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銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

尊厳の芸術展と、ミリキタニの猫は、米国では、どちらが先? + フェリス・上げは、なぜ起きるか?

2015-07-17 15:21:51 | 政治

 これは、完璧に、前報(後注1)の続きです。それで、副題は、7から始まります。

副題7、『キャンプ収容と言う屈辱を、どうやって、残された家族は克服し、展覧会を開こうと思ったのだろうか?』

 たまたま、【シャルフベック展】を見たことから、【尊厳の芸術展】を思い出したところです。こちらは、2012年の初夏に、芸大美術館で、公開されています。

 私が問題としたいことは、【尊厳の芸術展】を開こうとする、当時の家族(=収容者たちの子孫)の意思が、どういう風に結成されていったかなのです。NHKの日曜美術館では、「祖父母、または、両親が、こういうものを作っていたのだけれど、あまり、外へは出しませんでした」と、言う遺族が多かったのでした。戦後、日本でも、67年が経っています。

 それは、戦争の記憶がかろうじて残る、現在80歳前後の家族たちにとって、屈辱と、悲しみの歴史の時期を表す事物だからです。砂漠の中に、キャンプが設立されて、日系人が収容をされたのは、今、確認をすると、1941年のパールハーバー以降だそうですから、正味4年半の収容でした。だが、いわゆる、収監に近いほど、自由は奪われたのです。

 財産も無論のこと没収をされました。そういう負の出来事に直面しても、彼らは、抗議をすることができませんでした。パールハーバーとはだまし討ちだと、喧伝をされていて、それゆえに、アメリカ国内で、日系人は、裏切者とか、卑怯者扱いを受けている1941年以降だったからです。しかし、二世も、そろそろ、死期が近づいて、身辺整理をしたいと思った時に、とても、捨てられないものとして、手元に、残ったものが、キャンプの中で、作った工芸品とか、実用品でした。それが、【尊厳の芸術展】に展示されたのです。

 しかし、大きく傷ついた、1940年代、在米の移民二世たちが、三世や、四世にひそかに教えた記憶は、長く継続し、そこが、今、現在在米の日本人が意外にも目立たない立場であると言う現象につながっていると思います。

 ここが、前報で言った、全米で、今、激しいエネルギーで突っ走っているコリアンとは、違うわけです。したがって、朝日新聞が「あれは、ねつ造です」とメンツさえ捨てて発表した従軍慰安婦問題が、全米で、燃え盛り、ありと、あらゆるところで、従軍慰安婦像が、設置されるということにつながっていると思います。

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副題8、『そこに、ミリキタニの猫が、公開され、それが日系人に、勇気を与えたのではないか?・・・・・と、私は思うのだ』

 今、私は、制作年と、公開年度を、【ミリキタニの猫】で調べてみました。それをレンタルDVDで、見ておりますので、その制作が、9.11以降に始まっているのは、知っています。ミリキタニとは、漢字で書くと、三力谷であって、この人は、広島出身の、移民二世です。カリフォルニアで、生まれましたが、いったん日本に帰国し、日本で教育を受けたのち再度、アメリカに移動をしているのです。

 しかし、彼は、第二次大戦終戦後、五十二年間も身を潜めて生きてきたので、ニューヨークでホームレスになってしまっていました。彼は、ここで、今、大問題になっている、キャンプに収容をされ、そこから終戦前に、脱げ出したのかな? そのため、「アメリカ人としては、犯罪人扱いだ」と、自分で、思いこんでいたのです。

 ですから正当な社会人としては、生きていかれないと、思い込んでいて、それで、まともな職にも就かず、四十代や、五十代を過ごしたので、結婚もせず、家族もなく、ニューヨークのマンハッタン島の南部で、ただ、ホームレスとして暮らしていたのでした。

