あれは、午後七時ごろの秋葉原での目撃です。銀座へ向かう方向で停車しているタクシーに、今乗ろうとしている男性がいました。タクシーが派手な赤い色です。客の男性はまっさらの白大島を着ています。その色の対称性が遠くからでも、目立ちすぎるのですが、さらに目をひいたのは、お見送りをしている三人のメイドがいたことです。
そのメイドが三人が三様色もデザインも違うユニフォームを着ています。ので、私は、各お店から選抜されて男性の相手をした、特別優秀なメイドさんであろうとすぐに、感じました。男性はテレビ界ですでに有名なコメンテーターでもあろうとも。
一種の体験学習をかねた取材であろうとも、感じました。近づくと、男性は50代であろうと見え、肌がつやつやしていて、あぶらの乗り切った仕事振りの人だと感じました。ただし、私はこういう取材のやり方を軽蔑しているほうです。
まあ、「軽蔑する」は言いすぎですが、昔、ニューヨークでたった四、五日の滞在だけで、週刊誌に何頁分かの記事を載せる、某有名作家の、軽さに参っちゃったとき以来、その考え方が消えません。コーオーディネーター付きでの取材など、『自然じゃあないから、感動は一切抱かないでしょう。それに、深くて、本当のことは分からないはずだ』と、感じました。
ただし、あんまりそれを強調すると、「あなたは、自分と有名人との間にある、待遇の差をひがんでいるのでしょう」とか、「妬いているんでしょう」といわれそうだから、普段は言わないのですが、『今、目の前にある現象のように、事前に準備をされた取材をしても、本当のことは何にも分からないでしょう』と、いつも感じています。
ただ、テレビで全国の視聴者に何かを(したり顔で)しゃべることだけが目的なら、この程度の取材でいいのでしょう。『大衆の半歩先を歩くのが、人気が出て大衆に受けるコツだ』と、聞いたこともあるし。・・・・・
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ただし、有名人であることのメリットは当然あって、あらゆる人が無償で協力をすると言う点です。今回もすべては無償で行われた模様で、だからこそ、その紳士はチップとして、メイドさん三人に、それぞれ、一万円札を渡そうとしていました。ところが機転が利く、優秀なメイドさんたちは、それを断っていました。でも、コーオーディネーターらしき、若い女性が見送り側にいて「受け取りなさい」ととりなしたらしくて、メイドさんたちは、結局はお礼を受け取ったみたいです。
これも、見てきたような嘘をいいの類ですが、彼らは、個人経営の喫茶店(または小さなレストラン)を借り切って、メイドカフェ接待の疑似体験をしたはずです。紳士はヨーロッパの公・侯・伯爵の類の扱いを受け、うれしかったのか、頬を高潮させていました。
和服に詳しくない男性向けに、老婆心ながら説明をしますと、白大島で羽織までそろえれば、普通のルートなら、100万円はかかるものだからです。『お金持ちはますます得をする』の典型的な見本です。
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非常にゴージャスな世界でした。で、そこから、私は三叉路に分かれて考察を重ねることと成ります。
第一番目に考えたことは、前日に話したように、路傍に立っているちらし配りのお嬢さん方の、惨めさです。ゴージャスな遊び方を垣間見ただけに、彼女らの無残さがその日には際立ちました。
比較例として取り上げたいのですが、よく繁華街でティッシューを配っている若者がいます。彼らも大変らしいです。いまどき、ティッシューを喜んでもらってくれる人がいないからです。しかもダンボール一箱配っても千円ぐらいの報酬でしょう。また、「ターゲットを絞って配れ」、などといわれているらしくて、クラブのホステスの募集などが多いので、私なんかは・はな・から相手にされない昨今です。ただ、そんなにつらい職種でも、洋服だけは自分で自由に選べるみたいなので、自分が商品として消耗をされることは無いはずです。
それに比べると、メイドカフェの宣伝チラシを配っている、お嬢さんたちは、時給以上のサービスを無理強いされている感じがあります。『気の毒だなあ。こんな無残なことを、大人たちが、見過ごしていてはいけない』と強く感じました。若い人、特に女性は守ってあげなければ成りません。それが大人たちの使命です。
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そういう独特の視点へと、文章を持っていくことができるところが、・・・・・・無名のままひたすら歩くことで、結果として一種の取材をしている・・・・・私の特長である・・・・・・と感じ入ったことです。腹をくくっているというか、居直っているというか、・・・・・自分はこのままでいいんだ・・・・・・と改めて感じたのが第二点です。
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さて、第三点は、見送る側にいた、メイドを束ねているらしい、美しい女性について、私が抱いた興味です。彼女は、多分ですが、田園調布あたりに住んでいる深窓の令嬢でしょう。古典的な面立ちであり、まるでお雛様を甘くしたような面立ちの美人でした。薄化粧で、しかも髪型はボブ(マッシュルーム)というスタイル。
