銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

大河内奈々子・宅間孝行の離婚・・・への私論、

2012-07-02 00:08:26 | Weblog
 今、月曜日の午前11時半に副題25-ホ、7500字までは、推敲しました。その後で、25-ヘから先を書き、今、午後零時半に、一応初稿を全部まとめました。

副題25-イ、『本日の前書き』
副題25-ロ、『二時間ミステリーに大河内奈々子が、出ていた模様。変だ』
副題25-ハ、『映画「愛と誠」がカンヌで、大喝采を浴びる』
副題25-二、『花より男子ファイナルの、大熱気を思い出す』
副題25-ホ、『神奈川県に引っ越すと、芸能人は離婚となる?』
副題25-ヘ、『日吉に住むと、自動的に慶応に進学できるかな?』
副題25-ト、『現代日本社会の理想の日本人像は、サラリーマンであることだが』

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副題25-イ、『本日の前書き』

 今、私は連続した文章を書いています。それは、この6月26日に松本楼で、あった会合から、まるで、それが、プルーストにとってのマドレーヌであったかのように、種々さまざまな考察があふれ出てきて、書き続けているのです。すでに、5万字以上は、書いたがまだ終わりません。
 で、本日のタイトルをごらん頂くと、「え、ずいぶん、ミーハーな話題みたいですね。あなたらしくないし、私はそのタレントの名前さえ知りませんよ。それに前の続きを書くとおっしゃっているのに、これは、かけ離れていませんか?」と、おっしゃる読者がいらっしゃるように思います。確かにこれは、一種のスピンオフです。が、今書いている主題から外れることはありません。

 上記の会合にえらい人、とても重要な人として、洋画家の馬越陽子さんが出席することが大問題だったわけですが、その馬越陽子さんが、むかし、誰かに教唆をされて、私の目の前に、私をぶっ潰すことに向けた道具として登場した話があるからです。そして、その真実を喝破して、私がそれを文章として書き表して以来、ずっと、馬越陽子さんは、私にとっての美術界での活動上の癌となる可能性があるわけですが、でも、私は彼女自身、また、彼女の背後にいて、彼女を利用した人々を、反対に、あざ笑い軽蔑しているぐらいだというのが、前報でした。

 というのは馬越陽子さんが、結婚の問題ひとつとっても、上手に、また正しい形で処理する能力がなくて、お相手を自殺に追い込んだからです。それは、簡単に言えば、問題を先送りする態度であり、それは、真摯に物事を考えるという態度がないことを示しています。相手から何らかのサインは出ていたはずで、それに答えるのが、人間としての急務です。離婚でもいいのですが、はっきりとさせてあげて、相手の苦悩をとくのが、一度は、一緒になった妻の任務でしょう。それを放棄したひとだから、軽蔑しているのです。
 人間は、新聞やメディアで、露出度が高いから、えらいわけではありません。が、そこをわからない、残酷にして、馬鹿な、男性陣が、さらに、女性(ここでは、私や馬越陽子さんのことを指す)を馬鹿にして、浅はかな源泉(伊藤玄二郎に、昔愛人がいて、彼が彼女に種々さまざまな便宜を図ってやったために、その愛人が増長して、とんでもない失敗を招いた。そのことを、彼の方が、隠したい件)の解決用の道具として、使った忌まわしさを問題にしているのです。

 で、その続きとなるので、この文章は副題25となりますが、これはこれなりに、四方八方へ、飛び火するはずなので、字数が多くなるでしょう。それで、副題25-イ、副題25-ロ、という風に、節のタイトルをつけて行きたいと思っております。どうか、よろしく。
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副題25-ロ、『二時間ミステリーに大河内奈々子が、出ていた模様。変だ』