 彼は、絵が好きで、墨絵等は、本格的にマスターしたこともあるらしく、ホームレスとしての、生活費は、絵を売ることで、稼いでおりました。その題材として、猫を選ぶこともあったので、猫好きな、リンダ・ハッテンドーフに、気が付かれている存在となりました。そこへ、9.11です。あたりには、煙、悪臭、毒素を含んだガスが充満しています。で、リンダは、ミリキタニが、心配で、気にかかって、彼を自宅へ引き取ります。

 リンダはオハイオ州の出身で、もともとのニューヨーカーではないので、彼女の家は、日本でいう1LDKの小さいものです。だから、ミリキタニを引き取ると、食事も自由にできないほどの狭さです。

 しかし、この難しい生活が、ともかく継続をしたのは、リンダの、恋人が、日本人だったことが大きいでしょう。それと、彼とリンダはともに、映画人として、成功をしたいという夢を抱いていました。で、彼が、撮影をして、リンダと、ミリキタニの共同生活をドキュメンタリーとして撮影することと成ります。監督はリンダがつとめました。

 この映画が、大成功をしたのは、単なるドキュメンタリーとしては終わらなかったからです。この映画は、日米関係の、現代史そのものを体現しています。そのうえ、悲劇の人生を送った、やや剣呑な性格の、ミリキタニを支えるリンダの、美しくまっすぐな心と、美しい表情。その対比、そして、結局は、ミリキタニの、マンザナールキャンプまで、たどり登っていく、一種のミステリー仕立て、それらが相まって稀有な成功をもたらしたのでした。ところで、キャンプは、たぶん、この名前だったと思いますが、キャンプは数か所あったので、私の記憶違いもあるかもしれません。

 もし、まだ、ご覧になっていなかったら、レンタルDVDをお勧めします。それには、テレビ放映や、映画館の放映では、入れ込められなかった後日談とか、他、いろいろな、情報が含まれていて、それも、非常に面白いです。特に広島を訪ねる【ミリキタニ】が唱歌(?)を歌うところとか。

 映画の本編に戻れば、最初は、それほど面白くはないと、見えます。が、どんどん、面白くなっていきます。

 この映画が、全米で、何年に公開をされたのか? それは2006年でした。ただ、規模はわかりません。映画館数は、いくつあったかは、私にはわかりません。でも、DVDが、発売をされたでしょう。それは、2007年だったと推察されます。すると、あの広いアメリカのどこに住んでいても、DVDでこの映画を見ることができます。そして、この映画は、キャンプ収容時の記憶が残っている移民家庭に、大きな衝撃を与えたと思われます。そして、父、または、祖父が、作ったものを、大切に思う気持ちと、『これを、どうにかして、発表を、したい』という気持ちが生まれたのではないかしら?

 もちろん、【尊厳の芸術展】にまで、昇華していくためには、いわゆる学者系の人も必要でしょう。学芸員とか、その他の人たちです。だけど、尊厳の芸術展が、ワシントンの、スミソニアンmuseum で、開かれたのには、やはり、それらの、お宝(作品)を、家の中に大切に保存をしていた日系移民の、気持ちの高まりがあったとは思うのです。そして、それは、【ミリキタニの猫】と言う映画で、触発をされたものだったと思うのです。

 ここに、良い作品が、どれほど、世の中に影響を与えるかの、善き例を見ます。

 映画の初公開が、アメリカでは、2006年であり、【尊厳の芸術展】が、ワシントンで、最初に開かれたのが、2010年です。

 このことを考えると、人間の心を揺さぶる本当に良いものが形成される課程を見ることができて、うれしいですね。

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副題10、『布団たたきだけではなくて、鎌も盗まれているし、・・・・・』

