庵原の蜂蜜農家さんから、みかんはなくなっちゃったんです、というので。
百花蜜ってやつね。
狭い道路を分け入って、なんて感じのお宅で、それこそ、庵原君臣(いほはらのきみおみ)の頃からの。
これ、道じゃないの、ってくらいの、ね。
近くには、こんな風景。
この左側には、墓石が十個以上並べられ、古き駿河の景色か、なんて思いつつ車をのそりのそりと走らせた。
またぞろの、素人郷土研究家に舞い戻り、ってな気分だ。
なぜだろうな、古い景色に心落ち着くのは。
齢を重ねたせいなのか。
なんてことに思い至るのも、最近、子どもの頃にバスから眺めた畑が、コロナ禍での流行り、ドラッグストアに。
姿を変えていた。
この表現、チューリップの、財津和夫の「夕陽を追いかけて」のパクリみたいだけど。
その畑の前は、バス通で、車窓から眺めた光景、おばあちゃんが立ちしょんべん、ってのが。
原風景みたいにあって、寅さんの啖呵売に出てくる、粋なねぇちゃん、たちしょんべん、ってのにもつながるんだけど。
ま、そこがキレイに舗装され、駐車場として使われると、2度とあの景色は拝めないんだろうな、と。
そうして、古来、数多の景色が、それこそ、姿を変えていき、そりゃ、人も姿を変えていくわけだ、けれど。
夕べもやっていた「土曜の夜は寅さん」。
古い景色、やがて失われるだろう景色を撮ってきた、なんてどこかで監督が話していたな。
ゆく川の流れは絶えずして、ってわけだ。
なんてこと書いてると、しみじみ、みたいな気分にもなるけれど、前へ前へと歩くのもいいけど、たまには。
立ち止まり、右左、後ろも眺めるのもいいもんだ、って言い方もあり。
といいつつ、これも年寄りじみていて、動かなくなった御仁の説教話に転訛しちゃうと、これまた困ったもので。
動かなくなるとリクツが走る、なんてこと、以前も書いたけど、サッカーをやっていた時。
受験のために引退する先輩方、なんだか、評論家になっちゃったな、なんて瞬間、あったんだよね。
その時の印象が残っていて、動かないとしゃべるのか、みたいな。
口舌の徒、なんて言葉、なかったかな。
口とか頭とかだけの輩、みたいなのね。
自分はリスクとらず、とか続きそうだけど、一方、リスクとるなんてこと自体、大したリスクでもなく、とも言えて。
なんだろう、衝迫、芭蕉が旅立つ時の、漂白の思い止まず、だっけ、あの感覚、そこだよな、と。
エキセントリックな思想家、副島隆彦さんの最近の講演会で、会場から若い質問者がマイクの前に立ち。
アメリカ大統領選云々カンヌン、そこでの出来事を体系的に知るには、みたいな問いかけ、に対して。
すかさず、そんなもん、いらん、体系、なんて言葉で、インテリを気取るんじゃない、お前の中から湧き出る。
どうにも止まらないもの、そこで勝負しろ、みたいな返答をしていたのと通じる、芭蕉の漂白の思い。
ってことになるかな。
今朝は、長くなっちゃったので、やめにします。