 主人は、平凡な生活が重要だと考えている人です。「後楽園で、巨人を応援するような人が一番幸せで善人なのだ」と言っています。
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 ここで、挿入になりますが、・・・・・
そういえば、私も今回の関西旅行において、ホテルの客層の問題から、それをつくづく感じました。
 その関西旅行が、帝国ホテル大阪を見てみたいという単純な動機から始まっていて、そことか、新阪急ホテルアプローズタワー(最も新しい建築の豪華なホテル、特にロビーがすごく豪華だ)なども、見てみました。そして、それらの高級ホテルに、自分は泊まったわけではなくて、アパホテル金沢駅前、ワシントンホテル新大阪プラザ、サンルート梅田という、三つの庶民的なホテルへ泊まったのです。
 そのときに、アパホテル金沢駅前のお客さんこそ、その手の平凡で、幸せな人々の群れだと感じました。つまり、メーテルリンクの表現した青い鳥的幸せを握っている人たちです。

 アパホテルは、大浴場を持っていると宣伝しています。これは、考え様によっては、水道代とか、人件費を安く仕上げるためでしょう。けちな金儲けの発想から出ています。各部屋で、バスルームを利用しないので、女性の掃除チームの労働が軽くなるからです。バスタオルの洗濯も不要ですし。
 だが、その大浴場があることが、不思議な効果を生んでいて、ホテルなのに、昔の温泉旅館のムードも持っていて、廊下を、浴衣着用の家族が往来すると言う現象を数多く見ました。その廊下ですが、一般的なビジネスホテルより照明が明るくて、その中を子供づれの4人家族などが歩いていると、『ああ、これが、幸せのひとつの形なのね』と感じます。

 そして、付け加えれば、夜が静かです。誰もバスルームを使わないから。『このホテルって、馬鹿にしたものでもないですね』と感じましたよ。
 ここで、挿入から元へ戻ります。
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 うちの主人は、よく二時間ミステリーを見ます。文化的、教養番組も見ますが、二時間ミステリーもよく見ます。
 ここで、肝心なことは、私が、そう言う主人の行動を許容していることです。私の実家では、テレビは見ないようにというのが合言葉でした。実際に、ニュースとか、イタリアオペラというものしか見ませんでした。が、高校入試に受かってから、解禁をされて、種々さまざまなものを見て、ずいぶんと毒されました。後に、大宅壮一氏が、「テレビは・総・白痴・化・社会を生む」と言いましたが、そのとおりだと思います。そして、それが、狙いである、この国の真実の支配者たちですから、仕方がないのでしょう。が、それでも、50年以上前は、今ほど、番組(特に地上派)がくだらなくはなかったと感じています。
 ともかく、主人が二時間ミステリーを見ているそばで、「くだらないものを見ているからいやだわ。時間の無駄でしょう」と、口では言っているものの、それが、ついているそばで、私もちらっ、チラッとそれを見ながら、自分の仕事をしています。態度としては、緩やかに許容をした態度で。

 ここが肝心です。口で、自分の気持ちを伝えてもいい。だけど、お互いに、行動の自由を許さないとだめです。それも心から安心させる態度でね。
 夫婦の間で、お互いの心が違うことはいっぱいあります。
 でも、行動としては、緩やかに相手を許すようになったら落ち着きます。
お互いに落ち着きます。

 私が接した10歳以上若い人で、外見からは、非常に幸せそうなカップルでしたが、きれいで上品な奥さんが、「主人が、日曜日、家でごろごろしているからいやだわ」といっているので、将来が危ないなと思ったものです。その言い方が真剣すぎるから、ご主人を許していないことがわかりましたから。

 結婚していることの目的は、老後の介護をしあうことにあります。そこまでの道のりを助け合い、励ましあうことにあります。それが、不要だと思っている人なら、結婚は必要ありません。また、老後より、今の幸せが大切で、今充実をさせたいと思っている人なら、結婚も必要ないでしょう。
 私自身も、10年前は、そう思っていたのです。だが、紆余曲折があって、その時々に与えられている課題に、真剣に取り組んでいるうちに、こうなってきています。そして、こういう生活をしているから、ブログを書くこともできるのです。生活の基本が安定しているから。精神的にも物理的にも安定しています。

 大芸術家になるつもりで、57歳からはじめたアトリエ一人暮らしを続けていたら、(それは、お金が続いたらという仮定も、含まれるのですが、)とっくに孤独死していると思います。

