まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

出雲大社の神存月の三連休は

2013年11月24日 | Weblog
表題につづいて。

四十何年間、大社の警備をされている方が。

初めて見る光景で、お正月以上だ。

と言ったそうだ。

一の鳥居から本殿まで、5~600mくらい、あるのかな。

そこまで、5列でびっしりと。

都会の方々は、我慢強い、と言ったか。

えらい、と言ったか、なかば、あきれたような物言いで。

とても、フレンドリーな警備のおじさんが、教えてくださって。

毎日お詣りする地元の方は、隅っこの方で、パンパンとお詣りしているんだけけどね、と。

いずれにしても、そのくらいの人出だったそうで。

そんな話をうかがいながらこちとらも、その都会の方々の一員なのかも、だけどね。

というわけで、出雲から帰ってまいりまして。

こんな具合に、また、ルーティンワークに舞い戻ったのです。

今朝は、なんか、興奮したわけでもないんだろうけど、6時前から、これこのとおり。

ブログをアップしているのです。

旅は道連れ、とは言ったもので。

だんだん、お互いの肚があってくる、とでもいいましょうか。

帰り際、名残惜しくなり、といった風情でね。

いろいろ、エピソードはあったんだけど。

それ書いていると、一日が終えてしまいそうなので。

覚え書き風に、旅程だけ、書いておきましょうか。

一日目、というか、前日、夜の8時11分の静岡発の新幹線。

名古屋から、9時30分くらいの、深夜バスにて、出雲市駅まで。

21日の朝、7時22分だったか、10時間かけて、です。

その間、ワンマン運転手さんは、どこでだろう、2時間くらいかな、仮眠をとって。

レンタカー屋さんにて、10人乗りのワゴンをお借りし。

総勢9名の出雲の旅が始まったのでした。

もちろん、二三日前にアップしたように、出雲大社へ。

その後、日御碕の灯台にて、昼食。

そう、朝食は、大社前の、なんていうお店だったか、サバ寿司とのどぐろの寿司をいただき。

灯台では、みなさん、日本海どんぶり、くらいの名前のご飯とビールで。

そこでも、のどぐろが干してあったので、それをいただき。

日御碕神社へ。

ここは、スサノオさんをお祀りしていて。

西伊豆の妻良とか井田とか、あるいは東北の南三陸を狭くしたようなところに神社はあり。

出雲大社とさわがれる、ずっと以前は、ここから、わがご先祖さま方は、日本という国に。

やってこられたかな、と直感するようなところで。

それから、1時間ばかりかけて、須佐神社へ。

もちろん、スサノオさんがお祀りされているお宮さんで。

道をはさんで、須佐屋ってお店で、みたらしだんごをいただき。

それこそ、小さなご縁をつないだのでした。

この地は、どうやら、ひと頃流行った、江原さんが「パワースポット」認定されたらしく。

若い女性の人気の的のようで。

境内をお掃除されていたおじさん、ま、神様のお使いですね。

その方とも、しばし、数人でご縁を結んだのだけど。

曰く、何年か前から、急に人が増えて、とおっしゃっていた。

とても実直な方で、話していて、こちらの気持ちも清々しくなり。

まさに、スサノオさんが、ここは清々しいから、須賀となづけよう。

とおっしゃった、その気分になったのでした。

そこから、出雲市駅ちかくの、モーリスグリーンホテル、だったか、宿泊の地へ。

夕食は、「吾作」にて。

ここでもまた、のどぐろのさしみ、サバのさしみ。

日本酒は、出雲の地酒、純米吟醸「やまたのおろち」と「花かんざし」。

地元料理に舌鼓をうち、ホテルへ帰る前に、名物の「出雲そば」を。

ということで、駅前にて、名前、忘れましたが。

さて、翌朝、僕とあと二人で、5時に出雲大社へ出発。

早朝参詣を。

ここで、楽しいご縁があったのですが。

一言だけ、大社さんの警備の方も、とても、フレンドリーで、まったり感満載、とだけ。

感想を記しておきます。

もう1500字越えだけど、急ぎ足で。

22日は、「石見銀山生活文化研究所」へ。

これ、資本金4800万円の株式会社です。

ここで、店内を見学させていただき、社長の「登美」さんのお話をうかがう。

一時間、許可もいただき、ビデオ撮影をさせていただきました。

何回も、涙腺が刺激され、もうね、ここでも、清々しい気持ちにあふれたのだけど。

この「登美」という名前が、出雲の地に伝わる「富家」の伝承にもつながり。

彼女、三重のお生まれらしいけど、あまりにもあまりな、名前の女性で。

このあたりも詳しく書きたいけれど、残念ながら、石見銀山へ向かいます。

そこで、龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)まで、自転車にて上る。

この時、電動じゃないので、アクティブにして、カヌーの達人、プチ登山家の。

相方の女性についていくのがやっとの状態で。

ところで、間歩、というのは、銀山の坑道のことをいうのかな。

ま、とにかく、その後、玉造温泉の「白石屋」に、雨に降られながら向かう。

1300年前に、清少納言が、日本三大名湯とうたったひとつで。

あとのふたつが、有馬の湯、と榊原温泉の七栗の湯ですね。

翌日、23日は、足立美術館へ。

聞きしに勝る、館内の窓からながめる、さまざま角度をかえた景色は。

おのおのがおのおのの自由な角度から眺めることでできあがる、一幅の絵で。

これは、世界が注目するわけだ。

その後、米子駅へ。

で、伯備線にて、途中、ほうこく、という山田方谷(やまだほうこく)由来の駅をとおりすぎ。

岡山へ、で、静岡へ帰ってきました。

って、今日は、2000文字越えだ。

ついでに、本日は、Facebookにもリンク、しちゃいます。

取り急ぎ、出雲の旅でした。

コメント
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