りに行ってきた、わが昭ちゃん、無口で怖い顔していた、なんてのがもっぱらの周囲の印象で。
それというのも、たぶん、だけど、わが父親の父親、祖父ですね、が、とても怖い方だったらしく。
父親の没後、妹に、おばだね、聞いて知ったんだった。
因果はめぐる、って話だ。
それが、いいとか悪いとかではなく、そんな巡りの中での、それぞれの人生模様、ってわけだ。
たまたま生まれた国であったり、時代であったり、という言い方もできるし、自ら選んできた、とも言えるし。
というのも、何年か前にこの世をさった友人の会社の整理をしているときに出会った事務員さん。
彼女のお子さん、5歳前くらいまでは、自分の胎内記憶というのか、覚えていたようで。
北海道へ飛行機で行った時、眼下の雲を眺め、僕はあの雲の上からお母さんのところへ来たんだ。
なんてこと、話していたそうで、彼女、それらを母子手帳にすべて記し、なんて話していたな。
ということからの類推で、たまたま生まれ落ちた派と自ら選択派、の話だね。
なんてことはともかく、今年は、休む、とか、ゆっくり、とか、ゆるむ、とか。
そんなワードが肝になりそうだな、と思っていて。
新しい生活習慣、とか、ニューノーマル、とかの言葉が踊る中では、むしろ、ちょっと、そことは離れた場所。
心境、ってのが、肝腎要なのかな、という気分なんだよね。
だから、というわけじゃないけど、走り初め、の二日の日は、休んだんだ。
自分に言い聞かせるように、だった。
立ち止まる、とかでもいいけど、ふと自分の素にある、いてみる、たたずむ、とかね。
さて、今日は、客先の安全祈願祭だ。