 で、話がずいぶんと、わき道にぶれましたが、私は夜、必ず、居間でテレビを見ながら仕事をします。実家の延長の習慣を保持するなら、7時半過ぎは、テレビはついていないところですが。・・・・・
 すると、二時間ミステリーの中で、きれいな見慣れない女優が、ゲスト俳優として出ていたので、新聞のラテ欄を確かめると、大河内奈々子とありました。
 『変だぞ。あのご夫婦は熱々のはずで、お子さんも小さいのに、どうして、テレビ界へ奥さんは復帰したのだろう?』と思いましたが、影に離婚があることなど、その時点では知りませんでした。
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副題25-ハ、『映画「愛と誠」がカンヌで、大喝采を浴びる』

 私は最近、新聞をほとんど読んでいません。ニュースはネットとNHKで把握するだけです。大問題がおきると、新聞がどう書いているかを点検しますが、普段は、目を通しません。が、ネットの世界で、カンヌ映画祭の招待作品として上映をされた、『愛と誠』が、大喝采を浴びたと出ていました。

 監督の三池崇史氏が、前々から世界に受けている人だからだそうです。そして、最近、何をやっても当たる、妻夫木聡君と、最近若いのに、演技派だと、認められてきている武井咲ちゃんが、主演ですし、当たる要素は、ありましたね。

 だが、それらのウエブサイトを見ていると、相当にどたばたらしいし、既製の歌謡曲を使ったミュージカルらしい。それで、簡単なニュースしか知らないうちから、『これは、宅間孝行が、関係しているのではないかな?』と、推察していたらまさしくあたりでした。脚本が、宅間孝行です。
 どうしてそんな想像をしたかというと、NHK朝ドラ『つばさ』におけるにおいが、共通するからです。

 『つばさ』では宅間孝行は、脚本ではなくて主演の一人ですが、あれは、テレビドラマとしては、最高傑作のひとつだったと、私は思っています。むろん、他にもありますね。『北の国から』とか。そして、私の見ていないドラマもたくさんある。が、これは、本当に、本当に、最高傑作でした。
 それは、演じている人たちが知っていたと感じます。
 全員が乗りに乗っていて、入魂の演技でした。吉行和子さんしかり、井上和香さんしかり、西城秀樹さんしかりです。大変な数の登場人物があるのにもかかわらず、すばらしい統一感とスピード感もありましたし。

 視聴者からも熱狂的な支持を受けていたと感じます。で、珍しく視聴者が書き込みができる頁も作られて、熱心な書き込みも行われ、オフ会とか、ファンの集いも頻繁に開かれました。また、ドラマの周辺の情報も、インタビュー番組などで多数流出しました。で、私はそのとき、初めて、宅間孝行という人物を知り、その多才さを、知り、かつ、新婚であることを知り、お子さんが生まれたばかりであることをも知ったのです。

 しかし、突然に、「視聴率が低い」という報道で、冷水を浴びせられました。が、これは、半分以上は嘘でしょう。無論のこと、政治も政治の、なさる技であり、実態とはかけ離れているでしょう。国民が盛り上がるもの、熱狂をするものを叩いて、この国と、その国民が、統一感をもてないようにするのが、彼ら悪魔チックな心を持っているエージェントたちの手法です。それ以上の目的や背景もあって、私はそれもわかっていますが、そこまで書くと、80%になってしまうので、秘めておきますが、視聴率という名前の道具で指されてしまったのだけれど、日本のテレビ番組史上、最高の傑作だったと感じています。

 その政治的いじめであった、視聴率改ざんに電通が加担しています。成田豊という人物は、たとえ引退した雲の上の人だといえ、その件には、直接に関与しているはずです。で、氏は、それこそ、エージェント中のエージェントだったのでしょう。この件や、そのほかの問題で、およそ日本人とは思えぬ行動に走る人物です。ただ、ご近所様ではないので、音による確証がつかめないので、私の文章の中に名前が登場しないのですが、私に対しても、相当なレベルで、、関与してきていると推察できる人物でもあります。

