まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

プレアヴィヒア寺院

2013年11月12日 | Weblog
早起きは三文の得、って言うけれど。

そのころの貨幣価値は、今で行ったらいくらくらいなのか。

早朝のニュースで、タイとカンボジアの国境紛争地域に。

世界遺産の表題の寺院がある、という映像が流れていて。

仏教のお寺さんだそうだけど。

ちょうど、瞑想を終わった時間帯だったせいもあり。

釈迦の、つまり、ゴータマシッダールタの境地にたどり着きたいと言う焦り、ってのが。

浮かんできたんわけだ。

その「焦り」が、あんなにも壮大な寺院と姿かたちをかえ。

なんてことを思いつつ。

そうだ、昨日、昔のビデオが修復なってきてね。

ほとんど、iPadAirくらいのお値段がしたんだけど。

思い出には替えられません、ということで。

それはともかく、ちょっと、出がけに、妻の実家のお正月、という映像を見てきたわけだ。

今は亡き、義父・義母やおじたちが映っていて。

もちろん、彼らからみたら、孫たち、もしっかり、動き回っていた。

そんな孫たちも、今では、三十路前後の年代になり。

かくいうわたしめも、孫たち、ま、僕から見たら子どもたちですが。

彼らと同じ年代のまま、映り込んでいて。

髭をはやして、チャラ男感が満載の男でね。

さぞかし、妻の父母、おじおばさん方は、心配していたことだろう。

と思えるような風情で。

当時の倍の歳になり、さすがに、瞑想なんぞもしたり、落ち着いた、仙人風?な味わいのあるね。

そう、男になっている、というね、人生の摩訶不思議さを痛感し。

ところで、昨日は、おもしろい言葉に遭遇したんだね。

と言っても、今更ながら、というものだけど、汝の敵を愛せよ、ってやつ。

キリストが言った、と言われている言葉で。

そうすれば、その敵から自由になれるよ、ってわけだ。

たしかに。

どうも、この二百年、三百年ってのは、近代病とでもいうのか。

例の、ヨーロッパで言えば、ルネッサンスの名残でね。

ロダンの「考える人」に象徴されるような、知、というのか、考えることはいいことだ。

という時代風潮で。

まわりで起こっていることを、分析し尽くす、みたいなノリが全盛で。

心理の中に、「敵」をつくることが、インテリの役目、みたいな。

曰く、いまどきの若いもんのしつけはなっとらん。

曰く、昔の日本人はこんなじゃなかった。

曰く、政治家なんてのは、云々、大企業家なんてのは云々、官僚なんてのは、とね。

心の中の敵が、あとからあとから湧いてきて。

逆洗脳のパターンで。

分析し、批判すればするほど、絡み取られ。

自由からはほど遠いという。

ま、こんなことをブログに書いている時点で、被洗脳の亡者みたいなもんだけど。

というわけで、時代の病い、ってのは、その時代になじめばなじむほど。

気がつかなくなるわけで。

夕べ、ちょっと眺めた、上記したビデオに登場する、幼い子どもたちの姿にね。

オトナたちの立ち居振る舞いを、わけわからん、みたいなこと、感じながら。

はいはい、って具合に動かされている彼らってのも、ありだな、と。

前世では、子どもが親で、あんたが子どもで、かもしれないよ。

と、藤枝に住むおじいちゃまに、以前、言われたことを思い出しながら、ね。



コメント
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