 本日の文章と前報は、最近、私が書いているモノとは、だいぶ毛色が違っているでしょう。私は本来は、こういうものが書きたいのです。

 しかし、まともに生きていかれないと思うほどの、ひどい攻撃をなされています。だから、前々報(未完)の様なものを書かないと、普通の生活さえできません。

 それに、これは、最近ではなくて、数か月前から気が付いていることですが、鎌が、数本盗まれています。一つはステンレスでできていました。道路の割れ目からたくさんの、ど根性雑草が出ているので、それを道路に出て刈ります。それをどこかから見ていて、『あ、あれを盗んでやったら、彼女は困るだろう』と考える手合いが居るのでしょう。大体、どこの家が、その種の監視役を果たしていて、そして実際の泥棒役に、それを盗んだらいいだろうと、提案するかさえ、分かっておりますが、・・・・・

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副題11、『NHKニュースだけではなくて、ネットを使っても、いじめや脅迫が行われている・・・・・本日発見したのは、娘を入学させたい大学ランキングと言うものだった』

 最近、ネットで、バカにフェリス女子大を持ち上げる傾向が続いています。そういう記事が多いのです。で、ピーンと来ていますが、大原光孝さんのお嬢さんが、フェリス女子大の卒業なので、フェリス女子大を持ち上げる記事が多いのだと思います。

@@@@@これ以降の推敲は、19日にいたします。

 ところで、本日発見したフェリス上げは、livedoorが紹介をした、元ネタ、マイナビstudent という記事で、親が、女の子を進学させたい大学の、第五位に、またフェリスが上がっていました。またまたやられましたねと、感じています。

  このマイナビと言うサイトは、gooが運営をしているモノらしいので、例の敵さんの支配下に、あるものなのです。で、これは、ミカンの前々報(後注2)をつぶすために作られた記事だと、考えております。午前中はlivedoorが紹介する記事として、読みました。だが、午後には既に見つからないのです。しかし、努力に努力を重ねて再び見つけ出しました。

 それは、一位が東大で、五位が、フェリスと言うランキングです。これが、本当に調査をされたものだったら、たいてい20位まで、ランキングが整っているものです。しかし、私に対する嫌がらせ用ニュースだから、五位までしか、載っていません。20位まで、作ると嘘がばれるからです。どうせ鎌倉エージェントのうちの誰かが原案を作ったのでしょう。だから、実情とはかけ離れています。そして、これを、表向きは、死んだことにして、実際は地下潜行をしてこの種の嘘を作り続けている井上ひさしが作ったのだと明々白々にわかる事は、上智大学がランク入りしていることです。

 娘を東大に入れたいという理由が「官僚にすることができて、生活が安定するから」ですって。一見すると至極まともなランキングに見えますが、これは、小野寺夫人が、東大卒らしいので、それをサポートしようという趣旨で、作られた、いい加減ニュースでしょう。こういうのがトカゲの脳味噌と彼らの事を、私が軽蔑するゆえんの一つです。ただし、ここで、さらに字数を使って丁寧に書けば、このアンケートを作る様に頼まれたマイナビサイドの人間が、私の推定より頭がよかったと仮定しましょう。そして、実際に新橋で、20人ぐらいに、アンケートを取ったと仮定しましょう。それらの人々が、この、私が今上げているアンケート結果を見たら、『あ、ぼくが、あれ受けている』と思って、SNS等で拡散をするかもしれませんね。だけど、そんな丁寧なことをしていないと思いますよ。そして、もし、本当に、2000人ぐらいにアンケートを取ったら、この五校ではないと思います。絶対に東京女子大、聖心女子大、お茶の水女子大、津田塾、白百合、東洋英和、神戸女学院等が、入らないわけがないです。だから、このアンケートは本当にためにする、作り上げた嘘の一つです。小野寺夫人と、大原光孝さんを、私の上に置く為の、脅かし用アンケート結果なのです。

 これは、恐ろしく盛り上がっていた、NHK朝ドラ『つばさ』が、<視聴率が悪い>と発表された時、以来の、明々白々で、嘘でしょうと、分かるニュースです。

 その原題は、livedoorでは、以下の様(後注3)な、タイトルになっています。リンク先が飛ぶようでしたら、そこへ入ってお読みくださいませ。

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 副題12、『私はなぜ、健康にして、かつ、順当に生きていかれるのか?』