 そして、NHKや、メディアを、握っているので、国民の心とはまったくかけ離れたことを真実として、強調して流して、真実をゆがめていきます。

 まあ、私の力は、一個人ですから、こういうことには抵抗し切れません。だから、これは嘘だなあと思っても、そちらが通ることには、抵抗できず、反抗もできません。そこは、ただ、放っておくだけですが、きちんと、主張だけはしておきましょう。このドラマはテレビ界が生んだ最高傑作のひとつだということを。
 本当は海外へ出してもらいたいぐらいです。だけど、こ料理屋『こえど』の立ち位置などが、海外の人にわかってもらえるかが不明ですので、おしんの様に、海外で当たるかどうかは不明です。ドラゴンクエストも海外では当たっていないと聞いていますので、複雑なものは、文化の違う外国の大衆には、理解してもらえないかとも想像をします。ドラマ『つばさ』の筋と示すものは、相当に複雑でした。心理学的にも哲学的にも複雑でした。どたばた調の、外見にだまされて食わず嫌いだった人には「見ないで、惜しかったですね」といっておきたいです。
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副題25-二、『花より男子ファイナルの、大熱気を思い出す』

 で、その大評判の『愛と誠』が、すでに封切られているわけですが、どの程度の集客率で、どの程度の評判なのかを知りません。しかし、この宅間孝行が、別の名前で、『花より団子、ファイナル』という映画の脚本を書いたことは小耳に挟んでいました。
 で、無論のこと、私はそれを劇場で見たり、レンタルDVDを見たりするほどに暇ではないのです。

 ただ、映画公開当時、渋谷の東横線のホーム西側の壁に、真っ赤なバックの中に、松本潤、小栗舜、松田翔太ほかの四人の男の子と、井上真央が、立っている大サイズのポスターが、べた貼りにされていたのは思い出すのです。

 そのときに、東急、東横線、渋谷駅が、JR東日本、山手線 原宿と並んで、若者をターゲットとする宣伝広告のメッカとなっていることを知りました。そこに各企業が今売り出したいもっとも旬な物件の、広告がてんこ盛りに、展開しているのです。鎌倉駅に、観光客が大勢来るといっても、その種の熱気は、ありません。若い人が来ていないとみなされているのでしょう。
 で、鎌倉住まいの老人(今年、70になる)として、
『花より男子・ファイナル』とは、トウトウ無縁で一生を送るのかと思っていたら、
 最近、ケーブルテレビのコンヴァーターを変えたところ、録画がとても簡単にできる様になって、カタログを見ながら、古い映画の録画をしているのですが、この花より団子ファイナルも、サービスされていたのです。で、録画しました。

 で、日曜日に、冒頭の30分を見たところです。全部を見てはいないが、お金をかけた映画であることはわかりました。そして、興行収入が、77億円だとか。が、どうもこれは、若い人向けの絵空事であるとも感じ、これから先を見る意欲は失いました。感動するとか、学ぶとかいう要素がなさそうですので。

 でも、社会現象として、ビッグだったと思うので、映画を最後まで見るよりも手っ取り早く、評判だけを、グーグルで探ろうとして、思いがけない事項を発見してしまったのです。それが、宅間孝行と、大河内奈々子の離婚です。

 びっくりしました。そして、ウエブサイト情報も検索しましたが、判で押したように、同じことが短く書いてあります。でも、真田宏之・手塚理美の離婚と似ているので、ちょっと発言をしておきたいです。
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副題25-ホ、『神奈川県に引っ越すと、芸能人は離婚となる?』

 宅間さんと、大河内さんとの結婚は、女性側が惚れて成立したとあります。それは、別の言葉で言えば結婚当初は、女性側がより有名で、そちらに主導権があったということを指しています。