夜会巻き(アップで、ポマードで仕上げたようなかっちりとした髪型)ではないので、水商売の女性ではない。
主客との関係はお師匠さんと弟子という関係でしょう。専門分野が、何か?は分かりません。ただ、和の世界であることは確かです。彼女の着物が特別なものでした。『こんなものは、銀座を歩いていても、いまだかつて見たことがない』と言うような類の高価で特殊なものでした。
反物は、奄美大島からわざわざとりよせた白生地の段階の、大島紬でしょう。それを東京で、しかも無地で染め上げています。または糸の段階で取り寄せて、染めた後で、もう一回奄美大島に送り、織り上げてもらったか? ともかく、深くて豪華な赤。見たことも無い色です。
仕立ても特殊で、一種の作務衣風で、短くて動きやすいコートを同じ生地で仕立ててきています。
細身の体に、ぴったりと付いていて、動きやすそうで、かつ、美しいのです。結論としていえば、この女性は着物に関するセンスのよさを持っているだけではなく、事務的な方面でも、相当に、・で・き・る・女性であろうと感じました。深窓の令嬢であっても、実質的には、秘書程度の役目をしている可能性さえあります。
ともかく、秋葉原のメイドカフェ、三店のオーナーへ電話をかけ、もっとも優秀なメイドさんを、午後の六時から七時の間、借り切る交渉を成立させたのは、彼女だったと感じられます。
ただ、有名になることには、欲望を感じていないとみえ、テレビ界やらマスコミ界では、今まで見たことは一度も無い顔です。しかし、プライドは高くて、『メイドさんなどとは、自分は一線を画しているのだ』というのも、ありありと見える女性です。一瞬のふれあいでもそれがわかります。
私は、振り返って、この女性の姿かたちの全貌を見たときに、その夕べで、もっともゴージャスな雰囲気を感じ取りました。一万円札をメイドさんたちに上げている先生よりも、こちらのお弟子さんらしき女性のほうに、はるかに高い品格を感じ、貴族性をも感じました。
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とても特殊な体験でした。上から下までの、さまざまな階層が、一瞬交錯した、その夜の秋葉原だったのです。東京の奥の深さを感じました。パリ並みに成ってきたかなあ?
あ、は、は。まだ、まだ無理でしょうね。ただし、この前の結婚詐欺事件のような悪というか、マイナスの側面でも、日本は、ゴージャスに、なって、来てはいます。
2009年11月10日 雨宮舜
そのメイドが三人が三様色もデザインも違うユニフォームを着ています。ので、私は、各お店から選抜されて男性の相手をした、特別優秀なメイドさんであろうとすぐに、感じました。男性はテレビ界ですでに有名なコメンテーターでもあろうとも。
一種の体験学習をかねた取材であろうとも、感じました。近づくと、男性は50代であろうと見え、肌がつやつやしていて、あぶらの乗り切った仕事振りの人だと感じました。ただし、私はこういう取材のやり方を軽蔑しているほうです。
まあ、「軽蔑する」は言いすぎですが、昔、ニューヨークでたった四、五日の滞在だけで、週刊誌に何頁分かの記事を載せる、某有名作家の、軽さに参っちゃったとき以来、その考え方が消えません。コーオーディネーター付きでの取材など、『自然じゃあないから、感動は一切抱かないでしょう。それに、深くて、本当のことは分からないはずだ』と、感じました。
ただし、あんまりそれを強調すると、「あなたは、自分と有名人との間にある、待遇の差をひがんでいるのでしょう」とか、「妬いているんでしょう」といわれそうだから、普段は言わないのですが、『今、目の前にある現象のように、事前に準備をされた取材をしても、本当のことは何にも分からないでしょう』と、いつも感じています。
ただ、テレビで全国の視聴者に何かを(したり顔で)しゃべることだけが目的なら、この程度の取材でいいのでしょう。『大衆の半歩先を歩くのが、人気が出て大衆に受けるコツだ』と、聞いたこともあるし。・・・・・
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ただし、有名人であることのメリットは当然あって、あらゆる人が無償で協力をすると言う点です。今回もすべては無償で行われた模様で、だからこそ、その紳士はチップとして、メイドさん三人に、それぞれ、一万円札を渡そうとしていました。ところが機転が利く、優秀なメイドさんたちは、それを断っていました。でも、コーオーディネーターらしき、若い女性が見送り側にいて「受け取りなさい」ととりなしたらしくて、メイドさんたちは、結局はお礼を受け取ったみたいです。
これも、見てきたような嘘をいいの類ですが、彼らは、個人経営の喫茶店(または小さなレストラン)を借り切って、メイドカフェ接待の疑似体験をしたはずです。紳士はヨーロッパの公・侯・伯爵の類の扱いを受け、うれしかったのか、頬を高潮させていました。