 私も人間ですから、いつかは死ぬのですよ。人間は死すべき生き物です。ただし、50代で予測をしたことには、違った形になっていて、72歳になってもまだ、生きております。最高に丈夫で、エネルギッシュな人達(たとえば、70過ぎてもテニスをやっている人は大勢います)に比較をすると圧倒的に、弱いですが、それでも慣れた事、なら、平均以上に活発に動くことができているでしょう。

 このブログは、2013年度までは、たいてい、一日に二万字を書いていました。今は、相当にペースが落ちていますが、72歳で、この分量をこのペースで、仕上げるのは、やはり、平均以上のエネルギーを持っていると言えると思います。

 そういう風に、健康に生きていかれるのは何故かと言うと、常に、最上のもの、そして、美しいものを追い求めているからです。最上のものと言っても、金銭的に高いから最上だという、価値観は持っておらず、私独自の判断と基準を持っておりますが、それでも、これが、最上だと、判断する、判断力は、すでに備えているでしょう。

 自分の環境が最善ではなくて、最上のものを作り出すべき環境に居なくても、事前の仕事をしながらでも、鑑賞者として生きるだけではなくて、何らかの形で、何らかのものを捜索をした方がいいのですね。それこそ、良き鑑賞者にもなれるからです。そして、汚いものにも接しないとならないのですが、と、同時に、良きモノ、善き人に接してもいるから、生きていられるのだと、信じています。

 【ミリキタニの猫】とは、最初は、もたもた進みます。だが、後半に行くと、急に、目覚ましい展開に入り、意味が深くなります。傑作だと思います。そして、そこから力を得たらしい、日系移民が、苦しみと、悲しみの記録であるキャンプへの強制収容を、思い出させる、品々を、公開しようと、したのも、その映画(=傑作)の、持つ力だったと思います。

 なお、【尊厳の芸術展】は、英語では、the Art of Gaman と、なっています。 意訳した邦題は、いかにも芸大風ですね。(笑)」

 PV 2985768

 

後注1、

シャルフベック展、尊厳の芸術展、ミリキタニの猫・・・・・そして、従軍慰安婦像

後注2、

大銀杏倒壊に次ぐ、天のみ印として、町内会掲示板=悪魔の象徴物に、倒木がぶち当たった

2015-07-14 15:10:40 | 政治


後注3、

1位は僅差で東京大学…娘に行かせたい大学ランキング

2015-07-17 00:09:28 | 文化、芸術、書物

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シャルフベック展、尊厳の芸術展、ミリキタニの猫・・・・・そして、従軍慰安婦像

2015-07-17 00:09:28 | 文化、芸術、書物

副題1、『シャルフベック展に行って来ました』

 ところで、突然にムードを変えて申し訳ございませんが、

 この間、シャルフベック展に行ってきました。ずいぶん前なのですが、今、私のFBの頁の右側に、その宣伝が、出るのです。何度も。

::::::::::: ところで、ここで、挿入ですが、シャルフベック展の話に入る前に、少し、お断りをしないといけません。すみません(苦笑)が、FBを再開しています。FBを立脚させる基本の、メルアドは、以前とは異なっていて、以前は、AtelierCK@aol.com で、FBをやっていましたが、今は、OCNのメルアドを使ってやっています。ところで、OCNのメルアドは、日常的には、開きません。ほとんど、使っていませんので、もし、ご連絡の御用がございましたら、ひきつづきAOLの方を使っていただきたいと存じます。::::::::::

 で、『シャルフベック展のことを書くべきサインなのかしら? これは?』と思い至って、それに入っていきたいのですが、そんなにたくさん、その宣伝の頁が現れるのにもかかわらず、不思議なことに、FB用のシェアのアイコンがないのです。で、シェアは、できません。芸大って、国立大学だから、宣伝をしないつもりなのかしら? 特に『庶民様に、宣伝をしていただく必要はないです』と、お高く留まっているのかしら?(苦笑)