 ところが、俳優としては無名だったので、一般社会には、その存在が奥様ほどは知られていなかったが、裏方としては、有能な宅間さんは、どんどん、進歩してきます。そして、今では一流中の一流の人材となってきています。まさかと思うが、女王様としての妻に気遣いや、尊敬を払うことができなくなっていて、それを、奥様が怒っていて、自分の過去の栄光を取り戻したくなって、芸能界復帰を願い、それを、嫌がる夫側と対立した・・・・・とか、言う筋も想像の範囲の中に、浮かびます。だけど、そう言う筋書きだったら、私が関心を持つはずはないです。

 そうではなくて、神奈川県への転居をきっかけにして・・・・・というところが論ずべき問題点なのです。
 実は実家の北隣に、真田宏之、手塚理美夫妻が引っ越してきた時期があって、母は、そちらさまご夫婦から、数回の訪問を受けていて、そこで感じたことをよく話していました。

 「もうね。生活のレベルが違うのよ。七五三のあめをもらったけれど、見たこともない高級なものだったわ。普通の千とせ飴ではないのよ」とか、よくいっていました。離婚が報道をされて、テレビカメラが取材がきたときは、「一切出ていないわよ。かわいそうだし」といっていました。というのも手塚さんは華奢な感じの人で、しかも、どうも離婚が真田さん側からの申し出でらしいと、大方は感じるから、かわいそうだという思いが手塚さんに対して、起こります。

 ただね。「女は弱し、ただし、母は強し」という言葉があって、母となった大河内さんも、手塚さんも、抜群に、夫に対する自己主張力を強めたとは思います。そのひとつに、子育て上、小市民社会へ溶け込もうとする努力があって、そこに、忙しいだんな側はついていけないということがあるでしょう。

 たとえば、手塚さんの場合には、「パパ、明日の日曜日に、町内会で、お餅つきがあるんですって。ね、早起きして一緒に出て」なんて、お願いをしたりしたら、真田さんは、うっとおしく思うはずです。

 だから、芸能界の人で、今大活躍中の人は、やはり、六本木とか、原宿などの都心に住んだほうがいいのです。でも、奥さんが子育て上、郊外のブランド高い住宅地に住みたがるのでしょう。子供のためにと思ってね。
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副題25-ヘ、『日吉に住むと、自動的に慶応に進学できるかな?』

 今の私は東京への往復に、週刊誌を読むことはありません。そう言う体力がなくなった。が、昔は週刊文春だけは必ず、往復に買っていて、読みました。すると、林真理子さんが、「タレントの中には、子供を慶応に入れるために日吉に引っ越す人がいる』と書いていたので、『あ、これは、真田宏之・手塚理美さんを指している。だけど、意地悪な表現だなあ。実態は、相当に違うのに』と、内心で思いました。

 真田・手塚さんご夫婦が日吉を選んだのは、真田さんに、このあたりへの土地勘があるかららしいのです。建築中に大工さんがそういっていたそうです。真田さんは、綱島で育った人なのです。でね。養育の結果として、慶応の幼稚舎にでも入る可能性はあります。または、普通部から通うという結果もね。

 だけど、手塚さんが主婦として示した姿勢はタレントのそれではありませんでした。腰が低くてフラットで、ご近所にとって、とても好ましいものだったのです。

 日吉には、私が子供~25歳ごろまでには、有名な芸能人としては、二人住んでいるといわれていました。映画俳優の進藤英太郎氏と、ピアニストの、中村紘子さんです。でも、二人とも、地元に溶け込んでいたとはとても思えません。進藤邸は私が駅まで歩く道すがらにありましたが、高い塀に囲まれた要塞のようなコンクリート住宅で、真田・手塚邸のような普通の様式の木造住宅で塀の低い家ではないのです。
 真田・手塚夫妻も、かえって、そうしたらよかったかもしれないと感じます。