和服に詳しくない男性向けに、老婆心ながら説明をしますと、白大島で羽織までそろえれば、普通のルートなら、100万円はかかるものだからです。『お金持ちはますます得をする』の典型的な見本です。
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非常にゴージャスな世界でした。で、そこから、私は三叉路に分かれて考察を重ねることと成ります。
第一番目に考えたことは、前日に話したように、路傍に立っているちらし配りのお嬢さん方の、惨めさです。ゴージャスな遊び方を垣間見ただけに、彼女らの無残さがその日には際立ちました。
比較例として取り上げたいのですが、よく繁華街でティッシューを配っている若者がいます。彼らも大変らしいです。いまどき、ティッシューを喜んでもらってくれる人がいないからです。しかもダンボール一箱配っても千円ぐらいの報酬でしょう。また、「ターゲットを絞って配れ」、などといわれているらしくて、クラブのホステスの募集などが多いので、私なんかは・はな・から相手にされない昨今です。ただ、そんなにつらい職種でも、洋服だけは自分で自由に選べるみたいなので、自分が商品として消耗をされることは無いはずです。
それに比べると、メイドカフェの宣伝チラシを配っている、お嬢さんたちは、時給以上のサービスを無理強いされている感じがあります。『気の毒だなあ。こんな無残なことを、大人たちが、見過ごしていてはいけない』と強く感じました。若い人、特に女性は守ってあげなければ成りません。それが大人たちの使命です。
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そういう独特の視点へと、文章を持っていくことができるところが、・・・・・・無名のままひたすら歩くことで、結果として一種の取材をしている・・・・・私の特長である・・・・・・と感じ入ったことです。腹をくくっているというか、居直っているというか、・・・・・自分はこのままでいいんだ・・・・・・と改めて感じたのが第二点です。
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さて、第三点は、見送る側にいた、メイドを束ねているらしい、美しい女性について、私が抱いた興味です。彼女は、多分ですが、田園調布あたりに住んでいる深窓の令嬢でしょう。古典的な面立ちであり、まるでお雛様を甘くしたような面立ちの美人でした。薄化粧で、しかも髪型はボブ(マッシュルーム)というスタイル。
夜会巻き(アップで、ポマードで仕上げたようなかっちりとした髪型)ではないので、水商売の女性ではない。
主客との関係はお師匠さんと弟子という関係でしょう。専門分野が、何か?は分かりません。ただ、和の世界であることは確かです。彼女の着物が特別なものでした。『こんなものは、銀座を歩いていても、いまだかつて見たことがない』と言うような類の高価で特殊なものでした。
反物は、奄美大島からわざわざとりよせた白生地の段階の、大島紬でしょう。それを東京で、しかも無地で染め上げています。または糸の段階で取り寄せて、染めた後で、もう一回奄美大島に送り、織り上げてもらったか? ともかく、深くて豪華な赤。見たことも無い色です。
仕立ても特殊で、一種の作務衣風で、短くて動きやすいコートを同じ生地で仕立ててきています。
細身の体に、ぴったりと付いていて、動きやすそうで、かつ、美しいのです。結論としていえば、この女性は着物に関するセンスのよさを持っているだけではなく、事務的な方面でも、相当に、・で・き・る・女性であろうと感じました。深窓の令嬢であっても、実質的には、秘書程度の役目をしている可能性さえあります。
ともかく、秋葉原のメイドカフェ、三店のオーナーへ電話をかけ、もっとも優秀なメイドさんを、午後の六時から七時の間、借り切る交渉を成立させたのは、彼女だったと感じられます。
ただ、有名になることには、欲望を感じていないとみえ、テレビ界やらマスコミ界では、今まで見たことは一度も無い顔です。しかし、プライドは高くて、『メイドさんなどとは、自分は一線を画しているのだ』というのも、ありありと見える女性です。一瞬のふれあいでもそれがわかります。
私は、振り返って、この女性の姿かたちの全貌を見たときに、その夕べで、もっともゴージャスな雰囲気を感じ取りました。一万円札をメイドさんたちに上げている先生よりも、こちらのお弟子さんらしき女性のほうに、はるかに高い品格を感じ、貴族性をも感じました。
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とても特殊な体験でした。上から下までの、さまざまな階層が、一瞬交錯した、その夜の秋葉原だったのです。東京の奥の深さを感じました。パリ並みに成ってきたかなあ?
あ、は、は。まだ、まだ無理でしょうね。ただし、この前の結婚詐欺事件のような悪というか、マイナスの側面でも、日本は、ゴージャスに、なって、来てはいます。
2009年11月10日 雨宮舜
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