 ひがんではいけませんね。ところで、私は庶民ですから、この展覧会については、テレビの日曜美術館で、紹介をされて知りました。で、庶民中の庶民として、その感想を書かせていただきたいです。

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副題2、『芸大美術館に入るのは、【尊厳の芸術展】以来だった』

 芸大美術館の展覧会に行くのは、たぶんですが、【尊厳の芸術展】以来です。

ところで、【皆様は、尊厳の芸術展】を覚えておられますか? アメリカへ移民として渡った日本人たちが、1940年代に、砂漠の真ん中にあるキャンプ等に収容されました。家や財産を失ったのです。そういう季節に、物が何もない中で、美術作品を作っていた、その制作・結果を、あつめて、展覧会へと、持って行ったものです。材料は昔々、そこが海だったころの痕跡である貝殻、とか、倒木(枯れ木)を使ったものです。

【尊厳の芸術展】は、大変な反響を呼び、大勢のお客さんが、詰めかけていました。それに比べると、【シャルフベック展】は、入場者は、少ないです。でも、純粋に、芸術作品に接したという感じを受けます。いわゆる、本当の絵であって、久しぶりに、「事前の情報や、宣伝よりも、いいものを見た」という感じを受けました。会場のお客さんたちもDVD(短いもので、NHKの番組より簡単だったが)を、見てから帰る人が多かったです。『より深く知りたい。この人を』と言う思いに打たれたのだと思います。

::::::::::ここで、またまた、挿入に入らせてくださいませ。芸大美術館って、ショップが充実していますね。そこから、カフェに入れます。でも、二階のカフェではなくて、一階の学食へ向かいました。私は壁際の席で食べていたのですが、窓際の席に、7,8人の外人が居ました。若くて、美形です。で、『今の芸大って、これほど、たくさんの留学生が来ているのかなあ?』と、考えます。ただ、お客さんである様な気もします。それで、私は自分の退出時に近寄っていき、学生なのか、お客さんなのか、どちらであるかを質問してみました。するとパリのボザールの学生で、訪問客だそうです。芸大の学食はおいしいということで評判が高いので、危うく「おいしかったですか?」と質問をする処でした。もし、「おいしかった」とでも、言ってもらえたら、このブログで、それを報告できますし。ただ、芸大は、自分の母校ではないのだから、『おいしかったという感想を聞いてもねえ』と、思って、その質問をひっこめました。そして、「オーヴォア」と言って去りました。

 ただ、ここで、特記したいことは、全員がたいへんきゃしゃで、かつ美形だったということです。フランス人は、・・・・パリへ滞在した時にも感じたのですが・・・・・私の予想に反して、小柄です。アメリカ人とは違います。でも、目の前にいるボザールの学生は、それら小柄なフランス人の中でも、特に華奢でした。そして、とくに美形でした。日本でも、芸大の学生は華奢ですよね。少年少女期に、お勉強を、たくさん、やって来ているから。共通するのだなあと思いました。そして『恵まれている人々よ。幸多かれ』と心の中で、祈りました。卒業するといろいろな人生が待ち構えているでしょう。:::::::で、挿入から元へ戻ります。

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副題3、『その、二つの展覧会を比較して感じた事』

 【尊厳の芸術展】は、大変な反響を呼び、大勢のお客さんが、詰めかけていました。それに比べると、【シャルフベック展】は、入場者は、少ないです。でも、純粋に、芸術作品に接したという感じを受けます。いわゆる、本当の絵であって、久しぶりに、『事前の情報や、宣伝よりも、いいものを見た』という感じを受けました。会場のお客さんたちもDVD(短いもので、NHKの番組より簡単だったが)を、見てから帰る人が多かったです。『より深く知りたい。この人を』と言う思いに、打たれたのだと思います。

 【尊厳の芸術展】は、長くても、7年間ぐらいの間の制作品です。それに、環境が劣悪です。だから、ごく少数の人を除いて、高度なものはできなかったわけで、質の高低を論じるべきではありません。だが、作品の奥に、深い精神が、見えるという意味では共通しています。