 でも、午前三時まで録画番組を見ていた真田さんが、朝の8時に、奥さんから「ねえ、パパ、お餅つきって、朝早く始まるみたい。みんなが、もう騒いでいるわ。おきて、おきて」とせがまれたら、
 『う。僕にとって、こういう生活が理想だったのだろうか?』と、突然に目覚めても仕方がないです。
 お金が充分にあるのなら、都心と日吉との二重生活ができます。でも、ローンを抱えていたなどとなると、真田さんが、日吉の生活に疑問やら重荷を感じ始めても仕方がないです。
 特に親であることとは、自分を抑えて、自分がぼろぼろになっていくことを含むのです。しかしスターである真田さんには、そう言う自分のイメージが抱けなかったと感じます。
 手塚さんが云々というよりも、子供の父としての自分と、スターとしての自分との、乖離に目覚めどちらを選択するかの問題だったと思います。
 手塚さんのほうが、より平凡な家庭に育ちあがり、より平凡な理想像を追っていたから、『あれ、どうして、はしごをはずされちゃったのかしら?自分は一生懸命義務を果たしていただけなのに。どこにも落ち度がないはずなのに』と、なって苦しまれたと思います。

 よく、離婚に踏み切って、真田さんを自由にしてあげましたね。あなたは、伝統的な日本の女性像の、『相手を愛するがゆえに、別れてあげる』という範囲の中にある人です。きっとそうでしょう。
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副題25-ト、『現代日本社会の理想の日本人像は、サラリーマンであることだが』

 1960年代から、現代まで、日本人の理想像は、『大会社に入り、サラリーマンとなって、部長くらいまで上り詰めることでした。そのためにはよい大学をでている必要があって、そこに入学するのに容易だから、中学から受験をして、中・高一貫教育の私立にお受験をする。中には、よりスマートに上流階級へ入ろうとして、小学校時代から、私学を目指す』というのが、コンセンサスの向かうところだったと感じます。

 小さい子にインタビューをすると、ときどき、「宇宙飛行士になる」とかいう子も出てきますが、その道も実際にはサラリーマンであることが、道程に含まれます。ある個人が、「私がなりたい」と、声を上げてもなれるわけではない職業です。推薦母体が必要だと感じます。病院勤務とか、会社勤務の事前の経歴が必要でしょう。

 無論のこと、変化も見えています。少子化と、経済的不況。特に、グローバリズムで、引っ掻き回されている日本経済では、重厚長大企業は、衰退の方向へ向かっていて、人気企業の業界に推移が見られます。

 だから、IT産業などを中心に、独立して起業をする人などが英雄視されています。

 ところで、戦前の日本では、「大将(軍人)になる」とか、「科学者になって、新しい物質を発明する』などという英雄像が好まれたと思います。だが、英雄は現代では、まったく好まれない像となっています。それも、私には、この国が、心理的な支配を受けていて、被・植民地化していることの証明のひとつと、思っているのですが、実質的に、突出することが好まれず、ただひたすら平凡であることが理想とされます。

 しかし、結果として、『あの人は現代の英雄だ』とみなされている人材がいます。それは、スポーツの世界でも芸能の世界でもいいのですが、名前を売り高額の収入を上げている人たちです。
 でもね。彼らもまた、社会全体のコンセンサスからは、自由に離れないのです。

 松本清張氏が、お嬢さんを外交官へ嫁がせたことしかり、
 井上ひさし氏が、二度目の奥さん、ゆりさんとの間の息子さんを、マスコミ披露しないのもしかりでしょう。

 私は、真田・手塚夫妻の日吉住まい、そして、宅間・大河内夫妻の神奈川県転入も、その潜在意識には、それがあったと感じています。
 ただ、直感で言えば、大河内さんは、手塚さんよりも、強い女性かな? そして、この離婚は、大河内さんが切り出した可能性もあり・・・・・と感じます。

 又は、その神奈川県内の豪邸に、ご自分の両親を招きいれたとなると、離婚に踏み切りやすくなりますね。お坊ちゃまの周辺に、家族がいることになるので、ご主人が、いることの意味が薄れてきます。そんなこともあるのではないかしら。

 でも、この最後の部分・・・・・現代日本人の理想像は、サラリーマンになり部長になること・・・・・は、私に、改善できる問題でもなくて、『そうですか?』といっておくしかない問題です。では。
   2012年7月2日の早朝から、午後一時にかけて、初稿を書く。
     雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)
 では、
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