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副題4、『シャルフベックを、ハイレベルな画家とした、二つの失恋の話』

 シャルフベックは、小さい時にけがをしてしまい、学校へは、通えなかったのでした。でも、経済的には恵まれていて、大体幸せで、絵も勉強することができました。が、父親が早く亡くなります。でも、割と小さい絵ですが、詩情あふれる【雪の中の傷病兵】が、コンクールに入賞して、学費が出て、パリへ遊学します。それは、とてもいいことだったでしょう。パリだけではなくて、イギリスとか、イタリアにも行ったみたいですね。

 そして、その後は、ずっと、静かな生活に入ります。これは、若い日に出会った、イギリス人から、突然の婚約破棄をされたことが原因らしいです。このイギリス人については、後世の人には、名前さえもわかりません。それは、シャルフベックが深く傷ついて、友達にあてた手紙さえ回収して焼き捨てたらしいからです。

 しかし、シャルフベックは、やがて、この傷から回復します。自分自身を描くことではなく、病気の少女に仮託して、【快復期】と言う絵を描き、これが、大評判になるのでした。

 北欧の画家であって、北欧の森林の中で暮らします。母親とは、いっしょだったみたいですが、東京在住の日本の画家などと比較するとぐっと静かな生活だったと言えるでしょう。テレビもむろんなかった時代ですし・・・・・孤独が芸術を深めた模様です。

 シャルフベックの絵には物語が、ひそやかに込められています。この【快復期】と言う絵には、その背景にあった恋愛等が、しっかりと、解説されていますが、他の絵も、なぜか、物語がある様に感じるのですよ。
 筆のタッチとか描法は、マリーローランサン風です。が、精神性の深さと言う点では、シャルフベックの方が深いでしょう。色も深みがあります。
 マリーローランサンは、体の不自由がなかったわけで、しかも、恋愛も成就していますね。だから、生活力と言う意味で、より、たくましいし、絵もたくさん売れていたと、推察できます。
 反対にシャルフベックは、絵は、そこそこに売れていたのですが、生涯にわたり、結婚することはありませんでした。

 それは、二つ目の恋愛も、成就しなかったからです。森の中に住んでいたので、森林を管理する青年エイナル・ロイターと、恋愛が始まりました。非常に心が通っていたらしいのですが、どうしてか、相手は、別の女性と結婚をします。それは、<シャルフベックの方が年上だった>とか、<芸術家と結婚をすると大変だということを青年が解っていた>ということもあるでしょう。

 この点なのですが、やはり、創作をする人は、きついのです。深い集中をしますので、「一般の人に比べれば、きつい人間だ」ということになるでしょう。気楽に、いっしょに居る事はできないタイプです。良い、悪いは別にして、そういう事なのです。それほどの、きつさがないと、創作など、やっていられません。

 エイナル・ロイターには、それが、分かっていたとも言えますね。

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副題5、『女性芸術家には、ファンは必要だ。連れ合いは、不要でも・・・・・そして、不幸であることも必要だ』

 しかし、彼は、シャルフベックを深く理解をしていて、死後、彼女に関する本を出します。それで、シャルフベックの芸術家としての命が、長らえることと成りました。よかったですね。

 女性芸術家にとって、結婚することは難しい要件です。両立しがたいと、私は思っております。でも、誰かが、事跡を継承してくれた方がいいのです。姪、甥でもいいのですが、彼女の様に、純粋に理解をしてくれる、ファンが居たのは、本当に良い事でした。

 そして、結果として大芸術家になる人たちは、ある程度以上に不幸です。ご本人たちは自分の事を、幸福だとも不幸だとも判断をしておらず、ただ、必死に生きた、人生だったと思います。だけど、一般人から見たら、不幸です。
 しかし、傑作ができたという意味で、神から愛された人たちなのです。

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副題6、『最近、シカゴに従軍慰安婦像ができたと聞くが・・・・・韓国人はニューヨークで、<世界で一番、自分たちが偉い>というぐらいに威張っているのだ』

 ところで、16年間、パソコンを利用して文章を書き続けてきている私の文章は、最初期には、芸術の問題が多かったのでした。しかし、最近では、社会の事、政治の事へ傾いています。それは、自分の身に数々の異変と不幸が押し寄せているからですね。『どうしてこうなるのだ』と言う理由を、解明したいという願いからです。

 それで、シャルフベック展を見ても、思いは、【尊厳の芸術展】に向かい、日米関係に向かい、日米韓の、三国関係に向かいます。

  この間、シカゴに、『従軍慰安婦像が建てられた』と言うニュースが飛び込んできました。朝日新聞がね「従軍慰安婦問題は、自社のねつ造だった」と言っているのに、全米では、従軍慰安婦像が、何度も話題になっています。

 私はニューヨークに、三か月ずつ二回滞在をしているので、芯からわかっているのですが、韓国人とは、とても激しい情感を示す、人間たちです。私は、57歳の時に、PRATTと言う美大の大学院で、現代美術の講義を取っていたのですが、それが、一学期分2000ドルです。当時のレートで、26万円ぐらいだったと覚えております。大体10回分ですから、一回分が、2万6千円です。そこへある日、韓国人が二人やってきました。教授は彼らが、どういう人間であるかは、分かっていらしたみたいで、丁寧に対応をなさっていましたが、24人ぐらいいる他の学生は、あっけにとられた二時間でした。彼らは、非常に背が高くて、英語はペラペラでした。180cmを超えていると思われます。

 美大に通学している学生と言うのは、上の方で言ったパリのボザールと同じで、アメリカでも、小柄で華奢な人間が多いので、その二人の韓国人には体型的に圧倒をされます。30cmぐらい彼らの方が高くて、骨格もまるで違うからです。が、さらに異常だったのは、二時間、あたりを全く気にせずに、教室をハイジャックしてしまったことです。彼らはまるで速射砲みたいに英語をバンバン発して、他の学生には論議に参加させないのです。そして、教授をも独占します。教室で一番賢いスペインからの留学生(女子)が、必死になって口を挟もうとしますが、二人の韓国人の、特に女性の方が、背の低いスペイン人女子学生を一顧だにしないのです。しかも、授業終了の鐘がなっても、他の学生に「失礼しました」とか、「迷惑をおかけしましたね」と言う種類の、言葉はともかくとして、so long とか see you later  とか take care(=さよならを簡単にいう場合の用例)と言う、あいさつさえしないのですよ。なんという傲慢ぶり。

 これは、1999年の美大での話ですが、街へ出ても、韓国人は威張りかえっています。移民第一世代は、グロサリーストア≪食品関係の何でも屋)を開いていて、地下一階で、メキシコ人に調理をやらせているケースが多いのです。よく見ています。メキシコ人って家族関係がきちんとしていて、誠実なのです。南の国の人たちですが、きちんとしています。だから使います。一方でアフリカンは、エリートは抜きんでてエリートですが、下層階級は、家族関係も崩れていて、したがって、働き者ではないのです。よく見ています。そして、バンバンお金をもうけて、二代目や三代目をエリートへと仕立てていきます。

 一方で、日本人は、駐在員と、元からいる移民系の人と二種類いるわけです。駐在員の方ですが、内心では、威張ってはいるのですが、目は日本に向いていて、在ニューヨークでも、日本人社会の中にいて、アメリカ人の中に、入って行こうとしないので、影が薄いです。もう一つ、移民から、アメリカ市民権を得ていった人たちも、次に述べる理由からおとなしめです。それは、第二次大戦中に、砂漠の中に設立されたキャンプに強制収容をされて、いったん財産や、身分をすべて失った経験があるので、控えめの極地で暮らしていると、見えます。

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